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【#04】褐色美少女の正体は……?【MAO実況】


 本来の目的だった生活拠点の確保は、あばら屋を間借りすることで達成とした。


「んぐぐ……ちくちくするっす……きゅーおーえるが下がるっす……」


「文句言うな。ログアウトすればふかふかの布団で寝れるだろ」


 フォレスト・ウルフに怯えながら草を集め、なんとか一つだけ《寝藁》を作ることができたのだ。

《寝藁》も《ベッド》の代わりにすることができる。

 リスポーンポイントの再設定には充分なほか、HPとMPも回復させることが可能だ。

 もちろんその速度は、ちゃんとした《ベッド》に比べると遅々としたものだが。

 とりあえず、《魔除け松明》の作成でかなりMPを消費したカンナから寝させることにした。


「カンナがいない間に、ダークエルフ美少女にエロいことしちゃダメっすよー?」


「お前、このゲームのレーティング忘れたのか?」


「どうしてもって言うならカンナの巨乳を見るといいっす! 自信作っす!」


 そう言って、カンナはチューブトップに覆われた胸をぷるんっと張る。

 おれはリアルの自分をベースにして適当に作ったが、生産職プレイヤーには自分のアバターを作り込む人間が多い。カンナもそのタイプだ。

 だから『お前のアバター、エロいな』などと言うと、セクハラで訴えられるどころか『でっしょ~?』と喜び始める。

 露出度の高いヘソ出しルックなのもそのせいである。


 男としては、本人がいいと言っているのだから眼福に与ればいいんだろうが……実は、ブラック労働に精神を削られているうちに、ものすごい勢いで性欲が減退してしまったのだ。

 結構真面目に危機感を覚えていた部分だったのだが、今に限っては、カンナごときに主導権を握られなくてよかったと喜んでおこう。


「んじゃ、おやすみっす~」


 カンナは《寝藁》に転がってそう言うや、本当に寝息を立て始めた。

 寝つきがいいなこの野郎。

 こちとらストレスのせいでどんなに眠くても2時間は寝付けないのがザラだっていうのに。


 HP・MPの回復は《寝藁》を含むベッドアイテムに寝そべってサスペンドモードにするかログアウトするかで始まるが、睡眠することでももちろん回復できる。

 睡眠だと途中で起きてしまう可能性がある以上、普通はサスペンドかログアウトにするんだが……。


「……こいつ、いつまでログインしっぱなしでいるつもりだ?」


 食事休憩はさっき取ったが、それを除くと、ログイン時間はそろそろ10時間くらいになるはずだ。

 おれには自由時間が無限にあるからいいようなものの(いや、よくはない)、普段の言動を見るにカンナはかなり若い。たぶん学生だと思うんだが……。


「……まあいいか」


 他人のリアルに踏み込むのはマナー違反だ。

 それよりも、問題はもう一人のほうだろう。


 おれはもうひとつの《寝藁》の傍へ移動した。

 ダークエルフの少女が、カーバンクルと一緒に、藁に抱かれるようにして眠っている。

 薄い胸を穏やかに上下させ、可愛らしい寝息を規則的に立てていた。


 おれたちを助けた後、彼女は再び深い眠りに落ちた。

 カンナの《診察》によれば身体に異常はないので、体力が戻っていないということか。


 ……この子は、一体なんなんだ。

 この島に一人で住んでいるのか?

 その割には何か違和感がある……。


「……ん……?」


 眉根を寄せて褐色少女をじっと見下ろしていると、引っかかることがあった。


「この服……?」


 そっと手を伸ばして、少女の身体を薄く覆う白いワンピースの裾を、指で摘まみ上げる。

 指の腹で軽くこするようにすると、明らかだった。

 この服は――


「……シルク(・・・)……」


 無人島に住んでいる人間が、一体どういう理屈でシルクの服なんて着られるっていうんだ……?

 少女のワンピースの裾を摘まみ上げたまま、深く思考に沈む。

 と。


「…………ぁ、ぁの……」


 蚊の鳴くような声が、控えめに耳朶を打った。


「わ……わたくしの、スカートの中に……何か、御用でしょうか……」


 見れば――瞼を開けた少女が、チョコレート色の顔を真っ赤に染めていた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「お……驚きました……。れ、劣情を催されているのかと……」


《寝藁》の上に起き上がった褐色の少女は、まだ少し顔を赤くしたまま、細い太股をもじもじとすり合わせる。

 おれは頭を下げた。


「すまん。誤解させちまったな。きみの服が気になったんだ」


「……わたくしの服が……ですか?」


 少女はきょとんと首を傾げる。

 ……わたくし、ねえ。

 一人称がイコール身分を示すわけではなかろうが、無関係だと断じる証拠もない。


「先に自己紹介しよう。おれはランド。この島には、モンスターに捕まってたまたま漂着した」


「まあ……。それは、お気の毒に……」


 少女は口に手を当て、綺麗なルビー色の目を見開く。

 格好は貧民めいたそれだが、所作には気品が感じられた。


「……きみは?」


「わたくしは……」


 少女は一瞬だけ目を逸らし、ネームタグ通りに名乗る。


「ロベリア、と申します。わたくしも、漂着した身の上です」


「一人きりで?」


「いえ、傍付きの者が――あっ、いえ、友人が一緒だったのですが……」


 少女――ロベリアは表情を暗く沈ませ、目を伏せた。

 ……亡くなったのか。

 ただでさえ人里の気配がない無人島のうえ、フォレスト・ウルフのような危険なモンスターも棲息している。

 彼女が生き残ったということだけでも、幸運だったと考えなければならない……。


「漂着、ということは、元はどこかの人里に住んでいたんだな。……道理でそんな服を着ているわけだ」


「あの……この服、どこかおかしいのでしょうか?」


「その服はシルクでできている。絹糸――蚕の糸だ。自然に手に入るようなものじゃない。その糸で編まれた服を着ているということは、少なくとも養蚕産業が成立する程度には文明的な土地の出身だということを意味している」


「……あ……」


 ロベリアは小さく口を開けて自分の姿を見下ろす。


「そうですか……。シルク、と言うのですね……この服の素材は……。博識でおられるのですね、ランド様は」


「知らなかったのか? 自分の服のことを」


「あ! ……い、いえ……その、無学なものですので……」


 隠し事に向いてないな、この子。

 ここまでの会話で、彼女の立場については察しがついた。

 というか、気付くなというほうが無理な相談である。


 彼女は明らかにやんごとなき生まれだ。

 しかも自分が着ている服の素材すら知らない箱入り娘。

 お嬢様かお姫様のどっちかだろう。


 そんな女の子がこんな何もない島のあばら屋に住んでいるということは、本人が言う通りの漂着を除けば、可能性はいくつもない。

 例えば――流刑。

 島流しである。

 この島は、どこかの国の流刑地なのかもしれない……。


 ……だとしても、そんな国がどこにある?


 MAOの舞台はムラームデウス島という大きな島だ。

 しかし、そのほとんどは魔族に支配されている状態で、人里は小さな集落に限られる。

 彼女のような貴人――それもダークエルフのお姫様が存在するような国は、少なくとも現状プレイヤーが探索した限りでは存在しないはずだ。


 ありうるとしたら、ムラームデウス島の北側か……。

 プレイヤーたちは現在、ムラームデウス島の南端から北に向かって、各地の魔族(ボス)を倒しながら開拓を進めている。

 その進捗率は、現時点でせいぜい3~4割。ようやく3分の1を過ぎたところだ。


 だから、ムラームデウス島の北側がどうなっているのか、誰も知らない。

 もしそこにダークエルフの王国があるのだとしたら、彼女の存在にも納得がいくが……。


「あの……いかがしましたか、ランド様? 難しい顔をしていらっしゃいますけれど……」


「……いや、何でもない。明日の朝飯をどうしようかって考えてただけだ。なかなか名案が浮かばない」


「まあ。食いしん坊でいらっしゃいますのね」


 ロベリアは口に手を当て、くすくすと喉の奥で笑う。

 実際、極めてサバイバルなこの状況だと重大な問題なんだがな。

 彼女にはそういう危機感があまり感じられなかった。


「ですけれど、まずはお休みになったほうがいいですわ。漂着したばかりで、フォレスト・ウルフとも戦われたのでしょう? それに、その腕……」


「ん」


 ロベリアの気遣わしげな視線を追って、ようやく思い出す。

 そういえば左腕がないんだった。

 そろそろ回復してもいい頃だと思うが。


「……失礼します」


 ロベリアが不意ににじり寄ってくる。

 かと思うと、千切れたおれの左腕に顔を近付けてきた。


「おっ、おい……?」


 逃げる間もなく、ロベリアは左腕の断面に軽く口付けをする。

 うおおおわっ……!?

 ぞくぞくぞくっ、と変な感覚が全身を駆け巡った。

 か、身体の中を直接まさぐられたかのような……!


 未体験の感覚に戸惑っているうちに、左腕が淡い光に包まれる。

 ぱちんっ、とその光が弾けるように消え去ると、おれの左腕が元通りに復活していた。

 か、回復魔法……?

 キスがトリガーとは物好きな……。


「遅ればせながら、心ばかりのお礼です」


 復活したおれの左手をきゅっと握り、ロベリアはまっすぐにおれの瞳を見つめた。


「見知らぬわたくしを救っていただき、ありがとうございます、ランド様……。このご恩は、一生かけてでもお返し申し上げます」


 写真に収めて飾りたいくらい綺麗な微笑みを間近にして、おれは思わず顔を逸らしてしまう。

 ……おいおい。エルフとはいえ、相手は外見年齢中学生だぞ。性欲が減退したって話はどこに行った。

 わずかな鼓動の乱れを誤魔化すように、おれは言葉を継ぐ。


「……いや。おれたちも助けられた。あれで貸し借りはチャラだろう」


「お二人だけで、逃げられたはずです」


 ルビー色の視線が、ひたとおれを捉え続ける。


「わたくしを見捨てさえすれば、あのオオカミたちの相手をする必要はなかったはずです。対してわたくしは、自分の身を守るためにお二人に力添えしただけ。これが、対等だと仰いますか?」


「……………………」


「……………………」


 おれたちはしばらくの間、我慢比べでもするかのように互いを見つめ合っていた。

 真紅の瞳の奥に、強い決意のような輝きを見る。

 ……ああ。この光は、頑固者のそれだ。

 おれは溜め息をついて、右手を挙げた。


「わかった。降参だ」


「おわかりいただけて嬉しいです。ランド様は頭脳明晰でいらっしゃいますのね」


「とりあえず、いちいち褒めるのをやめてくれるか……」


 ここ半年ほど怒鳴られてばかりいたから、こうも急に褒められ続けるとどうすればいいやらわからん。


「ふふっ。承知しました。ランド様は明晰でいらっしゃるのに謙虚ですのね」


「まったく承知してねえな……」


 口の端を引きつらせるおれを見て、ロベリアは悪戯っぽくころころと笑った。

 気弱そうかと思いきや、なかなかいい性格していやがる。

 それから、彼女は居住まいを正すと、綺麗に背筋を伸ばしたまま頭を下げた。


「改めまして、ロベリアと申します。今の通り、魔法には多少の心得があります。どうぞ、お好きなようにお使い捨てくださいませ」


「こちらこそよろしく頼む。右も左もわからない無人島だからな、戦力が増えるのは大歓迎だ」


「……ぁ、ぁの、でも……」


 長い耳の先を赤く染めたかと思うと、ロベリアはちらりと上目遣いの視線を送り、おれの顔色を窺った。


「……ね、(ねや)での振る舞いには、聞きかじりの心得しかなく……ご、ご勘弁いただけると……」


「…………安心しろ。おれの国ではお前に手を出すと死刑になる。……社会的に」


 耳年増な点については、貴族出身であることを示す傍証として受け取っておこう……。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「かわいい! かわいいかわいいかわいいきゃーわーいーいー!!」


「え、えーと……」


 翌朝。

 困ったように笑うロベリアを、カンナがあちこちからVRカメラで撮りまくっていた。


「褐色! ロリ! 気品! 三点セットっす! ドストライクっす!! カンナのハーレムに迎えたいっす!!」


「あ、ありがとうございます……?」


「げへへへへ。さあ、ちょっとスカートたくし上げてみようか~」


「え、ええっ……? こ、こう……ですか……?」


「キタアアアアアアアアアッ!!! ――ぐふぇえっ!!」


 越えちゃいけないラインを全力で踏み越えようとしたローアングラーの頭を、思いきり踏みつけにした。


「お客人。当店はそういうサービスはやっておりません」


「うぎゃあ! 店の奥から黒服が!! 画像あげるので見逃してくれっす!!」


「ちょっと表出ようか」


「うきゃあーっ!!」


 カンナ(身体は女子。頭脳はオヤジ)を猫のように引っ張り上げて、きわどいスクショを消去させる。

 こいつ、うまいこと規制に引っかからずにエロいスクショを撮る方法を熟知していやがる。要注意だな……。


 すっからかんになった画像フォルダを前にさめざめと泣くカンナは放っておいて、朝飯にすることにした。

 献立は辺りの森で採ってきた木の実や果物だ。


 NPCであるロベリアは言うに及ばず、プレイヤーであるおれたちにも満腹度というステータスが存在する。

 これが減りすぎると、眠ってもHPが全然回復しなかったり、最悪餓死したりするのだ。

《寝藁》を使うことでリスポーンポイントの再設定は叶ったが、デスペナルティもあるので、できる限り死ぬのは避けたいところである。


 リスポーンポイントを再設定したことで、死に戻りで島の外に強制送還されることはなくなった。

 だが、これは裏を返すと、退路を断ったということでもある。

 死に戻りで帰るという手段を捨てた以上、この島を攻略しない限り、ムラームデウス島に帰還することはできなくなったのだ。


「あれ? というか、カンナたち、どうやって帰るんすか? イカダでも作るんすか?」


 エロスクショ全消去の悲しみから立ち直ったカンナが、木の実をぼりぼり食いながら言う。


「考えてなかったのか、お前」


「えー? 親方は最初からわかってたんすか?」


「当たり前だろう。でなけりゃ島に残ろうなんて言わん」


「帰る方法……そのようなものがあるのですか?」


 しゃくしゃくこくんと、しっかり果物を呑み込んでからロベリアが言った。

 咀嚼中は口を手で隠す辺り、行儀のぎの字もないカンナとは対照的だ。


「ロベリア。あのドラゴンのことは知ってるか」


「ドラゴン……というと、まさか、あの火山の?」


 ここからでも、折り重なった梢の隙間から、もくもくと立ち上る煙が垣間見える。

 最初に目撃した火山のドラゴン――《暴帝火棲竜ヴァルクレータ》。


「おそらく、あのドラゴンがこの島のエリアボスだろう。奴を倒せば《ポータル》が開いて、他の街と行き来できるようになるはずだ」


「あー! なるほどー!」


 ポータルは都市間をテレポートで移動できる、いわゆるファスト・トラベルのための装置だ。

 エリアボス――その土地の親玉のこと――を倒すと自然に出現する。

 エリアの心臓のようなものでもあり、もしこれを魔物に壊されると、そのエリアは魔族の影響圏に堕ち、様々なメリットが失効する。


「ええと……完全には理解できなかったのですが……あのドラゴンを倒すと仰いましたか? それはさすがに……」


「もちろん、今すぐ殴り込みをかけるのは無謀だ。

 おれたちが目指すのは、ヤツを倒せる兵器の開発。そのための施設の建設。そのための土地の開拓。資源の調達。労働力の確保。外敵の排除――つまりだな」


 おれは穴だらけの天井を見上げる。


「このボロいあばら屋から、おれたちの国を作るんだ」


 ロベリアはおれの視線を追う。

 狭い天井を見上げる。

 そして、どこか陶然として呟いた。


「国……わたくしたちの……国……」


 その瞳に映っているものが何なのか、おれはまだ知らない。

 知る必要があるとも限らない。

 しかし、いずれわかっていくことにはなるだろう。

 おれたちはもはや、運命共同体なのだから。


「……まあ、って言っても、最初は小さなことからやっていくしかないんだがな」


 肩を竦めたおれに、木の実をもがもが口に詰め込んだカンナが言う。


「具体的にはどうするんすか、親方? 今、ホントに何もないっすよ?」


「歴史の教科書を思い出せ」


 答えながら、おれはあばら屋の隅に転がっていた小石を手に取った。

 おれが掲げてみせたそれに、二人の視線が集中する。


「人類の文明は、《石》から始まる」


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