第4話 国境上空・エンカウント
――イルシュバーン共和国南方・国境上空――
「わぁっ、いい眺めだね! まあ、地平線も水平線も見えないけど!」
国家元首用の飛行艇デッキの手すりから身を乗り出しながら言う朔耶。
たしかに朔耶の言う通り、幻燈壁のせいで地平線も水平線も見えない。
もっとも、快晴な事もあって見晴らしはとても良く、大陸の上を進んでいるわけではなく、海の上――海岸に近い所を進んでいるので、陸も海も両方見えており、景色を楽しむには十分過ぎるほどだ。
「はしゃぎすぎて落ちるなよ? 引っ張り上げるのが面倒だからな」
「落ちないから大丈夫だよ! ってか、面倒ってなに!?」
朔耶が抗議の声を上げるが、放置して幻燈壁の方に視線を向ける俺。
何度見ても不思議な景色だな。地球では絶対に見られない光景だし。
と、そんな事を思いつつしばらく眺めていると、幻燈壁の中――向こうは普通に飛んでいるだけだが、そう見える――から小型の飛行艇が現れるのが目に入ってくる。
どこへ行く飛行艇なのだろうか? と、そう思っていると、その後方から中型の飛行艇が次々に姿を見せた。
そして、その後方の飛行艇の側面が光ったかと思うと、赤い光球が絶え間なく連続発射され、先を行く飛行艇目掛けて襲いかかった。
その飛行艇は赤い光球を難なく回避していくが、後方の飛行艇集団の方がスピードの面でも優れているため、すぐに追いつかれて囲まれてしまいそうだ。
「え? なにあれ? もしかして襲われてる……?」
「……かもしれんな。とりあえずアーヴィング――ブリッジに通信だ。……っと、通信機はどこだ?」
アーヴィングに話をするべく、ブリッジに備えられている通信機を探す。
「あ! これじゃない?」
そう言いながら通信機を手に取る朔耶。
「ブリッジ! 応答願います!」
朔耶が通信機を作動させ、そう呼びかける。
「こちら、艇長のジークハルト。なにかありましたかな?」
艇長――要するにこの飛行艇の最高責任者、指揮官だ。
飛行船ではなく飛行艇だから、艇長というらしい。
「どこかの飛行艇が襲われているみたいなんです」
朔耶がそう言うと、
「なんですと!? ディオ! レーダーはどうなっている!?」
という驚きの声が通信機を通じて返ってくる。
この通信機は電話のような1対1の対話形式ではないので、作動さえさせれば、その周囲にいる全ての人間が通話可能となる。
まあ要するに、オートでスピーカーモードになっている感じだな。なので――
「レーダーには反応ありません! ――速やかにビジョンスクリーンを起動し、目視が可能な状態にします!」
という、ディオという名の魔煌レーダーを担当していると思われる乗組員の声が聴こえてくる。
ブリッジは飛行艇の中央やや下部にあり、周囲を壁に囲まれているため外が見えない。
そのため、基本的にはレーダーを頼りに航行している。
……というか、飛行艇内の高い位置にあるわけでもないのに、ブリッジと呼ぶのもなんだか不思議な感じだな。まあ……防御面で考えたら、たしかに一番安全そうな位置ではあるけど。
「どうやら、ジャミングされているようね」
こちらはシャルロッテの声だ。どうやらブリッジにいるみたいだな。
シャルロッテに続いてアーヴィングの声が聴こえてくる。
「――ジャミングするという事は、識別反応を知られたくないという事でもあるな。とすると……逃げている方は重要人物が乗っていると考えるべき……か?」
「その可能性が高いかと思われます。もっとも、追われているフリをして、こちらに踏み込んで来る算段だという可能性もゼロではありませんが……」
アーヴィングに対し、艇長のジークハルトがそう返す。
「……あの追われている飛行艇ですが、フォーリア公国の大公家が使用する物だと思われます。以前、ギルドの資料で見た事がありますので」
というカリンカの声。飛行艇の姿がブリッジから視えるという事は、どうやらビジョンスクリーンとやらが起動したみたいだな。
「なるほど……であれば、取るべき行動は1つかな。艇長、我々が何者であるかを告げ、攻撃を停止するよう呼びかけてくれ。それで駄目なら飛行艇運行世界法に則り対処を頼む」
アーヴィングがそう告げる。……飛行艇運行世界法? 良く分からないが、国際条約みたいなもんだろうか?
「ふむ……。それはつまり、海賊として掃討すればよろしいのですかな?」
「ま、そういう事だね。というか、停止しないと考えているな? いやまあ、俺も言って停止するなどとはまったく思っていないが」
どうやら、ふたりとも戦闘する気満々といった感じだな。
「ええ、ジャミングを行ってくるような輩が、言って停止するなどありえませんな。無論、法に則って呼びかけはしますが」
ジークハルトはそう言った後、一呼吸置いてから今度は乗組員に向かって告げる。
「ディオ! オープンチャンネルで呼びかけるぞ! 回路を生成しろ!」
それから数秒で今度はディオの声が聴こえてくる。
「音声伝達魔煌具、回路生成完了! いつでもどうぞ!」
「――こちらは、イルシュバーン共和国元老院専用武装飛行艇『蒼穹』である。飛行艇運行世界法により、国家元首の乗る飛行艇の周囲5キロ以内での戦闘行為は禁止されている。ただちに戦闘行為を停止せよ。停止する意思が見られぬ場合は、同法に基づき、海賊行為と認定し、撃退行動を取らせてもらう」
という警告の言葉を発するジークハルト。
その警告を受け、魔法弾の発射が止ま……ったのは一瞬だけで、すぐに再開された。
「どうやら、予想どおり停止する意思はないようですね」
というアリーセの声が横から聴こえてきた。
振り向くと、アリーセとロゼの姿がそこにはあった。
ふたりともいつの間にかデッキに来ていたようだ。
「ならば、こちらも予定通りの行動を取るまでさ」
通信機が拾ったアリーセの声に対し、そう返してくるアーヴィング。
「レミーナ、警告の記録はとれているな?」
アーヴィングの言葉を聞いたジークハルトが、レミーナという名前の乗組員にそう問いかける。
「はいー、記録はバッチリですー。攻撃を仕掛けても問題ありませんー」
レミーナがそんな風に言葉を返す。……なんだか、ディアーナみたいな喋り方をする人だな。
「よし……大義名分は立ったな。――総員戦闘配備! 10時方向の中型武装飛行艇集団との交戦を開始する! 艇内全域の通信を強制リンク! 相手はジャミングを使用している! ビジョンスクリーンによる目視でいけ!」
ジークハルトがそう言った直後、機関室にいると思しき乗組員の声が聴こえてくる。
「全兵装、ターゲットセットアップ! 15、300、65、500!」
どうやら、飛行艇の全通信機が作動状態になったようだ。
連続して発せられた数字は、おそらく攻撃対象の数や位置を示しているのだろう。
「主砲、オールグリーン!」
「フォトンガトリングカノン、準備よし!」
「各種システム、異常なし!」
通信機から次々にそんな声が聴こえてくる。
それに対して朔耶が、
「なんだか凄く軍艦っぽい感じがする!」
なんていう感想を口にする。どんな感想だ、それ。
でもまあ……言い得て妙でもあるか。共和国最強の武装を有する最新鋭の飛行艇……みたいな事を離陸前に言っていたし、アーヴィングが。
それにしても、フォトンガトリングカノン? この世界、銃ってないんじゃなかったっけか? ああでも、フォトンってついてるから魔法弾かもしれないな。
なんて事を思っていると、
「――閣下、交戦を開始します。よろしいですかな?」
というジークハルトの声が聴こえてくる。そしてすぐに、
「ああ。元老院議長として交戦を承認する」
というアーヴィングの返答が続いた。
どうやら戦闘が開始されるようだ。こちらも念の為準備をしておこう。
「……では。――ガトリングで機先を制する! 左舷……撃ち方始め!」
「左舷1番、てーっ!」
ジークハルトの号令に続き、現場――砲撃手たちの長と思われる者の声がする。
直後、飛行艇の側面からオレンジ色の魔法弾が絶え間なく発射され、空の彼方――中型の飛行艇目掛けて飛んでいく。
なるほど……たしかにこれはガトリングだな。さすがに俺の連射杖でもここまでの連射は出来ない。
「続けて、2番、3番!」
側面から更に魔法弾が発射され始める。
魔法弾の弾幕をまともに受けた中型の飛行艇が爆発と共に海へと落下していく。
「うわぁ、なんだかロボットアニメの中にいる気分だよ。ホント」
「ああそうだな。まあ、正確に言うならロボットアニメというか……ロボットアニメに出て来る艦隊戦って感じだな」
朔耶の言葉に対し、同意してそう言葉を返す俺。
「ん? ろぼっとあにめ?」
ロゼがもっともな疑問を投げかけてくる。
「あー、簡単に言うと幻影舞台だな。で、その演目の名前というか種類というか……ともかく、そういうものだ」
「ん、なるほど。納得した」
俺の微妙な説明に頷き、そう返してくるロゼ。……今のあれで納得出来たのか。
と、頭を掻きながらそんな事を思っていると、ジークハルトの声が聴こえてきた。
「艦隊戦が展開する幻影舞台ですか。それは少し気になりますな」
おっと、今のロゼとの会話、ブリッジにも聴こえてたのか。
……いや、通信機の仕組みからしたら、聴こえない方が不自然か。
っていうか、戦闘中なのに余裕があるな。もっとも、こちらの方が圧倒的に有利な状況ではあるのだが。
「敵飛行艇数艇がこちらに向かってきます!」
ディオの声が聴こえてくる。
どうやらこちらを放置するのは危険と判断したようだ。
「主砲、チャージ!」
「主砲、チャージ!」
ジークハルトの声を復唱するどこかの乗組員。
っていうか……その主砲ってのはどこにあるんだ?
それっぽいものは、どこにも見当たらないんだが……
と、そう思っていると、船首――と言って良いのかわからないが――の辺りに巨大な魔法陣が展開された。お、おお?
「チャージ完了! いつでもいけます!」
その声が聴こえると同時に魔法陣がまるで脈動するかのように、ゆっくりと点滅し始める。
「シュヴァルツァー・ブリッツ、発射! 敵を薙ぎ払え!」
ジークハルトの掛け声と共に、魔法陣から極太の黒い光線が一直線に放たれる。
「うわぁ……」
とんでもないものを見たと言わんばかりの表情をする朔耶。
ああうん、これはそういう表情をするのも良く分かるな、これは。
あと、何故だかわからないが、主砲の名称がドイツ語で聴こえたが……
なんて事を思っている間にも黒い光線は敵飛行艇集団へと襲いかかる。
敵はそれを回避するべく散開を試みるが、密集していた事もあり、外側にいた数艇以外は全て黒い光線へと飲まれ、そして消えた。
「これはまた……凄まじい火力だな……」
俺の呟きに対し、
「まあ、あのシュヴァルツァー・ブリッツは、コウ先生が共和国最強だと自負している魔煌砲ですからね」
なんて事を言ってくるアリーセ。
ああなるほど……室長の命名か。なんだか納得したぞ。
「さ、さすが……室ちょ――じゃなくて、秋原さん」
若干引き気味に言う朔耶。
「ん、でも撃ち漏らした飛行艇がこっちに来る」
ロゼがそう告げながら円月輪を構える。
……それで落とすつもりなのか? いやまあ、ロゼならやってのけそうだけど。
「まあ、ここは新武器のお披露目といこうか」
俺はそう告げると、アーデルハイトによって魔改造された杖――いや、スフィアをディアーナの空間から全て呼び寄せ、宙に浮かべた。
さて……どのくらいいけるだろうか。
飛行艇での戦闘です。……ちょっとノリと勢いで書いてしまった感が……
ちなみにですが、ソウヤたちの乗る飛行艇は、世界一の魔煌技術を誇るイルシュバーン共和国の最新鋭武装飛行艇なので、世界でもトップクラスの戦闘力を有していたりします。
追記1:誤字と脱字を見つけたので修正しました。
追記2:ディアーナの空間と書く所が次元鞄となっていたので修正しました。




