第2話 アーデルハイトとヴァルガス
――ルクストリア都市圏レント近郊の街道――
「ギギィィィ……」
俺の魔法攻撃をまともに食らった大きな鳥の害獣――ゲイルリッパー・デスバードが大地へと落下、ズシンという重い音を響かせると、そのまま完全に沈黙した。
放っておくと、通行の邪魔なので――もっとも、実際には道の左右は平原なので、さして邪魔になるわけでもないのだが――さっさと次元鞄へと収納する。
――よし、これで受けた依頼は全て消化したな。
ちなみに朔耶たちは、ディンベル獣王国行きの準備やルクストリア市内の観光で忙しそうだったので依頼は単独でこなした。
ついで……というわけではないが、朔耶たちには百貨店で買える素材を全て買ってきて貰っているので、今倒したこいつの素材をゲットすれば、絶霊紋を完全版にするために必要な素材は『プリヴィータの花』を残すのみとなる。
「ほぅ。おぬし、なかなかに面白い武器を使うのぅ」
唐突にそんな声が聴こえてきた。
声のした方へと振り向くと、白衣を黒く染めた……と表現するのが一番手っ取り早そうな、そんな薄手のコートを身に纏い、頭にゴーグルをつけた幼女……いや、違うな。この後ろに長く伸びている耳……マムート族だな。
――そのマムート族の女性が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
その後ろにはレビバイクが停められているのが見えるので、レビバイクでここまで来たのだろう。
まあ……実の所、害獣との戦闘をする前にクレアボヤンスを使って周囲を確認した時に、この女性が遠くからこちらを伺っている姿を見かけているので、おそらく何かの目的で、俺に接触を図ってきたのだろう。
「あなたは?」
「おっと、これはすまぬな。――妾の名はアーデルハイト・エメーリエ・ナーハフォルグ。巷では『遺失技法学士』などと呼ばれておる」
俺の問いかけに対し、女性はそんな風に自己紹介してきた。
「……遺失技法学士? もしかして、エステルと室長……じゃなくて、秋原さんの師匠だという……? ロンダームに住んでいるのでは?」
「うむ、どちらもその通りじゃ。古馴染み――ヴァルガスという奴なんじゃが、そやつが先日傭兵を引退して、この先のカルカッサという集落に引っ込んだという話を耳にしてのぅ。今日はそやつに会いにきたのじゃよ」
「なるほど……」
っていうか……ヴァルガスって、蓮司が所属していた傭兵団の団長だよな、たしか。
って事は……それなりの歳だって事だよなぁ……この人。
マムート族、見た目と年齢が噛み合わなすぎだろ。
「ああ、ちなみにおぬし――ソウヤの事は、サクヤとシャルロッテから聞いて知っておるゆえ、自己紹介はいらぬぞ」
「あー、そう言えば朔耶も世話になったとか言っていましたね」
「世話をしたという程でもないんじゃがの……。というより、サクヤには驚かされる事ばかりじゃったのぅ……。霊獣と契約を結んで召喚士になりおった時は、さすがの妾も驚きを通り越して呆れてしまったわい」
そう言って肩をすくめて首を左右に振るアーデルハイト。
なんというか……まったくもって同感だ。
「まあそれはさておき、おぬしの使っておるその魔法杖、妾の弟子たちが生み出した物じゃよな?」
「あー、はい、たしかにそうですね」
「魔力供給の面で問題があったはずじゃが……どうやって問題を解消したのじゃ?」
さすがというべきか、その問題点についても把握していたか。ふむ……
「簡単に言うと、力任せというか……物質を転移させられるアスポートとアポートという異能を利用して、遠くに設置してある魔力供給装置へ送ったり、そこから引っ張り出したりしているんですよ」
とりあえず、そんな感じでディアーナの事は言わずに説明してみる。
「なるほどのぅ……。物質転移の異能を使っておるのか。それはたしかに力任せじゃな。――ふむ」
そう言うなり、アーデルハイトは腕を組んで何かを考え込み始める。
「どうかしましたか?」
俺が問いかけると、アーデルハイトは俺を見上げながら、
「うむ、異能で転移させておるなら、杖の魔力消費を抑制する必要がないのではないかと思ったのじゃよ」
と、そんな風に言ってきた。
ん? それってつまり……この魔法杖は、デフォルトで魔力消費が抑制されているって事なのか?
「という事は……現在のこの杖は、リミッターのようなものがあって、それが魔力消費を抑制している、と?」
「その通りじゃ。そして、魔力消費を抑制しているという事は、威力も抑制されているという事じゃ」
「ふむ……。そうすると、魔力消費と引き換えに威力の引き上げたりする事も可能だったりするんですか?」
「うむ。まさに妾が思ったのがそれじゃよ。おぬしさえよければ、ちょっとばかし杖を見せては貰えんかの?」
そう言われては、見せないという選択肢はない。
というわけで、戦闘に使ったばかりの杖をアーデルハイトに手渡す。
「ふむふむ……ほうほう……。なるほどのぅ。これの根幹の仕組みはコウの奴が考えた物じゃな。で、それをエステルが色々と付け加えた……といった感じかのぅ」
杖をあれこれと見回しながら、そんな事を呟くアーデルハイト。
見ただけでそんな所まで分かるのか。さすがは二人の師匠。
アーデルハイトは、しばらく見回した後、俺に杖を返しつつ、
「術式を1つ組み込めばどうにかなりそうじゃな。……といっても、こんな街道のど真ん中ではさすがに無理じゃがの。おぬしさえ良ければ、妾と共にカルカッサへ行かぬかの? そこで術式を組み込んでやるぞい。まあ、このままで良いというのなら、それでも構わぬがの」
そんな事を言ってきた。無論、行くに決まっている。
◆
というわけで、カルカッサという集落へとやってきた俺とアーデルハイト。
「これはまた、凄い田園地帯ですね……」
まるで日本の農村を思わせるような、そんな田園風景が俺の目の前には広がっていた。遠くに家が見えるものの、あまり数はなさそうだ。
「カルカッサに以前訪れた時は、この辺りは湿地帯だったはずなんじゃが……誰かが開墾したのかのぅ? ……いや、誰かというか……あやつじゃな、おそらく」
アーデルハイトが田園を眺めながらそんな風に言った。
あやつ……というのは、ヴァルガスの事だろうか?
と、そんな事を思いながら、アーデルハイトに従う形でそのままレビバイクを走らせて行き、とある一軒の屋敷へと辿り着く。
農作業に使うっぽい大型の魔煌具が幾つか置かれているな……
「ここじゃな」
そう言ってレビバイクから降りると、屋敷へと近づいていくアーデルハイト。
「緋き旋風ー、ヴァルガスー、おるかー!?」
アーデルハイトがそう呼びかけながら、玄関の呼び鈴を連打する。
……連打しなくてもいいだろうに。
そう思っていると、
「うるせぇ! 少しは待ってやがれ! あと、その通り名でもう呼ぶな!」
という声と共に、ガタイの良いガルフェン族のおっさんが姿を見せる。
「つーか、なんでお前がここを知ってんだよ? 団員にも知らせてねぇのによ」
団員……と言っているので、このおっさんがヴァルガスなのだろう。
「妾の情報網を甘く見て貰っては困るのぅ」
なにやらアーデルハイトがそんな事を言って胸を張る。
「……ああそうだな、お前の情報網の前じゃ隠すのは無理だな……。んで、そっちの坊主はなんだ? 新しい弟子か?」
ヴァルガスが俺の方を見ながら問いかける。
「弟子と、それからシャルロッテの仲間じゃな。名はソウヤという」
「ほう? シャルがレンジやティア以外と行動するとは珍しいな」
アーデルハイトの回答にそんな風に言って返すヴァルガス。
蓮司の名前の他にシャルロッテの名前と、例のシスティアという傭兵の名が出て来たな……
「シャルロッテも、あなたの傭兵団に所属していたんですか?」
「ああ。とある依頼で、シャルの生まれた里に救援に向かった事があってな。……まあ、あいつ以外を助ける事は出来なかったんだが……ともあれ、その時からしばらく所属の間していたぞ。主にあの時、先行して里の救援に向かったレンジ隊のメンバーとしてな」
なるほど、そうだったのか。ん? レンジ隊? それって蓮司の事だよな……?
「そのレンジというのは……倉門蓮司――レンジ・クラカドの事ですか?」
「ああ、その通りだ。……なんだ? あいつとも仲が良いのか?」
俺の問いかけに対してヴァルガスは、そんな風に尋ね返してきた。
「昔、蓮司が傭兵になる前に何度か一緒に戦った事があるんですよ」
「なるほど……そういう事か。ま、ソウヤっていう名前からしてアイツと同じアカツキの出っぽいしな」
「ええまあ、その通りです。……ちなみに、蓮司が今何をしているかご存知ですか?」
「んー、新しい傭兵団を結成したって所までは知ってるが、それ以上の事は知らんな」
お、そうなのか。団を離れた後に結成したんだろうか?
「俺が引退を決めて、その事を団員たちに話した時、傭兵団を解散するのか継続するのかで揉めたんだわ。……で、アイツは自分が新しい傭兵団を結成すると言ってな。それに賛同した連中を引き連れて団を抜けていったんだ」
と、そこまで言った所で一度言葉を区切り、こめかみを軽く叩いてから、続きの言葉を紡ぐヴァルガス。
「……まあ、これは俺のカンでしかねぇんだが、アイツはおそらくそうする事で、揉め事がそれ以上大きくなるのを回避したんじゃねぇかな。実際、段々とヒートアップしてきていて、ちょっとばかしヤバめな雰囲気が漂っていたからな」
なるほどな……。団を離れたのはそういう事か。
あいつは、何気に状況から考えて一番最良であろう方法を取るからな。
本来、団の揉め事は団長であるヴァルガスが対処するものだが、話の件は、そのヴァルガス自身が揉める理由になってしまっていたからな。
ヴァルガスに対処は難しいと判断して、代わりに自らが手を打ったのだろう。最悪な形で分裂してしまう前に。
……今、あいつが何をしているのかはさっぱりだが、それでも、あいつは今も昔も変わっていなさそうだ、という事だけは良く分かった。だから……俺はこう口にする。
「――俺もそう思いますよ。というか、まさに蓮司の奴が取りそうな行動です」
エステルとコウの師匠、アーデルハイトの登場です。




