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【#02】解毒薬を作り出せ!【MAO実況】


「あっ! 親方! やっと帰ってき――ええーっ!?」


 あばら屋のある野原に戻ってくるなり、カンナは昔のギャグマンガみたいな飛び上がり方をした。


「お、おや、おややややかたたたたた!」


「音飛びしてるぞ」


「飛んでるのは親方の腕っすよぉーっ!!」


「ああ、これか」


 おれの左腕は肘から先がなくなっていた。

 ダメージエフェクトの赤い光芒が、切断面からちらちらと火花のように散っている。


「気にするな。オオカミ型のモンスターに見つかって食いちぎられただけだ」


「食いちぎっ……ひええ……!」


「《薬草》が多めに採れたから、それを食って出血ダメージを誤魔化してる」


「け、欠損回復魔法は……!?」


「この島には宿屋もなけりゃ《マナポーション》の素材もあるかわからん。MPは貴重品なんだ。自然回復を待つ。……っと」


 不意にバランスを崩してよろめいた。

 人間の腕は万能ツールであると同時に左右のバランスを司るスタビライザーでもある。

 MAOには痛覚がほとんどないが、腕をなくせばバランスが取れなくなるのは変わらない。

 くそっ。出血ダメージよりこっちのが厄介だな。


「ああもう! ほら、掴まるっす!」


 カンナが駆け寄ってきて、肩を貸してくれた。

 30センチ近い身長差があるからバランスが悪いのには違いないが、ずいぶんマシになった。


「……悪い。助かる」


「それは言わないお約束っすよぉー。どうせならよしよししてほしいっす!」


「お前、いくつだよ……」


 肩に回した右手でわしわしと頭を撫でくりまわしてやると、カンナは「にへへー」とくすぐったそうに笑う。

 こいつはおれにこうされるのが妙にお気に入りなのだ。


「それにしても親方って、合理主義っていうか、たまに感情が吹っ飛んだようなことするっすよねえ……」


「そうか?」


「いくらVRだからって、普通腕が千切られたら怖いもんでしょー!?」


「それは……まあ、そうだな」


 今だって怖い。

 途中までしかない腕を見ると、本能的な恐怖が込み上げる。

 だが、脳裏で冷静な自分が言うのだ。

 今はどうでもいい、と。

 この腕を後回しにしてでも、やるべきことがある、と。


 ふと見ると、カンナがじっとおれの顔を見上げていた。


「どうした?」


「んや……親方はやっぱり親方だなって思っただけっす」


「……どういうことだ?」


「にひひー」


 カンナは意味ありげに笑う。

 答えるつもりはないらしい。

 カンナに肩を借りて、あばら屋のほうへ移動する。


「カンナ、《調合壺》はできたか」


「そ、そのう……素材だけはなんとかなったんすけど……」


 あばら屋から少し離れた場所の地面が掘り返されていた。

《土》や《粘土》を集めた跡だろう。

 カンナの歯切れが悪い理由は察しがつく。


「……《作業台》ができなかったんだな」


「そ、それも素材は揃えたんすよ!? あばら屋の裏手に錆びた《鉄の斧》があったんで、一応……ギリギリ……」


「《鉄の斧》が……?」


 本当の無人島に鉄製の道具があるわけもない。

 あのダークエルフの少女は、一体……?


「まあいい。とりあえず揃っている分の素材を見せろ」


「は、はいっす!」


 あばら屋の側面に移動し、おれは地面に腰を下ろした。

 カンナがメニューを開き、ストレージをごそごそ探る。

 目に見えない引き出しから取り出すようにしてカンナが手にしたのは、木でできた三つのブロックだった。


「手に入った《木材》はこれだけっす……」


「Lサイズが一つ、Mサイズが二つ……」


 お供え物みたいにおれの前に置かれたブロックを見て、おれは眉根を寄せる。


《デトックス・ポーション》を調合するのには《調合壺》という設備が必要だ。

 そして《調合壺》を作るのには《木の作業台》が必須となる。

 しかし、《木の作業台》を作るのに必要な《木材》は四つなのだ。

 これでは一つ足りない。


「あと一つくらい手に入らなかったのか?」


「斧が壊れちゃったんすよお! ほんとめちゃくちゃボロいやつで!」


 木を一本伐り倒すのがやっとだった、ってことか……。

 それで手に入ったのが《木材》三個。


「親方なら何とかなるっすよね……?」


 カンナは縋るような目で見つめてきた。

 はあ、と溜め息をつく。

 子犬みたいな目をしやがって。


「その斧みたいに、おれの感覚が錆びついてなけりゃあな」


 カンナの顔がパッと輝くのを見やりつつ、おれは残った右手で《木材》を引き寄せる。

 立方体型のそれを、指で2回、軽く叩いた。

 するとクラフト・ウインドウが展開する。


 ウインドウ右側にいくつか連なったタブのうち、【整形】タブをタップ。

 瞬間、《木材》にルービックキューブのようなラインが走った。


 木製アイテムのクラフトは立体パズルやプラモデルに近い。

 まず素材をパーツの形に整形し、それを組み合わせて目的のものにする。

 ルービックキューブのような線は要するに切り取り線だ。

 4本の線が縦横に走っているので、3×3×3で最大27個の木片(ピース)に分割できるってわけだ。

 この線に沿ってうまく切り取り、パーツの形に整えるのが《整形》である。


 これは割と時間のかかる作業なので、システム任せにするのが普通だ。

 だが、実はそれだと無駄なピースが生まれてしまう。

 ゆえに、自力で《整形》をすることで、システムに任せるよりも少ないピースで同じパーツを用意することが可能になるのだ。


《木の作業台》を作るのには《木材》が四つ必要、ってのは、《整形》をシステム任せにした場合の話。

 今回はそれでは数が足りねえから、自力《整形》が必須となる――


 おれは頭の中に《木の作業台》の設計図を展開した。

 必要なパーツはどんな形か。

 それをすべて揃えるには、3個の《木材》をどんな風に分割するのが最適か。


《木材》アイテムは一つ一つ微妙に大きさや形が異なる。

 だから、決まりきった分割手順を思い出してそのまま使う、というやり方はできない。

 実際に《木材》を見ながらその場で考えなければならないのだ。


 だが、おれの脳裏には、目の前にある三つの《木材》に合わせた手順が、意識するまでもなく自然と湧いてきた。

 ブランクがあるから少し心配だったが、思ったより衰えていないようだった。

 だが……。


「……ちくしょう」


「ふえっ!? や、やっぱり足りなかったっす……?」


「いや、3ピース余った(・・・・・・・)


「……え……」


 きっちり全部使い切りたかったのに、どうやっても3ピースは余ってしまう。


「スマートじゃねえ。気に食わん」


「いやいや、4つ必要なのを3つにできちゃう時点で充分っすから!」


 これは美的センスの問題だ。

 プログラマーだって、コードをすっきり簡潔にしようとするだろう。それと同じだ。

 だが、今は四の五の言っていられまい。

 こうしている間にも、ダークエルフの少女のHPが減り続けているのだ。


「仕方ねえな……。カンナ、押さえてろ」


 生憎と今のおれは隻腕だ。

 カンナに左手に代わりをしてもらい、《木材》を押さえさせる。

 そして、ルービックキューブのようなラインに指を添えた。


 このラインをなぞることで、《木材》を切断することができる。

 もし横に逸れたりしたらミス判定になって、できあがったアイテムの耐久度などに影響が出てしまうのだ。

 だが――どうやら、身体は覚えてくれているようだ。


「うわっ……」


 ささっと指を走らせて、3秒ほどで立方体の《木材》を二つのパーツに分解した。


「はっや……! ルービックキューブのタイムアタックみたいっす……!」


「慣れれば誰でもできる」


 最初はおれだってラインからズレないように慎重にやっていた。

 だが、いつまでもそれでは《作業台》を作るだけで日が暮れてしまうからな。


 同じ調子で他の二つも分解し、おれの手元には合計7個のパーツが揃った。

 余った3ピースは光の粒子となって消滅する。ああもったいねえ……。


 おれは7個のパーツを立体パズルのように組み合わせた。

 すると、ぱあっと柔らかに光のエフェクトが広がり、《木の作業台》が完成した。

 直方体のそれをあばら屋の壁際に置く。

 さあ、これでひとつクリア。


「次は《調合壺》だ。おれはいま片手しかないから、カンナ、お前がやれ」


「了解っす!」


《木の作業台》の前にカンナが座り、クラフト・ウインドウを操作した。

《作業台》の上に粘土の塊のようなものが現れる。

 あれを両手でこねて目的の形にしていくのが土製アイテムの《整形》だ。


「こねこね~♪」


 カンナが鼻歌を歌いながら、ぐっちゃぐっちゃと土と粘土の塊をこね回していると、やはり柔らかな光のエフェクトが起こって、《調合壺》が完成した。

 ヤカンくらいの大きさの土器――のはずだったが、なぜか埴輪みたいな顔と謎のくびれがついている。


「……なかなか芸術的だな」


「でっしょ~!? ミロのヴィーナス風にしてみたっすー!」


 うふ~ん、とカンナは(無駄に豊満な)胸を恥じらうように手で押さえてみせた。

 それはヴィーナスの誕生だ。ミロのヴィーナスに腕を生やすな。


 まあ使えれば問題はないのでスルーして、ヴィーナスの誕生風《調合壺》を、その辺の石で作った台の上に設置。

 これまたその辺で拾ってきた木の枝をその下に置き、薪とする。


「カンナ。《調合》スキルの熟練度は?」


「親方が引退する前と変わんないっすよ」


「ならおれのほうが上だな。肩を貸せ」


「あいあいー!」


《調合壺》の前に座り込むと、近場に流れていた川から汲んだ《きれいな水》をストレージから出し、中に注ぎ込んだ。


「火はどうするっすか?」


「こればっかりはMPに頼るしかない」


《火打ち石》があればよかったが、そこまで探す余裕はなかった。


「《コール・ブック》」


《スペルブック》を呼び出す。

 これは自分に使用可能なすべての魔法が記されている本だ。

 使いたい魔法のページを開き、その名前を唱えることで魔法が発動する。

 もちろんショートカットに設定すれば、自分で指定したキーワードやジェスチャーひとつで簡単に発動できるが、ショートカットはたった5枠しかないのだ。


「《ファラ》」


 薪に手をかざし、短く唱える。

 手のひらから小さな火球が飛び出して、薪に火を点けた。


「……状態回復系の魔法が使えれば手っ取り早かったんだがな」


「回復魔法はプリースト系クラスの専売特許っすよ。生産職のカンナたちが使えるわけないっす」


 ないものねだりってもんか。

 生産職は戦闘系の魔法やスキルがほとんど使えなくなる代わりに、アイテムを生み出したり家を建てたりするスキルを大量に装備できるのだから。


《調合》は木製アイテムに比べれば簡単なクラフト・アクションである。

 水を溜めた《調合壺》に素材を放り込んでかき混ぜるだけ。

 気をつけるべきことといえば、色合いの変化を見てかき混ぜるスピードを調節することくらいだ。


「《薬草》はまあその辺に生えてるとして、《アオタヌキダケ》ってよく見つけたっすねー?」


「崖に生えてた。登って採ったはいいんだが、油断して足を滑らせてな。腰を強打した」


「うっへぁ~」


「そこにオオカミみたいなモンスターが来て腕を噛み千切られた」


「『泣きっ面を蹴ったり』っすね!」


「どんな外道だ。『泣きっ面に蜂』か『踏んだり蹴ったり』かどっちかに決めろ」


 などと言っているうちに、水が紫色に変わっていく。

 それがさらに赤色に変わり始める頃に――


「……今だ」


 かき混ぜる手を止めた。

 沸騰が治まり、キラキラとしたエフェクトが出る。

 成功だ。


「で……できたっす!」


「行くぞ」


《調合壺》をそのまま手に持ち、おれたちは足早にあばら屋の中へ向かった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 寝藁に抱かれるようにして眠る褐色肌の少女の口に、《デトックス・ポーション》の入った《調合壺》を近付ける。


「飲めるっすかねぇ?」


「飲めそうになかったら、お前、口移ししろ」


「うえっ!? ……か、カンナ、ファーストキスは大事に取っておきたいタイプでぇ……」


「だったらおれがやるしかねえな……」


「だっ、ダメダメダメ! ダメっすよ! 犯罪っす!」


《調合壺》をそっと薄い唇につけると、幸い、少女は少し口を開けてくれた。

 薬を慎重に注ぎ込んでいく。

 細い喉が、こくりとかすかに動くのが見えた。

 それを見て、おれは《調合壺》を少女の唇から離す。


「……カンナ。《診察》頼む」


「りょ、了解っす……!」


 リアルの薬とは違うので、用量はあまり関係ない。効き目もすぐに出るはずだ。

 場所を入れ替えて、カンナが少女の首筋に触る。


「あ……治ってる。《猛毒》は消えてるっす!」


「そうか……」


 少女の呼吸も、苦しそうなものから安らかなものへと変わっていった。

 ずっと少女の傍にいたカーバンクルが「きゅきゅうっ」と嬉しそうに鳴き、少女の頬に顔をこすりつける。


「ひと段落みたいだな……」


 深く息をついて、窓から外を見やった。

 折り重なった梢から垣間見える空は、夜の帳に覆われつつある。

 日のあるうちに拠点を決める予定だったが、今日は諦めるしかないようだ……。

 このあばら屋を拠点することも、まあできなくはないかもしれんが――


「……ん……?」


「どうしたっす?」


「…………静かに」


「むぐっ!?」


 言ってもどうせできなさそうだったからカンナの口を手で塞ぎ、おれ自身も息をひそめた。

 耳を澄ます。

 ……聞き間違いじゃ、ない。

 確かに、聞こえる。


「……奴らの、息遣いだ……」


「ふぇ……?」


「おれの腕を噛み千切ったオオカミ――《フォレスト・ウルフ》の、気配がする」


今日は昼12時にも更新します。

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