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サイキッカーの異世界調査録(サーベイレコード)  作者: TOMA
第1部 異世界グラスティアの異変 第2章 ルクストリア編
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第38話外伝3 前日・ティア

<Side:Rose>

 鉄の扉を開けると、そこは薬品や器具が並んだ何かの実験室のような場所だった。

 腐臭に混じって、カビ、ホコリ、更に薬品の臭いまでする。うん、これはなかなかに嫌な臭い。

 

 置かれている器具に目を向けてみると、どれもこれも煤けていたり錆びていたりと、かなり年季の入った物である感じだった。うん。

 

「これは……見た事がありますね。たしか、中世時代に錬金術で使われていた物です」

 アリーセが木製の大きな机に並べられた器具の眺めながら、そんな事を言った。


「うん? という事は、昔、ここで錬金術の研究がされていた?」

「……いえ、十数年前に発売された魔煌薬調合用の器具もいくつか混ざっていますね。つまり……昔というよりも、十数年前――下手したら数年前まで普通にここで研究が行われていたと考えられます」

 私の問いかけに対し、アリーセが真新しい器具を手に取りながらそう返してくる。

 

 ……もしかしたら、雄叫びの正体は害獣でも魔獣でもないのかもしれない。


 そんな事を思い始めた私の耳に、「ォォォォォォォッ」という、さっき上で聴いた咆哮が、奥の扉の先から響いてきた。

 そして、それと同時に、バチバチィッという放電音も立て続けに聴こえてくる。

 もちろん、聴こえると言ってもかすかにだけど。


 なんらかの装置が駆動しているんじゃないかと思ったけど、精神を集中してみると、魔力の動く反応が感じられた。

 まあ、シャルほど精密に感じ取れるわけではないので、魔法っぽい何か、という所までしか分からないけど。

 でも、うん。そうだとすると――

 

「……誰かいるみたい。うん」

「え? 他の討獣士の方でしょうか?」

「ん、それはないと思う。1つの依頼を複数パーティに発行する事はない。うん」

 アリーセの言葉にそう返しつつ、奥の扉へと近寄る私。

 

 どうでもいい事だけど1人で行動している討獣士も、ソロパーティという名称でパーティ扱いするらしい。んー、何だか不思議な気がする。うん。


 なんて事を考えつつ、扉を開ける私。

 扉の先は左へカーブしている通路になっており、その先が見えない。

 けど、扉が開かれた事によって、先程よりも明確に戦闘の音が響いてきた。


「……うん、やっぱりというかなんというか、戦闘音っぽいのが聴こえる」

 うん、誰なのかは分からないけど、この先で戦闘が行われているのは間違いない。


「急いで向かいましょう!」

 というアリーセの声に従う形で、走り出す私たち。 

 そして、カーブを曲がり切った所で、青白い雷光が視界の先に映る。


「グギャァァァアァァアァァッ!?!?」

 雷光に続く形で断末魔の叫びが響き渡る。

 そしてその直後、今度は、ズシン! という何か重い物が地面――床に落下した音がする。

 否、落下、というより何かが倒れ伏したという感じかもしれない。

 おそらくだけど、誰かが雷属性魔法を使って大型害獣か何かを倒したんだと思う。うん。

 

「青白い雷光……? かなり高性能な魔煌武器を持っている人のようですね」

 走りながらそう呟くように言ったアリーセに顔を向けて問いかける。

「うん? そうなの?」

 

「はい。おそらく先程の雷光は、蒼系統の高位魔法『蒼天威の雷光閃』によって発生したものだと思います。というのも、青白い雷光を生み出す魔法というのは、蒼系統のもの2つしか存在していませんし、もう1つはあそこまでの放電量ではありませんから」

「ん、なるほど……」

「そして、当然ですが、高位の魔法を使うには非常に複雑な回路が必要です。つまり――」

「うん、回路を組み込む武器にも、それ相応に高いスペックが要求される、と。うん」

 アリーセの言葉を引き継ぐようにして、私はそう言葉を返す。


 それに対し、頷くアリーセ。

 そんなハイスペック武器を持つ人が何故こんな場所に……? いや、うん、そもそも何者なのだろう……

 と、そんな疑問が浮かんだが、それはすぐに判明する事だと考え、私は頭を振ると、一気に通路を走り抜けた――


                    ◆


<Side:Alice>

 通路を抜けた場所は、ガラス張りの水槽のようなものが並ぶ大きな部屋でした。

 ……どう見ても、中世時代の物――錬金術で使われた物ではありませんね。おそらく、最近設置された物なのでしょう。


 そんな大きな部屋に豚と猪が混ざったような顔をした巨躯(きょく)の人間……いえ、人間というには大きすぎますし、こんな顔の種族はいませんね。……異界の魔物の類……でしょうか?

 ともかく、そんな人型の怪物の死体がありました。

 

 更に、その周囲には同じく人型の怪物の死体がいくつかあります。

 こちらは肌が緑色をしており、マムート族より一回り大きい程度の小柄な感じです。

 それから耳が尖っていますね。長いのではなく尖っているだけですが。

 

「おやぁ? 貴方たちは……何者でしょうかねぇ?」

 そんな女性の声が、ガラス張りの水槽の裏から聴こえてきます。

 

 水槽越しに目を凝らしてみると、誰かいるのが見えました。多分、シャルロッテさんと同じエルラン族の方であるような気がしますが……

 

「あ、私たちは討獣士です。付近の住民の依頼を受けて来ました」

 なにやら警戒しておられるようなので、とりあえずそう答えながら、ギルドカードを提示します。

 

「ん、夜な夜な害獣の咆哮が聴こえて怖いから退治して欲しいという依頼。うん」

「あ、なるほど、そういう事なんですねぇ。それなら納得ですねぇ」

 女性がロゼの言葉に納得の返事を口にしつつ、水槽の横から姿を見せます。

 

 ああ、やはりエルラン族の方ですね。

 先日、アヤネさんのお店で見た『着流し』という物に似た服を着ていますが、左右非対称で、袖が片方にしかないので、少し違いますね。

 あと、布地――表面が少しつるつるしているように見えます。

 それから、よく見ると全体を金属で補強したロングブーツを履いていますね。なんというか、グリーヴとかソルレットとか呼ばれる、中世時代に使われた足用の防具に似ていますね。

 

「――私は、傭兵ギルド所属のシスティア・レティア・アルマティアという者ですねぇ。どこかの阿呆が名付ける時に、ティア、ティア、ティアと変な韻を踏みやがりましたので、言いづらい気がしますし、ティアと呼んでくれて構いませんので、よろしくお願いしますねぇ」

 なんていう自己紹介をしてきました。……所々、口調が荒っぽいのは、傭兵だからなのでしょうか? 傭兵は荒っぽい人が多いと言いますし。

 

「ん、私はロゼ・セプト。討獣士」

 短くそう自己紹介をするロゼに続き、

「私も同じく討獣士のアリーセ・ライラ・オルダールといいます。よろしくお願いいたします」

 そう言って頭を下げます。

 

「オルダール……? もしや、アーヴィング元老院議長閣下の娘さんですかねぇ?」

「ええ、まあ、その通りです。ただ、今この場ではただの討獣士ですので、そのように扱っていただけると助かります」

「なるほどですねぇ。いやはや、さすがは武聖と呼ばれた御仁の娘ですねぇ。ならば、遠慮なくアリーセさんの要望通りに対応させていただきますねぇ」

 

「ん。ところでティア、この妙な害獣――否、『魔物』は何?」

「そこの巨躯(きょく)の豚猪ヤロウは『オーク』ですねぇ。で、それ以外の小さいのは『ゴブリン』ですねぇ」

 ロゼの問いかけに対し、ティアさんはそんな名称を告げて来ました。

 

「……オーク? ゴブリン? 聞いた事もない名称ですね……。やはり異界の?」

「そうですねぇ。ある意味では『異界の魔物』と言えますねぇ」

「ある意味では……というと、正確には違うという事ですか?」

「はい、その通りですねぇ。こいつらは古の錬金術によって錬成された異質生命(いしつせいめい)嵌合体(かんごうたい)――通称、『キメラ』ですねぇ」


 ティアさんはそんな風に説明してきましたが、これまた聞いた事のない単語です。

 もしかしたら、錬金術と言っているので、錬金術関連では一般的な用語なのかもしれませんが、錬金術はそこまで詳しいわけではないので、さっぱりですね……

 学院でも、魔煌技術の発展に影響を与えた学問であり、特に魔煌薬学では原型となった部分の多い学問、という形で、さらっと習った程度ですし。


「うん? つまりここで、誰かが魔物を創っていた?」

「そういう事ですねぇ。どうやら、既に逃げた後のようですけどねぇ。夜の咆哮は、おそらく夜に魔物をどこかに移すため、ここから外へ出した事で、響いたのではないかと思いますねぇ。それっぽい形跡がありましたからねぇ」

「……ん、そう言えば、私たちが入ってきた場所は人の立ち入った形跡も、魔物がいた形跡もなかった。うん、つまり、ティアは別の所から入ってきた?」

 と、ロゼ。あ、そう言えばたしかにそうですね。


「はい。向こうの通路から来ましたねぇ。屋敷の周囲が森になっていますよねぇ? あの森の中に、ちょっとした崖があって、そこに幻影魔法で湮滅(いんめつ)されていた入口があったんですよねぇ」

 ロゼの言葉に頷き、そう語るティアさん。

 

「なるほど……。周囲の森の中に隠された入口があったのですか。うーん、たしかにあのような鬱蒼とした森であれば、その手のあったとしても、何らおかしくはありませんね。――でも、ティアさんはどうやってその森の中に隠されていたそれに気がついたんですか?」

「あ、それは森の中から不自然な魔力の流れを感知出来たから、ですねぇ。私、魔力の流れを感知するのが得意なんですよねぇ。で、それを辿っていったら、いかにもな反応の場所があった。とまあ、そういうわけですねぇ」

 私の問いかけに対し、ティアさんがそのような返答をしてきました。


 それにしても……魔力を感知、ですか。うーん……なんというか、シャルロッテさんに似たような事を言いますね。

  まあ、同じエルラン族の方ですし、エルラン族にのみ伝わる、何らかの術式や技巧とようなものがあったりするのかもしれませんが。

 ああでも、なんだかロゼも普通に出来るようになっているようですね。魔女――いえ、巫覡(ふげき)の特性……のようなものなのでしょうか? だとすると、この方も巫覡(ふげき)なのでしょうか?


 と、そのような事を考えていると、ティアさんが目を細め、赤錆の浮いた鉄扉の方に顔を向けました。

「それはそうと……まだ、魔物は残っていやがるみたいですねぇ。しかも、ご丁寧に身を潜めて待ち伏せしていやがるようですねぇ」


「うん、たしかに。まあ、バレバレだけど」

 ロゼが同意してそんな風に言います。……ふたりとも簡単に見破っていますが、私はまったく気づきませんでした。


「ま、小手先とはいえ、そのくらいの思考が出来る知性はあるようですねぇ。まあ、結構な魔力の強さなので、それも納得ではありますけどねぇ。……あ、いえ、ちょっと違いますねぇ。これは魔力というよりも――」

「ん、霊力の類に近い。というより、魔力と霊力がごちゃまぜ。うん」

 ロゼがティアさんの言葉を引き継ぐようにして言いました。

 

「ですねぇ。うーん……この感じだとちょーっとばかし魔法の通りが悪そうな奴、って感じですねぇ。……私の戦い方は魔法メインなので、この手の奴とは相性が悪いんですよねぇ……。すいませんけど、おふたりとも手伝ってもらえませんかねぇ?」

 ティアさんが鉄扉を見据えたまま、そんな言葉をこちらに投げかけて来ます。


「もちろんです。そもそも、討伐のために来たのですから」

「うん、その通り」

 私とロゼが同意の言葉を返すと、

「助かりますねぇ。――なら、早速乗り込みましょうかねぇ。準備は大丈夫ですかねぇ?」 なんて事を言いながら、鉄扉の方へと歩み寄るティアさん。


「はい、大丈夫です」

「ん、同じく」


 私は魔煌弓を構え……ずに、次元鞄に手をおきました。

 まずは、魔法薬の方を使わないと、ですね。そもそも、魔法薬を試すために依頼を受けたわけですし。

 もちろん、魔法薬だけでは厳しそうなら魔煌弓を使いますけど。魔法薬を試す事にこだわって、おふたりが余計な負傷をしてしまったりしたら、それこそ目も当てられませんから。

 

「では、開けると同時に閃光魔法を放って、そのまま突っ込みますねぇ」

 ティアさんのその言葉に対し、私とロゼは無言で首肯しました――

ゴブリン、そしてオーク。

ファンタジー世界では一般的なその名前を持つ魔物が、ここでようやく登場です。

ですが、どうやらこの世界の人々には「馴染みのない名前」のようですね……?

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