第8話 クーレンティルナ
アーヴィングとの話を終えて部屋を出た所で、俺は先刻の戦闘で気になっていた事を、ロゼに問いかける。
「そういえば……最後の敵飛行艇を倒したあの攻撃はなんなんだ?」
「うん? あれは私とシャル、ふたりの霊力を重ねるという発想から生み出された技。うん」
「霊力を重ねる……ですか? 一体どこからそんな発想に?」
ロゼの返答に疑問を投げかけるアリーセ。
「ん、カリンカから『融合魔法』の話を聞いた。この間、サクヤたちとルクストリア市内を回っていて、丁度休みだったカリンカと遭遇した時に。うん」
「あー、そう言えばたしかにカリンカさんと出会ったね。で、そのまま一緒に回ったんだっけ」
ロゼの言葉に対して、朔耶が思い出しながら頷く。
「うん。で、シャルやカリンカと話をしている内に、似たような事を霊力でも出来るんじゃないかと思った。うん。だから、その日の夜に試しにやってみた。そしたら出来た。うん。なかなか面白い」
なんて事を言うロゼ。そこで同じ事が出来そうだと思うあたりがロゼらしい気がする。
さすがは霊力の使い方を見ただけで覚えて発展させただけはあるな。
「融合魔法は、良くわからないけど、うん、2つの魔法の術式によって変異した魔煌波を収束させて結合するらしい。うん」
「2つの魔法の収束? 結合? まあ、融合というくらいですから、言っている事はわかりますが、とても上手く出来るようには……」
「うん、普通は対消滅してしまうらしい。でも、カリンカは魔力の配列? みたいなものをパズルのピースみたいに上手く組み合わせられるとかなんとか。うん」
「なるほど……。でも、そんな事が出来るとか驚きです……」
ロゼとアリーセがそんな風に言っていると、
「カリンカさんの『融合魔法』って、なんていうか色を混ぜ合わせすぎて黒に近づいた絵の具みたいな感じがするんだよね。まあ、そこがいかにも暗黒な魔法って感じでかっこいいというか、私も使ってみたいって思うんだけど」
と、朔耶がそれに対して呟くように言う。
……たしかにあの禍々しい黒さは、そんな感じだと言えなくもないな。
あと、使ってみたいというのもたしかにわかる。
「ん、『融合魔法』に関しては、残念ながらそれ以上詳しくはわからない。うん。ただ、魔力も霊力も、重ね過ぎると危険らしい。うん。だからなのかあの技は、発動するとどういうわけか身体的疲労や精神的疲労が、普通に戦闘するよりも大きかったりする。うん。――要するに使うと私もシャルもかなり疲れる。うん」
そんな風に言って肩をすくめて首を左右に振るロゼ。
なるほど、どういう原理なのかは不明だが、使用者に対して反動みたいなものが発生するっぽいな。
うーむ……それにしても『融合魔法』か。
色々と気になる点はあるが……まあ、今は置いておくしかないな。
◆
――翌日。
俺と朔耶は知り合いに会うという理由で、一旦使節団から離脱し、伯爵家へとやって来た。
ふむ……家――屋敷の広さは、アリーセの家と同じくらいだな。
「ごめんくださーい」
呼び鈴を鳴らしながら、呼びかける朔耶。
「はーい」
庭の方から声が聴こえてきた。ん? この声は……
「どちら様でしょ……って、え……っ?」
こちらにやってくるなり驚きの表情を見せたのは、ダブルボタンのワンピースの上にケープを纏った俺たちと同じくらいの年齢であろう犬耳の少女だった。
色々な容姿の種族がいるこの世界だが、犬耳を持つ種族なんていうのは存在していない。つまりそれは――
「朔耶さんに……そ、蒼夜さん!?」
そう呼びかけてくる少女――いや、クー。クーレンティルナ。
「わあっ、随分と見た目が変わっちゃってるけど、たしかにクーちゃんだ!」
そう言いながら、クーに飛びかかっていく朔耶。
「へっ!? うわわっ!?」
朔耶に飛びかかられてバランスを崩したクーが後方へと倒れそうになる。
――アポート!
素早くクーを引き寄せて抱きとめる俺。
「クー、だいじょ――」
「ふぎゃっ!?」
最後まで言い終える前に、別の声――朔耶の声が聞こえる。
見ると、盛大に地面に顔から突っ込んでいるのが見えた。
あー、まあそうなるよな……
……
…………
………………
「わぷっ! も……もうちょっと丁寧に……」
地面が柔らかかったからか、大した怪我をしているわけでもない――ちょっと擦り傷があるくらいですぐ治りそうな感じではある――のだが、顔から突っ込んだので、念の為にと、朔耶にアリーセから貰った回復薬をぶっかけておく俺。
さすがというべきか、ちらほらあった擦り傷のようなものが一瞬にして消え去った。
「この短期間で2回も顔からダイブする羽目になるとは思わなかったよ」
そう言いながら、恨みがましそうにこちらを見てくる朔耶。
「ふたり同時に引っ張るのは無理だったからしょうがないだろ……。朔耶の方はぶっちゃけ、自業自得な面もあるし」
「うぐっ、そう言われると……」
俺の言葉に対し、大げさに仰け反ってみせる朔耶。
「ふふっ、おふたりともそういう所は変わっていないのです。なんだかあの頃が懐かしいのです」
クーは微笑みながらそう言った後、ふと何かを思い出したかのように、ハッとした表情を見せ、
「って! 蒼夜さん! 無事でよかったのです! 生きている可能性があると室長さんは言っていたですが、それでもずっと気になっていたのです! 心配だったのです!」
若干、涙目になりながら、捲し立てるように言ってくる。
「あー、なんだ? 心配かけてすまなかったな。死にかけはしたが死んではいないから安心してくれ」
頭を掻きながらそう告げる俺。
朔耶がそれに続くようにして、首を縦に振りながら言う。
「うんうん、私も驚いたよ。しかも、なんかサイキックが全体的に強化されてるし!」
「強化……? あ! そう言えばさっき、アポートで私を引き寄せていたです! あまりにも自然だったので、そういうものだと思い込んでいたですが、そう言われると、地球にいた頃は小さい物を引き寄せるのが精一杯だった気がするです!」
「そうだな。今では人ひとりくらいなら簡単に引き寄せられるが、地球ではそんな感じだったな」
俺はまだそんなに経っていないのに、大分昔の事のように感じられる地球での事を思い出しながら、クーに言葉を返す。
「あ、地球といえば、おふたりはいつこちらに来たです? 私は8年と3ヶ月前なのですが、おふたりの姿からすると、そんなに経っていないように感じるです」
クーは、そう言いながら俺と朔耶を交互に見て首を傾げた。
「私は半年前」
「俺はおおよそ半月だな」
「えええっ!? 朔耶さんは半年で、蒼夜さんに至っては半月なのです!? そ、それにしては、この世界の言葉が上手過ぎるです!」
「あ、うん、私も蒼夜と再会した時に同じ事思ったよ」
驚きの声を上げるクーに対し、懐かしい物をみるかの如き眼で見つめる朔耶。
「なにかあったです? ……って、玄関先で話すのもあれなのです。家の中に入るのです!」
と、そう言って玄関の扉を開くクー。
「あ、そうだ。ちょうど伯爵さんにも用事があるんだけど、いる?」
「パパです? 書斎にいるはずなのです。呼んでくるのです」
朔耶の問いかけに、クーがそう返した直後、
「ん? 僕になにか用事なのかい? 僕がその伯爵――ラウル・ヴォー・ド・メルクリードだよ」
という声が屋敷の中から聞こえてきた。
声のした方を見ると、翡翠のような透明感を感じる深緑の髪をした壮年のガルフェン男性が、こちらに向かって歩いてくる所だった。
どうやらこの人が、伯爵であり、クーの養父でもある人物のようだ。
「ええっと……君たちは? なんだか随分と親しげに話している声が書斎まで聴こえてきたから、気になって見に来たんだけど……」
「あ、パパ! こちらのおふたりは、ソウヤ・カザミネさんにサクヤ・カミツギさんというのです。昔親しくしていた仲間――というより、兄や姉のような存在なのです! 8年ぶりに再会し出来たのですよ!」
そんな風にクーが説明する。伯爵はそれに対して頷き、そして言う。
「あー、なるほどねぇ。それなら納得というものだよ。まあ、とりあえず中へどうぞ。すぐにお茶を用意させるよ」
◆
……と、そんなわけで応接間へと通された俺と朔耶。
そして、出されたお茶を一杯飲んだ所で、伯爵が切り出してくる。
「それで……僕に用事というのは?」
「あ、はい。――それなのですが、まずはこちらを……」
俺は次元鞄から封筒を取り出す。朝、アーヴィングから受け取った文だ。
伯爵はそれを受け取ると、封筒の封印を見ながら、
「これは……隣国――イルシュバーン共和国議会の紋章?」
そんな風に呟き、封筒を開ける。
「ふむ……」
そう呟いた後、しばらく無言でアーヴィングの文を読む伯爵。
そして全て読み終えた後、
「――ふたりは、共和国の現元老院議長であるアーヴィング殿と懇意にしている者だと書いてあるね」
俺と朔耶を交互に見て言う。
「え!? そうなのです!? おふたりとも、本当に何があったのです!?」
なにやら困惑気味のクー。……まあ、わからなくもないが。
「ははっ、ルナが困惑するのも分かるよ。僕もちょっと驚いたしね」
伯爵がクーの方を見て小さく笑う。
どうでもいい話ではあるけど、伯爵はクーの事をルナと呼んでいるようだ。
まあ『クーレンティルナ』だから、そう呼ぶ事も出来るな。
なんて事をふと思っていると、文を封筒にしまいながら伯爵が問いかけてくる。
「……文には『調査』のために星天の海蝕洞に入れて欲しいと書いてあったが、僕の所へ来たのは、それが理由かな?」
「――はい。俺たちが『調べている事』にあそこが関係しているんです」
「……星天の海蝕洞への立ち入り許可をいただけませんでしょうか?」
俺と朔耶が交互にそう告げると、伯爵は柔和な笑みを浮かべながら答える。
「……ふむ。アーヴィング殿からも何も聞かずに、しかし最大限の便宜を図ってくれといった旨の言葉が綴られていた。――アーヴィング殿にそこまで言わせる上、ルナの古馴染みとくれば、断る理由は特にないかな」
伯爵の言葉を聞いたクーが、宣言するかのように、
「でしたら、私が案内するのです!」
と、そんな事を口にするのだった――
あまり引っ張るのもどうかと思ったので、さくっとクーレンティルナの登場です。
追記1:投稿時間設定がミスっていました……(ので、手動で投稿しました)
追記2:誤字と衍字を見つけたので修正しました。