第38話外伝8 当日・秋原洸
「す、すいません……なんだか急に……」
落ち着いたエミリーが、アキハラ先生の方を見てそんな風に言う。
私たちから話を聞いたアキハラ先生は、「いえ……」と言いながら頭を振ると、腕を組み、
「こっちこそ、そんな事になっているとは露知らず、あんな聞き方をしてすいませんでした。――だから、アリーセ君やロゼ君たちも一緒だったんですね」
そんな風に言葉を続けた。
「ん、そういう事」
私は頷いてそう返すと、それまで静かに様子を見守っていたティアが写真を取り出し、アキハラ先生に問いかける。
「――写真の件の確認をお願い出来ますかねぇ? もしかしたら……いえ、もしかしなくても、エステルさんの居場所に繋がる可能性がありますのでねぇ」
「……たしかにそうですね。では、拝見させていただきます」
アキハラ先生がティアから写真を受け取り、それを確認する。
そして写真をしばらく眺めた後、重い声で言葉を紡ぐ。
「……間違いなく、うちの生徒ですね……。姿形こそ変われど見紛う事はありません」
「やはりそうでしたか……」
「まあ、そうですよねぇ」
アリーセとティアがそんな風に言葉を返す。
ふたりの声と表情からは、残念さ、悲しさが感じられた。
うん、そうであって欲しくはなかった、無関係であって欲しかった、という雰囲気が漂っていた。
……こんな事を考えるのは不謹慎かもしれないけど、私もそんな風に感じられたら良かった。思えたら良かった。
だけど、うん、困った事に私の心は、そんな風には感じられない。思えない。
冷静に、最初からそうだと思っていた。だから、そこに残念さも悲しさも感じない。
――アサシンロッジとかいう場所で、攻撃系魔煌具の如き冷徹かつ無慈悲なアサシンとして育てられたその影響は、今でも残っているらしい。うん。
いつか私も、ふたりのような優しさのある心を持てるといいんだけど……なかなか難しい道のりな気がする。私は、優しさの真似しかまだ出来ないのだから。
そんな詮無い事を、ついつい考えてしまっていると、
「となると……この学院の誰かが失踪事件、およびキメラ化とやらの犯人であるという事になりますね」
と、冷静に告げてくるクライヴ。
……なるほど、どうやらクライヴも私と同じような心を、持っているらしい。持ってしまったらしい。うん。
なら、うん。ここは私もそれに続こう。今はそれでいい。
「ん、クレスタにあるあの屋敷、誰の物だったのか調べてみるといいかも。うん」
私がそう言うと、
「――それは学院長の持ち物だった」
という声が後方から聴こえた。この声は……
振り向くと、そこにいたのは予想通りお父さんだった。
でも、蛇のようにウネウネとした幅広の大剣――フランベルジュを背負っているため、元老院議長っぽさはあまりない。……というより、戦士といった感じかも。うん。
「アーヴィング? どうしてここに? それにその物騒な大剣は……」
アキハラ先生がそう問いかける。お父さんと仲が良いからか、普通に呼び捨てだった。
「昨日、娘たちから話を聞いてな。娘たちの通う学院でそんな事件が起きていたのでは、気が気でないだろう? だから俺が出張ってきたんだ。こいつを持ってな。――お前は大工房に詰めていて、任せられそうになかったしな」
「なるほど、そういう事ですか」
「ああ。……まあもっとも、こうして実際に来てみたらお前がいたんで驚いたがな。大工房での例の作業の方は、片が付いたのか?」
「ええ。一段落ついたので、残りは技師の皆に任せてきました。2億年前の遺物とやらの解析をエステルに任せっぱなしにしていたので、そちらも気になりましたから。……それより、最初に口にした件ですが――」
「ああ。クレスタにある廃屋に関して、クレスタの建築物管理部門に問い合わせてみたら、ここの学院長であるオーギュスト・ヴァン・ガルディオーネの持ち物――正確に言うなら、代々ガルディオーネ家の当主が住んでいた屋敷――だと判明した」
「ガルディオーネ? アーヴィングが例の改革を行った際に大規模な襲撃を仕掛けてきたという?」
「ああそうだ。その襲撃の首謀者であるガスパル・ヴァン・ガルディオーネの息子が、オーギュストだ。まあ、とはいえ……オーギュストはあの襲撃の時には、レグランス諸国連合領のオルトガームに留学中だったからな。襲撃とは無関係なんだが」
さすがというべきか、お父さんは既にあの屋敷の持ち主を調べていた。
ならば話は早い。
「ん、それなら早速、学院長の所に踏み込む」
「そうですね。白か黒かは不明ですが、とにかく話を聞きたい所です。……まあ、限りなく黒いですけど、現時点で」
クライヴが私の言葉に同意するようにそう言う。
「……あ、そう言えばウチの教員たちが、学院長がエステルに興味を持っているという話をしていましたね」
「あのー、それ、ほとんど決まりじゃないですかねぇ?」
アキハラ先生の言葉に、ティアがそんな風に返す。
うん、私もそう思う。
「……ええ。学院長に目をつけられ、攫われた。そう考えれば、痕跡がまったくない事も色々納得ですね」
そうクライヴが言うと、アキハラ先生は何かを理解したのか、
「……たしかにそのパターンなら『視えない』……っ! すぐに学院長室へ行くとしましょう!」
と、焦り気味に呟いた後、弾かれたように走り出す。
慌てて私たちはその後を追う。
焦っているという事は、どうやらアキハラ先生もエステルの事が心配なようだ。
それにしても……と、私は走りながら考える。
そのパターンなら『視えない』とは、どういう事なのか、を。
◆
<Side:Kou>
学院長室へとやって来たが、学院長の姿はなかった。
「……おかしいですね。午前中はたしかに居たのですが……」
私は部屋を見回しながら言う。
「もしくは逃げたか、ですねぇ」
傭兵のティアさんという人がそんな風に言った。
……なら、あれを使いますか。
私は学院長が執務に使う机に手を置き、目を閉じると精神を集中する。
――サイコメトリー、実行。
徐々に脳裏にモノクロの映像が浮かんでくる。
ふむ、学院長が窓から外を見ていますね……
そのまま観察していると、学院長が驚いた様子で慌てて動き始めました。
……ティアさんの推測が正しい気がしますね、これは。
おそらくですが学院長は、国家元首であり武聖などとも呼ばれるアーヴィングが、あの物騒な大剣を背負って現れた事で、この部屋に乗り込んでくると考えたのでしょう。
そのままサイコメトリーを実行し続けると、学院長は本棚の本を出し入れし始めました。
一体何をしているのかと思っていると、突然ドアがスライドし、裏に隠された階段が姿を現しました。……まさか、そんな古典的な仕掛けがされていたとは……
いえ、古典的と思うのは、私が地球――日本人だからかもしれませんが。
このままついでにエステルが学院長に攫われたかどうかも視てみましょう。
……私は、更に過去へと遡るイメージを頭に浮かべます。
……っ! 視えました!
なるほど……エステルは、どうやら学院長に呼ばれてやって来たみたいですね。
で、部屋に入ると同時に睡眠魔法で眠らされた、と……。これは決まりですね。
私は、サイコメトリーを解除し、
「間違いありません。エステルは学院長によって捕らえられ、あの本棚の裏に隠されている階段の奥に連れ去られたようですね」
と、皆に告げます。
すると、アーヴィング以外は不思議そうな顔をしてきました。
「うん? なんでそんな事が分かるの?」
「ですねぇ……。まさか、机の上に手をついただけで知る事が出来るとでも言うのですかねぇ?」
訝しげな目をするロゼ君とティアさん。
ああ、まあそうですよね……。アーヴィングがいるせいでうっかりしていました。
「えっと……ですね、私は『サイコメトリー』というサイキック――異能……のようなものを持っていまして、物質や液体の記憶……とでもいいましょうか。まあとにかく、物質や液体を通して過去を垣間見る事が出来るのですよ」
そう説明する私。……でも、こんな突拍子もない説明を信じてくれるものでしょうか?
「俺も最初は何を言っているのか分からなかったが、コウの言うのは真実だ」
アーヴィングが私を援護するようにそう言います。
「なるほど……。サイキックですか。要するにソウヤさんと同じような物ですね」
「ん、それなら納得」
アリーセ君とロゼ君がそんな事を言って納得します。
思ったより簡単に納得しましたね。ソウヤという人物が関係し――
って……今、ソウヤって言いましたよね? ま、まさか――
「えっと……そのソウヤというのは、もしかして、風峰蒼夜……ですか?」
「カザミネソウヤ? ……あ! そう言えば、アカツキだと名前と名字の順番が逆なんでしたっけね。そうです、そのカザミネソウヤさんです」
アリーセ君がそう言ってきました。
ああ……。ようやく……ようやく見つけられましたか……彼を。
これはまさに、僥倖というものです。後ほど会いに行かなくては……必ず。
「うん? もしかしてアキハラ先生、同じ隠れ里の出身だったりする?」
ロゼ君がそんな事を問いかけてきます。里……?
ふむ。これは推測ですが……蒼夜君は、自分が隠れ里の出身であるという事にしているのでしょう。ああでも、なるほど……たしかに良い手ですね。
「ええ、その通りです」
私は、蒼夜君の手に乗っておきます。
「ん、なるほど……。アキハラ先生が、レビバイクみたいなとんでもない魔煌具を生み出せるのは、そういう事……。なんだか納得」
「ですねぇ……。隠れ里の出身なら、あのくらい創り出せてもおかしくないですね」
なんだか良く分かりませんが、変な納得のされ方をしているような気が……
蒼夜君が、隠れ里とやらをどういう設定にしているのかが気になりますが、まあ……とりあえず、その事は置いておくとしましょう。
「ともあれ……そんなわけで、異能の力を使って調べた所、学院長はあそこの本棚の裏に隠されている階段から下へ降りて行くのが見えたわけです」
私がそう告げると、
「なるほど。よし分かった」
と、そう言って背中の大剣に手をかけ、それを引き抜きながら、思い切り本棚へと叩きつけるアーヴィング。
……本棚が砕け散り、裏に隠された階段が姿を見せました。
仕掛けを無視して、物理でどうにかするってどうなんでしょうね……。なんだか、仕掛けの製作者泣かせな気がします。
まあ、今は先を急ぐ方が良いので構いませんが。
「……この先に、お姉ちゃんが?」
今まで無言だったエミリーが、疑問の言葉を口にしました。
「可能性が高い……という程度ですが。そこまでは私の力でも視えないので」
私がそう言葉を返すと、エミリーは弾かれたように砕け散った本棚を乗り越え、階段を下っていきます。
「エミリー!?」
クライヴさんが慌ててその後を追いかけました。
無論、私――私たちも、です。
そして……もしエステルがこの先にいるとするなら、キメラ化している可能性も考えなくてはいけません。その場合は……
国家元首がいるので、調査が楽です(何)
そして、ようやくサイキック『サイコメトリー』を使用するシーンの登場です。
(まあ……異伝でも間接的に使った事を示すシーンはありましたが)




