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【#08】マイホームを建てよう!【MAO実況】


 太陽も頂点をだいぶ過ぎた。

 早いところ新しい壁と屋根を用意しちまわないと、今夜も隙間風に悩まされることになる。


 午前と昼下がりを使って伐採を続けたおかげで、《木材》は充分な量が揃っていた。

 まずはこれを《建材》に変えるところからだ。


「任せるっすー! うおりゃぁあああっ!!」


《木の作業台》に置いた《木材》に、カンナが大胆に《石鋸》を叩きつける。

 繊細さに欠けることこの上なしだが、それでもぱあっと光のエフェクトが出て、《木材》が《木の建材》に変換された。


 見た目はさほど変わらない。

 どっちも木のブロックだ。

 が、《建材》系のアイテムには他のアイテムにない特徴がある。


「見とけ、ロベリア。これが《建材》アイテムの特徴だ」


 カンナが《石鋸》を乱舞させて生み出した《木の建材》を、ロベリアの前の地面に置いた。

 その上にもうひとつ、ポンと重ねてみせる。


「《建材》はこうやって積み木みたいに重ねていくことができる。一度重ねると、押しても引いても、相当な力じゃない限りぴったりくっついて離れない」


「あ……本当ですっ」


 ロベリアが積み重なった《木の建材》を掴んで動かそうとするが、まるで接着剤でくっついたように動かない。


「横にくっつけても同じだ」


 言いながら、俺は《木の建材》の側面に新たな《木の建材》をくっつける。

 と、カギ括弧のような形になった。

 横にくっつけた部分がずり落ちていくこともない。


「さらに、こうやってどんどん横に伸ばしていっても――」


 カギ括弧の先端を、どんどん横に伸ばす。


「――見ての通り、自重で横に倒れたりはしない。《建材》系のアイテムには普通の重力が働かないからだ」


「はあー……不思議です……」


「……建築の精霊様の加護なんだってよ」


 確かゲームの設定上ではそんな理由になっていたはずだ。

 だが、夢も希望もない言い方をすれば、《建材》アイテムには物理演算の一部が働かない仕様になっているだけである。

 重力だのなんだのがリアル同様に働いてちゃ、本物の建築家や大工にしか建築プレイを楽しめないことになるからな。


「ですが、ランド様……これだと、一度置いてしまうと二度と動かせないのでは……?」


「置き直したいときは、手で引っぺがそうとするんじゃなくて、いったん壊しちまえばいい」


「壊すのですか?」


「木の場合は《斧》でな。《建築》スキルがありゃそれもいらねえんだが……」


 まあ、ダークエルフの女の子には望むべくもないスキルだろう。


「とりあえずやってみろ。おれの設計図通りに置いていくだけでいいから」


「はい!」


 おれはまず、外部ツールで引いた設計図を、建設予定地の地面にざっくりと写した。

 ざかざかざか、と石器で地面を削り、線を引いたのだ。


 ロベリアは円柱状に加工された《木の建材》を、柱に当たる位置にぽんぽん置いていく。

 伐採のときもそうだったが、瞳が輝いて見えた。ずいぶん楽しそうだ。


「よいしょっと。とりあえずこれで足りるっすかねー」


 カンナが作業を終えて、様々な形、大きさ、厚みの《木の建材》をばらばらと地面に置く。

《木の建材》は基本的には四角いブロック状だが、《石鋸》の使い方によっては好きな形に調整できるのだ。

 建設予定地に降り注ぐ木漏れ日を見上げながら言う。


「高床式にするんすねー?」


「そのほうが何かと安全だろう」


「ログハウスみたいでオシャレっす!」


 何気に会話が噛み合っていなかったが、いつものことなので無視した。

 ロベリアが自分で建てた丸い柱を見上げて、不思議そうに首を傾げる。


「あの、ランド様。どうしてこんなに床を高くするのですか?」


 気になったことがあったら何でも訊けという指示を、ようやく遠慮なしに聞いてくれる気になったようだ。

 おれはロベリアに近付きながら説明する。


「本来は湿気やネズミが入ってくるのを避けるためだ。柱と床の間に返しをつければ、壁を登れるネズミでも家の中に入ってこられなくなる」


「ああ! なるほど! ……本来は、というのは?」


「今回は別の意図がある。モンスター対策だ」


 おれは薄暗い森の奥に視線を投げる。


「昨夜みたいにあっちこっちから襲われたら対処しきれん。ボコボコ壁を攻撃されて、せっかく建てた家をボロボロにされるのがオチだ。

 その点、高床式にしちまえば、高床に登るための梯子を引き上げるだけで入ってこられなくなる。ほとんどのモンスターは高床を支える柱を攻撃するような知性は持ってねえから、これでおおよそ安全になるんだ」


「腑に落ちました……! よくお考えになっておられるのですね……」


 はあー、と感心の息をつきながら、地面に引いた設計図を見下ろすロベリア。

 その後ろで、おれは苦笑いを我慢する。


 いま言ったモンスター対策には、致命的な弱点がある。

 リザードマンみたいに翼のある相手には無意味なのだ。


 ……まあ、でも。

 おれは頭上を見上げた。

 上空からの襲撃は、屋根のように折り重なった梢がある程度防いでくれるだろう。

 楽観的かもしれないが、今はそれでよしとする。

 それ以外に欠点があるとすれば……。


「そうだな……。増築しにくいのが、欠点といえば欠点か」


「そのときは2階建てにしちゃうっす!」


「外敵に見つかるのを気にしなくていいくらいの防備ができあがったら考えてもいいが」


 これ以上高くすると、この場所を隠してくれている木の枝を突き破ることになるだろう。

 肉眼で見える位置にリザードマンの集落があるって状況では自殺行為に近い。


 ロベリア、カンナと協力して、4本の柱を立てた。

 その上に高床を張る。

 柱の頂点を基点として、《木の建材》を縦横に繋げていくのだ。


 柱は2メートルほどの高さがあるので、おれがカンナを肩車することになった。


「親方、親方ぁー」


「なんだ。どうした?」


「いま上見ると、カンナの下乳が見放題っすよー?」


「あ?」


 反射的に頭上を見上げかけて、危うくこらえる。


「にっひひー。いま見たくなったでしょー。スケベっすねぇー」


「……なってねえ」


「ちなみに今、カンナのおっぱいが親方の頭に乗っかってるっす」


「……………………」


 MAOは全年齢対象ゲームなので、女性の胸などを触っても感触がないと聞いたことがある。

 だから、カンナの胸が本当におれの頭に乗っているかどうかは、おれの視点からは判断がつかない。


「かっ、カンナ様っ……! そ、そのような、はしたないっ……」


 ――はずだったが、おれの頭の上を見ながら、ロベリアが顔を赤くしていた。

 ……こいつ、マジでやってんのか。

 本当にはしたない奴だな。少し灸を据えるか。


「ふんっ!!」


「うひゃっああ!?」


 軽く膝を沈めてから一気に直上に頭突きを繰り出す。

 ちょっとした重みを首に感じただけで感触はなかったが、カンナの胸を下から突き上げた形になったはずだ。


「び、びっくりしたぁ……! 何するんすかぁ! おっぱいが千切れるかと思ったっす!」


「軽率に男をからかうとこういうことになるんだ。肝に銘じておけ」


「普通頭突きはされないと思うっす!」


「は、はわわわ……。あ、あんなに揺れるんだ……。しゅごい……」


 ひとりロベリアだけが、口元を押さえて耳の先まで赤くなっていた。


 くだらないやり取りを経て、作業は進む。

 カンナの手際は腐っても生産職のそれで、15分ほどで柱の上に高床を張ることができた。

 あらかじめ用意しておいた木の梯子をかけて、高床に上がれるようにする。


「ロベリア。先に行くか?」


「えっ……?」


 最初に登ってみたかろうと思って声をかけると、ロベリアは驚いたように目をぱちぱちと瞬いた。

 そしてなぜか、もじもじと膝を擦り合わせながら俯いてしまう。


「ら、ランド様……や、やっぱり、わたくしに……」


「は?」


「……親方ぁー。それはないっすよぉー」


 カンナに呆れたようなジト目を向けられた。

 こいつにこういう目で見られるのは非常に心外だ。

 どういうことだと訊こうとしたが、その前に、ロベリアがワンピースの裾をぎゅっと手で握っているのに気付いた。


 ワンピース。

 裾。

 梯子。


「………………すまん。配慮が足りなかった」


「い……いえ……」


「デリカシーがないっすよ、親方ぁー! いくらロベリアちゃんがノーパンだからって!」


「は?」


 なんて?

 思わずロベリアの顔を見ると、彼女もきょとんと首を傾げている。


「……のーぱん……?」


 …………もしかして、下着という文化そのものがないのでは?

 名推理が脳裏に閃いた気がしたが――いや、これはまだ口にすべきではない。

 推理小説の探偵役ばりの判断力で己の推理を封殺した。


 カンナが先に梯子を上ることになる。

 こいつはサラシみたいなチューブトップに水着みたいなハーフパンツという恥も外聞もない格好をしているが、スカートではないのでパンツ丸出しになる危険はない。


 続いて、おれも梯子を上った。

 高床の上に立ち、降り注ぐ木漏れ日を見上げ、板張りの床を見下ろす。

 陽の光を反射して、肌色の木目がきらきらと輝いていた。


「ウッドデッキ! きもちいーっ!」


 カンナがごろーんと大の字に寝転がる。

 ウッドデッキってそういう風にするもんじゃねえだろ。


 最後に梯子を登ってきたロベリアに手を貸して、高床の上に引っ張り上げた。

 彼女は陽光に輝く木目の床を見回し、「ふわ……」と吐息を漏らす。


「これを……わたくしたちで作ったのですね……」


「まだ土台ができただけだ。感動はもう少しあとに取っておけ」


 壁や屋根を用意するに当たって、まずはどこを何の部屋にするのかを再確認することにした。


「この辺りが作業室」


 梯子から見て左奥。


「この辺りがリビング」


 梯子のすぐ前。床のほぼ半分を占める。


「この辺りが寝室だな」


 梯子から見て右奥。作業室と同じくらいの広さ。


「寝室、広いっすねー!」


「ゆくゆくはベッドを三つ置くことになるからな」


「ああ、今は《寝藁》しかなかったっすね……。せっかくオシャレなログハウス建てるのにベッドは《寝藁》なんすね……」


「文句があるなら羊見つけてこい。《羊毛》があれば普通のベッドが作れる」


「平原に出たいっすよねー。馬とか羊とか牛とか、いろいろいるっすもんねー」


 さっきリザードマンの集落を確認したとき、荒野は見えたが、平原は見えなかったな。

 家畜を飼うにしても、《調教師》関連のスキルが心許ないから苦労しそうだが……いずれにせよ先の話だ。


 部屋の確認が終われば、いよいよ本丸の建築だ。

 が、その前に――


「先にキャットウォークを用意する」


「きゃっとうぉーく、ですか?」


「高所作業用の即席の足場だ。ロベリア、お前は危ないから上るなよ」


 さっきはさほどの高さじゃなかったから肩車で充分だったが、2メートル超の高床の上に、さらに3~4メートルの壁を作らなければならないのだ。キャットウォークは必須になる。

 高さは平均して4メートルほどになるだろう。

 おれやカンナはいくら転落して頭を打とうが《寝藁》から復活するだけだが、ロベリアに同じことはさせられん。


 高床の端にぼんぼんと《木の建材》を積み上げると、カンナがその上に登った。


「どんどん行くっすよー!」


 平均台を渡るようにしながら、足場の先端に《建材》を継ぎ足していくカンナ。

 この調子で、高床の外縁をなぞるようにぐるりと一周すれば、キャットウォークの完成だ。


 両手でバランスを取りつつ、ハイペースで足場を伸ばすカンナを、ロベリアがはらはらした表情で見守っている。


「か、カンナさん! 気をつけてくださいっ!」


「だーいじょうぶっすよー! こんなのたかが数メートル――ひあっ!?」


 あ。

 言ってるそばからぐらりとバランスを崩した。

 カンナはじたばたと手を振ったが、悪あがきに終わる。

 作りかけのキャットウォークからあっさり転落した。


「きゃあっ!?」


 ロベリアが悲鳴をあげて、大急ぎで梯子を下りていく。

 おれもそれに続くと、カンナは地面で仰向けになって固まっていた。


「カンナさん……!? ご無事ですかっ!?」


「う、う、うう~……!」


 ロベリアの後ろからカンナの顔を覗き込む。

 涙目だったが、どうやら軽傷らしい。

 背中から落ちたのが功を奏したな。


「知ってるか、カンナ。日本では、脚立や梯子みたいな『低所』からの転落事故で毎年何十人も死んでいる。高所作業最大の敵は高さじゃなくて自分の油断だ。死にたくなけりゃ気を引き締めろ」


「さ、先に言ってほしかったっす~……!」


 カンナはすっかり怖がるようになってしまったので、残りはおれが受け継いだ。


 キャットウォークが完成したら、満を持して壁の建造に入る。

 カンナとロベリアが下半分を担当し、キャットウォークに上ったおれが、その上に次々と《建材》を積み上げる形だ。

 外壁には特に凝ったところがねえから、すぐに完成する。


 次に同じ要領で屋内に間仕切りを作った。

 作ったばかりの外壁がキャットウォーク代わりだ。

 リアルでこんなことやったら10秒くらいで死ぬと思うが、ゲームでならなんてことはない。


「あとは屋根っすね! 三角屋根にするんすか?」


「ああ。梁を渡してからその上に屋根を作る。雨漏りが気になるところだが……まあ、木の枝っていう屋根がもう一枚あるから大丈夫だろう」


 壁の内側から梢の屋根を見上げる。

 想像していたよりも近くに感じた。

 ふむ……。

 梢の隙間から夕映えに染まりつつある空を覗いていると、おれの脳裏にとあるアイデアが過ぎる。


「……屋根に天窓を作るか」


「天窓、ですか?」


「明かり取りになるし、屋根の上に出られるようにしておけば物見櫓の代わりになるかもしれん。となると、方角だな……」


 岩壁の上から確認した方角を思い返しながら、壁の中を歩き回った。

 あっちが南だから……。


「東側の……この辺りに天窓を作れば、夜に月が見えるかもな」


 ちょうど寝室に当たる部屋だった。

《寝藁》の設置位置を調整すれば、寝転がりながら月を見上げることができるだろう。

 月光が眩しいかもしれんが、まあ見えるのはほんの一時だろうし、問題はないと思う。


「おおおーっ!! いいっすね、それ!」


「とても……とても素敵だと思いますっ!」


「よし」


 女子二人からの好評を得て、おれは口元を綻ばせた。

 この感じも久しぶりだ。

 住人が喜びそうなことを次々に考え、実際に形にする――

 素人がゲームでごっこ遊びをしているだけだとしても、きっと本質的な面白さはリアルとも変わらない。


 かくして、夜の帳が空の半分を覆った頃。

 おれたちが建てた、最初の家が完成した。


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