第38話外伝12 当日・イレギュラー
<Side:Kou>
クライヴさんの猛攻で、エステルを覆う障壁が徐々に薄くなっていきます。
着実に効いているようですね。
しかし、何度か例のディスペルが放たれていますが、クライヴさんに効いていませんね。
あれは魔法ではないという事なのでしょうか……
……さて、そんな事を考えているうちに、かなり薄くなりましたね。
まあ、この辺が限界でしょう。
これ以上やると、障壁が消える前にエステルが死んでしまいかねません。
おそらく、再生を停止しようなどとは考えないでしょうし。
そう、あの再生も障壁もエステルの生命力によるものです。
こっそりとサイコメトリーを使い、情報を得たので間違いありません。
やはり、物質より液体の方が詳細な情報を得られますね。
さて……ここまで来たら、あとは障壁を破壊するだけです。
もっとも、薄くなって弱体化しているとはいえ、あれを壊すのは容易ではありません。
障壁自体も再生対象のようなので、おそらく一撃で大きなダメージを与えないと駄目でしょう。あの障壁の耐久力を突破出来るような一撃を。
――私は、攻撃魔法の発動準備に入ります。
「これより仕掛けます! 迎撃はお任せします!」
そう宣言し、クライヴさんを狙う魔法を迎撃するのをエミリーに任せます。
クライヴさんは今の発言を聞いていたらしく、攻撃に専念していたスタイルから、攻撃と回避の両方を行うスタイルに切り替えました。
アジ・ダハーカへのダメージが減りますが、エステルの生命力を考えると逆に丁度良いと言えるでしょう。
ナイスな判断です。……もしかして、こちらのやろうとしている事に全て気づいていたりするのでしょうか?
そうこうしている内に、魔法の発動準備が完了します。
「――《玄霧花の紫電閃》!」
魔法の名を口にすると同時に、私の周囲に花のつぼみの形をした黒い靄が複数出現。
そのつぼみが開き、まるで花咲くかのごとく、そこから紫のビームが障壁目掛けて一斉に放たれます。
先程、ティアさんが使った《銀輪珠の穿光舞》の闇属性、かつ前方への集中攻撃版といった所でしょうか。
なんだか、ロボットアニメで出てきそうな気がしますね、これ。
ふと、どうでもいい事を思っている間に、放たれた全てのビームが障壁の一点に収束しつつ、激突。
しかし、それでも障壁は破れません。
「直接狙うつもりか? 無駄だ。その程度では壊れん」
学院長の声が降ってきますが、無視です。
私はクロスボウを構え、そのビームの収束点目掛けて黒いエナジーボルトを射出します。
そう、あのビームと同じ闇属性のエナジーボルトです。
その矢が高速で飛翔し、ビームの収束点へと吸い込まれていきます。
と、その直後……
パリィィン! というガラスが砕けたような音が響き渡り、障壁が消滅します。
ふぅ……どうにか成功しましたか……
「なっ!? 何故だ!? あの障壁は生体ユニットからの……っ!」
狼狽する学院長の声が上から降ってきます。
今のは、魔法によるビームの収束点に同属性のエナジーボルトをぶつける事で、魔力を増幅――というより、その属性を極限まで高めて暴走状態にし、擬似的なクリティカルヒットを発動させる……という物なのですが、当然の事ながら、それを彼に教えて差し上げるつもりなどありません。
まあそもそも、理論的に可能であろうという推測は出来ていましたが、実際に試してなおかつ成功したのは今回が始めてなので、まだ絶対であるという確証はないのですが。
おっと……その事は一旦置いておきましょう。ここが仕掛け時というものです。
「クライヴさん!」
私はクライヴさんに呼びかけます。
「分かっています!」
どうやら全て理解していたらしいクライヴさんが、エステルの前に着地します。
「ブラッディエクリプス!」
クライヴさんがそう言い放ち、大鎌を振るった直後、エステルの身体を囲むようにして赤黒い円が描かれ、その円によってエステルの腕と足が切断されました。
「お姉ちゃんっ!」
切断され、前のめりになるエステルの姿を目にしたエミリーが、加速魔法で走ります。
そして、クライヴさんよりも早くエステルの身体を受け止めました。
……やれやれ、どうにか奪還出来ましたね。
「これで、再生は出来ませんよね?」
クライヴさんが嘲笑混じりの口調で言葉を紡ぎ、再びブラッディゲイルとやらでアジ・ダハーカを斬り刻み始めます。
……絶対、あれは心の中で怒り狂ってますね。まあ、私もですが。
というわけで、クライヴさんの邪魔にならない程度にアジ・ダハーカ本体を狙い撃ちます。
――さあ、滅びなさい!
◆
再生の源を失ったアジ・ダハーカなど、単なるザコです。名前負けもいい所です。
なにしろ私とクライヴさんの猛攻の前に、あっさりと崩れ落ちましたからね。1分もせずに。
「な……。そんな……バカな……っ!?」
「バカなのは貴方ですよ、学院長。――いえ、こう言いましょうか……自信満々に色々とヒントを下さってありがとうございます」
皮肉たっぷりにそう言い放つ私。
まあでも……ヒントのお陰で、無事にエステルを助けられたので、皮肉でありながら、感謝であるとも言えるかもしれませんね。
「ぐぬうぅぅぅぅぅっ!」
まさに小物といった感じで怒りと悔しさに満ちた声を上げる学院長。
……なんというか、こんな小物に多くの命が弄ばれたと思うと、やりきれませんね。
もっともそういう小物だからこそ、真の黒幕――研究の手助けをした者にとっては、使い勝手のいい駒だったのでしょうが。
「おう、こっちも片付いたぜ」
アーヴィングが後ろから声をかけてきます。
そちらに振り向いてみると、あれだけいたキメラが全て屍と化しているのが目に入ってきました。……えっと……この一家、強すぎじゃありませんかね?
「むぅ。途中からティアに大半を奪われた……」
何やら不満げにロゼさんが言います。
ふむ、なるほど……。どうやら大半はティアさんによって倒されたようですね。
さすがは傭兵……と、言いたい所ですが、傭兵だからといえど、これほどの魔物の群れを相手に無双出来るような者はそんなにいません。
ゼロというわけではありませんが、そんな強大な力を持つ傭兵というのはその名が知れ渡っているものです。
例えば、銀の王アルサル、緋き旋風ヴァルガス、竜牙戦姫リリア――そういった二つ名を持つ傭兵団長がそれです。
……個人的にはどの二つ名も持ちたくないですが。
っとと、話がそれましたね。ともあれ、そんな感じで彼、彼女らのように名が知れ渡っているわけでもないのにあの強さ。正直言って、理解不能です。
そして、あのキメラどもの名を知っているというのもまた、理解不能です。果たして何者なのでしょう?
……とはいえ少なくとも今は味方のようなので、余計な詮索はしませんが……
そんな事を考えていると、
「ええい! 我の研究成果はこれだけではない! 次に相まみえる時は、より強力なキメラで貴様らを叩き潰してくれる!」
などという、三下の悪役が吐きそうなセリフが頭上から降ってきます。
……やれやれ、本当に小物ですね。
「逃げる気!?」
エミリーがそう叫ぶと同時に、私は加速魔法を発動。遺跡の奥へと走ります。
――このまま逃がすなどという事はありえない、というものですよ?
奥も入り組んでいましたが、サイコメトリーの前には無関係です。
走りながらサイコメトリーを使い、追いかけます。
体への負担が大きいので、あまりやりたくはないのですが、今回は別です。
「む?」
学院長が逃げ込んだと思われる部屋に飛び込んだ私ですが、学院長の姿がありません。
……いえ、中央の台座のようなものが光っていますね……。もしや、転送装置の類でしょうか?
まあ、この遺跡――超古代文明の遺跡であれば、そういった物があってもおかしくはないですね。
私はサイコメトリーを使うまでもないと判断し、台座のようなものに飛び乗ります。
『転送しすてむ《てれぽーたる》ノ、ねっとわーくニ、あくせす……。――こんぷりーと。転送座標おーとせっと……。――こんぷりーと。対象者ヲ、指定ぽいんとニ、転送……シマス』
いかにもな合成音声が聴こえたかと思うと、次の瞬間、私は古ぼけたコンクリートの壁に囲まれた部屋にいました。
ふむ……正面に鉄の扉がありますね。
そして、その扉が半開きになったままであるという事は、学院長が逃げた先が、ここであると考えて良いでしょう。
私は、即座に再度サイコメトリーを使いながら、駆け出します。
部屋から出て通路を突き進んで行くと、太陽の光が正面から射し込んでくる大きな通路に出た所で、学院長の姿を捉えました。
「オーギュスト! 逃しませんよ!」
私は学院長と呼ばずに、その名前を大声で呼びかけました。
「ええい! こんな場所まで追ってくるとはっ!」
学院長は、そう声を上げながらも逃げます。
と、私が太陽の下に出た直後、突如として『銃声』が鳴り響きました。
……はい? この世界に『銃は存在しない』はずなのですが――
今回は色々な意味でイレギュラーでした(何)
クリティカルヒットは、魔法発生プロセス(魔煌波の調律&変異)中に、
別の魔煌発生プロセスが完全一致で重なると起きる増幅現象の事です。
狙って出す事も出来なくはないですが、かなりの高難易度です。
ゲーム的に例えるなら、ボタンを押して攻撃を放った際に、
その攻撃モーション中の決められた1フレームのタイミングで、
更に追加でボタンを押す……というような感じでしょうか。
追記
タイトル名に『当日』が抜けていたので追加しました。
また、最後の一行の『はい?』となる所が、
『は?』になってしまっていたので修正しました。




