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【#07】ロベリアちゃんに優しくするっすよお前ら!【MAO実況】


 あばら屋の近くに簡素な墓を作ってやると、ロベリアはその前に跪いて手を組んだ。

 ダークエルフの国でも、死者の偲び方はさほど変わらないものらしい。

 土の下の死者と会話でもするかのように祈り続ける彼女を、おれはいったんカンナに任せることにした。

 気になることがあるのだ。


 まだまだ木の残っている森を抜け、採石場とした岩壁へ。

 これをよじ登った。

 道具も何もないので苦労したが、アバターの身体能力は、生産職のおれですらリアルのそれを凌駕する。

 5分ほどの悪戦苦闘で、およそ10メートルになる岩壁を登り切った。


 振り返れば、鬱蒼とした森が眼下に見える。

 高い場所から見渡してみると、かなり広い森だ。

 今までよく遭難しなかったな。

 カンナの奴を一人で歩かせないようにしよう、と心の中にメモをした。


 おれは地上10メートルの視点から、辺りの地形をぐるりと見回す。


 太陽の位置から見て、正面が南だろう。

 どこまでも森が続いているかと思いきや、奥にはかすかに黄土色の荒野が見えた。

 興味はあるが……資源的な旨味はなさそうだし、距離もかなりあるので、後回しになっちまうだろうな。


 向かって左――東の方角に視線を振れば、海岸と海がどこまでも広がっていた。

 他の大陸や島の影は見えない。

 ムラームデウス島からずいぶんと離れた島らしい。


 次は、向かって右――西の方角に視線を振る。

 しばらく森が続いているが、木々の前に立ち塞がるかのように、灰色の岩山が聳えていた。

 望遠鏡がないから、細部を詳しく観察することはできない。

 だが……肉眼でも、それははっきりと見えた。


 岩山の麓の辺りから、細い煙が何本も立ち上っている。


「なるほど、な……」


 骸骨の背中にあったのは剣の切り傷だ。

 傷口の乱れ具合から見て、たぶん金属製じゃない。《石剣》によるものだろう。

 好きこのんで《石剣》を使う人間なんかいない。

 おそらくあの骸骨は、剣を持つモンスターにやられたのだ。


 ここまではいい。

 厄介なのは、剣持ちモンスターの多くが有するとある習性のほうだ。


 剣――すなわち道具を持つということ。

 道具を持つ――すなわち原始的ながらも文明を持つということ。

 文明を持つ――すなわち、住居を持っている可能性がある、ということ。


 剣持ちモンスターは、簡易的な集落を作るのだ。


 もし、その集落が、おれたちの欲しい土地に築かれていたら……。

 おれは嫌な予感に打たれながら、攻略wikiを開いた。

 モンスターの集落に関するページを開き、その記述と岩山の麓にあるそれを照らし合わせる。


 岩がちな立地。

 昼も絶やさない焚き火。

 そして、遠目ではあるが木製の簡易砦が見える……。

 だが、物見櫓は見つからない。


 ひとつだけ、条件が合致した。

 嫌な予感は的中した。


「――《マイナー・リザードマン》……」


『マイナー』はこの場合、『あまり有名ではない』という意味ではない。

『Mine』に接尾詞『er』をつけたもの――

 ――つまり、『鉱夫』である。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「うえっ!? リザードマンの集落っすか……!?」


 戻って調査の結果を報告すると、カンナはぎょっとした。


「ああ。規模としてはさほどでもねえが、厄介なのは奴らが陣取っている場所だ」


「すごく近いとか……?」


「たぶん、鉱脈を押さえられてる」


 その瞬間のカンナの顔と言ったら、それはもう筆舌に尽くし難いものだった。

 砂漠を一週間歩いた旅人が目の前で冷たい水を捨てられたときみたいな、とにかく絶望的な表情だった。


「そっ……それじゃあ鉄鉱石が採れないじゃないっすかぁー!! カンナの悠々自適鍛冶ライフがぁー!!」


「家を建てた後は鉱脈を確保するつもりだったんだがな……」


「……あの」


 カンナが駄々をこね、おれが腕を組んで眉間にしわを寄せていると、墓に祈り終えたロベリアがおずおずと手を挙げる。


「その、鉱脈……というものがないと、どうなるのでしょうか……?」


「鉄が手に入らない」


「それに銅や石炭もっす! 鉱脈を確保しない限り、まともな武器も防具も工具も作れないっすよぉ! カンナ《鍛冶職人》なのにぃ~!! このままじゃ廃業っす~!!」


「い、いろいろと不便なのですね……」


 草の上をごろごろと転げ回るカンナを見下ろし、苦笑いするロベリア。

 カンナのリアクションは多少オーバーだが、困った状況であることに変わりはない。

 もしこのまま金属が使えなければ、あのドラゴンを倒すことは不可能なのだ。

 それすなわち、ここを終生の地とすることに他ならない。

 別の鉱脈を確保できりゃいいが……。


「……ひとまずは、目の前のことをやるべきだな」


 しばらく考えても妙案が浮かばなかったので、おれは思考を切り替えた。


「日が暮れる前に寝床を用意するぞ。鉱脈の確保に関しては明日でも考えられる」


「う~、そっすね……。明日から本気出すっす」


「聞いたからな。本当に出せよ」


 草まみれになったカンナを立ち上がらせる。

 と、そこで急に、カンナが「あっ!!」とデカい声を出した。


「そういえば、親方。親方が調べに行ってる間に、昨日の動画の編集してたんすけどぉ」


「あん? 動画?」


「そうっす。テロップとかも入れてそれっぽい感じにできたっす!」


 そういえば、カンナの頭の後ろにはずっと妖精型VRカメラが飛んでいる。

 おれたちがこの島でやってきたことのすべてが、動画に保存されているのだ。

 パーティ録画機能付きのカメラツールだから、おれとカンナ、二人の視点でそれぞれ録画されているはずだ。


「親方視点を中心に編集しちゃったんすけど、これ、アップしちゃってもいいっす? ちょうどキリもいいっすし」


「アップって動画サイトにか?」


「そうっす! 再生数に応じてウハウハっす!」


 本気だったのか。そのユーチューバードリーム計画。

 んん……いや、ちょっと待て。

 おれは何の話かわからなそうにしているロベリアを見た。


「……いや、どうなんだ? MAOじゃ新発見は日常茶飯事とはいえ、さすがにダークエルフが見つかったとなったら大騒ぎになるんじゃないか?」


「いいんじゃないっすかぁ? いずれバレるっすよ」


「それもそうだが……」


 MAOでは、エルフやドワーフなどの亜人は存在を語られこそすれ、今まで登場してこなかった。

 ロベリアが第一号ということになるのだ。


「動画だけじゃフェイクだと思われるだけだと思うっすけどねぇ。キャラメイクでそれっぽくはできるじゃないっすか?」


「ううーん……。いや、これはおれが判断することじゃねえな。本人に許可を取れ」


「ふぇっ?」


 おれはロベリアの後ろに回って、両肩を掴んだ。

「ええっと、あの……?」と彼女は不思議そうにおれの顔を振り仰ぐ。


「おれやお前はアバターだからいい。だが、こいつは素顔なんだ。肖像権ってもんがあるだろう。ロベリアがいいと言ったら動画を上げてもいい」


「うえ~? どう説明すればいいんすかぁ~?」


「……なんとかがんばれ」


「丸投げっす~!」


 ぶつぶつ言いつつも、カンナは頑張ってロベリアに事と次第を説明し始めた。

 ここでの生活を記録したものを他の人に見せてもいいか。

 ロベリアの顔をおれたちの同胞に見せてもいいか。

 ネットで動画を公開するという行為をNPCである彼女に正しく理解できるはずもなかったが、持ち前の利発さで、彼女は彼女なりにカンナの説明を解釈したらしい。

 ふんふんと頻りにうなずいたあと、彼女は口元に手を当てて黙り込む。


「…………ランド様……ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか……?」


 1分ほども経った頃、ロベリアは呟くような声で言った。


「ランド様やカンナ様の国の方々は……良いかたと悪いかた、どちらのほうが多いのでしょうか……?」


 おれは少し戸惑って、カンナと顔を見合わせる。

 カンナの視線が『親方に任せるっす』と言っていたので、おれはロベリアの言葉の解釈を試みた。


「……悪いかた、というのは……例えば、他人に迷惑をかけてもなんとも思わないような奴のこと……か?」


「ええと、それもあるのですが……わたくしたち異民族を、悪し様に扱ったりするかたが多いのか……それとも、それはごく少数なのか。それが、知りたいのです」


 言葉を選びながら言うロベリアの視線が、遠くを向いていることにおれは気付いた。

 それとなく視線を追えば、その先にあるのは、さっきおれが作った簡素な墓。

 こんもりと盛り上がった土の下に埋まった、さっきの骸骨。


 ……これはきっと、真剣に答えたほうがいい問題だ。

 同じ風に思ったのか、再びカンナと視線が合う。

 ロベリアたちを――NPCを悪し様に扱うプレイヤー、か……


「……昔は、そういう奴もいたと思うが……今は少数派だと思う」


「っすよねぇ。バージョン1が終わった辺りで、完全にそういう風潮になったっすよね」


 NPC――つまりAIを取り巻くMAOの状況には、リアル世界も巻き込んだ極めて微妙で繊細な事情が絡み合っており、軽々にこうだと言い切ることはできない。

 しかしそもそも、MAOは『NPCも人間と同様に接するべし』と運営直々に注意喚起している珍しいゲームなのだ。


 当初こそプレイヤーたちにも『NPCは飽くまでプログラムであって、人間と同じではない』とする意識が多かれ少なかれあったようだが、オープンベータテスト後半に起きた《フレードリク復活争議》や、バージョン1終盤に起きた《聖女エリスの覚醒》といったAI史に残る重大事件を経て、AIをたかがプログラムと軽んじる向きは、少なくともMAO内ではあまり見なくなった(ちなみに今はバージョン3だ)。

 むしろNPCに狼藉を働いた人間を犯罪者のように扱う風潮すらある。

 NPCいじめがバレて炎上したプレイヤーは枚挙に暇がない。


「……そう、ですか……」


 おれたちの答えを聞いて、ロベリアはほっとしたように唇を緩めた。


「それでしたら、構いません。お二人を、信じます。きっと何か、深いお考えがあってのことなのでしょうから」


 気圧される、というのはこういうことを言うのか。

 ロベリアが浮かべた一点の曇りもない微笑みに、おれは二の句が継げなくなった。

 黙り込むおれに、カンナが逃げるように寄ってきて、こそこそと囁いてくる。


「(……ど、どうしよう親方。お小遣いが欲しいから動画にしたいだけとは言えない雰囲気っす)」


「(……自分のケツは自分で拭け)」


「(あーっ! 親方が逃げたぁーっ!!)」


 動画サイトへのアップ作業は、カンナが夜に行うことになった。

 その前に、まずは雨風をしのぐ壁と屋根が必要だ。


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