第37話 デザインはマジカルで
「え? どれも良い品ばかりなのに……ですか?」
「店の立地条件も悪くないと思うけど……」
アリーセとシャルロッテが俺たちの方へ歩み寄りながら、そう言ってくる。
「店に入って来られる方は、それなりにいるんですけど……購入なされていく方は少ないんです。購入なされていく方もアクセサリーなどの小物が大半ですし……」
と、そんな風に言ってくるアヤネさん。
「ふむ……。可能性として考えられるのは、珍しい物が並んでいるから入っては見るけど、珍しすぎて実用には向かないから買われない……って所か」
「ん? どういう事?」
俺の推測に対し、いつの間にか横にいたロゼが首を傾げる。
「アリーセの屋敷の玄関とか、うどんの食べ方の件とかが良い例だけど、ルクストリアって、アカツキ文化の流入がまだあんまりないから、アカツキ特有の物が、どういう物なのか知らない人も多いだろ?」
「ん、なるほど……。たしかにそう」
「で、料理とかはまあ、食べれば理解出来るし、美味ければまた食べたいと思うからそこまで問題じゃないんだが、服って着て外を歩く物だからな。見た事もない格好をして歩いている人がいたら視線がそっちに行くだろう?」
「うんまあ、たしかに」
俺の言葉にロゼが同意し、首を縦に振ったところでシャルロッテが、
「……なるほど、そういう事ね。要するに、あまりにもデザインが『一般的な物』と違いすぎて『奇妙な格好をしている』という目で見られるから、例え良い物であっても着るのを躊躇する――つまり、買われない……と」
理解したと言わんばかりの表情でそう言って言葉を区切った後、肩をすくめ、
「私も前にそういう経験をした事があるわ」
と、そんな風に付け足した。経験した事あるんだ……
「なるほど……たしかにそれはそうかもしれませんね。そして、アクセサリーなどの小物が売れるのは、そのくらいなら他と違っていても、そこまで奇妙と思われないから、というわけですね」
「ああ、その通りだ」
アリーセの言葉に対し、頷いてそう返す俺。
「うん? そうなると、どうしようもないような? うん」
「そうだな。これをこのまま売るのは難しいだろうな……。今はまだ早い」
ロゼの言葉に同意する俺。いわゆる時代が追いついていないとか、世に出すのが早すぎたとか、まあそんな風な感じだ。
「アカツキ文化が浸透するまで待てって事?」
「それはさすがに悠長すぎる。だから、浸透を早めればいいんだよ。まずは、もう少し中間……ルクストリアの一般的な服に近づけたデザインの物を売ってな」
俺はシャルロッテの問いかけに対し、そう答えるとアヤネさんの方を向き、
「売られている物を改良してしまっても良ければ……ですけど」
と、告げる。
「……みなさんの話を聞いていて、その通りであると私も感じました。たしかにアカツキの装束は、ルクストリアの方々には未知の物すぎるのだと思います」
アヤネさんは納得顔でそう言った所で言葉を区切り、周囲を見回した後、近くにあった和服に手を伸ばして言葉を続ける。
「――ソウヤさんの言う通り、服もこのまま誰にも着られずにいるよりは、ルクストリアの方々にも受け入れられるような姿へと変え、そして着て貰う方が良いでしょう。ただ……生憎と私は裁縫の方は出来ますが、デザインの方は苦手でして……」
「そこはまあ……俺――俺たちがどうにかしますよ」
そう俺が告げると、
「え? 私たちが描くんですか?」
「んー、絵とか描いた事ない……」
「そうねぇ……描けなくはないけど、あまり得意じゃないわよ」
3人が一斉にそんな風に言ってきた。
「いや、描くのは俺がするから大丈夫だ。これでもそういうのは得意だからな」
「あ、そう言えばソウヤさんのお家は、服屋さんをしているんでしたっけね」
「ま、そういう事だ」
アリーセに対して頷くと、俺は3人を順番に見ながら改めて言葉を紡ぐ。
「みんなにはどちらかと言うと……どういう物を『普段着ているか』とか、どういう物を『着てみたいと思うか』とかを教えて欲しい感じだな」
「ん、なるほど。そういう事なら任せる。うん」
「はい。しっかり協力させていただきます!」
「ええそうね。あ、描くのも少しなら手伝うわよ」
3人が快諾した所で、アヤネさんの方を向き、
「というわけで、どうにかしますけど……。任せていただけますか? まあ、デザインのプロというわけではないので、上手くいくかどうか分からないですが……」
と、問いかける。
「もちろんお任せします! むしろ、そこまでしていただけるだなんて、いくら感謝してもし足りないくらいです! それと……上手くいくかどうか分からないと仰られましたが、私には絶対に上手くいくと感じました。ですので、改めて……どうかよろしくお願いします!」
なんて事を、興奮気味に言って深々と頭を下げてきた。
興奮しているからなのか、少し口調が変わっているような気がしなくもない。
ともあれ、アヤネさんの店に協力する事にした俺は、2~3日中にある程度の数を描いて持ってくる、という話をしてアヤネさんの店を出た。
「よし、とりあえず……デザインするのに必要な道具と紙を買いに行くとするか」
「でしたら、百貨店ですね! 早速行きましょう!」
なにやら妙にやる気満々なアリーセ。
デザインするのも道具を買うのも俺なんだが……まあ、いいか。
◆
地球――日本と同じ……とまではいかないが、ほぼ同じような道具を一式購入し、俺たちはアリーセの家へと戻ってきた。
というか、道具はタブレットプリンターという魔煌具1つでほぼ解決する気がしないでもない。
これは、複数のサイズがあるタブレット端末みたいな代物で、専用のペンを使ってここに描いた後、紙の上にこれを乗せて押し付けるだけで、紙の上に描いた物が転写されるという物だ。
ちなみに、記憶術式珠という、名前の通りオーブみたいな形状の物を、外枠にある3つの丸い穴――拡張スロットのどれかに填め込む事で、描いた物を保存したり、保存していた物をタブレット上に復元する事が出来たりする。
タブレット上に……というか、本当にタブレットの上に浮いて表示されている色の名前が描かれた紋章のような物に触れれば、ペンの色を変えられるし、ミスった場合も消去色――と書かれている――にする事で簡単に消せるし、1手前の工程であれば記憶しているらしく、巻き戻す事も出来るからな。
正直言って、なかなかにとんでもない代物である。まあ、色数が少ないとか、巻き戻せるのが1手前までとか、線を描くには専用の定規や分度器がいるとかいう微妙な面もなくはないが、そこはまあ……仕方あるまい。
でもきっと、もっと技術力が進歩したらそこら辺も改善されるだろう。
しっかし、誰が作り出したのか知らないが、よくまあ、こんなペンタブレットとプリンターを組み合わせたかのような代物を思いついたものだ。
「こんな魔煌具あったのね……。ポスターとかの絵を描くのには便利そうだけど、それ以外の用途がないような気もするわ、これ」
「ん? お父さんが時々それ以外にも使っていた気がする。うん」
「そうですね。同じ文面や絵柄の書類や手紙を、複数かつ少数作る時とかにも使えますね。出来上がった物を印刷するよりも早いそうです」
「たしかに印刷版を作るよりも手っ取り早いわね」
「うん、あとなんか、マンガを描くのにも良く使われているらしい、うん」
「あ、そう言えば拡張術式珠という物を拡張スロットに填め込むと、トーン? とかいう物も使えるようになるとかなんとか……。まあ、その辺は詳しくないので、よく分かりませんけど」
「……なんというか、思ったよりも色々な用途があるのね」
シャルロッテたち3人が、タブレットプリンターを見ながらそんな話をしている。
なるほど、たしかにそういう用途もあるか……。っていうか、拡張術式珠って……。そのうち、パソコンもどきが出てくるんじゃないか? この世界。
それにしても、この世界のマンガは随分とデジタル――じゃなくて、マジカルな描き方がされているみたいだな。
っと、それはいいとして……
俺は3人の方を向き、そして言う。
「とりあえず、これがあれば描くのはどうにかなる。あとはデザインだな……。ってなわけで、ルクストリアで一般的な服とか、3人が着たい物とかを教えてくれ――」
魔法……正確には魔煌の性質上、この手(情報工学的、もしくは計算機科学的な物)の技術は、発展の仕方が科学のソレとは少し異なります。
そんな意味でも、デジタルではなくて、マジカル!




