第38話外伝9 当日・地下遺跡の研究施設
<Side:Emiliel>
――私は、螺旋状になっていた隠し階段を全力で駆け下りた。
……そうして辿り着いた場所には、とても学院の地下とは思えない光景が広がっていた。
床、天井、壁、すべてが白い陶器のようなもので出来ており、あちらこちらに魔煌波生成回路のような、光るラインが走っている。
しかも、その光は赤、青、緑、紫、白の5色もあった。赤と青と緑は魔煌波生成回路でも見る色だけど、紫と白のは存在しないから、それとは別の光なのだろう。
……では何の光なのかと問われたら、さっぱり分からないとしか返せないのだけど。
まあ、それはともかく……うーん、道が左右に別れているなぁ。どっちへ進めばいいんだろう?
「これは……一体……」
後ろから追いかけてきたクライヴさんが、呟くように言う。
「なんだか、アルミナの地下神殿遺跡に似ているような……」
更に後ろからアリーセさんがそんな風に言ってきた。
あ、なるほど。言われてみるとたしかにあの遺跡に似ているかも?
「ふーむ。つまり、学院の真下に古代の遺跡があったというわけですねぇ」
ティアさんという名の傭兵の女性が壁に手を触れながら言う。
「コウ、お前は学院の地下に、こんな遺跡がある事を知っていたのか?」
「まさか。知っていたら先に話しますよ。むしろ、国の方が把握しているのでは?」
「いや、ここへ来る前に、学院についての記録書類にざっと目を通してきたが、遺跡があるなどとはどこにも書かれていなかった」
「つまり……遺跡の事は国に届け出ず、秘匿し続けていた……という事ですか」
「……代々の学院長が存在を隠し続けてきたのか、それとも、今の学院長――オーギュストが隠蔽工作を行ったのか、どちらだか分からないが、そういう事だな」
「どちらにしても、この遺跡がキメラ生成技術に関係しているであろう事は推測出来ます」
「ああ、そうだな。だからこそ、学院長もここへ逃げ込んだのだろう。まあ、ここを経由して外への脱出を図っている可能性もあるが」
「そうですね。……さて、どっちの道が正解なのか、ですが――」
コウさんとアーヴィング議長がそんな話をする。
そう、どっちへ進めば良いのかが分からないんだよねぇ……
でも、コウさんがさっきから目を瞑ったまま話しているので、おそらく……
「――右のようです」
コウさんが学院長の逃げた先を口にする。よし、予想通りっ。
右が正解であると分かったのなら走るのみ!
そんなわけで私は走り出す。
が、それよりも早く、クライヴさんが先行して走り出していた。
「これ以上、エミリーに先へ行かせるのは護民士として看過する事は出来ません。先に行かせて何かあったら、それこそエステルさんに申し訳が立ちません。ここは、私が先陣を切らせてもらいますよ」
そう走りながら言ってくるクライヴさん。
なんでだか分からないけど、その声からは、怒りと悲しみの混じったような感じがした。
「す、すいません……」
そう謝りつつも私は思う。怒るのは分かる。だけど……悲しみを感じたのは何故?
……うーん、悲しみの方は気のせいなのかな? いや、でも……
走りながらそんな事を考えていると、再び分岐路にたどり着く。
立ち止まり、壁に手をつくコウさん。
それに合わせて、私たちも立ち止まる。
先を急ぎたいけど、間違った道を進んだらそれこそ意味がない。だから、待つ。
以前にコウさんが言っていた『急がば回れ』という言葉は、こういう時のためにあるんだと思う。だから、待つ。
「――左ですね」
コウさんがそう告げてくる。
クライヴさんが私の方を見て無言で頷き、そのまま走り出す。
と、そこで前方から奇妙な姿の人……のような存在が走ってくる。
「あれは……ゴブリン……でしたっけ?」
「はい、その通りですねぇ。おそらく私たちを撃退しに来やがったんですねぇ」
アリーセさんの問いかけに、そう返すティアさん。
なるほど、あれが話に聞いていたゴブリン……
「あれって、元々人間だったんだろ? どうにかして戻せたりしねぇのか?」
「可能な場合もありますが……あれは無理ですね。残念ながら手遅れです」
「……そうか。なら、斬るしかねぇな」
コウさんからの回答を聞いたアーヴィング議長が大剣を構える。
うーん、例え元人間だと分かっていても、倒す事を躊躇しないあたりは、この国のトップであり、かつては武聖なんて呼ばれていただけはあるなぁ。
昔、改革を推し進めていた頃は、暗殺者や襲撃者を片っ端から返り討ちにしたらしいし。
なんて事を考えていたら、アーヴィング議長がゴブリンの群れと戦闘に突入するよりも先に、ゴブリンたちはすべて真っ二つになって床に倒れ込んだ。……ええ?
「は?」
アーヴィング議長が素っ頓狂な声を上げた。
というか、私も何が起きたのか分からなかった。
状況を把握するべく目を凝らして周囲を見回すと、2つの円月輪が宙を舞っていた。えーっと……あれって確か――
「おいおいロゼ、それはちょっとズルくないか……」
アーヴィング議長が同じく円月輪に気づき、ため息交じりにそんな事を言った。
やっぱりというかなんというか、ロゼさんが瞬殺したみたいだね。
「うん? 円月輪はこういう武器だから仕方がない」
「それはまあ、そうだけどよぉ……」
なにやら残念そうなアーヴィング議長。まあ、わからなくもないけど。
「ん。そんな事より殲滅したんだし、先を急ぐ」
ロゼさんがそう言うと、
「そうですね。行きましょう」
と、クライヴさんが頷き走り出す。
……そんな感じで、何度か魔物との戦闘を繰り返した所で、円柱形の小さな水槽が並ぶ広い部屋へと辿り着く。
それらの水槽に近づいて良く見てみると、どれもこれも緑色の液体に満ちていた。
色だけ見ると、治療士の人が再生治療に使う復元槽に似ているけど……なんだろう、これ。
「これは……キメラファクタープラント? 久しぶりに見ましたね」
なんて事を言ってくるコウさん。
どうやらこれが何か知っているらしい。さっすがぁ。
「この水槽の大きい物――人が入れそうな程の物を、クレスタの廃屋地下にもありましたけど、因子培養プラントって言うんですか?」
「そちらは、おそらく融合槽ですね。似ていますが少し違います」
アリーセさんの問いかけにそう返すコウさん。
融合槽……ねぇ。うーん、なんだか嫌な予感しかしない名前だなぁ、それ。
「ん? どう違うんだ?」
「こっちはキメラファクターと呼ばれるものを生成するための物で、融合槽は、そのキメラファクターと素体――元となる生物を融合させるための物です」
「なるほど……そいつはまたとんでもねぇ代物だな。国の代表者としては看過出来るものじゃねぇ。よし、壊すか。……構わないよな?」
「ええまあ、構いませんが……。いいんですか?」
「無論、1つか2つは残す。が、こんなにはいらん」
アーヴィング議長は、コウさんとの話を終えるや否や、その身の丈ほどもある両手持ちの大剣を振るい、水槽――プラントを破壊する。うわぁ、豪快……
「じゃあ、こっちもやっておきますかねぇ」
ティアさんもそんな事を言いながら、青い気弾のような物を飛ばして破壊していきます。
こっちもこっちで、なんだか乱れ撃ちって感じだなぁ。
「……やれやれ。まあ、壊すのはあのふたりに任せておいて、今の内に学院長の足取りを――」
そうコウさんが呟くように言った直後、
「「グルアアァァァアァァァアァァァッ!」」
という2つの咆哮が響き渡り、見たこともない害獣――魔物が奥から物凄い速度で接近してくる。
それは、3つの頭を持つ巨大な犬……狼? どっちだか分からないけど、そんな魔物と、しわくちゃなライオンの顔を持ち、サソリの様なしっぽ、コウモリの様な翼、さらにヤギの様な角を持つ魔物だった。
「おう、研究施設を壊されて怒ったみてぇだな」
「うん、そうらしい。とっとと返り討ちにしよう。うん」
「ですね。我々なら、大した時間をかけずに片付けられると思いますし」
アーヴィング議長、ロゼさん、クライヴさんが、順にそう口にする。
アリーセさんとティアさんも無言で武器を構えた。
まあ、クライヴさんの言うように、私たちの戦力なら時間をかけずに片付けられるはず。
なにしろ、ここにいる全員がとても強いし。
さて、ここで一番有用な魔法は……あれかな? よし!
私はペンダントを取り出し、魔法の発動準備に入った――
エミリエルの言う通り、こちらの陣営は戦闘力が高すぎるので、多分速攻で終わります。




