第38話外伝4 前日・VSアラクネ&ハルピュイア
<Side:Rose>
「3……2……1……0!」
扉を開き、閃光魔法を奥に放つティア。
「「ギギィアァアァアッ!」」
扉の向こうで待ち伏せしていた魔物の叫び声が響き渡る。……ん? 1体じゃ……ない?
まあともかく、魔物は閃光をまともに食らった事は間違いない。うん。チャンス。
真っ先に部屋へと飛び込んでいくティア。そして、それに続く私とアリーセ。
扉の先は先程よりも少し広く、壁際に棚が並ぶ部屋だった。
その部屋で閃光をまともに食らって悶え苦しんでいた魔物は、下半身が蜘蛛で、上半身が女性という不気味な奴だった。ただし、上半身の肌の色は青だけど。
「アラクネ、ですねぇ」
と、そう呟きながら、発動の早い火球の魔法を放つティア。
うん、どうやらこの魔物はアラクネというらしい。
「えいっ!」
アリーセがティアに続くようにして、次元鞄から取り出した2つの薬品をアラクネに放り投げる。
ドゴォンという爆音と共に黒に近い紫の爆発が巻き起こり、その女性の身体部分を大きくのけ反らせながら悲鳴をあげるアラクネ。
火球は皮膚表面を焦がした程度だったが、どうやらアリーセの爆発系魔法薬――なんだかおかしな色の爆発だったけど、多分そう――と思われる物の方は、とても良く効いたみたいだ。うん。
さて、それじゃこっちも……
「攻撃っと。うん」
先程2体目の気配を感じた私は、素早くそいつを見つけ出し、円月輪を真上に放り投げる。
うん、そう。そいつは真上にいた。真上から奇襲するつもりだったのだろうけど、ちょっとばかし甘い。
「グギィィィィィィィィッ!?」
巨大化した円月輪によって翼を引き裂かれたそいつが、床へと落下してくる。
それは、足と手が猛禽類のようになった女性……といった感じの風貌の魔物。
「おっと、これはハルピュイアですねぇ。まさか、もう1体潜んでいたとは想定外。良く気づきましたねぇ」
「ん、閃光魔法の瞬間に存在を感じた」
「素晴らしい察知能力ですねぇ。傭兵でもそこまでの察知能力を持つ者はあまりいませんねぇ」
「ん、それはどうもありがとう」
よく分からないけど褒められた。このくらいの察知なら、出来る人は他にも結構いると思うのだけど……ま、いいや。
それよりも……ハルピュイア? 他の魔物同様、やはり聞いた事がない名前だ。
ううん……どうして、ティアと名乗ったこの傭兵は、こいつらの名に詳しいのだろう?
疑問に思い、それをティアに問いかけようとしたが、それよりも前に敵が動いた。
アラクネが糸のような物を口から発射。同時に、蜘蛛の足を床に強く叩きつける。
……糸はともかく、あの足は……?
と、そう思ったのとほぼ同時に、真下から噴き上がる凶悪な魔力を感知する。
「んっ! アリーセ! 後ろにジャンプ!」
そう言い放ちながら、私もまた横へ飛ぶ。
私とアリーセ、そしてティアが回避すると同時に、直前まで立っていた場所に、氷柱を逆さまにしたかの様な形状の黒い槍が突き出す。
無論、ティアはあっさりと回避しているので問題な……いかと思いきや、糸に巻き付かれて動きが鈍ったのか、右足の太腿がザックリと切れて出血していた。
「つうっ! どうやら、影から攻撃出来るみたいですねぇ……」
そのティアを狙い、ハルピュイアの方が残っている翼をはためかせて、鋭く尖った羽根をティアに向けて放つ。
が、ティアは慌てる事なく、言い放つ。
「――『朱輪の焔旋舞』!」
直後、その魔法によってティアの周囲に生み出された螺旋状の炎が、糸もろともその羽根を焼き払った。
……どうでもいいけど、ティアが魔法の名前を叫んだのは初めてな気がする。
もしかしたら、内心ではちょっと焦っていたのかもしれない。うん。
「治療しますね!」
アリーセがティアに駆け寄り、治療薬を太腿にかける。
ティアの傷がみるみる塞がっていく。
そんなふたりに回復させまいとするハルピュイアが迫る。
が、そうはさせない。
私は武器を短剣に切り替えると、《翠迅の瞬歩》で、ふたりとハルピュイアの間に割り込む。
そして短剣に霊力を流し、シャルのような霊力の刃を生み出した。
ハルピュイアが金切り声と共に、足の鉤爪で攻撃を仕掛けてくるが、長剣とほぼ同じ長さとなったそれを振るい、その鉤爪を受け止める。
霊力で作り出した刃で物理的な攻撃を受け止められるのか良く分からなかったため、少し賭けだったのだけど……うん、上手くいった。
その状態から反撃を仕掛けようとしたその刹那、
「ふっ!」
宙を舞うようにして飛び込んで来たティアが、ハルピュイアに回し蹴りをかました。
その一撃をまともに食らったハルピュイアが、勢いよく吹き飛んでいき、壁際の棚に激突。棚のガラス瓶をぶちまけながら床へとずり落ちる。
うん? 今のは……格闘術? でも、蹴り飛ばす瞬間に、稲光のようなものが見えた気も……
「これが、ソーサリーアーツという物ですねぇ」
私の思考を読んだかの如く、そんな風に言うティア。
ソーサリーアーツ? 前にどこかで聞いた事があるような……
と、そんな事を思っていると、アラクネの周囲に毒々しい紫色の球体がいくつも生み出され、それがこちらに向かって一斉に放たれた。
「っとと。少しくらい説明させて欲しいものですねぇ」
「うん、同感」
そう言いながら、それを回避する私とティア。
アリーセは射程圏外なので問題なさそうだ。
紫色の球体は床に触れるとその場に水たまりのように残っていく為、何気に回避が面倒というか、どんどん逃げ場が減らされていく。
そこへ更に大量に球体を放ってくるアラクネ。これは……ちょっとまず――
「んっ!?」
いつの間にか、球体に隠される形で放たれていたアラクネの糸が、私の足に絡みつく。
そんな私に球体が迫る。くっ、いそいで払わないとっ!
と、次の瞬間、もの凄い速度で螺旋の光を纏った輝く矢が飛んでくるのが視界に入る。
その矢は、私に迫る球体を穿ち貫き、それでも止まらずに更に突き進む。
もしやと思い、アリーセの方を見ると弓を構えているのが見えた。
うん、どうやらこちらもいつの間にか、チャージショットを撃つ構えに入っていたらしい。
「オアァァァァアァァァァッ!?」
チャージショットの矢が人間の肉体と蜘蛛の肉体の境目あたりに突き刺さり、咆哮なのか悲鳴なのか良くわからない叫び声を上げるアラクネ。
更に、アラクネの肌の色が何故か青から白っぽいものへと変化した。
なんで肌の色がそうなったのかはさっぱりだけど、とりあえず攻撃は止んだ。うん。
私はそのチャンスを逃さず、足に絡みついていた糸を断ち切り、アラクネに向かって大きく跳躍する。
そんな私に対し、昏倒から立ち直ったハルピュイアが、左方向から放電する魔法弾を飛ばしてきたが、ティアが雷撃の魔法で相殺してくれた。うん、感謝。
アラクネの背中に飛び移る事に成功した私は、そのまま二振りの短剣――もちろん、短剣には霊力の刃を纏わせてある――を勢い良く突き立てる。
――抜く。突き立てる。抜く。突き立てる。抜く。突き立てる。
痛みで暴れまわるアラクネの背中を滅多刺しにする私。
血しぶきで全身が濡れて気持ち悪いが、仕方ない。うん。
「うわぁ、エグいですねぇ」
腕の上部に剣の形をした炎を生み出したティアが、そう言いながら、ハルピュイアにそれを突き立てる。なんだか、炎で出来たジャマダハルみたいな気がする。うん。
「ガ、ガグゥッ!? グガッ、グギッ!? ギュギィィィィィッ!?」
ジャマダハルみたいな炎にその肉体を貫かれたハルピュイアが、苦悶の声を上げつつ身体を振るわせるも、すぐに弛緩し、動かなくなった。
焦げた臭いが漂ってきたので、どうやら炎で体内を焼き尽くしたらしい。
「人の事、言えないと思う。うん」
「あはは、そうかもしれませんねぇ。あ、これはついでですねぇ」
そんな事を言いながら、アラクネの首の周囲に赤い三日月を生み出す。
そしてその赤い三日月が、まるで大鎌のような動きをして、アラクネの首を跳ね飛ばした。
首を跳ね飛ばされたアラクネは、大量の血を噴き上げ、その場に伏せるような姿のまま沈黙する。うん、再生したりする様子はなさそう。
「むう、どっちもトドメを奪われた」
「トドメ、ありがたくいただきましたねぇ」
……むむう、なんだかくやしい。うん。
「まあ……トドメ云々よりも、とりあえずその血塗れをどうにかしましょう」
そう言って、次元鞄からボトルを取り出し、私の方に近寄って来るアリーセ。
「もっともアラクネに関しては、アリーセさんの矢の攻撃で、魔法耐性のついていたあの皮膚が弱体化したからこそ、ですけどねぇ。あの魔煌矢、普通の物じゃなかったですよねぇ?」
私にボトルの中身を振りかけてくるアリーセの方を見て、そんな風に言うティア。
ああ、あの皮膚の色の変化はそういう事……。うん、理解した。
「ええ。魔法薬によるエンハンスを施した魔煌弓でのチャージショットです。理論的には矢にもエンハンスされるはずだと思って試してみたのですが……思った以上にエンハンスの効果が出たようです」
「エンハンス――付与魔法ですねぇ。ですが、まさか魔法薬でそれをやるとは……なんとも面白い事を考えますねぇ」
「そうですか? ……それにしても、なんであんなに効果が出たんでしょう?」
「うーん……おそらくですけど、エンハンスの効果自体がチャージによって、増幅されたんでしょうねぇ。武器に魔法を付与する一般的なエンハンスと違い、先程の物は、魔煌の矢の方にエンハンスがなされていたみたいですからねぇ」
「なるほど……そう考えると、なんだかしっくり来ますね」
ふたりがそんな話をしている横で、周囲の気配を探る。
が、他に魔物はいなそうだった。
ちなみに血まみれだった私の服は、アリーセの振りかけた液体の効果によって、血の痕1つないほど綺麗になっていたりする。あの液体、どんな効果だったんだろう……。うん。
気にはなるけど……うん、とりあえず置いておこう。
「――ん。多分、今のが最後。他には居そうにない。うん」
「おそらく、先程のオークとゴブリン、それから今倒したアラクネとハルピュイアが、いわゆる殿のような存在だったんでしょうねぇ」
「うん? あえて最後まで残していたって事?」
「はい、そういう事ですねぇ。……まあもっとも、単に不要なので廃棄していった可能性もありますがねぇ」
そんな風にティアが言う。
ううーん……。私としては、あれらを生み出した物の、戦力としては微妙だったから、ここへ放置――廃棄していっただけ……っていう気がするんだけど、実際の所はどうなのだろう?
と、その事に考えを巡らせていると、ティアが、続けて言葉を紡いで来た。
「それにしても、さっきもそうでしたけど、良い察知能力ですねぇ」
「ん、そんな事ない。私やアリーセのまわりには、異様な察知能力を持つ人物がチラホラいる。気配の察知は微妙だけど、夜に、遠くに潜んでいる人物を発見するのとか」
私がそう言葉を返すと、アリーセが私に続くようにして口を開く。
「それって、先日のソウヤさんの事ですよね? まあたしかになんというか……あんなに暗くて、なおかつ隠れやすい場所に潜んでいた者を、いとも簡単に見つけてしまうとか、とんでもないですよね、ホント」
「うーん? そこまで言うソウヤさんというのは、どういう人なんですかねぇ?」
と、ティア。……あ、その言葉を口に出してはいけない。うん。
「あ、それはですね――」
そう切り出して、連射魔法の如き怒涛の勢いでソウヤの話をし始めるアリーセ。
……あーうん、やっぱりこうなった。
今の内に討伐記録をしておこう……うん。
強化されたロゼの短剣に、ようやく出番が来ました(何)
そして、相変わらずソウヤの話をし始めると止まらないアリーセ。
追記:表現を修正
直後、その魔法の力――正確には魔煌波によって~ という所が、
性格には~ になっていたので修正……と思ったのですが、
そももそ「の力――正確には魔煌波」の部分がいらなそうなので削除し、
直後、その魔法によって~ に変更しました。




