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【#10】水浴び回(直球)【MAO実況】


 遠慮がちに身体を揺さぶられていた。

 その揺れがどうにも心地よくて、浮上してきたおれの意識は、あえて眠りと覚醒の間をたゆたう。


「(――……さま。……ランド様……)」


 耳元をくすぐる声が、これまた得も言われぬ多幸感を生んだ。

 この声がずっと囁いてくれるなら、おれはもう、一生起きられなくたって構わない……。


「(……ランド様……ランド、様……? 起きてくださらないと……わたくし、困ってしまいます……)」


 ん……?

 声が泣き出しそうな震えを帯びて、おれはようやく薄く瞼を開ける。

 と――大きなルビー色の瞳が目の前にあった。

 ココア色の幼い顔が、柔らかに、しかし悪戯っぽく頬を緩ませる。


「(おはようございます、ランド様。……ふふ。やっぱり起きてくださいましたね?)」


「(……今の声、演技かよ。ロベリア……)」


「(申し訳ありません。お優しいランド様なら、と……つい)」


 くすりと笑みをこぼすロベリアは、不覚にも鼓動が乱れるくらい大人っぽく見えた。

 一緒にいるもう一人がアレだからか、たまに彼女のことが、見た目以上の年齢に見えることがある。

 ……ダークエルフだから、実際おれよりも年上なのかもな。


「(改めて、おはようございます、ランド様)」


 もう一度そう言った、そのときだった。

 ロベリアの顔が不意に視界上方に滑り、

 ――ちゅっ。

 と、額に柔らかな感触を落としたのだ。


「……っ!? お、おい……!?」


 さすがのおれも、動揺を隠しきれなかった。

 隙を突かれたような気持ちだ。

 感触の残る額を反射的に押さえると、ロベリアはきょとんとした顔になる。


「(今のは、わたくしの国での朝の挨拶なのですが……。ランド様のお国では、こうなされないのですか?)」


「(……少なくとも、おれの国では)」


 欧米とかだとまた違うかもしれんが。


「(そうなのですか……。では僭越ながらお教え致しますね。額に唇を触れられた後は、相手の頬に唇を触れさせるのが作法なのです。どうぞ)」


 と言って、ロベリアは薄く産毛の生えた頬を差し出してくる。

 餅のように柔らかそうで、色のせいか甘そうにも見えた。

 って、いやいやいや……!


「(んな小っ恥ずかしいことできるかっ……!)」


「(恥ずかしい……? なぜ恥ずかしいのでしょう?)」


「(……そ、それはだな……)」


「(なんでも遠慮なく質問しても良いのでしたよね……?)」


 うぐぐぐぐ……!

 ずずいと瞳を覗き込まれ、おれは心の中で呻き声をあげる。

 自分の言葉に首を絞められている……!


 ロベリアの目にいたずらっけはない。

 純粋な好奇心に満ちた目だ。

 だとしたら……くそっ、曖昧に逃げるわけにはいかねえか。


「(……おれの国だとな、ロベリア……)」


「(はい)」


「(唇を他人の頬にくっつけるってのは、恋人同士でしかしねえことなんだ。……基本的には)」


 居心地の悪さをこらえながら説明すると、ロベリアは白い睫毛をぱちぱちと瞬いた。


「(こいびと……? ――あっ、愛人のことですか!? わっ、わたくしったら、なんてことを……)」


 ロベリアは見る見るココア色の肌を赤く染めて縮こまってしまう。

 ……なんか、微妙に理解に齟齬がある気がする。

 そうか。付き合う付き合わないって概念がねえんだな……。


 親が決めた相手とろくに顔も合わせずに即結婚って世界じゃあ、夫婦の前段階としての恋人関係なんざ存在しなくて当然だ。

 恋愛関係となると、それは伴侶とは別に作る愛人ということになる。

 中世の騎士道物語に出てくる貴婦人だって、騎士とロマンティックな恋愛をしながら、普通に旦那がいたりするのだ。

 当時の認識では、『真実の愛』ってやつは、夫婦ではなく愛人のほうにあったのかもしれない……。


 ……んんん?

 となると、『頬へのキスは愛人同士の証』と理解されてしまうのは、ちょっと無視できないレベルの語弊があるんじゃないか?

 おれ(現代日本人)の印象とは逆で、夫婦よりも愛人のほうが恋愛的に重い関係なのだから。

 どう説明したもんか。

 常識が違いすぎて難しいぞ、これは……。


 おれが黙り込んで悩んでいると、縮こまっていたロベリアが、上目遣いにちらりとこちらを見上げた。


「……………………」


 ……その瞳に、どこか期待するような揺らめきがある気がするのは、おれの自意識過剰だろう。

 いい大人が子供に翻弄されてんじゃねえよ。


 おれは逃げるように目を逸らしつつ言った。


「(……わざわざおれだけ起こしたってことは、何か用があるんじゃないのか、ロベリア)」


 おれの隣では、未だカンナがむにゃむにゃ寝入っている。

 ずっと小声なのも、こいつを起こさないためだろう。


「(あっ……えっと……その……)」


 ロベリアはもじもじと、自分の白い髪先を指でいじった。


「(そろそろ、その……も、沐浴をしたくて……い、一緒に来ていただけませんか、ランド様……?)」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 沐浴。

 言い換えると水浴び。

 デカい湯船なんか望むべくもない無人島では、川での水浴びが風呂代わりになる。


 いや、しまったな。

 風呂のことは考えてなかった。

 おれもカンナもリアルに戻ればいくらでも入れちまうから、ゲーム内に風呂を作る必要性があまりないのだ。


 が、ロベリアはそういうわけにもいくまい。

 世界的に見ても風呂入りすぎな日本人みたいに毎日ってわけじゃないにしろ、せめて3日に1回くらいは身体を洗いたいだろう。

 資源に余裕ができたら考えたいところだが、今は川まで出向くしか方法がなかった。


 おれは多めにMPを使った《魔除け松明》を掲げながら森の中を進む。

 後ろにはロベリアがついてきている。

 絶対にはぐれないように、おれの左腕をぎゅっと両手で握っていた。


 川は拠点から少し北に行った場所にある。

 初日、《デトックス・ポーション》の素材となる《きれいな水》を集めるときに行った場所だ。

 それからも、水が必要になったときはそこから採取している。


「よく言ってくれたな、ロベリア。おれに頼むのは恥ずかしかっただろうに」


「い、いえ……。一人では危険だとわかっていましたし……カンナ様にお願いすると、その……もっと恥ずかしいことをされてしまいそうで……」


「賢明な判断だ」


 あのエロオヤジ娘が、一糸纏わぬロベリアを前にして暴走することは想像に難くない。


 ほどなくして、前方から水のせせらぐ音が聞こえてくる。

 木々を抜けると、朝日を眩く反射する川が、涼やかな姿を見せた。 


 北方の山岳地帯から流れてくるこの川は、清らかで底まで透き通り、流れも決して早くない。

 深くなっているところもあまりなく、沐浴にはピッタリだろう。


 ただし、水場には他の動物や、下手するとモンスターもやってくる。

 安全に水を集めるため、何本かなけなしの《魔除け松明》を立ててあるが、人の目による見張りも必要だ。


「じゃあ、おれはこの岩の陰にいる。何かあったら呼んでくれ」


「は、はい……」


 ロベリアは白いワンピースの胸元をきゅっと握り、少し緊張している様子だった。

 決して見ないと約束したとはいえ、男の傍で服を脱ぐのだ。警戒もするだろう。


 彼女に信用してもらうべく、おれはくるりと背を向け、腰ほどの高さの岩陰に座り込んだ。

 それからようやく、ロベリアは川のほうに歩き出す。

 ちゃぷ、と水に足を浸す音がしたかと思うと、


「ひゃっ……」


 という、びっくりするような声がした。

 水の冷たさに驚いたか。

 そのあと、しゅるりと衣擦れの音がする。


「んしょっ……」


 ロベリアの格好はシルクのワンピース1枚きりだが、あの長い髪だ、脱ぐのは一苦労だろう。

 ぱさっ……と布が落ちる音がする。

 それから、ちゃぷ、ちゃぷ、と遠慮がちに水を掬う音が聞こえた。


 身体を洗うとき、どの部分から洗うか、という定番の質問があるが、沐浴にも性格が出るものだ。

 ロベリアが立てる音はいちいち控えめで、川や森という自然に対して気を遣っているようにも感じた。


 ……あるいは、おれに音を聞かれたくないのかもな。

 異常があったらすぐに気付けるよう耳をそばだてていたが、あまり聞かないようにしてやろう。


 手に持った《魔除け松明》を横の地面に刺し、おれは設計ツールを開いた。

 今の資源状況でも作れそうな道具を、いくつか図面に起こしておこう。

 木と土と石が主だから、そうだな、例えば――


 頭の中と図面の中に、意識を行ったり来たりさせる。

 そうして、ラフ画のようなざっくりした設計図が2つできた頃、もたれかかった岩の向こうから声がかかった。


「……ランド様? いらっしゃいますか?」


「ん。おう、いるぞ。どうした?」


「い、いえ……全然声をお出しになられないので……」


 っと、不安にさせたか。

 よかれと思って気配を消したんだが、一人きりに感じるのも確かに怖いよな。


「そうだな……。それじゃあこの機会に、おれからひとつ、質問をいいか?」


「あ……は、はい。どうぞ」


「お前と一緒にこの島に来た奴って、どんな奴だったんだ?」


 ちゃぷちゃぷという控えめな水音が止まった。

 ロベリアと共にこの島に流れ着き……おそらくはリザードマンにやられてしまった、あの骸骨。

 今は墓の下に眠る彼、ないしは彼女のことを、あまり思い出させるべきではないのかもしれない。


 だが、これはロベリアにとって、遅かれ早かれ対峙しなければならないことなのだ。

 それに支えてやるためには、おれもまた、そいつのことを知っておく必要がある――そう思った。


「……言いたくなければ言わなくていい。お前の自由だ」


「いえ。……いえ。ランド様が、意地悪でそのようなことを訊かれているわけではないと、わかっていますから……」


 水音に混じらせるように、ロベリアはぽつぽつと語り出す。


「彼女は……わたくしの一番の先生で、一番の友人で……姉のようなものでした。

 わたくしが物心ついたときから傍にいて……いて当たり前で……家族との接触が人より少なかったわたくしにとっては、彼女こそが本当の家族のようで……」


 ロベリアの言葉はたどたどしく、要領も得なかったが、その『彼女』とやらのことを大切に思っていることは、その声音から充分に知れた。

 こんな無人島くんだりまでついてくるような奴なのだ……『彼女』のほうも、ロベリアのことを本当に愛していたのだろう。


「彼女は、とても優しい人だったんです……。クルクル――あ、えっと、あのカーバンクル……空色の毛の子も、彼女のおかげでああして元気にしているんです。城内で悪さをして殺処分になりかけたところを、わたくしが可哀想だと我がままを言って……彼女の後押しがなければ、クルクルの命はありませんでした」


 クルクル。あの小動物、そんな名前だったのか。

 今の話を聞いて、ロベリアへの懐きようにも納得がいった。

 本人は『彼女』のおかげだと言っているが、クルクルはロベリアこそが命の恩人だと思っているのだろう。

 だから彼女がかつての自分のように命を落としかけたとき、助けを求めて必死に駆けずり回り、おれたちを探し当てた……。


「彼女は、優しい人だったんです」


 繰り返されたロベリアの言葉は、今度は痛みが滲んでいた。


「だから……だからあのとき、わたくしだけ……本当は、本当はあんなに怖がって――」


「そこまで」


 ロベリアの声が震えを帯びた瞬間に、おれはそれを断ち切る。


「自分から話を振っといてなんだが、朝からあえて気分を落ち込ませる必要はねえさ。……代わりに、お前にひとつ提案がある」


「……提案、ですか?」


「仇を取るつもりはないか」


 息を詰まらせる気配がした。


「……かた、き……? 彼女の……?」


「おそらくその人を害したのは西の砦に巣くうリザードマンだろう。傷口から察しがついた。

 もちろん、正面から戦っても勝ち目はねえ。おれもカンナも、そしてお前も、戦闘向きの人間じゃねえからな。

 だが、目にもの見せてやることならできる。

 その手段を――おれたちはもう、()()()()()()()()


「…………つく、る…………」


 おれたち生産職にできるのは『戦う』じゃない。

 飽くまで『作る』。


 勝ち目ゼロ、大いに上等。

 むしろ、その圧倒的不利こそがおれたちの本領だ。

 0から1を作り、1から100に増やすのが、『生産』ってもんなんだから。


「もちろん無理強いはしない。これは鉱脈の確保とお前の仇討ち、一石二鳥になって初めて利害が釣り合う危険な行動だ。

 お前に仇討ちをするつもりがないなら、安全を重視して別の鉱脈を探すことに注力する。時間はかかるだろうが、いずれは見つかるだろう。

 さあ、どうす―――」


「―――やりますっ!!」


 言い切る前にじゃぶじゃぶと水を蹴る音がして、岩の向こうからロベリアが顔を出した。

 長い白髪からぽたぽたと水を滴らせ、彼女は、初めて見る力強い表情で、確然と叫ぶ。


「彼女のっ……彼女の仇を討てるなら! ……なんでもやります。やらせてくださいっ、ランド様っ!!」


 おれは、唖然とその顔を見上げていた。


 ロベリアが、今までとは正反対の苛烈な表情を見せたから――

 ――ではなく。


 彼女がココア色の裸体を惜しげもなくおれの前に晒していたから――

 ――でもない。




 どこかから射し込んだ2本の怪光線が、彼女の胸と股間を覆い隠していたからだ。




 は……初めて見た。

 噂は本当だったのか。

 MAOに《謎の光》が実装されているという噂は―――!!


「……あっ……!」


 ロベリアが自分の格好を見下ろして、茹で上がったように顔と耳を真っ赤に染める。

 が、今はそっちはどうでもいい。


 おれは出所不明の《謎の光》に近付いて、様々な角度から観察した。


「どうなってるんだ、これ……? どの方向から見ても同じように見えるぞ。手で遮ってもすり抜ける……。んんんん……?」


「……ぁ……ぁ……ひぁ……」


《謎の光》に顔を近付けて唸っていると、ロベリアがぷるぷる震えているのに気付く。

 ………………………………。

 あ。

 しまった。


「ロベ――」


「~~~~~~っ!!!」


 ロベリアは髪から水滴を散らしながら背中を向ける。

 おれの顔がびちゃびちゃ濡れた。

 自分の身体を隠すようにその場にしゃがみ込み、背中をふるふると震わせる。


 や……やっちまった……。

 あまりに物珍しい現象を見たから、つい……。


「あの……おい……ロベリア……?」


「…………見られた……見られた……全部見られた……殿方に……婚前なのに……うっ、ううっ、う゛うううう~~~~~っ…………!!」


 ぶつぶつ呟いたかと思うと、獣のような唸り声があがった。

 それから、ガバッと顔を上げておれを見上げる。

 挑むような、乞うような、強いとも弱いとも言えない目。

 その端には、雫がきらりと光っていた。


「ランド様…………責任、取っていただきますから」


「……………………」


 有無を言わさぬ声音に気圧されて、おれは何も言えなくなった。

 ……マジでか。


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