記憶喪失になった彼女・前編
それは、突然の出来事だった。
在り来りな、出来事だった。
俺の名前は木下元。
どこにでもいそうな、普通の高校2年生。
髪はボサボサで少しばかりけだるそうな目付きだが、まあ性格は普通だ。
自分で言うのもおかしいがな...。
俺は今、彼女である、咲野春とデート中なのだ。
春は俺とは違い、しっかり者だが、少し天然なところがある。
そこがまた可愛いのだが。
容姿も抜群である。
俺の自慢の彼女だ。
今日も俺達はいろんなゲーセンで遊んだりしていた。デートと言っても、やはりこうなる。
普通?にあるような、お洋服などを買ったり、食事に行ったりはしないのだ。
暇さえあれば、ゲームである。
「やっぱり、楽しいね。このゲーム」
「ああ、そうだな」
この時はあんな事が起こるなんて思いもしてなかった。
ゲームを終えた俺達は、公園で昼食を取っていた。
「こうやって二人並んで飯を食うのも久しぶりだよな」
「そうだね〜。あー風が気持ちいい」
そんな軽い会話をしながら、食事は進み、食べ終えたら、他のゲーセンへ向かった。
今思うとこの街はゲーセンが多い気がする。
それに、距離もそこまでないし、歩いて行ける距離だ。
そこがまた嬉しいような気もするがな。
「元!今度はこのゲームやろうよ!」
そんな考え事をしていると、春から声を掛けられた。
「ん、ああ。やろうか」
遅れて返事をして、筐体の方を見ると、それはSTGだった。
春がこれをやろうと言い出したのは少し意外だった。
だって、今まで音ゲーや格ゲーしかしてこなかったから。
確か、春はSTGは苦手とか言ってなかったか?
「珍しいな、春。お前がこんなのやろうって言い出すなんて」
「ん?あー、チャレンジしてみようと思ってね。食わず嫌いって奴だし、やってみなきゃ分かんないでしょ?」
成程。
今まで食わず嫌いだったのか...。
だが、そのチャレンジ精神は気に入ったのか、俺は右側に行き、100円を投入した。
「俺もよ、あんまりしたことないんだよ。だから、な?」
春は俺のその言葉を聞いて、ニコッと笑って、
「楽しもうよ!」
そう言った。
その後、何度かプレイを繰り返したが、互いに1ステージもクリア出来ないという、お粗末な結果になった。
「「やっぱり難しいわ〜、STG」」
互いに言う事が被る。
「やっぱり、俺達は、音ゲーだな」
「そうだね」
プレイ後のショックはほとんどなく、速攻で開き直り、日が暮れるまで音ゲーをプレイした。
ゲーセンを後にした帰り道、突然の出来事が春を襲った。
俺達は横並びで歩きながら、帰っているのだが、あるところの横断歩道を渡ろうとした瞬間、車が猛スピードで突っ込んできた。
春は俺を突き飛ばし、横断歩道内に残った。
春の体に車が当たるのがしっかりと確認できた。
その時の春の顔は笑っていた。
「春ーーっ!!」
春はその場に倒れ込んでいた。
意識も無くなっていた。
とにかく俺はパニックにはならず、冷静に救急車を呼んだ。
救急車が来る間ずっと、春を呼び続けた。
「春、春、春、春!」
救急車が到着しても春が目を覚ます事はなかった。
春はそのまま救急搬送され、手術室に運ばれた。
俺は手術室の外で待機していた。
「...................................」
死なないでくれ。
そう願うばかりだった。
手術は1時間に及んだ。
手術室の『手術中』のランプが消えた時、俺はガタッと立ち上がり、扉から出てきた、先生に声を掛けた。
「春は、春は!どうなったんですか!?先生」
「落ち着いてください、向こうで話します」
先生にそう言われ、場所を移った。
そこの一室で待っていると、いつも通りの姿に着替えた先生が入ってきた。
「ええと、彼氏だよね。君は」
「はい、そうです」
「そうか、名前は?」
「木下です。木下元」
「ふむ」
先生は少し咳払いをした後、話を始めた。
「元君、まず言う事は手術は成功したという事。
幸いにも彼女には目立った外傷はなかった。
しかし、問題が一つだけある」
「問題...」
「彼女は頭をかなり強く打っているんだ。少しばかり、傷も出来ていた。頭を少し強く打って、事故前後の記憶が飛ぶというのはよくある事なんだが、彼女はその最悪の場合かもしれないんだ」
最悪の場合。
一通りの話を聞いて、頭を過ぎったのはその言葉だった。
まさか、記憶喪失なんて事ないよな。
この時は、ないと信じるしかなかった。
春はまだ目を覚ましていないらしい。
だから、目を覚ますまで声を掛けたり、傍にいてやるんだ。
そう、先生から言われ、春の病室へ向かった。
「入るぞ、春」
俺はそう言いながら、部屋に入ると、やはり寝ていた。
頭に包帯を巻いた春が寝ていた。
俺はすぐさま駆け寄り、声を掛けた。
「春!春!なぁ、春!目を開けてくれよ」
俺は目を覚まさない春を見て、その場で泣き崩れた。
絶望だった。
あの時、何も出来なかった自分が悔しかった。
その日は、その場で春に声を掛け続け、春の手を握りながら寝ていた。
次の日。
この日も春は目を覚まさない。
俺はずっと、春の手を握りながら、声を掛け続けた。
春の好きな歌も歌った。
でも、春が目覚めることはなかった。
流石に、学校もあるということで、家に戻ることにした。
家にいても、気は収まらなかった。
春の事が気になって寝れない夜が何度か続いた。
授業もまともに聞こえないくらい、春の事を考えていた。
放課後になったら必ず、見舞いに行った。
その度に声を掛けた。
だが、目覚めない。
それから一週間後、病院から連絡が入った。
どうやら、春が目覚めたらしい。
俺は、学校を早退し、大急ぎで病院へ向かった。
病院に入るや否や、俺は、受付をすぐに済ませ、病室へ駆け込んだ。
「春!」
部屋に入り、春の名を呼んだ。
静かに外を眺めていた春は、こちらへ振り向いた。
俺は、嬉しさのあまり、涙を流していた。
「......................」
春はこちらを見ながらキョトンという顔をしていた。
「春.....?」
俺はゆっくりと彼女の元へ歩み寄った。
「春、分かる?」
「.........」
何も喋ってくれない。
「俺だよ!元だ。分からないかい?ずっと心配していたんだよ」
「...........」
キョトンとしていた春はやっと口を開いて、
「.............................誰?」
そう言った。
俺はその言葉を聞いた時、言葉を失った。
先生の言っていた事が当たったのだ。
「は、春.......」
俺はショックで、彼女の肩に手を掛けた。
その時、「触らないでっ!!」
春は、俺の手を振り切り、自分の頭を抱え、怯えていた。
「怖い、怖い、怖い、怖い、知らない人ばっかり。
私は誰?ここはどこ?何も分からない。
貴方は何者なの.........?」
涙を浮かべて、怯えていた。
そんな春に、俺は何もしてやることが出来なかった。
これが先生の言っていた、『最悪の場合』で、俺が思っていた事だった。
記憶喪失。
俺は今の彼女に何をしてやればいいのか一瞬で分からなくなった。
あとがき
今回は告白シリーズ初の連載作品です。
そして、今回、この作品で『文フリ短編小説賞』に応募させて頂きました。
結果はどうなるか分かりませんが、頑張ります。
前編、中編、後編の3話構成の予定です。