作業。動画のタイトルとサムネイルを考える。
「…………すぅ…………」
可愛らしい寝息が耳元をくすぐる。
背中に負った柔らかさといい、湯たんぽを数倍心地よくした温かさといい、どうにも落ち着かない気分になってしまう。
ロベリアは暖炉に当たったまま寝入ってしまった。
伐採だの建築だの、慣れないことをした疲れも出たのだろう。
起こすのも可哀想に思えて、ロフトに運んでやることにしたのだ。
「はい。押さえてるんで大丈夫っすよー」
カンナに後ろからロベリアのお尻を支えてもらって、片手でロフトへの梯子を上る。
どうにかバランスを崩さずに上り切ると、屋根裏的空間に敷き詰めた《寝藁》に、小さな身体を横たえさせた。
藁と自身の白い長髪に抱き留められるような格好で、ロベリアは薄い胸を規則的に上下させる。
改めて見ると、本当に華奢な女の子だ。
綺麗なココア色の肌には生傷のひとつもない。
大切に大切に育てられたのだろう。
この島にやってきてからも、例の骸骨の人(って呼び方も失礼だが)に守られてきたに違いない。
そんな女の子に斧を持たせたり柱を建てさせたりしたことには、多少の引け目がある。
だが、作業中の彼女は、楽しくて楽しくて仕方がないって顔だった。
あばら屋という小さな空間で終わりきっていた世界から、無限の可能性に満ちた世界に引っ張り出された喜びに満ちていた。
あの顔を信じるのなら、おれのやったことは間違いではないんだろう……。
「きゅうっ……」
どこからかたたたっと空色のカーバンクルが走ってきて、ロベリアのお腹の上で丸まった。
こいつも作業中、ロベリアのことをずっと足元で見守っていた。
きっと、彼女が新しい生活に馴染めるか、気になっていたのだろう。
何せ、おれたちに会うそのときまで、こいつ一匹きりで彼女を守っていたのだから。
おれたちはこの小さなナイトのお眼鏡に適っただろうか。
どうなんだ、という思いを込めてその背中を撫でると、カーバンクルは大きな耳をぴくぴくっと動かして、ロベリアによく似た赤い目を閉じる。
……とりあえず及第点、ってところかね。
「……それじゃあ、カンナも作業を片付けて寝るっすかね~」
この女も夜はボリュームに配慮するのか、幾分か潜めた声でそう言った。
ロフトの端に座り込んで、何かのウインドウを開く。
おれは怪訝に思った。
「作業って? もう今日やることはないはずだが」
「動画の仕上げっすよー。ぱぱっと最終確認だけしてアップしちゃうっす」
ああ、動画か。
おれはカンナの頭の後ろに飛ぶ妖精を見やる。
「今はカメラ止めてもいいんじゃないのか?」
「いやぁ、何があるかわかんないっすし、とりあえず常に回してあるんすよ。それを極端にぐだぐだしているとこだけカットしてサイトに垂れ流すだけの簡単なお仕事っす」
「……テロップとか入れてそれっぽくしたって言ってなかったか?」
「ああ、それはサムネイルの話っす」
「ああー……」
『~~してみた結果……』だの『このあと大変なことに!』だのってアオリがでっかく書いてあるアレな。
「馬鹿にできないんすよー? 正直サムネイルのちっちゃい画像じゃ何の画面だかよくわかんないじゃないっすか? だったらもう日本語で書いちゃうのが最強じゃないっすか」
「言わんとすることはわかる。……で、その動画にはなんてアオリをつけたんだ?」
「自信作っす! ずばり、『前人未踏の無人島!?』」
「……うーん」
得意げな顔でカンナが口にしたコピーを聞いて、おれは腕を組んで唸った。
「え、え、え、なんっすか? なんかおかしいっすか?」
「いや……MAOだと、前人未踏の無人島って、月に1回くらい見つかってねえか?」
MAOのマップは死ぬほど広大で、陸だけに限定しても未だ3分の1も探索できていない。
それが海となると、そもそも船を持っているプレイヤーが稀少だし、おれたちが襲われたようなモンスターもいるし、海流の問題もあるしで、陸よりもさらに探索が進んでいないのだ。
だから、おれたちみたいに漂着したのは稀かもしれんが、単に手つかずの無人島を見つけたってだけだとパンチが弱い気がする……。
「……い、言われてみるとそんな気がしてきたっす……」
さっきの得意げな顔はなんだったのか、カンナの表情から見る見る自信が抜けていく。
「今さっきまで自信に満ち溢れていたのに……! ど、どうすればいいっす……?」
「そうだな……。動画の何を売りにすべきなのか、何が売りになるのかを考えればいいんじゃないか?」
「売り……売りっすかぁ……。う~ん……日記みたいなもんで、ただ撮ってるだけっすからねぇ……ウケ狙いでプレイしてないっすし……」
こいつの言動はウケ狙いじゃなかったのか。
衝撃の事実である。
「ゲーム実況でウケのいいものって言ったら何っすかねぇ?」
「それはまあ……ホラーゲームで実況者がクソビビってるのとかは鉄板だな」
「あー。あとはやっぱり、すごい珍しいことが起こるとか?」
「珍しいことって、デカいイカに捕まって無人島に流されたのが一番だろ。その瞬間は動画に撮れてねえぞ」
「あっ。しまったっすー……!」
「他には、そうだな……ウケのいいものといえば……」
そのとき、自然と脳裏に浮かんできた言葉を、おれはこぼすようにぽろりと口にした。
「…………美少女、とかか?」
瞬間。
すうーっと、おれとカンナの視線が、とあるものにスライドした。
「……すぅ……すぅ……」
白い睫毛を伏せ、ボロボロのワンピースを穏やかに上下させる、褐色肌の少女。
……否。
褐色肌の、美少女。
「………………こ、これっす………………」
おれが黙り込む一方で、カンナはわなわなと身体を震わせる。
「カンナたちは最強のダイヤモンドを持っていたっす……! 褐色ロリという名のダイヤモンドを……っっっ!!!」
「いや、お前な……」
「カンナはもう決めたっす。この動画は徹頭徹尾ロベリアちゃん推しにするっす。サムネイルは全部ロベリアちゃんの顔っす! ロベリアちゃんバーチャルユーチューバー化計画っす!」
「…………うぅん…………」
ロベリアが悩ましげな寝息を漏らし、顔の右に揃えていた腕を、ぽてっと両側に開いた。
「ふんッ……!?!?」
瞬間、カンナが凄まじい鼻息を吹きながら電光石火で動く。
眠るロベリアの傍に近寄ると、妖精型VRカメラを彼女の右腋に向けた。
「(うほおーっ! 見るっすよ親方! この素晴らしい腋を……! この映像だけで100万再生は行きそうっす! でかいシノギの匂いがするっす……!)」
「……ほどほどにしろよ」
「(ふひょひょひょ! 膨らみかけの横乳……)」
「言ったそばからてめえ」
オヤジ女の首根っこを引っ掴んで、純粋無垢な少女から引き離す。
「うわーん! 何するんすかぁー……!」
「公序良俗に反するようなことは許さん」
「親方は見たくないんすか……!? ロベリアちゃんがバーチャルユーチューバーになって、名立たる絵師さんたちによるえっちな絵がSNSに溢れ返るところを……!! カンナは見たい! 見たいっす……!!」
「お前、18歳以下だろうが」
「日本政府め……っ!!」
カンナはがっくりと肩を落とし、反社会主義者と化した。
……NPCのR18イラストだのエロ同人誌だのが存在しないかといえば、それはまあ、嘘になってしまう。
だが、仮にカンナの言う通りの事態になったとしても、全年齢ゲームたるMAOにはその手のコンテンツを持ち込めないので、本人の目に触れる危険はないはずだ。
いや、でもだからといってだな――
「……考えすぎか……?」
そんな風に二次創作が活発になるのは、本当にごく一部の人気バーチューバーだけだしな……。
いくらロベリアが可愛いって言っても、ゲームのキャラなんだから可愛いのは当たり前だし、そこまで人気になるとは思えない。
おれはわかりやすい落ち込み方をしているカンナを見下ろしながら、しばらく考え込んだ。
「…………仕方ない」
溜め息をつくようにそうこぼすと、カンナが顔を上げる。
「な、何がっす……?」
「公序良俗と社会常識に配慮しろ。おれから言うのはそれだけだ」
カンナの表情に、たっぷり10秒もかけて理解が広がった。
ぱあっと光って見えるほど顔が明るくなる。
と、思った瞬間、カンナは勢いよくおれに飛びついてきた。
「親方ぁーっ……!!」
「うおっ……!?」
じゃれつくように身体を押しつけながら、彼女はぎゅううっと首に回した腕を締める。
く、苦しいんだが……!
「うぇへへー。親方、すきー♪」
「……年頃の娘が軽々に口走るもんじゃねえよ」
「ケチくさいっすねぇ。中学生の告白くらいどーんと受け止めてほしいっす」
「…………ちゅう?」
刹那、思考が完全に停止した。
おれはカンナの肩を少し引き剥がし、ぱちぱちと不思議そうに眼を瞬くその顔を、息のかかる距離から見つめる。
「…………お前、中学生だったのか…………?」
「そっすよ? 一応っすけど。……あれ? 知らなかったっす?」
中学生……女子中学生……JC……?
おれは今夜、JCと一つ屋根の下で寝るのか……?
「…………聞かなかったことにする」
「えー? なんでっすか? 親方ー? おやかたぁー?」
おれは保身を選んだ。
動画のサムネイルは結局、ロベリア推しで行くことになったらしい。
画像はいま撮ったばかりの寝顔。
そしてアオリ文は『この美少女はまさか……!?』という彼女の正体に気を持たせるような惹句になった。
合わせてタイトルも調整したそうだ。
記念すべきパート1の動画タイトルは、『【#01】無人島なのに美少女が……!?【MAO実況】』。
まあ、どっかで見たような感じじゃああるが、別にいいんじゃないかと思った。
動画はカンナが勝手にやることだ。
おれはおれのしたいようにやるだけである。
かくして、無人島生活2日目が終了した。