【#01】無人島なのに美少女が……!?【MAO実況】
「はろはろー! 見えてるっすかー?」
カンナが空中の妖精に向かって手を振っていた。
あの妖精は……《ジュゲム》か?
全長20センチほどの少女にトンボのような翅がついた、まさに妖精のような姿をしているが、あれはVR空間を撮影するカメラだ。
正式名称は別にあるんだが、30年前に発売された某ゲームの雲に乗ってる奴みたいに後ろをついてくるため、《ジュゲム》と通称されている。
「おい。動画撮ってるのか?」
「えー? ダメっすか? せっかくこんなレアイベントに遭遇したんすから、ちゃんと記録を残しておかないと!」
「んん。それもそう……か?」
「あとでYouTubeにアップして一攫千金っす!」
言うが早いか、カンナは意外にも流暢な語り口で、《ジュゲム》に向かってこの島に流れ着いた経緯を説明し始めた。
ユーチューバードリームを夢見るのは個人の自由なので、まあ好きにさせておくか。
おれたちはドラゴンを目撃した岩場から移動している。
海岸に沿って歩き、拠点にできる場所を探しているのだ。
お互いの状態を確認したところ、おれたちはほとんど丸腰であることがわかった。
残っているのは防具類――要するに服くらいで、その他の持ち物は海を漂流しているうちにロストしてしまったらしい。
ただの観光だからと大したものを持っていなかったのが不幸中の幸いだ。
こんな状態で、いきなりあのドラゴン――《暴帝火棲竜ヴァルクレータ》が消えた火山を目指すのは、ただのアホである。
まずは、モンスターから身を守れる生活拠点を確保するところから始めなければならない。
とりわけ必要なのは――
「聞いてるか、カンナ。今のおれたちにとって、何においても必要なものはなんだと思う?」
「《高炉》と《金床》っすね!」
「いきなり何万年文明をショートカットするつもりだ。そんなもん後回しだアホウ」
「え~。カンナ、鍛冶職人なのに~……」
のちのち必要にはなるだろうが、真っ先に必要なわけじゃない。
「今のおれたちに必要なのは、《ベッド》だ」
「ふえっ!?」
カンナはさっと顔を赤らめると、自分の細い腰を抱くようにしておれから距離を取る。
「……お、親方ぁ……か、カンナにはまだちょっと早いかなーって……。い、イヤじゃないっすよ!? 別にイヤじゃないんすけど!」
「ドアホウ。リスポーンポイントを再設定するためだ」
おれは溜め息をつきながら言う。
今の状態だと、何かの拍子にHPをすべて失った途端、最後にセーブした宿屋や教会に戻されてしまうのだ。
当然ながら、おれもカンナもこの島の中でセーブしたことはない。
いま死ぬと、否応なしに元の場所――ムラームデウス島に強制送還されるのだ。
「死に戻りを喰らったら、たぶんこの島には二度と戻ってこられない。だから《ベッド》の確保が最優先だ」
「なるほどー! 安心して死ねるようになるんすね!」
「その他にも《ベッド》を確保する理由はあるが、いずれにせよ、まずは壁と天井のある洞穴か何かを探して――」
――がさがさっ、という音が、おれの言葉を遮った。
「……!?」
「んきゃっ!」
おれたちは慌てて身構える。
今の音は……海岸に沿って広がる、森の茂みからだった。
……何か、いる?
もしモンスターだったら、武器さえない現状では太刀打ちできそうにない。
今のうちに全力で逃げたほうが――
考えている間に、状況のほうが動いた。
がさがさがさっ! と。
茂みの中から、毛むくじゃらの影が飛び出したのだ。
「うぎゃあああああっ――――あ?」
女子らしさの欠片もない悲鳴をあげかけたカンナが、きょとんとして首を傾げる。
茂みから飛び出してきたのは、大きな耳を持つ空色の小動物だった。
「……猫?」
「狐じゃないっすか? いや、リス……?」
大きな耳は狐のようだが、尻尾は猫のようにひょろりと細く、額には宝石のようなものがきらりと輝いている。
何の動物だかわからない。
少なくとも現実の動物園では、額に宝石をくっつけた動物は見たことがない。
空色の小動物は、おれたちを見て「きゅうきゅう」と鳴いた。
その瞬間、その耳の上にネームタグがポップアップする。
――《カーバンクル Lv2》?
ネームカラーはホワイト――非敵性NPCを意味する色だ。
「きゅうっ」
小動物――カーバンクルはひときわ強く鳴いて、再び茂みの中に消える。
……逃げた?
「なんだったんだ……?」
「さあ……?」
揃って首を傾げていると、「きゅうっ」という鳴き声が森の中から聞こえた。
なんだ? 逃げたんじゃないのか?
「もしかして……ついてこいってことじゃないっすか?」
「……どこにだ?」
「行ってみればわかるっす!」
止める間もなく、カンナは森の中に突っ込んでいった。
警戒心とかねえのかこいつは。
放ってもおけない。おれも仕方なく、カンナに続いて茂みを掻き分けた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
カーバンクルの小さな身体は、茂みや下生えにすっかり隠れてしまっていた。
だが、定期的に聞こえる「きゅうっ」という鳴き声が、おれたちを薄暗い森の奥へと誘ってゆく。
やがて、森が開けた。
うろこ雲のようにまばらな木漏れ日が、緑の野原を穏やかに照らしている。
頭上を仰げば、木々から伸びた梢が幾重にも折り重なり、屋根のようになっていた。
網目のような隙間から、青い空が垣間見える。
広いな。
日当たりは多少悪いものの、畑の一面や二面、余裕で拓けるほどの面積はある。
そんな野原の奥に、ひっそりと息を潜めるようにして、小屋――いや、あばら屋が建っていた。
「……家、か?」
「廃墟じゃないっすかぁ?」
カーバンクルがまた「きゅうっ」と鳴いて、そのあばら屋へ走っていった。
慣れた様子で穴だらけの壁を登り、窓(というか穴)から中に姿を消す。
「あそこに何かあるのか……?」
「ひょー! わくわくするっすー!」
「警戒しろドアホウ」
また無警戒に突撃しようとしたカンナの首根っこを引っ掴んだ。
いま死ねば戻ってこられねえって話を聞いてなかったのか。
おれはカンナにヘッドロックをかましながら、慎重にあばら屋に近付いた。
扉を軽く、ノックする。
――と、ぼろりと木材が崩れ、穴が空いた。
「あー、壊したぁー」
「……覗き穴を空けたんだ」
「下手な言い訳っすね!」
「黙れ」
「むぐぐー!」
カンナの口を手で塞ぎながら、空いた穴から中を覗いてみる。
屋根にも穴が空いているのか、中は意外にも薄明るい。
まばらな光に、ぼんやりと浮かび上がるように――
「……ん……?」
素足が見えた。
綺麗なココア色の、小さな2本の足だ。
続いて脛、膝頭、太股――
さらには、汚れてすり切れた白い布きれが見えて――
「……女の子だ」
「むぐぐ……ふぁい?」
「女の子が倒れてる」
おれはすぐさまドアを開けた。
お世辞にも衛生的とは言えない、古びた木のあばら屋の中に、粗末な《寝藁》が敷かれている。
その中に、まるで抱かれるようにして。
ボロボロの白い服をまとった、褐色肌に長い白髪の女の子が横たわっていた。
「うわっ! 褐色美少女っす!」
「やかましい。ボリュームを下げろ」
カンナ言うところの褐色美少女に近付き、膝をつく。
少々痩せているようには見えるが、睫毛は長く、顔は小振りで、なるほど美少女と言えた。
年の頃は、たぶん13~14……中学生ってところか?
「……はぁ……んっ、く……はぁ……」
苦しそうな息が聞こえる。
よく見れば少女の顔は赤く、じっとりと脂汗が浮いていた。
カーバンクルが弱々しく鳴きながら、心配そうに少女の顔に鼻先をこすりつけている。
こいつの飼い主か?
主の危機をおれたちに伝えたかった……?
おれの後ろから覗き込みながらカンナが言う。
「無人島じゃなかったんすねぇ……」
「……いや」
褐色の少女からネームタグがポップアップした。
表示された名前は《ロベリア》。
ネームカラーは――ホワイト。
「NPCだ……」
「んっ……んんっ……」
苦しげな寝息が少女の唇から零れたかと思うと、彼女はもがくようにして体勢を変えた。
「!?」
「うえっ!?」
途端、白い髪の中から現れたそれに、おれたちは揃って目を見張る。
三角に尖った、長い耳。
おいおい。これって……。
「え、エルフ……!? いや、褐色だからダークエルフっすよ!」
「ドラゴンにエルフに、どうなってやがんだこの島は……」
現時点でのMAOでは、エルフは設定上の存在である。
遭遇したという話もたまに聞いたが、噂の域を出るものではない。
たまに動画やスクリーンショットが上がっても、エルフ風アバターやエルフ耳に見せるアクセサリーを使ったフェイクだったりする。
……そのはずだったんだが。
動画ならともかく、いま目の前にいるNPCの見た目を細工する方法なんざ、どこにもありはしない。
「この様子、何かの病気に罹っているのかもしれねえな……。カンナ、《診察》スキル持ってるか?」
「一応あるっすけど……熟練度は全然ないっすよ?」
「おれよりマシだ。診てくれ」
「了解っす!」
場所をカンナに譲る。
彼女はダークエルフの少女の首筋にそっと手で触れた。
「おっ、出た出た……。うわっ、この子、《猛毒》状態っすよ?」
「《猛毒》? ……危険だな。普通の《毒》ならHP1で止まってくれるはずだが」
「モンスターにやられたんすかねえ」
「原因の特定は後だ。《猛毒》なら、確か《デトックス・ポーション》で解毒できたな」
「はいっす! ……え? もしかして作るんすか?」
「それしかないだろ。それともお前、この島で薬屋でも見つけたのか?」
「で、でもぉ……《デトックス・ポーション》を作るには……」
「《薬草》と《アオタヌキダケ》、それと《きれいな水》――を、《調合壺》か《調合釜》のどっちかで混ぜる必要がある……」
そのすべてが、いま手元にはない。
「だが、この子は重要な情報源だ。死なせるわけにはいかないだろう」
「素直じゃないっすねえ。可哀想だから助けたいって言えばいいのに」
「カンナ、お前《調合壺》作れ」
「ええっ!? それって……」
「《土》と《粘土》を手で掘って集めておけ。それと何かしらの《油》類が必要になるが、これはその辺の花から手に入る。摘め。女の子だろ」
「女の子だからって花摘みが得意なわけじゃないっすから! それに《調合壺》一つ分の《土》と《粘土》を手掘りって……」
「《シャベル》がないんだから仕方がない。……あと《作業台》も必要だ。頑張れ」
「えーっ!? 《斧》もないのにどうやって《木材》を――って、親方ぁー!?」
カンナの文句を無視して、おれはあばら屋を飛び出した。
森をぐるりと見回して、適当な方向に駆けこむ。
《薬草》。
《アオタヌキダケ》。
《きれいな水》。
――モンスターに遭遇せずに集められるかは、完全に運次第だ。