第7話 自己紹介
――金髪少女が正気に戻ったところで、面会時間がそろそろ終わると言われたので、ロゼについては治療士の人たちに後を任せ、俺たちは治療院の外へと出る。
完全に日が落ち、すっかり夜になっていたが、街灯――魔煌灯というらしい――が随所に設置されており、白い光を放っているため、夜でも日本と同じくらいの明るさがある。
それもあってか、割と人通りも多い。……って、なんか、尻尾が複数あるキツネ耳の人がいるぞ……
そんな事を思いながら、道行く人々を眺めていると、護民士の男性が口を開いた。
「さて、それでは申し訳ありませんが、明日であればいつでも構いませんので、討獣士ギルドの方へご足労いただけませんでしょうか? 魔獣が出たとなれば、周辺の警備、および討伐に討獣士の方々の力を借りる必要がありますので――」
と、そこまで言ったところで、ふと何かに気づいたのか、突然指を鳴らした。
「すいません、ゴタゴタしていた事もあって、すっかり名乗るのを忘れていました。えーっと、今更ですが……私はクライヴ・アージェンタムといいます。討獣士ギルドの受付にその名を出して貰えれば、話が通じるようにしておきますので、よろしくお願いいたします」
「わかりました。討獣士ギルドですね」
そう返事をしたものの、実は討獣士ギルドとやらがなんのか、さっぱりわからなかったりする。ま、どうにかなるだろ、多分。
それはそうと……クライヴ同様、俺もこの金髪少女に自分の名前を名乗っていなかった事を思い出す。
「すまん、そう言えば俺もまだ名前を言っていなかった……」
「わ、私もそうでした……すいません」
俺と金髪少女は揃って頭を下げるのだった。
とまあ、そんなわけで…… 金髪少女が泊まっている宿――まだ部屋が空いていれば、ついでに泊まってしまおうかと思っている――に向かって歩きつつ、今更ながら自己紹介をする事にした。
「――俺は、ソウヤ・カザミネ。この国の姓名の順番が良く分からないから、念のために言うと、名がソウヤで、姓がカザミネ」
「私の名は、アリーセ・ライラ・オルダール。イルシュバーン共和国国立魔煌技術学院エクスクリスの魔煌薬科に所属しています」
アリーセはそう述べた後、両手を前で重ねて軽くお辞儀をした。
それにしても、やはり学生だったか。魔煌技術のいうのが良くわからんが、名前の響きからすると魔法関連の学院なのではないだろうか。
そして魔煌薬科というのは、アリーセが、森で生命活身薬とやらを作った事から考えると、いわゆる魔法の薬の作り方を学ぶ科の事だろう。
と、俺がアリーセの言った事について考えていると、クライヴがアリーセに問いかける。
「オルダール? もしや、元老院議長アーヴィング殿の?」
「はい。アーヴィングは私の父です」
「やはりご息女でしたか」
アリーセの返事に、クライヴが得心がいったという表情で頷く。
よくわからんが、元老院、そして議長、という言葉から考えると、アリーセは、このイルシュバーン共和国のお偉いさんの娘なのだろう。
まあ、口調や仕草から良いところのお嬢様っぽい雰囲気は漂っていたし、ある意味、納得だな。
「クライヴさんも、アージェンタムというくらいですし、『エルラン』の中では高位の家柄ですよね?」
と、今度はアリーセがクライヴに問いかける。おそらく『エルラン』というのが、このエルフっぽい種族の名前なのだろう。エルフとの違いが、フとランの差しかないあたりも、なんかそれっぽいし。
「……まあ、彼の地――レヴィン=イクセリア双大陸にある私の祖国では、たしかにそれなりの地位と名誉をもった家ではありますが、私自身は国を捨て、海を渡り、このイルシュバーンの民となった者です。もちろん祖国に戻るつもりはありませんので、あまりその家柄に意味はありませんね」
と、そう言って肩をすくめるクライヴ。だが、一瞬言い淀んだ後、怒りの感情を押し殺しながら話したようにも感じられた。
どうも、自分の生まれた国に対して拒絶する心があるようだ。なにやら事情がありそうだが……まあ、深く追求するのはやめておこう。クライヴとて、出会ったばかりの人間にあれこれと事情を話したくはないだろうしな。
俺は心の中でそう結論づけ、アリーセの方を見ると、アリーセはどう言葉を返したらいいのか困っていると言わんばかりの表情をしていた。
どうフォローしたものかと思っていると、アリーセがこちらを向き、話の流れを変えるかのように俺へと話を振ってくる。
「そ、そういえば、ソウヤさんの名前はあまり聞かない響きですよね」
「ふーむ……。私の生まれた町へ行商に来ていた方が、似たような名前でしたね。あの方は、『アカツキ皇国』から出奔した武将とやらの子孫だと言っていました。もしかして、ソウヤさんはアカツキの?」
クライヴが、アリーセに追従するかのようにして、そう問いかけてくる。
ふーむ、アカツキ皇国か。なんとなく日本っぽいネーミングの国だな。だがまあ、そんな国があるのであれば、これは好都合だというべきであろう。
「――ええ、たしかにその通りです。もっとも、アカツキはアカツキでも、俺は排他的……いえ、超排他的で外部との接触を完全に断っている隠れ里の出身でして…… アカツキという国がどういう国なのか、実はまったく知らなかったりします。まあ、この国についても、同じくまったく知らなかったりしますけど」
俺は決めておいた『設定』を、今仕入れた情報をもとに少しだけ手を加え、クライヴの方を見てそう言葉を返す。
俺の言葉に納得したのか、クライヴは腕を組むと、「なるほど」と短く言った。そして、クライヴに続き、
「あ、なるほど。私たちが一般的だと思っている事に対して、まるで今はじめて知ったかのような反応を何度かしていたのは、そういう理由なんですね。納得です」
得心が行ったという表情でそう口にしつつ、首を縦に2回振るアリーセ。
よし、これでとりあえず誤魔化せたか?
と、俺がそう思ったところで、アリーセが再び疑問を投げかけてくる。
「あ、でも……だとしたら、どうしてソウヤさんはあの森にいたんですか?」
「ああ、それは簡単な話だ。俺は里長から託された使命のために、里にあるテレポータルっていうのを使ってこの国へ飛んで来たんだが、そのテレポータルで接続された先っていうのが、あの森にある夜明けの巨岩だった、というだけの事だ」
ま、里長って言っても、ディアーナの事だがな。
「テレポータル……ですか。古代アウリア文明の遺跡でたまに見つかる奴ですね。長距離転送用の装置と言われていますが、見つかったものはすべて機能しておらず、再起動の手段も判明していないため、本当のところ、どういう装置だったのかが謎に包まれていましたが……なるほど」
アリーセへの説明を聞いていたクライヴが、顎に手を当てて独り言に近いそんなつぶやきを口にした。
そして、腕を組み直すと俺の方に顔を向け、
「ソウヤさんの里の者たちが外部との接触を断ち、隠れ住んでいる理由がよく分かりましたよ。現代でも機能していて、実際に長距離転送が可能な装置であった、なんて事が公になれば、どの国も装置を自分たちの物にしようと殺到し、大変な事になるでしょうからね」
と、そんな事を言って頷くクライヴ。……どうやら少々、いや、かなりヤバい代物のようだな、テレポータル。
というか、ディアーナが魔法みたいな感じで使っていたから、その類だと思っていたけど、あれ、実は装置だったのか?
いやでも、ディアーナの使った奴は明らかに魔法っぽい感じだったよなぁ……
だとすると、多分ディアーナのテレポータルと、古代文明の遺跡のテレポータルとは別の物で、名前が同じなだけ、といったところではないだろうか。
「へぇ……。そういうものなんですね。俺はあまり気にした事がなかったですけど、たしかに里長がテレポータルは禁忌だ、みたいな事を言っていた気がします」
装置版テレポータルについては、どういうものなのか一切知らないし、こう言っておくのが一番だろう。
「先程、使命を託された、といいましたけど、ソウヤさんが託された使命というのはなんですか? もし話していただけるのなら、私とロゼ、2人の命を助けていただいたお礼……というわけでもありませんが、出来る範囲でお手伝いさせていただきたいのですが」
というアリーセの申し出に、どう返事したものかと考える俺。正直、使命――要するに俺の旅の目的を話す事に関しては、まったく問題ないと考えているが、いかんせん目的自体が漠然としすぎているからなぁ……
「あー、えーっとだな……」
「もしかして、その使命とやらは秘匿するべき内容だったりするのですか?」
俺が考えながら話をしようとすると、クライヴが割り込むようにそう質問してくる。おそらく、アリーセの問いに対して言い淀んだ俺を見て、使命というのが人に話してはマズい内容なのではないか……と、そう考えたのだろう。
「ああ、いえ、里長は使命について誰かに話すのは、一向に構わないと言っていましたから問題ありませんよ。ただ、どこから話すべきかと思いまして……」
「なるほど、そういう事ですか。それでしたら私も個人的に興味がありますので、是非話をしていただけますか」
……どうやら、クライヴも興味を持ったようだ。
ここでようやく自己紹介となりました。




