【#11】鉱脈を奪取せよ!【MAO実況】
「ただいま」
っていうのも妙だが、ログハウスの玄関に戻るなり、するりとその言葉が出た。
リアルの自分の家に帰ってきたときには、ろくに言わねえのにな。
「カンナ、起きてるか? ――カンナ?」
返事がない。
かと思うと、ぬう~っと、ロフトからカンナの顔が伸びた。
彼女はジトッとした視線をおれに送り、ぽつりと告げる。
「…………ろりこん」
「は?」
「ロリコン親方」
極めて不名誉なあだ名だった。
「おい。いきなりなんだ。名誉毀損で訴えるぞ」
「ならこっちは未成年淫行で訴えるっす!」
「はあ?」
「シラを切っても無駄っすよ! それが何よりの証拠っす!」
と、カンナが指を差したのは、おれの右腕だった。
正確には、おれの右腕にへばりついているロベリアだった。
ロベリアは指を差されているのに気付くと、所有権を主張するようにきゅっとおれの腕を抱き締める。
「な、なんですかっ、カンナ様! ダメです、ダメですからね! わ、わたくし、聞いていますから! カンナ様はランド様の愛人ではないのですよね!?」
「あいじっ……!? え? カンナそんな風に思われてたっす!?」
「らしいぞ」
「え、ええ~~? 愛人……なんかちょっと大人な響き……」
喜ぶのかよ。
「――じゃなくて! カンナ、見てたっすからね! パーティ録画機能で! 親方がロベリアちゃんの未成熟なおっぱいを舐め回すように凝視していたところを!」
「あ」
くそ、そうか、しまった。
パーティ録画機能はパーティメンバーの周囲を2カメのように録画できる機能だ。
昨日、カメラはできる限り回しっぱなしにしていると言っていたから、さっきの川での一幕を見られてしまったのか。
「まあ……見られていたのですか……?」
ロベリアは小さな手を口元に当てる。
あられもないところを見られてさぞショックだろうと思いきや、
「えへ、えへへ♥ 恥ずかしいです……♥ あのときのランド様はいつになく情熱的で……♥ えへへ♥ えへへへへ♥」
喜ぶのかよ。
じゃれつくようにおれの二の腕に顔をこすりつけながら、唇をだらしなく緩ませる褐色少女に、どう対応すればいいやらわからない。
そんなおれの顔を、ロベリアはうっとりと見上げた。
「見られていたのなら、ますます仕方ありませんよね? ね? 責任……取ってくださらないと、ダメですよね……?」
背筋に変な汗が流れてくる。
なぜだろう。可愛らしい笑顔なのに、すさまじいプレッシャーを感じるのは。
「あ……あー……」
おれは目を逸らしながら、適当な声を出して間を稼いだ。
「まあ、そりゃ……悪いとは思ってるし……その……」
「いつですか?」
「そ、そのうち……」
「いつですか? 明日ですか?」
「……こ、この島を出られたら?」
「聞きましたよ」
ロベリアはぐいっと背伸びをして、ぞっとするほど甘い声で囁く。
「(聞きましたからね♥)」
…………出られたらとは言ったが、出られてすぐとは言っていない、と言い逃れるのは可能だろうか。
「う、うう……! ロベリアちゃんがぁ……! 手籠めにされちゃったぁ……! 好きだったのにぃぃ……!」
ロフトの上でガチ恋勢が打ちひしがれていたが、あっちは放っておくことにした。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「リザードマンから鉱脈を奪取する」
気を取り直して、おれは今後の予定を宣言した。
木で作った簡素なテーブルに木の実や果物を並べた、朝食の席でのことだ。
バーチャル失恋からあっさり立ち直ったカンナが、ぼりぼり木の実を頬張りながらおれを見上げる。
「経緯は録画で見たんで知ってるっすけどぉ、具体的にはどうするつもりなんすかぁ?」
「細かい作戦はもっと偵察を重ねてから決めるつもりだが、当面の目標は決まっている」
「作る……と、仰いましたよね、ランド様?」
おれの隣に椅子を寄せ、ぴったりと寄り添っているロベリアが、間近からおれの目を見上げて言う。
「リザードマンに勝つための手段を、作る――と。それは何か、武器のようなものを作る、ということなのでしょうか……?」
「武器――ってよりは、兵器だな」
おれはテーブルの器から、赤い果物をひとつ手に取った。
「リザードマンどもは鉱脈のある岩山の麓に木製の砦を構えている。簡素なもんだが、おれたちが槍だの剣だのを構えて突っ込んでも蹴散らせる程度には堅牢な代物だ。何よりもまず、それを攻略するための兵器が必要になる」
「砦を攻略するための……兵器。それは、もしかして――」
「ああ――攻城兵器だ」
おれは手に持った果物を軽く上に放り投げる。
それは物理エンジンに従って放物線を描くと、再び手の中に戻って、重みに位置エネルギーを乗せた軽い衝撃を、おれの腕に伝えた。
「人類が生んだ原初の攻城兵器のひとつ――《投石器》を作る」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
MAOのクラフト・システムは、バージョン3になってから本格導入されたものだ。
しかしながら、クラフト、という概念それ自体は、オープンベータの頃から存在していた。
というのも、MAOは物理エンジンが優秀なのだ。
普通に歩くのにも違和感のあるVRゲームも多い中、MAOの物理エンジンは現実のそれにかなり近い。
なので、実在するものをそのまま真似して作っても、意外と正常に機能することが多いのだ。
「なんせ蒸気機関が作れるほどっすからねー。リアリティレベルぱねーっすよー」
「プレイヤーメイドの蒸気機関車が当たり前のように走ってるVRMMOなんざ、MAOだけだろうな」
自社製の物理エンジンらしいが、一体どうやって作っているんだか。
「で、親方? 《投石器》って言ってもいろいろあるっすよ? 移動式っすか? 固定式っすか?」
「おれたちにはマンパワーが絶対的に足りない。だから人力で投げ飛ばすタイプは運用が難しいだろうな。錘を使うタイプのほうが良さそうだ」
「ってことは《トレビュシェット》っすかね? 車輪のない固定式になっちゃうっすけど」
「簡易的とはいえ、砦をひとつ潰そうって言うんだ。数もそれなりに欲しい。そうだな……最低で3つ」
「うっひゃー! 大変っすねぇ。何日かかるかなあ」
ログハウスを出るや、てきぱきと準備を始めたおれやカンナを見て、ロベリアが驚いた顔をしていた。
「な、なんだか手慣れてらっしゃいますけど……お二方は、どこぞのお国に仕官してらっしゃったのですか?」
「仕官? 軍人ってことか?」
「いやー、違うっすよぉ。カンナたちのクランは、戦争に使う《タワー》の建設をよく請け負ってただけっす!」
「《タワー》……?」
「ロベリアのところじゃどうか知らないが、おれたちのいたところでは戦争するのに絶対に必要な施設なんだ。まあ前線基地だと思えばいい」
敵軍を自動迎撃し、《ミニオン》を絶えず出撃させる施設だ。
MAOの戦争は、互いにタワー――前線拠点を破壊しながら敵陣に攻め入り、本拠地を占拠したほうが勝つ、いわゆるMOBA(マルチプレイヤー・オンライン・バトル・アリーナ)ライクなシステムになっている。
「《タワー》を建てたくなる場所にはよくモンスターが住み着いてるっす。だから邪魔なモンスターを追い出すのは慣れてるんすよ!」
「まあ、整地はおれたちの担当じゃあなかったがな」
整地、って言うと本来は土地を平らに均すことを意味するが、おれたちがこう言う場合は、邪魔なモンスターの巣を排除することも含む。
「整地はナカっちがやってたっすよねー。あれほど楽しそうにモンスターの巣に火を点ける人、他に見たことないっす!」
「あいつは頭がおかしいが、整地師としては優秀だ」
「いやー、なっつかしいなー!」
クランのメンバーとは自然引退してから連絡のひとつも取っていない。
あいつら、今頃どこで何をしているのやら……。
くすくす、とロベリアが小さく喉で笑った。
「お二人とも、楽しそうにお仲間の話をされるのですね」
「いや、悪いな。ロベリアにわからない話で」
「いえ。お二人のお仲間がどんな方なのか、とても興味があります」
「変な人ばっかだったっすよ! ねぇ親方?」
「お前も含めてな」
「えー! カンナはまともっすよー!」
「おれ以外にまともな奴がいねえからおれがリーダーをさせられてたんだろうが……」
おれは本来、リーダーなんて器じゃなかった。
能力で言えば他の奴らのほうがずっと優秀で、おれなんかむしろ足手纏いだった。
だからこそ、おれにはリーダー以外にできることがなかったのだ。
言っちまえば学校の委員長みたいなもんで、誰もやりたがらない役回りを押しつけられただけ。
だってのに、それが存外うまく嵌まっちまった。
「おれ以外の奴は、芸術家肌っていうか、我の強い奴ばっかりでな――言葉を濁さずに言やあ、社会に馴染めなさそうな連中の集まりだったんだ。この馬鹿も含めてな」
「ぶー。ひどい言いぐさっす。まあ否定はしないっすけど」
「今にして思えば、クランとして纏まってたのが不思議に感じるくらいだ」
「そんなに……。例えば、どのような方がおられたんですか?」
「そうだな……」
梢の隙間に広がる空を見上げ、おれはかつての仲間のことを思い出した。
「例えば……人間よりもモンスターが好きな奴と、モンスターの食べ歩きが好きな奴がいたんだが――」