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「回収は免れないか?」


 男はゆったりと言を紡いだ。


「手遅れなのでしょう?」


 振り向きもせず、もう一人の男は抑揚のない声で答える。


「……その姿、だいぶ定着したな」

「そうですね」

「戻る気になったかな?」

「なぜ? この姿は警告です。彼女にも解りやすい、目に見える」


 先に声をかけた男は、ゆっくりともうひとりに近付き、サングラスを外してその瞳をしげしげと覗き込んだ。


「それにしては、芸が細かい」

「何を言いたいのです」


 男の手からサングラスを取り返した茶髪の男は、冷静に一歩引いた。


「懐かしくなったのかと思ってね。彼女は、言わば君のお仲間だ」

「人になど、戻りませんよ。彼女もどうでもいい。俺は貴方の言うとおりに動いているだけ」

「そうか……それで? 反応は?」

「多少揺れたようですが、決定を覆すほどじゃない。おそらくこのまま、何も変わらない」


 顎に手をやり、少し思案して、男はその場に腰掛けた。あたかも、そこに椅子があるかのように。


「時間、とやらは? 期限まではどのくらい?」

「あと少し……あちらの単位で一時間を切りましたから」



   ***



 星を見に行こうよ。

 二十三時を過ぎた時計を見ないふりをしながら、あたしは涼を促した。


「……いーけど。そ、いや、お前、今日どこ泊まんのよ」

「ここ」

「は、ぁ? 俺、明日も仕事なんですけど」

「いいよ。帰っても。この車はもらった!」

「えっ。困ったなーー」


 いつも冗談しか交わさない会話が、こんな所で役に立つなんて。少し皮肉のような気もするけど、でも、本当のことを言ったところで信じてもらえないなら、同じこと。

 今日なら、満天の星が見えるはず。最高の場所をあたし達は知っている。

 広い広い湿原の一角。すれ違う車も無く、深い闇の中を滑るように走っていく。

 樹から美由に連絡は行ってるんだろうか。行ってるはずだな。二人ともきっと半信半疑なんだろうな。で、まずあたしに電話して、繋がらないからって涼に電話して。見えるみたいだ。

 あたしのスマホは電源を切ってしまってる。涼のは……たぶん、上手い具合に圏外なんだろう。郊外に連れ出したのはそういうのも期待してだった。


 あたしが消えるっていうのは、存在が消えるだけなのかな。痕跡まで消えて、みんなの記憶からも消えてしまうんだとしたら――

 あたしはそこで目を伏せて考えるのをやめる。

 消えた先を心配したってしょうがない。あたしは、そんなことを考える必要もなくなるのだから。


「寝るなよー」

「……寝てないよ。ちょっと考え事してただけ」

「お前でも、考え事っ」

「そーーよぉ。あたしくらいになると、考えることが山積みでっ」

「ばか。世の中なんてのはなぁ、考えない方が上手くいくんだって。俺を見ろ!」

「我儘女に付き合わされて、遅くまでドライブさせられてる男が見えます!」

「勘弁してよー」


 ひとしきり、お互いふざけて。

 でも、と、言葉が浮かんだ。

 でも、忘れられたくない。

 我儘かもしれない。調子のいいことかもしれない。でも、それでも、それくらい言わせてほしい。本当は、もしかしてずっと昔からそう思って生きてきたのかもしれない。離れていく時はいつでも。


 エンジンの音が止まって、ヘッドライトも消える。

 少し緊張しながら外へ出て、空を見上げた。


「――――――」


 しばらく二人とも声も無かった。声も無く、身動きも出来ずに、ただ空を見上げていた。

 こんなに星ってあっただろうか。天の川はけぶったように霞んで、空に横たわっている。それを挟み込むように、こと座のベガとわし座のアルタイル。織姫と彦星が一際明るく輝いている。天の川の中に、はくちょう座のデネブを見つければ、夏の大三角を完成させられる。以前にみんなで来た時も、指を差しつつ探したっけ。

 柔らかい風が頬を撫でると、周囲の草がさわさわと揺れた。

 どのくらいそうしていたのか。あたしは時間がないことに気付いて、張り付きそうな喉をこじ開けた。どれだけ、話せるだろう。


「……涼」

「……ん?」

「今日、ありがとう。急だったのにあちこち……ご迷惑かけて、すいませんでした」

「いえいえ、別に」


 呼吸をひとつ、整える。


「もしも、あたしがいなくなっても、みんな、変わらないかな」

「あ?」


 上を向いていた涼が、あたしの方を向く。向いた、気がした。


「いなくなる?」


 声が硬い。

 この暗さでは、手の届く距離にいたって、顔なんか見えない。辛うじて月明かりで人の輪郭が見えるくらいだ。


「ごめん……」

「っあぁ?! お前……どーしたのよっ」

「迷惑かけるかもしれない。だから、ごめん。樹には手紙、書いたんだけど――」


 あたしも星から目を離し、真直ぐ涼の顔を、涼の顔だと思うところを見つめた瞬間、だった。

 何を言いたかったのか、どうしたかったのか、頭の中が白一色に染まった気がして、息を呑んだ。

 何度も聞いた声。頭の中に響く声。


 ――タイム・リミット


「涼っ」


 知らず、あたしは叫んでいた。


「忘れないでっっ――」


 涙のひとしずくが落ちたのを誰も――本人さえ、知らずにいた。

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