第8話異伝1 始まりの始まり <前編>
第8話異伝、というカテゴリですが、第0話よりも前の話になります。
この時点では、蒼夜はサイキッカーですらありません。
「――というわけで、調べに行きたいと思うわけ!」
机の上に突っ伏して寝ていた俺に、そんな声が降ってくる。
「……いやすまん。というわけで、とか言われても、今の今まで寝ていて話を聞いていなかったから、さっぱりわからん」
降ってきた声によって目覚めた俺は、そう答えつつ顔をあげて声の主の方を見る。
と、そこには、俺の机の上に両手をつき、こちらに対して身を乗り出すようにして座っている眼鏡をかけたセーラー服姿の少女――幼なじみの朔耶がいた。
ウチの両親とこいつの両親は、幼少期の頃から大人になるまでずっと、4人一緒だったという程の仲の良さであったらしく、今でも家族ぐるみの付き合いがずっと続いている。そんな感じなので、俺と朔耶は昔から度々ふたりで一緒に遊んだものだ。
小学校も中学校も学区が異なっていたため、常に一緒というわけではなかったが、むしろそれ故に、同級生にからかわれたりして、それがもとで疎遠になる……という、よくあるパターンには陥らなかったのかもしれない。それなりに仲の良い関係のまま、今に至る。
ちなみに高校が一緒なのはまったくの偶然だったりする。高校の話とか一切していなかったんだが、どういうわけか、同じ高校を受験していたのだ。
……まあおそらくだが、俺の家と朔耶の家、両方から同じくらいの距離にこの学校はあるので、きっとこいつも俺と同じく、近いところにある、という理由だけで受験したのだろう。
「ええっ!? ソー兄ってば、ホントに寝てたの!? 狐寝入りかと思ってたよ!」
心底驚いたと言わんばかりの表情をしつつ、そんな事を言ってくる朔耶。
「狐寝入りってなんだよ……。それを言うなら、狸寝入りだろ」
呆れ顔で間違いを訂正する俺。
「あ、そうだった。今日、お昼にきつねうどんを食べたから、うっかり引っ張られちゃったよ」
と、そう言って頬をかく朔耶。いやいや……
「どんな引っ張られ方だよ……それ。っていうか、そのソー兄って呼び方、いつまで経っても直らねぇな。何度も言ってるが」
「そうは言われてもねぇ……これで定着してるから今更無理だって。ってか、これも何度も言ってる気がするけど?」
そんな返し方をしてくる朔耶に、俺が脱力しながらため息をつくと、
「だってさ。最初に出会った頃は、ソー兄のほうが年上であると思っていたし」
そんな風に言葉を続けてきた。
「……ああ、そうだったな。で、俺とお前が同じ年だって判明した後も、その呼び方で定着してて変えられないとか言ったんだよな?」
「そうそう。だって、その……ソウヤって呼ぶの……なんか恥ずかしいし」
紐状のリボンで纏めた横髪を指でいじりながら、顔を赤らめてそんな風に返してくる朔耶。
「いや、恥ずかしいって言われてもな……。幾度となく理由を聞かれる俺の身にもなってくれ」
そう、朔耶がそんな理由で俺の事をソー兄という呼び方をするせいで、俺はクラスメートや友人に、ソー兄とはどういう事だと、当然の如く何度も理由を聞かれた。
まあ、聞きたいのは理解出来る。なにせ意味が分からないからな。だが、正直こっちからしたら面倒くさいだけだ。
「あ、でもさ。私、3月生まれだから、いわゆる早生まれでしょ? で、ソー兄は10月だから一応年上であると言えなくもないんじゃない?」
「……どっかの猫型ロボットが聞いたら、『いや、その理屈はおかしい』って言いそうだな、それ」
そう言いながら、先程よりも強く諦めの感情を込め、大きくため息をつく俺。……うん、これは無理だな。もうなんか、ずっと直らない気しかしないわ。
これ以上この話を続けても仕方がない、という認識に至った俺は、本題へと移る事にする。
「――それはそうとお前、ちょっと待っててくれって言ったまま、三十分以上放置ってどうなのよ? そりゃ寝るっての」
「あ、あはは……。いやぁ、途中で友達から気になる話題を振られてさぁ、つい気になって色々聞いていたら遅くなっちゃった……テヘペロ」
イラッ。
チロッと舌を出し、ウィンクしながら、フザケた事をのたまう朔耶に、無言でデコピンをお見舞いしてやる。それはもう思いっきり。バチンッと。
「ふぎゃあっ!? ……あううぅぅっ、なにするのさぁ!」
と、朔耶が額をさすりながら抗議してくる。
「お前にテヘペロって口に出して言われると、なんかイラッと来る」
「ええっ!? そこっ!? ってか、かわいく見えない!?」
「全然。むしろ気色悪い」
「ひどっ!?」
もっとも、テヘペロはともかく、朔耶自体がかわいいというのは認めよう。
まあ、そんな事を口にする気は一切ないので、代わりに、俺は思いっきり呆れた顔をしてやった。
「――アホなことしてても話は進まないぞ。それで? 何を調べに行きたいんだ?」
「むぅ。ソー兄、私の扱いがぞんざいすぎ!」
と、頬を膨らませて抗議の言葉を言う朔耶。いや、ぞんざいって――
「……はぁ。まあいいや」
しばらくあーだこーだ言っていたが、諦めたのか、ため息混じりにそう呟きつつ、眼鏡を取り、それを胸ポケットに引っ掛ける朔耶。
ちなみに、こいつの眼鏡は伊達だ。なんでも眼鏡をかけている方が出来る女っぽくてカッコイイから、とかなんとか、そんな理由でかけているらしい。
まったくもって理解出来ない理由だが、まあ……なんだ? 個人の自由という事で、あえて何も言わずにいる。
「ねえ、ソー兄。幽霊トンネルって知ってる?」
胸ポケットから生徒手帳を引っ張り出しながら、そんな事を問いかけてくる朔耶。
「ん? 幽霊トンネル? ……それってもしかして、旧道のトンネルの事か? 俺は一度も使った事ないが、話によると大分長いトンネルらしいな」
「そうそう、それそれ! まあ、私も使った事ないんだけどね。今は新道があるし」
「ああ。狭い旧道と違って新道は二車線かつ歩道付きで走りやすい上、時間も大幅に短縮出来るからな。わざわざ旧道を通るような人は、もうほとんどいないそうだ。まあ、だからこそ、そういった怪談話のネタに良く使われる傾向にあるんだけどな」
「だねぇ。最近もトンネルの中で壁に消えていく人影を見た、なんていう話が噂になっているくらいだし」
「ふーん、そんな噂があるのか。けど、そりゃまたなんつーか、典型的な怪談話だな」
「うん、たしかに典型的な怪談話なんだけど……実は、その噂の真偽をたしかめるために、ウチの部の先輩たちが、昨日の夜に行ったんだ。あのトンネルに」
ウチの部っていうと……オカルト研究部か。しかし、コイツは昔っからオカルト話が好きだよなぁ。お陰で俺もオカルトに詳しくなっちまったし。
ともあれ、今の怪談話、こいつならまあ間違いなく飛びつきそうなネタだな。
……ん? でも今、先輩たち『が』って言ったよな?
「先輩たちが? 先輩たちと、じゃなくてか?」
「いや、私も一緒に行きたかったんだけど、さすがに1年生に夜間の部活動はさせられないとか言われちゃってね」
と、そう言って嘆息する朔耶。
「あー、なるほど。そりゃどうしょうもないし、先輩たちの言ってる事も正しいな」
「そうなんだよねぇ……。でまあ、それはそれでしょうがないから、今日どうだったのか話を聞いてみたんだけど……」
と、そこで一度言葉をきってこめかみに人差し指を当てる朔耶。
「――だけど?」
「噂は真実だった。あそこには近づいてはいけない。トンネルに行った先輩たちみんなが、青い顔をしながらそう言ってきたんだ」
「……真実? それは実際に目撃したという事か?」
「うん、どうやら壁の中に消えていくのを見たらしいよ。みんなが」
「お前を怖がらせようとしているわけじゃなくてか?」
「うーん……その可能性はゼロじゃないけど、先輩たちみんなのあの態度が演技だったら、演劇部に行った方がいいレベルだと思う」
よくわからない例え方だが、要するに演技には見えない、という事だろう。
「そうか。で、お前は夜にあのトンネルを調べに行きたい、と」
「そういう事! ……なんだけど、先輩たちのあの態度を見たら、さすがに一人で行くのは怖すぎてちょっと……」
「ふーむ。俺はその先輩たちの態度を直接見たわけじゃないけど、お前がそんな怖そうな顔をするって事は、余程だったんだな。……ま、俺も少し興味はあるし、行くならついていってやるよ」
ついでに言えば、夜に人気のない場所へ、朔耶を一人で行かせるわけにもいかないからな。……というのは、口に出すとちょっと恥ずかしいので言わずに飲み込んだ。
「ありがと! ソー兄! じゃあ、早速今日の夜に!」
「今日かよ! ……まあいいけど、どうやって家を抜け出すつもりだよ?」
「あ、それは大丈夫。今日はウチの両親、学校の同窓会とかで帰ってこないし。……っていうか、おじさんとおばさんもそうでしょ?」
首を傾げながらそう言われて、ふと思い出す。
夕飯を作っていけないからと夕飯用の金を渡されていた事を。
「あー、そういやそうだったな……」
「でしょ? つまり、逆を言うと、今日くらいしかチャンスがないとも言うわけ! って事で、ソー兄、今日の夜ね!」
「ああ、わかったよ。とりあえず帰って準備するか」
◆
そんなこんなで一旦家に帰って準備をした後、俺たちは自転車で、その幽霊トンネルへとやって来たわけだが……
「幽霊トンネルなんて呼ばれているくらいだから、夜は真っ暗なのかと思いきや、そんな事はなかったな……」
俺はトンネルの中を見ながらそう呟くように言う。
幽霊トンネルというくらいだから、真っ暗かと思っていたのだが、実際にはオレンジ色の照明がしっかりと点いており、普通に視界は確保されていた。
ただ、照明の数自体がそんなに多くはないのと、照明の光が弱いせいで、ところどころ良く見えない場所もあるため、良好だとは言えないが。
まあ、それでも照明の一切ない真っ暗なトンネルと比べれば、だいぶ明るいトンネルだと言えなくもないのだが。
「うん、たしかに……これはちょっと想定外だね。私が持ってきた愛用の1000ルーメンの懐中電灯が必要ないくらいには明るいし」
と、そう言って腰に付けたポシェットを叩く朔耶。おそらく家から持ってきたのだろう。
ちなみに、ルーメンというのは懐中電灯の明るさを表す単位で、1000ルーメンなら、300~400メートル先まで余裕で照らせるくらいなんだそうだ。
「ないよりはいいんじゃないか? 照明がついているとはいえ、視界良好とは言い難いしな」
「ま、そうだね。うーん、それにしても……幽霊トンネルなんて呼ばれているようなトンネルなのに、照明は全て生きているなんて不思議な感じだなぁ」
「まあ……別に廃道になっているわけじゃないからな、この道。ここを通る車も人もほとんど存在しなくなったとはいえ、一応は現役の道路――トンネルなわけで……定期的に保守点検されているんじゃないか、多分」
「うーん、誰だか知らないけど、保守点検ご苦労様です! って感じだね」
「ああ、ほんとにご苦労様って感じだ」
そう言いつつ俺と朔耶は、その誰かに対する感謝を込めて、軽く頭を下げる。
「……さて、感謝を示した所で、とりあえずトンネルの中に入るとするか?」
「うん、そうだね! とりあえず向こうの出口まで歩いて行ってみないと!」
頷き、そう答える朔耶。……って、歩いて?
「おい、朔耶。もしかして、わざわざ歩いて行くつもりなのか?」
「もちろん!」
なにが、もちろんなのかさっぱりわからないが、自転車を車道脇に停め、トンネルの中へと徒歩で入っていく朔耶。
何故、自転車を使わないのか……。いやまあ、別にいいけどさ……
というわけで、俺も朔耶に続く形で、自転車を車道脇に停め、徒歩でトンネルの中へと足を踏み入れるのだった――
次の話も『異伝』になります。




