【#06】森の中で見つけたのは……?【MAO実況】
採石場とした岩場から再び森を抜け、あばら屋のある野原まで帰ってくると、おれは頭上に折り重なった梢を見上げた。
「ここ、日当たりが悪いな。どうしてこんなところに住処を作ったんだ?」
「あの小屋は最初からあったので、わたくしもよくは……。でも、空から魔物に見つからないようにだと思います」
「なるほど……」
昨日見たっきりだが、あのドラゴン――ヴァルクレータも空を飛び回っているのだ。
空からも見つかりにくいほうがいいのは間違いない。
食糧は今のところ、森から採集するだけでなんとかなっているが、ゆくゆくは畑なんかも必要になるだろう。
それを考えると、日当たりのいい他の場所に第二拠点を作りたいところだが……。
「……家を建てるなら、せめて少しでも日当たりのいい場所のほうがいいだろうな」
「ここなんかいいんじゃないっすかー!?」
木漏れ日の下で、カンナが大きく手を振っていた。
おれとロベリアはその傍まで行き、陽光の暖かみを全身に感じる。
「ふむ……悪くなさそうだな」
「褒めてくださいっす!」
「ほれ」
ぐしゃぐしゃと雑に頭を撫でると、カンナは「えへへー」と笑う。
喜ばせてばかりいるのも気に食わんので、ぐりっとつむじを指でドリルした。
「うへあっ!?」
カンナは慌てておれから離れる。
「な、なにするっすかぁ……! お、乙女の大事なところをぐりっとするなんてぇ……! もうお嫁に行けないっす!」
「……まさかつむじにそんな価値があるとは知らなかった」
「慰謝料として3万円を要求するっす!」
「痴漢冤罪詐欺じゃねえか」
未来の詐欺師を生まないためにさらにつむじをゴリゴリやりつつ、おれは辺りを軽く見回した。
「とりあえず設計図を引いてみるか。寝室は一人一つとして……」
「えっ?」
そこでロベリアが戸惑いの声を発する。
「どうした、ロベリア?」
「えっと……あの……」
「何でも忌憚なく言ってくれていいって、さっき約束したろ? こういうときは余計な遠慮をするほうが禍根を残すんだ」
一時はクランを率いた者としての経験則だ。
特に住環境の整備においては、変な遠慮は無際限のストレスを生んでしまう。
ロベリアは迷うように目を泳がせ、
「そ、それでは……笑わないでいてくださいますか?」
「当然だ」
もじもじと指を絡ませながら、彼女はつっかえつっかえ口にした。
「……よ、夜は……近くにお二人がいてくださったほうが……その、安心する……と申しますか……」
言葉を紡ぐごとに、褐色の顔が赤く染まっていく。
おれは何度か瞬きをして、彼女の要望を咀嚼した。
「ああ……そうか」
おれやカンナはいつだって現実の自分の家に帰れる。
だが、彼女は本当に、この無人島に一人きりだったのだ。
まあカーバンクルは一緒だっただろうが(今も彼女の肩に乗っている)、夜の孤独には耐えがたいものがあっただろう。
一応男女だから個室にしたほうがと思ったが……そんな問題があったか。
「ろ……ロベリアちゅあーんっ!」
「きゃあっ!?」
カンナがおれの腕からするりと抜けて、ロベリアに飛びついた。
「きゃわいいっすー! こんな可愛い生き物他にいないっすー!」
「そ、そんな……んくっ!?」
「うへへ。ここがええのんかー?」
「ちょっ、カンナ様っ……! おかしなところを……んあっ!?」
カンナの手つきが怪しい。
手が白いワンピースの中にまで入り込もうとしている。
ロベリアの肩のカーバンクルが抗議するようにきゅうきゅう鳴いた。
「親方! 寝室は一緒にしようっす! 夜な夜なこの可愛い生き物を二人で可愛がっちゃうっす!」
「女水入らずでよろしくしてろ」
「ら、ランド様ぁああっ……!」
ロベリアが本格的に助けを求める声を出したので、強引にカンナを引き剥がす。
ロベリアはぎゅっとおれに抱きつくと、軽く頬をむくれさせた。
「……カンナ様とは別室がいいです」
「妥当だな」
「えええーっ!? そんなぁ~……」
今度はカンナが捨てられた子犬のような目をした。
自業自得だ、ドアホウ。
結局、寝室は3人で一つということになる。
そのほうがカンナも妙なマネに走らないだろうし、《建材》も少なくて済む。
「なら、寝室が一つにリビングが一つ、《作業室》が一つって感じでいくか」
「っすねー。《作業室》は同じ家にあるほうが便利っす!」
「あの……《作業室》というのは?」
「その名の通りだ。区切られた空間に《作業台》を置いたもの」
「《作業台》だと最大9個までの素材しか扱えないんすよー! でも《作業室》だともっとたくさん使えるっす! 《石窯》を作るのに必須っす!」
「なるほど……。より大きなものを作れるようになるのですね」
「そうだ。飲み込みが早いな」
採石場での約束を思い出して、おれは白い髪に覆われたロベリアの頭をくしゃっと撫でた。
「……えへ」
ロベリアはくすぐったそうに笑いながら、撫でられるままに任せる。
「えー!? 親方、カンナのときより優しくないっすかぁー?」
「普段の行いの差だな。……っていうか、これ、若い奴の間で流行ってんのか?」
「親方の手はでっかくて気持ちいいんすよー。ねー?」
「はい……。とても、いい心地です……」
「そうか。それならいいんだが……」
若い女の子の感性はさっぱりわからないが、なんとなく鵜呑みにしないほうがいい気がした。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「《木材》を調達するついでに、採石場――さっきの岩壁との間に道を作ろう」
外部ツールで設計図をざっくり引き終えると、おれは言った。
「今のままだと移動中にモンスターとエンカウントする可能性がある。実際、昨日のおれがそうだった」
「ロベリアちゃんがいるから、昨日ほど危険じゃないっすけどねー」
「ロベリアの魔法に頼るのは最終手段だ。《寝藁》ができたところで、MPが貴重品なのはまだ変わらない」
HPとMPの回復速度はベッドの質によって変わる。
《寝藁》は最低ランクのベッドで、枯渇したMPを完全回復させるのになんと6時間もかかるのだ。
MPは《魔除け松明》のクラフトにも使う、おれたちの生命線。
ベッドのランクを上げ、《マナポーション》の製造が安定するまでは決して無駄遣いできない。
「《魔除け松明》で湧き潰し――モンスターを出現させなくすることだ――するにしても、今のままだと森林火災になる可能性がある。だから邪魔な木をどける」
「人間にとって住み良くするためには、やはり森を切り拓く必要があるのですね……」
「切り拓くってほど大規模にはならないがな。少しどいてもらうだけだ」
今はな、と心の中だけで付け加えた。
植林場を準備しない限りは、この森を食いつぶすような形で開拓を行わざるを得ないのは間違いない。
ゲームに環境保護団体はいないものの、MAOの自然エンジンはなかなかシビアだ。
無計画な伐採から急速な砂漠化が起こった例も、おれは知っている。
「運搬路の整備なんざ、どうせ一日じゃ終わらん。《木材》を集めるついでのつもりで気長にやっていこう」
「了解っす!」
「わかりました……!」
《岩の作業台》で作った《石斧》を二人に持たせ、さっそく伐採に取りかかった。
「どっせーい!」
カンナは慣れた様子で、《石斧》を豪快に木の幹に叩きつける。
所詮は石器。切れ味が悪いから、何度も繰り返してようやく木がめきめきと音を立てた。
ズウンと重々しく倒れる木を見て、ロベリアはルビー色の瞳をきらっと輝かせる。
「まあ……。カンナ様、女性なのにすごい……!」
「あいつはもともと肉体派だからな。それに、木の伐採にはSTR――筋力は大して関係ない」
「そうなのですか?」
「コツさえ掴めば誰でもできる。おれが教えるから、その通りにやってみろ」
「お、お願いしますっ!」
細腕で重そうに《石斧》を持つロベリアを、木の傍に連れていった。
「いいか? まず、柄をしっかりと持て。それから、腕で振るんじゃなく、腰の回転をそのまま斧の先端に乗せる感じで振る。そして、できる限り同じ場所を伐つこと」
「は、はい……!」
「顔が固いぞ。別に失敗してもどうってことないんだ。緊張しなくていい」
「は、はい……!」
「……………………」
こんなに力んだ状態だと、斧がすっぽ抜けたりして危なそうだな……。
おれやカンナはたとえ首に斧が突き刺さろうが大したことはない。
だが、NPCであるロベリアはその限りではないだろう。
「悪い。ちょっと触るぞ」
「ふぇっ……!?」
ロベリアの背後から腕を回し、斧を握る彼女の手に自分の手を添えた。
「ゆっくり動かすから、感覚で慣れろ。そしたら変に緊張せずに済む」
「ち、ちか、ちかぁっ……!」
「腰をこう、ぐっと回して……」
「ひあんっ……!?」
細い腰に軽く触れ、人形を動かすように動作を教えていく。……のだが。
……なんか、どんどん身体が固くなっていくばかりのような?
「あー! 親方、ズルいっすー! カンナもロベリアちゃんに手取り足取り腰取りしたいっす!」
「その性欲を引っ込めたら譲ってやる」
やかましい奴が来たのでしっしと手で追い払う。
カンナは「む~」と唇を尖らせた。
「親方こそ、涼しい顔してホントはムラッムラなんじゃないっすかー? ロベリアちゃんのオリエンタルでロリィな肢体を撫で回したいんじゃないんすかぁー?」
「えっ……!? ら、ランド様……!?」
「誤解されるようなことをほざくなカンナ。溶岩を泳がせるぞ」
「ひえーっ! 児童虐待っす! SNSで告発してやるっすー!」
カンナはぴゅーっと逃げていった。
児童って歳じゃねえだろう。
「悪いな、ロベリア。あいつの戯れ言は気にするな」
「い、いえ……だ、大丈夫です。殿方に抱擁されるのは初めてですけれど……ランド様なら、わたくし、怖くありませんっ!」
「おう。……おう?」
抱擁ってなんだ。
……まあ大丈夫ならいいか。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「わたくしに……このような力が……!」
自分で木を切り倒せたことにいたく感動したようで、ロベリアは能力に目覚めた主人公のようなことを言った。
それをきっかけに楽しくなったのか、彼女はなかなかのペースで伐採を進めていく。
とはいえ、何事も慣れ始めが一番危ない。
結局、おれは終始、彼女の監督役を務めることになった。
昼食休憩も挟みつつ伐採を続けた結果、充分な《木材》が貯まってくる。
そろそろ家の建築に取りかからないと日暮れに間に合わないな、と思っていると――
「うげあーっ!?」
淑やかさの欠片もない悲鳴を響かせ、カンナが尻餅をついた。
おれは手を止め、そちらに駆け寄る。
ロベリアも作業を中止して追いかけてきた。
「どうした? 虫でもいたか?」
VRの虫は人によっては致命的にダメなので、MAOにはほとんどいないはずだが――と思いながら声をかけた、その瞬間。
カンナが跳ねるようにしておれに飛びついた。
「うおっ、と!」
よろめきつつも、なんとか体重を受け止める。
……おれの胸に顔をうずめたカンナは、かすかだがふるふると震えていた。
「おい、どうした……?」
できる限り声を優しくして尋ねると、カンナは顔をおれの胸に押しつけたまま、すぐ傍の茂みの中を震える手で指し示す。
「そ、そこっ……! そこーっ……!」
半泣きの声を聞き、眉間にしわを寄せた。
茂みの中に、何かある……?
おれは震えを押さえるようにカンナの肩を抱いてやりながら、慎重に茂みを覗き込んだ。
「……っ!?」
さしものおれも、心臓が跳ねる。
緑の茂みの中に、白いものが混じっていた。
ボロボロの布と絡まるようにして散らばった、無数の白い棒。
二つの空洞が恨むようにじっとこちらを覗いている。
――骸骨。
茂みの中にあったのは、朽ちた人間の成れの果てだった。
「……っ……!」
すぐ傍から息を詰まらせる気配がして、おれは振り返る。
ロベリアが、地面に散らばった骸骨を見て、顔を真っ青にしていた。
そして――
傍のおれにしか聞こえないような、小さな小さな声で、こう呟いたのだ。
「…………こんなに、近かったんだ…………」
口元を押さえて表情を隠す彼女に、事情を訊いてみようかと思ったが、すぐに思い直す。
……今は、訊くべきときじゃないだろう。
「うええーっ……! びっくりしたぁ……! びっくりしたぁぁー……!!」
いつもの『っす』も忘れて泣きべそをかくカンナを、背中を軽く叩いて慰めた。
「誰だかわからないが……埋葬、してやったほうが良さそうだな」
もう一度ちらりとロベリアの顔を窺うと、彼女は無言で、こくりとうなずいた。
カンナをいったんロベリアに預けると、茂みを掻き分けて骸骨に近付く。
地面に膝をつき、目を伏せて手を合わせた。
この人のやり方とは違うかもしれないが、おれは冥福の祈り方をこれくらいしか知らない。
瞼を開け、改めて骸骨を見下ろす。
たぶん、モンスターにやられたんだろうな……。
素人のおれには、死後何日とか、そういうことはわからないが……。
「……ん……?」
ある一点に注意が向き、おれは眉をひそめた。
おそらくは、この人が着ていた服なのだろう。
骸骨に絡まっているボロボロの布に――
「…………切り傷…………」
鋭い裂け目に指を触れさせ、おれは唇を引き結ぶ。
これは――剣で斬られた跡だ。