第6話 国境上空・エンハンス
「くっ!?」
他の出していたスフィアは、全て魔力が尽きてしまったらしい。
急いでその魔力の尽きたスフィアを全て戻し、別のスフィアを呼ぶ。
アリーセはチャージの構えをしており、アルも攻撃を仕掛けるには少し遠い。
どうするべきかと、最近使っていなかった高速思考を発動しようとしたその直後、エルウィンたちの飛行艇の上に誰かが飛び乗った。ん? 誰だ?
クレアボヤンスを使って確認すると、それはシャルロッテとカリンカだった。
正確に言うなら、カリンカを両手で抱えた――要するにお姫様抱っこをした――シャルロッテか。
……どうしてあんな状態に? という疑問が頭に浮かぶと同時に、シャルロッテの声が響く。
「サクヤ! 離れて」
そのシャルロッテの声に従い、朔耶がアルに離脱を指示。
アルが急上昇すると同時に、カリンカが両手に持った小型の盾を両方とも敵飛行艇の方へを向けた。
「発動準備完了っ! いっくよーっ! 融合魔法《魔王ノ赫灼タル覇道・冥闇ナル暴食ノ濤声》っ!」
刹那、真紅と漆黒が織り交ぜられた波が空を浸食するかのように、勢いよく敵飛行艇の方へと広がっていく。
そして、そのまま敵飛行艇を食らいつくす。
そう、言葉通りバキバキという音を立てながら、波が飛行艇を砕き、食らった。
ふむ、なるほど。魔法発動準備で動けなかったからシャルロッテが抱えてきたってわけか。納得だ。
しかし……融合魔法ってなんだ? 名称からすると、2つの魔法――術式を組み合わせたような感じだが……
「ん。なんか、凄い邪悪な雰囲気のする魔法。うん」
近くにいたロゼがそんな事を呟く。
「まあ、魔王とか冥闇とか叫んでたしな」
俺がそう言うと、ロゼは頷き、
「ん。一発で撃破するとか凄まじい」
そんな風に口にしながらデッキの手すりから下を覗き込んだ。
ロゼと同じ方向に視線を向けると、シールドを突破した2艇の影に隠れる形で下方向から最後の1艇が突っ込んでくるのが見えた。
まあ、この距離なら余裕で撃破が間に合うな。そう考えてスフィアを構えようとした所で、
「それにしても、うん、今回はまったく出番なかったから、最後のくらい倒したい。うん」
そう言い残してロゼが視界から消える。
空に飛び出していたその姿を見つけた時には、ロゼは緑色の光を撒き散らしながら空を滑るようにして最後の敵飛行艇へと突っ込んでいく所だった。
ロゼお得意の高速移動魔法を空中で使ったのか? あんな使い方もあるんだな。
心の中でそんな風に思いつつ、クレアボヤンスでロゼを追跡。
と、ロゼは円月輪を放り投げ、巨大化させた。
巨大化した2つの円月輪が敵飛行艇に着弾し、装甲を削る。
それに追いつく形でロゼが敵飛行艇の上へと着地。
更にそこへカリンカはエルウィンの飛行艇の上に置いてきたシャルロッテが現れ、ロゼと顔を見合わせると、何やらニヤリとした。……何をするつもりだ?
ロゼは素早く短剣に持ち帰ると、それを勢いよく敵飛行艇に突き刺す。
それに合わせてシャルロッテもまた刀を突き刺す。
突き刺したふたりの得物が光ったかと思うと、そこを中心に、地割れを思わせるかのうような赤い光が放射状に広がった。
シャルロッテとロゼは極限まで広がったところで得物を引き抜くと、即座に大きく跳躍し、敵飛行艇の上から空中へと離脱する。
刹那、赤い光から強烈なオレンジ色の光が漏れ始め、そして炸裂。
オレンジ色の光が消えた時、最後の敵飛行艇は完全に塵となって消し飛んでいた。
「なんだありゃ……」
「ふたりの霊力を重ね合わせて爆発させた……といった感じでしょうか? 一昨日からふたりで何やらコソコソとやっていましたが、まさかこれを……?」
唖然と眺めていた俺に対し、アリーセがそんな風に言ってくる。
どうやら、ふたりでこっそり編み出していたようだ。
ちなみにシャルロッテとロゼは敵飛行艇上から離脱した後は、特に何の問題もなくエルウィンの飛行艇上へと帰還してきていたりする。
ロゼは例の高速移動魔法だが、シャルロッテの方は空中でまさかの3段ジャンプを繰り出しての帰還だ。2段は良く見かける――といっても、普通は出来ない――が、3段って……
ってか、3段ジャンプなんて芸当が出来るんなら、アルミューズ城での霊力反応スイッチは、自力で出来たんじゃなかろうか……? それとも、あの時点では出来なかったのか?
なんて事を考えていると、
「アルのブレスと同等かそれ以上って感じだね……あれ。合体攻撃おそるべし、だよ」
朔耶がそう言いながらこちらへ歩いてきた。
アルの姿がない所をみると、既に送還したようだ。
「合体攻撃……ですか。たしかにそう呼ぶのが妥当ですね」
アリーセが頷きながらそう朔耶に言う。
と、その直後、
「こちらカリンカです。これから大公家のおふたりと、護衛の騎士様をブリッジにお連れします」
というカリンカの声が通信機から聴こえてくる。
「おっと、俺たちもブリッジへ行くか」
その俺の言葉に、朔耶とアリーセが頷く。
ふたりって言ったけど、エルウィン以外にも大公家の人間がいたのか。
騎士っていうのは、エアリアルアンカーを射出した女性かな? なんか『であります』とか言ってたし。
◆
「改めまして、フォーリア公国大公家公子エルウィン。――エルウィン・レインズ・ディアス・フォーリアです。この度は助けていただき感謝いたします」
「同じく、フォーリア公国大公家公女リンスレット。――リンスレット・エレン・ローデ・フォーリア。助けてくれてありがとな。感謝するぜ」
エルウィンに続いてリンスレットと名乗った女性がそう言ってくる。
……顔に似合わずっていうと怒られそうだが、随分と荒っぽい口調の公女だな。
服装も袖と背面に複雑な紋様が描かれている青いドレスコートだし、なんというかそのまま戦闘が出来そうな感じだ。
ちなみにエルウィンもリンスレットも、どちらもキツネのような耳と尻尾を持っているので、種族はテリル族で間違いないだろう。
ああでも、エルウィンの方は尻尾が複数あるな。たしか……テリル・ナギっていう特殊な存在だったか?
と、そんな事を考えていると、リンスレットに似ているが、装飾が少なく赤い色をしているドレスコートを身に纏うウサギ耳――ルヴィーサ族の女性が、驚愕の表情を浮かべながら、慌てた口調で言葉を発する。
「ちょっ!? 公女殿下!? 何故に言葉遣いなのでありますかっ!?」
「アーヴィング殿には、前にも会ってるし、その時もこんな感じだったかんな。わざわざ猫を被る必要もないだろ」
騎士っぽい女性に突っ込まれたリンスレットが、そんな風に返す。
「いやいや、初対面の人もいるでありますからっ!」
「なーに、俺たちは別に気にしないぞ」
騎士っぽい女性に対し、あえてそんな口調で告げる俺。
俺の言葉に対し、カリンカ以外のその場にいた仲間――こちらサイドの皆が同時に頷く。
そしてそのカリンカもまた、ちょっと遅れて頷いた。
「そ、そうでありますか? ――っと、申し遅れたであります。ボクはクラリス。フォーリア公国近衛騎士団の騎士団長であります!」
ビシっと敬礼をしてそう名乗るクラリス。どうやら、ボクっ娘らしい。
そのクラリスの名乗り対し、リンスレットが横からそんなツッコミを入れる。
「一人称がボクになってんぞ」
「はっ! つ、つい引っ張られたでありますっ!」
なんて言って慌てるクラリス。
「まあ、そっちも気にするな」
とりあえず俺はそう言うと、そのまま自己紹介をする。
俺の自己紹介に続き、皆が自己紹介をし終えたところで、
「ところで公子殿、貴方がたを追っていたあの者たちは何者なのですか? 全滅するまで戦闘を継続してくるというのは、少し予想外でしたよ」
アーヴィングがエルウィンの方に顔を向けて問う。
「あれは、ゼクスターの王を排し、新たなゼクスター王となった銀の王が、召喚術によって呼び寄せた異界の軍勢です。銀の王の命に忠実で、自らの命すらも簡単に差し出す、そんな者たちで構成されています」
エルウィンがそう説明すると、それに続くようにして、
「ま、召喚なんて言われたら驚くだろうし、信じられないかもしんねぇが、マジだぜ」
そんな風に言ってくるリンスレット。まあ、普通は信じられないかもしれないな。召喚士の存在はレアなようだし。……こっちは間近にいるけど。
「信じる信じないで言うんなら、信じるさ。そもそも、こいつが召喚士だし」
俺は朔耶を指さしながらそう告げる。
それに対し、リンスレットは硬直したまま目を瞬かせた後、我に返ったように、
「マジかよっ!?」
と、驚きの声をあげた。
横にいるエルウィンとクラリスも声こそあげなかったが、似たようなものだ。
「もしや先程の飛竜は、サクヤ殿……あなたが?」
「うん、あれは私が召喚したアルだよ」
エルウィンの問いかけにそう返す朔耶。
「イルシュヴァーン共和国に飛翔操獣士の類はいないはずでありますのに、何故、飛翔操獣士が乗っているのかと不思議に思っていたでありますが、まさかの召喚でありましたか……」
クラリスはそう呟くように言うと、額に手を当て、首を左右に振った。
ちなみに飛翔操獣士というのは、空を飛ぶ何らかの生物に乗り、空を駆ける者の事を言うらしい。まあもっとも……飛行艇の登場によって、その数を大きく減らし続けているようだが。
「しかし、銀の王……。召喚士であるという噂はありましたが、本当に召喚士だったのですね」
カリンカが軽くため息をつきながら言う。
「そういえば、銀の王についてはギルドに言った時に聞いたけど、ゼクスターっていう国の王を弑して、その地位を奪ったって情報は掴んでいなかったのか?」
「まったくだね。当然と言えば当然だけど、傭兵ギルドからもそんな情報は共有されなかったし」
俺の問いかけに対し、そう返して肩をすくめるカリンカ。
ってか、周囲に人がいるのにも関わらず、カリンカの俺に対する口調が素のものになっているな。もしかして、気にしないって言ったからか?
「傭兵ギルドは、私が討獣士に鞍替えする前――傭兵をしていた頃から、怪しい動きをみせる事が度々あったわ。依頼人不明の依頼が全ギルド貼り出されたりね。普通はそんな怪しい依頼が貼り出されるなんて事はまずないし、全ギルドに、なんていうのは、なおさらありえないわ」
と、シャルロッテ。
ああ、そう言えばシャルロッテって、前は傭兵だったんだっけな。ヴァルガスがそんな風な事を言ってたし。
ってか、今の話からすると、その頃から傭兵ギルドはなにかを画策していたという事なのか?
うーむ……傭兵ギルドに銀の王、か。
戦乱の世でもないのに、ただの傭兵が意味もなく一国の王を弑するなんて事はどう考えてもありえない。
だから、何らかの目的があるはずなんだよなぁ。でも、それは一体なんなんだ?
ふむ、もう少し話を聞いてみないとわからないな……と、そう考えた所で、
「ゼクスターやフォーリアの現況について、もう少し聞きたいところね」
シャルロッテが俺の心を読んだかのような言葉を口にした。
それに同意するように、俺――いや、俺たちも頷く。
「わかりました。ゼクスターやフォーリアを含む現在のローディアス大陸の状況について、お話いたします」
エルウィンはそう言って、話を始めた――
ようやく活躍?のシャルロッテ&ロゼです。
融合魔法とか合体攻撃とか出てきましたが、その辺の話は少し後になる予定です。