第3話 杖の魔改造
「アイツの取りそうな行動……か。ははっ、アイツの古馴染みであるお前さんがそういうのなら、そうなんだろうな。……もしアイツに会う機会があったら、ヴァルガスが感謝していたと言っておいてくれや」
ヴァルガスがそんな風に言ってくる。
それに対して俺は、「ええ、わかりました」と了承の言葉を返す。
「……さて、そんな感謝をしておるヴァルガスに話があるんじゃが……。その前にちょいとばかし魔煌具の工房を貸してくれんか? 杖に術式を付与したいんでの」
腕を組んだまま俺とヴァルガスの話を聞いていたアーデルハイトが、ヴァルガスに対してそう尋ねる。
「杖に術式? よくわからんが、工房なら適当に使っていいぞ。っていうか……お前、なんで俺が魔煌具の工房を持っている事まで知っているんだよ……」
「そこに関しては単なる推測じゃよ。入口に置かれておった農作業用の魔煌具は、どれも市販の物ではあったが、その全てに改良が施されておったからのぅ」
呆れ気味のヴァルガスに対して、そんな事を言うアーデルハイト。
さっきもそうだったけど、見ただけでそんな所まで分かるとか、やっぱすげぇな。
◆
アーデルハイトに促される形で、ヴァルガス宅の工房へ足を踏み入れる俺。
「では早速じゃが……手持ちの杖を全て出してはくれぬか? ああそうじゃ、杖の柄の部分は邪魔じゃから取っ払ってしまおうと思っておるのじゃが……構わぬかの?」
そうアーデルハイトが言ってくる。
ふむ……。これらの杖を、手に持って使うような事はまずないので、柄の部分を取っ払う事に関しては全く問題はないな。
俺はその事をアーデルハイトに伝えつつ、全ての杖を呼び寄せる。
「……多すぎじゃろう。おぬし、それ全部同時に操れるんかの?」
なにやら呆れ気味に問いかけてくるアーデルハイト。
「ええまあ、一応は」
そう俺が答えて試しに全部浮かせてみせると、アーデルハイトは軽くため息をついた後、
「……なるほど、サクヤやシャルロッテが『とんでもない』というだけはあるのぅ。じゃが、同時にそれだけ操れるのであれば、クリティカルヒットもある程度強引に出せるような気がするのぅ……」
なんて事を言ってきた。
……クリティカルヒット? なんだか凄くRPGっぽい用語だな。
そんな感想を抱きながらクリティカルヒットとは何なのかとアーデルハイトに尋ねてみると、魔法を発動した時に稀に発生する謎の魔力増幅現象――ある種の暴走のようなものだと説明された。
ふーむ、まさにクリティカルヒットそのものだな。
ちなみに今まで曖昧だったその現象を明確化し、そう名付けたのは室長らしい。なるほど……そっちも納得だ。
とまあ、そんな事を話している内に、アーデルハイトの術式がどんどん進行していく。
そして、小一時間ほどで全ての杖の改良が終わった。
まあもっとも、既に見た目からして杖ではなくなっているんだけど。
杖の球体部分――魔煌波生成回路や術式が組み込まれたスフィアと呼ばれる物らしい――を核として、細長い四角錐が両端にくっついているような形状となっていた。
……なんとなく、独鈷杵に似ている気がしないでもない。
「それらのスフィアには、コウが生み出した疑似クリティカル理論……それをベースに構築した術式を組み込んであっての、おぬしの意思――威力を高めたいとそう念じるだけで、魔力の消耗を増やすのと引き換えに、魔法をランクアップさせる事が出来るようになっておるぞい」
なにやらそんな事を言ってくるアーデルハイト。
しかし、ランクアップさせられると言われても、ランクアップというのがどういう感じなのか、いまいちピンと来ない。
とりあえず上位魔法を使えるようになった……みたいなものだろうか?
「まあ、試してみるがよい」
そう言いながらスフィアの1つを手渡してきたので、俺は家の外へ出て何もない平原目掛けてその手渡されたスフィアの魔法――氷柱を飛ばす魔法――を放ってみようと試みる。
と、その直後、細長い四角錐が魔法を放とうと思った方に向かって、45度程度それぞれ傾き、杖の持つ属性を象徴するような色の光を放った。
そして次の瞬間、氷柱……というより、もはや氷の槍と呼んでも過言ではない形状のそれが目の前に生成され、それが一直線に平原を飛んでいく。
おお……と、心の中で感嘆の声を上げていると、射出から数百メートルの所で炸裂。その場に樹氷を思わせるような巨大な氷の結晶を生み出した。
ランクアップと言っていたが、威力跳ね上がりすぎだろ……これ。
改良っていうか魔改造だな、これは。
そんな感想を抱きつつスフィアに目を向けると、スフィアは既に輝きを失っていた。魔力切れだな。
ふむ……。魔力完全充填状態から一発で魔力を全て消耗するのか……
連発はさすがに無理そうだし、使い所を考える必要があるな。
「ほう、こいつはまた……ティアの奴が使っていた高位の魔法に匹敵するな」
「まあ、あの娘が持っておった『秘宝』の術式の構成も、妾の解析が済んでおる部分は組み込んであるからのぅ」
「解析? いつの間にそんな事したんだよ? っていうか、ティアの奴が良く解析させてくれたな」
「うん? 妾はあの娘の持っていた『秘宝』を直接解析したわけじゃないぞい」
「どういうことだ?」
「まず、あの娘に『秘宝』を見せて貰った時に、その術式の構成を完璧に記憶しておいたのじゃ。で、その記憶をもとに同じ物を再構築――要するに手動でコピーしたわけじゃな。そして、そのコピーの術式を使って解析した……とまあ、そういう感じじゃよ」
「……お前、しれっと言うけどよ、術式の構成なんざ簡単に覚えられるようなもんじゃねぇぞ、フツー。しかも、そこから同じ物を構築するとか……もはや意味がわからんぞ。ったく、シャルの呪いじみた術式を解析した時といい、それといい、相変わらずとんでもねぇ記憶力と解析力だな……」
俺の試射を後方で見ていたふたりが、そんな会話をする。
……ん? シャルの呪いじみた術式を解析? それって――
「シャルロッテのあの絶霊紋を抑制する薬って、アーデルハイトさんが作ったものなんですか?」
俺がそう尋ねるとアーデルハイトは、
「ん? ああそうじゃよ。なんじゃ? シャルロッテはその事までおぬしには話しておるのか。随分と気に入られたものじゃの」
さらっと肯定し、そんな事を言って返してくる。
「……どうやって術式の構成なんて見ているんですか? なんとなく見えたりするんですか?」
シャルロッテが、なんとなく見える的な事を言っていたからな。
「おぬしは何を言っておるのじゃ。そんなもの『インスペクション・アナライザー』を使えば簡単に見えるじゃろうに。まあ、シャルロッテは使わずともなんとなく見えるようじゃが……霊力持ちが皆そうというわけではないぞい」
アーデルハイトが肩をすくめながら呆れ気味にそう答えてくる。
……ああっ!
「そ、そう言えばそんな物ありましたね……。すっかり失念していましたよ」
アルミナで一度見て以来、全然見ていなかったから、完全に忘却の彼方だったな……
たしか、物にどんな魔法が付与されているのかが見えるとかアリーセが言ってたっけな。
「まあ、『インスペクション・アナライザー』は、どんな魔法が付与されているかが見える……それはつまり、術式の構成が見えるという事でもあるからな」
ヴァルガスがアーデルハイトの代わりにそんな説明をしてくる。
何気にこの人も魔煌関連に詳しいな。まあ、農作業用の魔煌具を改良するくらいだし、そのくらいの知識はあって当然なのかもしれないが。
「うむ。特に妾のこれは、あれこれと改良を施してあるからのぅ。普通の『インスペクション・アナライザー』では見る事の難しい『生物』に付与された魔法――術式の構成も見ることが出来るのじゃよ」
と、そう言って自分の頭――ゴーグルを指さす。
……ああ、そのゴーグルって『インスペクション・アナライザー』だったのか。色々な形状の物があるんだな。
そんな感想を心の中で呟いていると、
「ちなみに、これに関しては妾が市販品を改良した物よりも弟子――コウがイチから作った物の方が高性能ゆえ、おぬしがもし欲しいと思ったのなら、コウの奴に頼んでみるとよいぞ」
と、そう告げてくるアーデルハイト。
へぇ……そうだったのか。さすがは室長というべきだろうか。
色々と使い道のありそうな代物ではあるし、次に室長に会った時にでも頼んでみるか。
◆
――とまあ、そんなこんなで杖の改良を終えた俺は、ヴァルガスと話があるので残るというアーデルハイトと分かれて帰路につく。
……結局、アーデルハイトがどんな理由で俺に接触して来たのかは、謎のままだったな。
シャルロッテや朔耶から話を聞いて興味を持ったとか、ヴァルガスと面識を持たせたかったとか、色々可能性はあるが、どれも推測の域を出ないんだよなぁ……
っていうか、インスペクション・アナライザーの話の時、『霊力持ちが皆そうというわけではない』とか言ってたよな。
って事は、アーデルハイトは魔女――巫覡なんだろうか?
ふむ、仮にそうだとして、じゃあそれが俺に接触してきた理由に繋がるかというと……繋がりそうにないな。
…………うん、駄目だな。さっぱりわからん。
しょうがない、これ以上考えても結論は出なさそうだし、一旦この件は置いておこう。
それにあの感じだと、放っておいてもそのうち判明するような気がするし。
――さて、明日はいよいよ獣王国入りか。どんな国なのか楽しみだな。
久しぶりにインスペクション・アナライザーの登場です。
次回は外伝(ソウヤが去った後のアーデルハイトとヴァルガスの会話)になります。
あまり長くはならない想定なので、おそらく1話で終わります。
追記1:誤字脱字が結構あったのでまとめて修正しました。
追記2:説明やフリガナが足りていなかったいくつかの箇所に、それぞれ説明とフリガナを追加しました。
申し訳ありません……




