第3話外伝 真の世界と銀の王
<Side:Adelheid>
「……で? アイツ――ソウヤと俺に面識を持たせた理由はなんだ? お前がここに来たのはそれが目的だろう?」
ソウヤの姿が見えなくなった直後、ヴァルガスの奴がそんな風に問いかけてきおった。
「ほう、その事を理解しておったか」
「はっ、あたりめぇだろ。そのくらい察せなかったら傭兵団の長なんて出来ねぇよ」
妾の言葉に肩をすくめながらそう言ってニヤリとするヴァルガス。ま、たしかにその通りじゃな。
「……あのソウヤという者、確実に『竜の座』へ、『真の世界』へと辿り着くじゃろう」
少々言葉足らずでであろうか? そんな風に思いつつもそう告げると、
「なるほど? その時――辿り着いた時の事を考えて、ってわけか。たしかにその方が後々楽だが……お前のやっている事は、どっちかというと『辿り着く』じゃなくて『辿り着かせる』って感じだぞ? 得物の魔法杖を強化してやったりしてるしよ」
と、意図を解釈した上で、そう言葉を返してきた。
「ふむ、たしかにその方が妥当じゃな。ソウヤには辿り着いて貰わねばならん。必ず」
「……ソウヤをそこまでして、辿り着かせたい理由はなんなんだ?」
まあ、当然そう思うであろうな。
「――ルクストリアを中心に、共和国内に不穏な空気が流れ始めておるのは気づいておるじゃろう?」
「ああ。『エーデルファーネ』だか『真王戦線』だかが、何かをしようとしているっつーのは知っているぜ。……もっとも、何をしようとしてんのかまでは掴めてねぇが、どうやら遺失武器――『銃』を持ち出してきたみてぇだな」
「うむ。『銃』に関しては、物理的な遠隔攻撃を無効化する障壁があるゆえ、現時点では脅威とは言えぬが、登場してきた事それ自体が問題じゃな」
「なるほど、要するに『竜の血盟』の誰かが連中の裏にいるって事か。それも俺たちと対立する側の」
「そういう事じゃ。そして、ソウヤを早く辿り着かせねば、我らと敵対する側の『竜の血盟』に遅れを取る事になりかねぬ。……というか、正直言うとあまり『余裕』がないのじゃよ」
そう、余裕がないのじゃよ。時間的な余裕がの。
「その『余裕』っていうのは、世界の歪みに対する……か?」
「うむ、その通りじゃ。ここ最近の異変は知っておろう?」
アルミナの事変に、シャルロッテが遭遇した幻獣と思しき存在……。それらは全て、何らかの――世界の歪みが引き起こす災厄などの凶兆であると言えるじゃろう。
「ああ、もちろん知ってるぞ。ん? まさか、アイツは……ソウヤは世界の歪みに対して何か出来る力があるってーのか?」
妾の問いかけから、その事に気づくとはさすがじゃのぅ。
「うむ、間違いなく鍵となるじゃろう。なにしろ、あの者は『記憶喪失の女神』に一番近い立ち位置にいる者なのじゃからの」
そう妾が告げると、ヴァルガスは心底驚いたといわんばかりの表情を見せおった。
「はぁっ!? おいおい、そいつを信じるなら、ソウヤは使徒だって事になんじゃねぇか? っていうか、なんでそんな事まで知ってんだよ……?」
「使徒という呼び名が正しいかはわからぬが、まあそのようなものであろう。それから、その事は知っているわけではないぞい。あくまでも妾の推測じゃ。弟子のエステルやコウ、それにサクヤやシャルロッテたちの話をもとにした……の」
「お前の推測は、ほぼ事実と同義だからなぁ……。まあいい、大体の理由は理解した。アイツが竜の座へ、真の世界へ辿り着いた時は、出来る限り協力するとしよう」
「うむ、頼んだぞい」
さて、これでとりあえずの布石は打てたかのぅ。上手くいってくれれば良いのじゃが、はてさて……
「んで? 用事はそれだけか? まあ、そんな事はねぇだろうけど」
「うむ、まだ用事はあるぞい。――先日、魔女としての妾に、アーヴィングからアルミューズ城の地下遺跡の警護を頼まれてのぅ」
あやつ、妾が学士となる前から知っておるせいか、妾に魔女の力を使わせようとするのじゃよなぁ……。やれやれじゃわい。
「地下遺跡? ああ、最近発見されたってヤツか」
「そうじゃ。で。その遺跡なんじゃが、どうやら先程おぬしが言っておった『連中の裏にいる』者に目を付けられておるようでの。国軍の精鋭が防衛にあたってはおるが、それだけでは少々心許ないのじゃよ。で、おぬしにも来てもらえぬかと思っての」
シャルロッテも細工を施してはおるようじゃが、あの程度ではあまり持たぬしの。
「なるほどな。ま、そっちも構わねぇぜ。今は開墾も一段落して割と余裕があるからな」
「……そういえば、何故おぬしはこの地の開墾なぞ始めたのじゃ?」
妾は、ふと湧いてきた疑問について尋ねてみる。単なる興味本位じゃの。
「元々俺が傭兵団の長を引退したのは、ギルド内の目を逸らさせるっつー理由もあるんだが、そもそも俺は、この地――俺の生まれ故郷が廃村寸前だっていうのをなんとかしたいと思ったから傭兵になったわけだからな」
む? なにやらに気になる事を言いおったな?
「ふむ、おぬしが傭兵を辞めたのはそんな理由であったか。――傭兵ギルドについては妾も情報を得ておるが、ギルドを隠れ蓑にして暗躍しておるものどもが、内部にいるそうじゃな?」
「ああ、確実にギルドの幹部にいやがるな。それと銀の王なんかもそうだ。……つーか、あの野郎、ゼクスターの王を排除して自らが王になりやがったみてぇだぜ。ったく、王は二つ名だけにしとけってんだ」
「なんじゃと? ……ふーむ、ローディアス大陸もキナくさくなってきおったのぅ」
あの銀の王が、文字通り王になるとはのぅ……。おそらくギルドを利用して動いておる者が支援したのじゃろうが……そやつも銀の王も、一体何が目的なんじゃ?
「ああそうだな。まあ、何をしようとしているのかは、今入ってくる情報程度じゃ、皆目検討がつかん。これに関してはもう少し情報が必要だな」
ふむ、たしかにヴァルガスの言うとおり、現状では何も出来ぬな。
「……っと、すまぬ、話がそれてしまったのぅ。それで? おぬしが生まれ故郷をなんとかしたいと思って傭兵になったのが、どう開墾に繋がるのじゃ?」
「この流れでそこに話を戻すのかよ!?」
なにやら驚かれたが、そんなにおかしな事じゃろうか?
妾がさっさと話すように促すと、ヴァルガスはやれやれと言わんばかりにため息をつきおった。……解せぬ。
「……まあいいけどよ。まあなんだ? この村を発展させるためにはどうしたら良いのかとあれこれ考えたんだが……とりあえず農地を増やすのが一番じゃねぇかという結論に至ったんだよ。この辺りは農地と呼べるような場所は少なかったからな」
「なるほどのぅ……。たしかに良い方法じゃな。共和国は農地が少ないからのぅ。ここが共和国一の農作物の生産地となれば、間違いなく発展する事になるじゃろうよ」
そんな推測を述べてやると、ヴァルガスは、
「マジか! よーし、共和国一の農作物の生産地になってやろうじゃねぇか!」
と、嬉しそうに意気込みおった。
ま、何年先になるかわからぬが、おそらくなるじゃろう。
その時は、こっちに引っ越すのも悪くはないかもしれぬのぅ……
もっとも、その前にどうにかせねばならぬ問題が山のようにあるのじゃがな。
特にローディアス方面の情勢に関しては情報が少なすぎるゆえ、なんとかして新しい情報が欲しい所なのじゃが……
◆
<Side:???????>
「両殿下! 後方から多数の飛行艇が接近中であります!」
ボクがそう告げると、公子殿下が、
「――航行速度の差で、大陸に到達する前に追いつかれそうだね」
と、言ってきたであります。
「残念ながらもうあと5分程度で、あちらの攻撃の射程圏内に入るであります」
「うへ……そいつはちとキツいぜ。ったく、もうちっとゆっくりしてこいってんだ。これほど早く探知されるだなんて想定外だぞ」
ボクの言葉に対し、公女殿下が後ろから荒っぽい口調でそんな事を言ったであります。
黙っていればかわいいのに口を開くとこれだから困るであります。
「公女殿下……その言葉遣いはどうかと思うでありますが……」
「この場には身内しかいないんだから別にいいだろ」
ボクの苦言にそう言って返してくる公女殿下。聞く気なしでありますか……。まあ、わかっていたでありますが。
ただ、ボクも身内だと言ってくれるのはうれしいであります。
「しっかし……追っかけて来ている奴らの数、ちょーっとばかし多すぎじゃないか? まったくもってやれやれって感じだぜ」
「うーん、何がなんでも大公家の血を断絶させたいみたいだね」
肩をすくめる公女殿下に対し、公子殿下がそんな風に言葉を返すであります。
「……あそこまで徹底してくると、むしろ執念というか憎悪というか、そういうものを感じるな。一体、どんな因縁があるってんだ?」
「あの者――銀の王は存在そのものが謎であります。ゼクスターの王となる以前は傭兵であったという事は知られているでありますが、それ以外は完全に謎に包まれているであります。……しかも、傭兵ギルドに情報提供を要請しても突っ張れられたであります」
皇女殿下の疑問に対してそんな風に返しながら、ボクは考えるであります。
……傭兵ギルドが黒幕――というか、裏で動いているのではないのか……とであります。
無論、ギルド所属の全ての者がそうであるという事はないと思うでありますが、ギルドの上層部の誰かがそうである可能性は十分にあるであります。
ボクと同じ事を考えていたのか公子殿下が、
「ゼクスターの件は、銀の王と彼が率いる傭兵団の単独行動で出来るようなものじゃない。だから、莫大な情報を有する傭兵ギルドが彼を支援したのは間違いない。ただそうなると、どうしてギルドが銀の王にそこまで偏った支援をしているのか、という話になるんだけど……」
と、そんな風に言ったであります。
そうでありますね、たしかに何故そこまでギルドが動くのかがわからないであります。
どちらかと言うと、ギルドで暗躍している者がいて、何かの理由でそうしている……そんな気もしなくはないでありますね。
ボクがそう思案していると、公女殿下が、
「ま、そいつを考えるのは連中を振り切ってからにしようぜ」
と、言ってきたであります。
「たしかにそうだね。……とはいえ、あの数相手にどこまで出来るかっていうのはあるけど。こっちは武装皆無だし、速度も負けているからね」
公子殿下がそう言うように、正直、連中を引き離す事も出来ない上に迎撃手段もない現状では、何も手を打たなければ10分もせずに海の藻屑となるだけでありましょう。
しかし、どうすれば良いのかと言われると、何も手段が思いつかないのもたしかであります。
そんなこんなで命のカウントダウンがじわじわと進んでいき、敵飛行艇の射程圏内に入るまで残り2分を切った所で、魔煌レーダーが真正面に何かを捉えたであります。
「この空域を航行中の飛行艇? 識別反応は……え!?」
公子殿下がレーダーの情報を解析し、驚きの声を上げたであります。
「どうしたでありますか?」
「――正面の飛行艇だけど、イルシュバーン共和国の国家元首が乗る飛行艇みたいだよ」
公子殿下のその言葉に、ボクは心の中で歓喜したであります。
なにしろボクらの行く先に、光明が見えてきたわけでありますから。
恒例(?)の『なんだか良く分からない事を言っている人たち』の回です。
とはいえ、それだけだと流石にどうかと思ったので、次の話への前振りも入れてみました。
前振りのとおり、次回は飛行艇(空中)での戦闘になります。




