第7話 ローディアスの情勢
「――と、そのような状況ですね」
銀の王率いるゼクスターの軍勢が、ローディアス大陸全土に侵攻を開始し、ローディアス大陸に戦火が広がっているという話を語り終えるエルウィン。
無論それはフォーリア公国も同じで、ゼクスターとの会戦において、公国軍は自国の将の裏切りもあり、1日と持たずに前線……どころか補給線までが崩壊し、為す術もなく、そのまま潰走したという。
公子たちはどうにか飛行艇で戦域から離脱するも、ゼクスターの空軍に追われ、一度ゼクスターの空軍を撒くために大陸の外――海を経由して公都ルナルガントへ帰還しようと試みたが気流に押されて上手く大陸に戻れなかったそうだ。
で、そうこうしているうちに再び見つかって、今に至る……と。
「なにやら不穏な状況になっているようですな」
「ああ。銀の王が何をしたいのかが謎ではあるがね。単に大陸全土を手中に収めようとしているだけだとは到底思えん」
ジークハルトの言葉にそう返すアーヴィング。
やはりというべきか、アーヴィングも俺と同じく、銀の王に何らかの目的があると考えているようだ。
「……しかし、そうなるとローディアス大陸に送り込んでいる諜報員からの情報が何もないというのが気になるね」
「ん。状況的に考えると、捕まったか身動きがとれないか……あるいは始末されたか、そのどれか。うん」
アーヴィングに対し、ロゼが推測を述べる。
まあでも、普通に考えたらそのどれかになるよな。
「ローディアス大陸に送り込まれている諜報員というと……エルザさん率いる『紅翼』と、ナルセスさん率いる『蒼刃』ですよね。おふたりとも優秀な方のはずですが……」
カリンカがそう言って顎に手を当て、考え込む。
「そのふたりなら私も良く知っているわ。前に色々と手伝って貰った事があるし」
「もしかしてそのふたりって、魔法探偵シャルロットに登場する情報収集が得意なスラム街の少年と少女……?」
シャルロッテの話を聞き、そんな事を尋ねるアリーセ。
まあ、魔法探偵シャルロットって、シャルロッテが以前やったあれこれがモチーフになっているらしいからなぁ。
「ええ、そのモデルよ。スラム街うんぬんの設定は物語的な脚色だけど」
「やはりそうでしたか!」
シャルロッテの回答を聞き、納得の表情で力強く――というか、勢いよくシャルロッテに顔を近づけて言うアリーセ。
それに対し、シャルロッテが諦めたような、悟ったような何とも言えない表情で一歩下がる。
「なんにしても、凄い優秀なスパイだっていうのは理解したよ」
朔耶がやれやれといった顔をしながら言う。
……そう言えば、朔耶が今回あまり発言していない気がするな。
まあ……どうせ理解が追いついていないとか、そんな所だろう。
昔からそういう所――理解が追いつかない話が展開すると無言になる所があったからなぁ……朔耶は。
そんな朔耶の言葉にアーヴィングが腕を組み、頷く。
「実際、物語のふたりのような優れた働きをしてくれているね。……だからこそ、情報が何も届かないというのが気になるんだけど」
「おふたりなら、なにかあれば事前に察知して、その情報を送ってきていてもおかしくないはずなんですが、それもありませんからね」
「たしかにそうね。あのふたりなら、仮に捕まったりしていたとしても、その前、もしくはその状態からですら、何らかの方法でその情報を送るはずだわ」
カリンカの言葉に対し、シャルロッテが首肯しつつそんな風に言う。
「だとしたら、情報すら送れないような状態になった、という事か」
そう俺が呟くようにそう言うと、アーヴィングがそれに対して、
「そういう事になるね。……『紅翼』と『蒼刃』は、ローディアス大陸の西と東に分かれて活動して貰っている。同時に連絡が不通になるというのが不自然だ」
なんて事を言ってきた。
ふむ、大陸の東西で活動している諜報員――しかも1人や2人ではないそれらが、一斉に音信不通……か。たしかに不自然だな。
「偵察要員を送り込みたい所ですが、その状況下だと並の者では厳しいですな」
ジークハルトがため息混じりに言う。
「……その通りだな。だが、少しでも情報が欲しいというのはある。現状を考えると、イルシュバーンから離れた地の事だからといって、放置するという選択肢は存在しないのでね」
アーヴィングはジークハルトの方を向いてそう言うと、そこで一度言葉を区切り、エルウィンたちの方へと向き直って問いかける。
「――というわけで……申し訳ないのだが、お三方、先程の聞かせていただいた話以外に何か情報を持っておられたら、を聞かせては貰えないだろうか」
アーヴィングのその問いかけに、今まで黙っていたエルウィンたちが頷き、
「もちろんです。もっとも……先程話した事以外となると、残念ながらあまり多くの情報は持っていませんが」
そうエルウィンが代表して答えた。
……
…………
………………
――結果から言えば、エルウィンたちからは、残念ながら有力な情報を得る事は出来なかった。
やはり、直接偵察する必要があるという事なのだろう。偵察する方法自体はあるのだが……
◆
とりあえず……というわけでもないが、当初の予定どおりメルメディオへと到着した俺たちは、宿泊予定の宿へとやってきていた。
無論、エルウィンたちの部屋も追加で確保してある。
そして今、ディアーナを知る者がアーヴィングの部屋に集まっていた。
「エルウィン殿たちはディンベルの国王との謁見を望んでいたので、俺の方から国王には連絡しておいた」
と、アーヴィング。
「ローディアス大陸へ直接行くのが一番手っ取り早い気がするよ」
朔耶がそんな風に言う。
「そう言えば朔耶、飛行艇では静かだったな」
予想済みではあるが、折角なので気になっていた事を問いかけてみる。
「いやぁ……地理とか政治とか詳しくないから、内容がさっぱりすぎて……」
頬を掻きながらそう返してくる朔耶。ああ、やっぱりそういう事か……
「でも、どうやってローディアス大陸へ? 普通に行くのは無理ですよね?」
そう言ってロゼの方を見るアリーセ。
「ん、飛行艇の運行に制限がかかってるっぽい。空港で確認した。うん。決められた審査を通過した人じゃないと、飛行艇じゃ出入り出来なくなってる。うん。いきなりそうなったとかで、空港が混乱してた」
ロゼが空港に着いた途端、姿が見えなくなったと思ったら、どうやら情報収集していたようだ。こういう所はさすがだな。
「船は?」
「そちらも同じだ。調べた所、海も空も全て往来に制限がかかっている」
朔耶の問いかけに対し、アーヴィングはそう返すと、そこで一度肩をすくめ、それから続きの言葉を発する。
「だが、ゼクスターがそれをするのならわかるが、ゼクスターの侵攻を受けている国がそれをする理由がよくわからないね」
「たしかに……。往来に制限をかけるとか、自ら逃げ道や救援の道を塞いでいるようなものだしな……」
まあ、民や兵が逃げるのを防ぐ事は出来るかもしれんが……そんな事をして何の意味があるというのか、って話になる。
「まあ……大陸全体を完全封鎖する、なんていうのは不可能に近いので、どこかに抜け道はあるとは思いますが……」
と、アリーセ。たしかにその通りではある。
実際、エルウィンたちはローディアス大陸から海へ一度出ているしな。
「ただ……気流に押されて大陸へ戻れなかったというのが気になるんだよな」
「ん? もしかしてソー兄、どこかの天空の城みたいに人工的に生み出されているって考えてる?」
俺の発言に対し、首を傾げてそう問いかけてくる朔耶。天空の城って……
「ああ、それに近いなにかだと思っている。例えば風の障壁とかな」
俺が朔耶にそう言って返すと、アーヴィングが顎に手を当てて、
「なるほど……。その類の障壁――いや、大規模結界が展開されている可能性はゼロではないな」
そんな風に言う。大規模結界なんてものがあるのか……と、一瞬思ったが、良く考えたら、シャルロッテがそれに近い事をしていたっけな。アリーセの家で。
おそらくあれを更に拡大させたものなのだろう。
「うん、たしかに、その手の天候――気象を利用した結界と思しきものが、あの大陸には幾つもある。うん。で、今でもそれらは機能したままになってるとか。うん」
ロゼがアーヴィングの言葉に同意するように頷き、言う。
ふぅむ、ローディアス大陸には、氷原と砂漠が隣り合っていたりするような意味不明な場所があるみたいだからな……
たしかにそういった気象制御のような、何らかの力が作用していたとしても、おかしくはないか。だが、そうなるとやはり……
「――ディアーナ様のテレポータルを使って、ローディアス大陸の状況を確認してくるのが一番早そうだが……。この辺りで霊力に満ちた場所ってどこだ?」
そう問いかける俺。
すると、アリーセが少し考えた後、
「星天の海蝕洞……でしょうか? 昔は祭祀で使われていたらしく、今でも伯爵家の許可がないと入れないそうですが……」
そんな風に言ってきた。……うん? 伯爵家?
「――そう言えば、だいぶ前に知り合いが引き取られたのが、その伯爵家だったはずだ」
俺がそんな風に言うと、
「知り合い……ですか?」
「え? 誰?」
と、アリーセと朔耶が続けざまに問いかけてくる。
「クーレンティルナっていう名前の……まあ、俺たちの妹みたいな存在だな」
「え? クーちゃんってここに住んでるの?」
俺の返答に更に問いかけてくる朔耶。
「ああ。そうらしい」
朔耶の方を見て頷き、そう言葉を返すと、
「じゃあ、明日にでも言ってみようよ!」
と、そんな事を言う朔耶。
「ふむ……。使節団から離れて行ってみるか。後から追いかければいいだけだし」
しばしの思案の後、俺はそう朔耶に向かって言う。
「あ、それなら私も――」
「いやいや、アーヴィングさん――国家元首の娘であるアリーセが、使節団から離れたら色々とまずいだろ。ああもちろんロゼもだけど」
アリーセの言葉を遮るようにしてそう告げる俺。
「それは……そう……ですね」
「ん、たしかに……」
アリーセとロゼが残念そうな表情で言ってくる。
「上手く星天の海蝕洞に入れそうなら、そのままローディアス大陸の様子も見てくるつもりだが、偵察っていう程きっちり見てくる気はないし、すぐ戻るさ」
「そうだね。何かあっても、アルを召喚すればどうにかなるだろうしね」
俺と朔耶がそう言うと、
「もし、ローディアス大陸へ行くのであれば、十分に気をつけて欲しい。元々ローディアス大陸は色々と妙な力が働いている土地だからね。女神ディアーナ様の力すら阻害される可能性がある」
と、そんな事を言ってくるアーヴィング。
……そう言えば、ディアーナもローディアス大陸にあるプリヴィータの花が咲いている場所には直接テレポータルを開けないって言ってたっけな……
うーむ、たしかに厄介そうな大陸だ。
ま、実際に行けそうだとなったら、気をつけるとするか。
そんなわけで……王都の前にローディアス大陸へ?