第9話 海蝕洞への道すがら
「あ、ルナ。行くのは構わないけど、エンピリアルグラフは持っているかい?」
「もちろんなのです! ここに入れてあるのです!」
伯爵に問われたクーが、ケープの下から護符のようなものを取り出す。
ふむ……。どうやらあのケープ、内側に収納術式が組み込まれているみたいだな。
「うん、なら大丈夫だね。――あの辺りはあまり害獣が出る事もないけど、一応出た時のために武器も忘れずにね」
「そっちも、もちろんなのです! 害獣なんて出てきたら、ボッコボコに叩いてやるです!」
伯爵に対し、握りこぶしを作ってやる気を全身で表現するクー。
ボッコボコ? 叩く? もしかしてクーの得意なのは格闘術……なのか?
……と思ったのだが、クーがケープの下から取り出したのはハンマーだった。
まあ、たしかに打撃武器ではある。っていうか……あのケープの収納術式、随分と高性能だな。
「なんでハンマー?」
朔耶が首を傾げながら、率直な疑問を投げかける。
「私、園芸が趣味なのですが、モグラ系の害獣が多くて困るのです。なので、出現し次第これでボコっとするです」
クーはそう答え、ブンブンと空を切る音を響かせながらハンマーを振り回した。
おお、なんだか頼もしく見えるぞ。
「まさかのリアルモグラ叩きだった!?」
「なるほど、まあ納得だ」
大げさに――わざとらしく驚く朔耶に続く形で、頷く俺。
っていうか、朔耶……それが言いたかっただけだろ……
◆
「当たり前だけど、クーは随分変わったよね。8年前の姿しか知らないから、美少女と化してて驚いたよ」
星天の海蝕洞への道すがら、そんな事を言う朔耶。
「そ、そんな事ないのです……。朔耶さんの方が美少女なのです」
朔耶に美少女と言われて少し恥ずかしそうにしつつ、そう言葉を返すクー。
俺からするとどちらもかわいいと思う。まあ、口にはしないが。
「そ、それはそうと……おふたりともどうしてそんなに、流暢にこの世界の言葉を話せるです? さっきはその話を聞くつもりで家の中へ招いたのに、肝心のそれをすっかり聞き忘れてしまっていたです」
なんか話題を変えようとしている感が凄いあるが、さっき説明していないのもたしかではあるな。
「ああ、それはだな――」
そう切り出して、俺は先日朔耶にした話を再び語り始める。
……
…………
………………
「ほえぇ……。まさか、女神ディアーナ様に助けられていたとは夢にも思わなかったのです」
今までの事を語り終えた所で、クーが感嘆の声を上げる。
「女神ディアーナ様の力によって、全ての言語を理解出来るようになったんだよね。……凄く痛かったけど」
頭を抑えながらトーンダウンする朔耶。
その様子を見ていたクーが、こちらに視線を向け、不安そうに問いかけてくる。
「そ、そうなのです?」
「俺は死にかけてたから分からないけど、まあたしかに凄く痛そうではあった」
嘘をついても仕方がないので、とりあえずそんな風に言葉を返す俺。
そして一呼吸置いた後、続けて言葉を紡ぐ。
「で……だ。クーにもそのディアーナ様に会って貰っておこうと思うんだ。まあ、言語の方は好きにすればいいと思う」
「ふええぇっ!? あ、あわわわわわっ! そ、それは予想してなさすぎたですっ! ですっ!?」
俺の言葉に、クーが思いっきり動揺を見せる。
「あ、このまま案内して貰うと、自動的に会う事になるよ」
朔耶が補足するようにそう告げると、クーは、
「あわわわわわわっ!?」
なんて言葉を発しながら更に動揺――いや、混乱し始めた。
「完全に追撃になったな……」
呆れ気味に朔耶の方を見て言うと、朔耶は頬をかきながら、すまなそうな表情で、
「いやぁ……つい……」
と、言った。
◆
――クーが、どうにか落ち着きを取り戻したところで、星天の海蝕洞とやらが見えてきた。
海蝕洞というだけあり、海に面した……というか、海と直結している洞窟で、洞窟の周囲は高い崖になっている。
そして、その崖に沿って作られた細い道が、洞窟の中まで続いている感じだな。
「うわぁ……あの道、足を踏み外したらシャレにならなそうだよ。……あ、そうだ。飛んでいっちゃおう」
朔耶は洞窟へと続く崖沿いの道を見ながらそう言うと、アルを召喚した。
「キュピィ!」
「うわぁ、かわいいのですっ! その子がさっき言っていた召喚獣です?」
呼び出されたアルを見て、目を輝かせるクー。
「うん、そうだよ!」
「そんな事に召喚を使うなよ……」
自慢気に胸を張る朔耶に対し、俺がそう言ってため息をつく。
「だ、だって歩くの怖いし!」
朔耶は俺にそんな風に言葉を返すと、アルの方を見て、
「――アル、あの洞窟の中まで運んで!」
と、言葉を続けた。
「キュピ!」
昨日と同じく、アルが回転して巨大化。
朔耶がそれに飛び乗る。
「よーし、レッツゴー!」
「あ! ま、待ってくださいで――」
クーが手を伸ばして引き留めようとするも、それよりも先に、朔耶を乗せたアルが飛び立っていってしまう。
「どうかしたのか?」
「海蝕洞は、この辺りでは聖域扱いされているです。なので、結界が張られているのです」
「ああ、そう言えばエンピリアルグラフがどうとか言ってたな」
「はいなのです。これを持っていないと通れないのです」
クーがケープから屋敷でも見た護符を取り出し、俺に手渡してくる。
なにやら紋様が描かれ……いや、これは文字だな。読めるし。えーっと……
「魔王の前に壁は無く、絶対なる竜の道を征かん?」
「突然どうしたです?」
怪訝そうな表情でそう問いかけてくるクー。
「あ、いや、この護符に書かれている文字を読んでみただけだ」
「え? これって、そういう意味なのです? というか、どうして読め……。あ! ディアーナ様の力です!?」
「ああ、そういう事だ。……しかし、聖域の結界を通過する護符に書かれているのが、魔王ってのはどうなんだ……」
「まあ、この手の魔法は古の魔王によって生み出されたと言われているですから、仕方がないと言えば仕方がないのです」
古の魔王……? 魔王って実在していたのか? だが――
「そう言えば……魔族の類が存在しないのに、なぜに魔王という名称は存在しているんだ? 魔族の王じゃなくて、魔法の王とかそんな感じの意味なのか……?」
呟くようにそう言うと、
「んー、私も前に同じ事を思ったです。で、パパに聞いてみたですが、異界の魔物の軍勢を率いる王……という意味らしいのです」
と、そんな風に返してくるクー。
異界の魔物――つまり、アルミナで戦った『冥界の悪霊』のような奴らだな。
「魔王は古の時代に、異界の魔物を率いてレヴィン=イクセリア双大陸に突然現れ、双大陸の半分――イクセリア側を全て支配下にしたという記録が残されているのです。ちなみに、魔王に滅ぼされた国――町や村は数しれずだと言われているです……」
「なるほど……。だからこの世界では、異世界とか異界って言葉が忌み嫌われているのか」
「そういう事なのです。……ちなみに、というのも変な話なのですが、魔煌波や魔瘴といったものを生み出したのも、魔王だと言われていますです」
「ふむ。……ちなみに、その魔王って最終的にどうなったんだ?」
「それが……謎なのです。記録――『魔軍年代記』によると、率いる魔物ともども忽然と姿を消したそうなのです」
「ふーむ、それはまた謎だな。考えられるのは魔物たちが本来存在している世界――異界へ渡っていったとかだが……」
「たしかにその可能性は十分にありえるのです。異界――異世界へ渡る手段自体は幾つか存在しているですから。……というか、私自身が渡っているですし」
「ま、そうだな」
などという会話をしていると、朔耶が引き返してくる。
「結界があって入れなかったよ!」
「……それはとっくに知っている。っていうか、それをクーがお前に伝えようとしたのに、お前がそれよりも先に飛び出していっただけだしな」
朔耶の報告に対し、やれやれといった感じで言って返す俺。
「ありゃ、そうだったんだ。ごめんごめん」
と、そんな風に言いながらアルから降りてきた朔耶に対して、クーが俺の持つ護符と同じ物を手渡し、告げる。
「はいなのです。これがないと無理なのです」
「ふむふむ、結界を越えるにはこれが必要って事だね。うーん……だったら、放っておいてもいいのかな?」
「ん? 放っておく? 何をだ?」
「実はあっちの茂みに、潜んでいる人がいるんだよね。フードを目深に被っているせいなのか、上空からじゃ、顔がわからなかったけど」
朔耶が視線でその何者かが潜む茂みを示す。
俺は朔耶に頷きつつ、そっとクレアボヤンスで茂みを覗いてみる。
ふーむ……朔耶の言う通り、フード付きのローブを纏っている者が隠れているな。
たしかにこれだと上空からでは顔がわからなそうだ。
けど、これならもう少しかがめばどうにか見えそうな気がするぞ……
というわけで、少し姿勢を低くしながらそのまま更に視界を近づけていく。
と、フードによって見えづらかった顔がはっきりと見えるようになった。
さて、どんな奴だ?
……って、公女――リンスレット!?
クーレンティルナの口調、「みたですが」みたいな感じになっているせいで、
ところどころ誤字っぽく見えますが、誤字ではありませんよっ!
(本当に誤字っている場所もあるかもしれませんが……)