【#09】《石窯》完成! そしてもうひとつ……?【MAO実況】
「わ……」
「ほあー……」
入口を通り抜けるなり、ロベリアとカンナは高い天井を見上げて感嘆の息をついた。
天窓から射し込むしんとした月光が、開放的な木組みのリビングに満ちている。
「ひっろーっ! 広いっすー!」
「屋内なのに……外より広く感じます……」
二人してはしゃぐようにリビングの真ん中に走っていき、ほあー、と口を開けながら三角に曲がった天井を見上げる。
床から天井の頂点までの高さは、ざっと4メートル50センチ。
例のあばら屋と比べると倍くらいの高さがあるから、広く感じるのも当然だろう。
限界まで高さを取った甲斐があったというもんだ。
一方でおれは、うーん、と首を傾げた。
「昼間で、かつ日当たりがいい場所だったら、もっと暖かい雰囲気になったはずなんだがな……」
「家具とかもないし殺風景っすよねー」
「これから増やしていけばいいんです! そうですよね、ランド様っ!」
ぐっと胸の前で拳を握りながら、ロベリアが勢い込んでそう言った。
ああ、その通りだ。
この家は、まだ白紙のキャンバスと同じ。そこにどんな色をつけていくかは、おれたちの生活が決めることだ。
素人の言葉で恐縮だが、家ってやつは、人が住むことで初めて完成するんだろう。
「それで……あー、寝室のことなんだが」
おれはばつが悪くなって、ぼりぼり頭を掻きながら目を逸らす。
じとっとしたカンナの視線を感じた。
「親方ぁ……完成間近のどんでん返しは勘弁してほしいっす……」
「いや、悪い……。明かり取りの天窓を作るなら、リビングと寝室は仕切らないほうがいいんじゃねえかと思ってな……」
実は、屋根をあらかた作り終えたところで、設計図に大幅な変更を加えたのだ。
具体的には、すでに作り終えていたリビングと寝室の間仕切りを取っ払った。
代わりに、
「とにかく確認してくれ。頭がぶつかったりはしないか?」
リビングの右奥には梯子がかかっている。
それを上った先に寝室があるのだ。
いわゆるロフトである。
カンナ、おれ、ロベリアの順番でロフトに上がる。
斜めの天井が手の届く位置にあり、まるで天井裏のような雰囲気だ。
カンナから大不評の《寝藁》も、ここだと秘密基地的な感じがして、なかなかどうして悪くない。
まあ、雰囲気と寝心地は別の問題だがな。
「おー!」
カンナはばふっと背中から《寝藁》に倒れ込んだ。
その全身に、天窓から射し込んだ月光が降り注ぐ。
「ほんとに空が見えるっすー……。ちょっとしたプラネタリウムっすねぇ」
「それほどじゃあねえよ」
天窓は小さいし、木々の枝も邪魔している。
見える星空は本当にちょっとのはずだ。
それでも、寝転がって仰ぐ夜空は、それだけで広く感じるのだろう。
「ほらほら。ロベリアちゃんも!」
「あっ……は、はい」
ロベリアもおずおずとカンナの隣に身を横たえる。
体勢を仰向けにして、ルビー色の瞳に月光を映し込んだ。
「……わ……」
漏れたのは、声とも吐息ともつかないもの。
幼い唇をわずかに開けたまま、ロベリアは小さな窓越しに広大な夜空を見る……。
「こんなに、狭いのに……こんなに……」
おれも立ったまま天窓を仰いだ。
木窓だから、つっかえ棒が四角い窓を横断していて、景色を楽しむには非常に邪魔だ。
しかしそれでも、広いと思った。
MAO全体に比べれば、きっと1パーセントにも満たない無人島。
その中の、さらに0.1パーセントもないだろう小さな窓。
そこから見上げる空を、なのに広いと感じた。
ここが未知の無人島だからか。
それとも、すぐ傍に、彼女という新たな友人がいるからなのか……。
「……寝ちまわないようにしろよ。今日はまだ最後の仕事が残ってる」
物思いを打ち切ると、おれは寝そべった女子二人に視線を向けて言った。
「そ、そうですね……! もうひと頑張りしないと……!」
「うえ~? 明日じゃダメっすか~?」
「ダメだ。近くにリザードマンの集落がある以上、煙の出る作業は目立たない夜にやるしかねえんだ」
あれだけぶーぶー言っていた《寝藁》を恋しそうにするカンナを無理やり立たせ、ロフトからリビングに降りる。
と、そこで、ロベリアが天井のある場所に目を留めた。
「あの……ランド様? あそこ、屋根の端に四角い穴が空いているのですが……?」
「ん? ああ、あれは――」
「親方、しーっ!」
カンナが唇の前に指を立てる。
どっちかというと威嚇に近い勢いだった。
黙ってろってことか?
カンナの意図を汲み取って、おれは「あー、えー」と言葉を濁す。
「……秘密だ」
「秘密っす!」
「?」
どうせすぐにわかることだがな。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
リビングから扉を潜ると、そこは六畳ほどの狭い部屋だ。
《魔除け松明》の青い光に照らされて、採石場から運んできた《岩の作業台》がでんと鎮座している。
「ここが《作業室》……ですか?」
「ああ。《作業台》だけでは作れない、より大きなものを作るための部屋だ。
カンナ、材料は揃ってるな?」
「充分っす! 一気にやっちゃうっすよーっ!」
今から作るのは他でもない、《高炉》を作るのに必須となる素材、《煉瓦》を作れるようになる設備――
――《石窯》である。
素材となる《石材》は、充分なサイズの《石》を《岩の作業台》で削って整形することでできあがる。
例によって四角いブロック状のそれをどうするのかといえば、家を建てるのと同じだ。
積み木のように重ねていくのである。
《作業室》には、一部の素材アイテムに《建材》アイテム同様の物理演算の部分的無効化処理を行う効果がある。
だから、専門的な知識や技術がなくても、子供の玩具みたいな感覚で、ある程度複雑な設備も組み立てることができるようになるのだ。
「親方、一層式でいいんすか?」
「いや、《煉瓦》を大量に作ることになるだろうから二層式だな。移動させるのが大変だが、そのときはまた作ればいい」
「いっそうしき? にそうしき?」
ロベリアが訊きたそうにするので、おれは手を動かしながら説明する。
「《石窯》には二つのタイプがある。薪や炭なんかの燃料を入れる部屋と、焼きたいものを入れる部屋が同じ――つまりひとつの部屋しかない一層式。
そして、燃料を入れる部屋と焼きたいものを入れる部屋が分かれている二層式だ。
この二つにはメリットとデメリットがある」
「どのような?」
「一層式は材料が少なくて済むが、長時間は使えない。逆に二層式は材料が多く必要だが、長時間使い続けることができる」
「一層式は長時間使えない……というのは、どうしてなのでしょう……?」
「一層式は燃料と焼きたいものを同じ部屋に入れる。だから、燃料を燃やして部屋の中を充分に暖めたあと、薪やら炭やらをどかして焼きたいものを入れるスペースを作る。
……となるとだな、追い炊きができないんだ。新しい燃料を追加で投入することができない。だから長時間は使えない」
二層式の場合、燃料室のほうにあとから薪や炭を追加することができるから、石窯内の温度を高く保つことができる。
ひたすら稼働させ続けて《煉瓦》やら《ガラス》やら、あと《パン》やらを量産することも可能だということだ。
一層式だと、いちいち温度が下がっては暖め直すというのを繰り返すことになってしまう。
「《パン》を一斤焼いて食って満足なら一層式で充分だがな。これからこの《石窯》にはいろいろと焼きまくってもらうことになる。二層式のほうが何かと便利だ」
「なるほど……」
おれもカンナも慣れているから、《石窯》はあっという間に組み上がった。
下部に燃料室、そして上部にドーム状のオーブンがあるというオーソドックスな形だ。
ドームの頂点からは煙突が生えており、おれたちはその先端を、あらかじめ空けておいた壁の穴に挿した。
窯が出す煙は屋外に逃がさなければならない、というのがMAOのルールだ。
別に破っても機能しないわけじゃねえんだが、室内がすげえ勢いで煙くなるというデメリットが発生する。
たぶん火を使うことに対して与えられた、ゲーム的リスクなのだろう。
カンナが空っぽの燃料室を覗き込んで、燃料となる《薪》をぽいぽい放り込む。
「火種はどうするっすか?」
「そうだな……。鉱脈があの有様となると、《石炭》はしばらく手に入らんかもしれん。これからは火も入り用になることを思うと、いつまでも魔法頼りじゃMPが足りなくなるかもな」
「んじゃ、まずは《木炭》用意するっす!」
《薪》に火球魔法《ファラ》で火を点けて、上部のオーブンを暖める。
燃料室とオーブンは奥で繋がっていて、下の部屋で暖められた空気が上の部屋に流れ込むようになっているのだ。
充分な温度になったのを確かめると、上のオーブンに《木材》を放り込む。
蓋はないから開けっ放しだ。
入口が窄まった形に作ってあるので、熱した空気が外に逃げることはない。
誰もが理科の授業で習ったように、温まった空気は上へ行こうとするから、ドーム状の屋根の下にどんどん溜まっていくばかりなのである。
「あ、一応誤解のないように言っておくんすけど、リアルでも同じようにしたら木炭作れるってわけじゃないっすからね! ゲームはゲームなんで!」
「……誰に喋ってんだ?」
「動画見てる人っすよー。許可取ったんで!」
カンナは自分の後ろに飛ぶ妖精を指差す。
ああ、そうだったな。
だったら、ロベリアに質問されるまでもなく、細かい解説を口にしたほうがいいのか。
まあどうせ大した人数は観ないんだろうが。
しばらくして、石で作った棒で《木材》を引っ張り出した。
すっかり真っ黒に焦げ上がっている。
これが《木炭》だ。
てらてらと黒光りするそれをロベリアの目の前に持っていくと、彼女は興味深そうにしげしげと見つめた。
細い指で恐る恐る、つんっ、とつつく。
「こんなに硬く……」
「思ったより硬いだろ?」
「この黒いのが、燃料になるのですか?」
「そうだ。《石炭》に比べると効率は悪いが、ないよりは全然いい」
燃料室で燃え続ける《薪》の中に、ぽいっと《木炭》を放り込んだ。
これで、《薪》だけのときより炎が長続きするようになる。
魔法で火を点け直す回数が減り、MPの節約になるのだ。
「次はいよいよ《煉瓦》だな」
「準備できてるっすよー。《泥》と《粘土》のブロック!」
《泥》は《土》と《水》を合成するとできあがる。
《粘土》は地面を掘ってたらいくらでも手に入る素材だ。
この二つを《調合壺》で混ぜ合わせれば、《煉瓦》のタネとなる混合ブロックができる。
リアルで煉瓦を作る場合は、これを型に入れて焼くんだろうが、MAOでは型は必要ない。
混合ブロックを直接オーブンにぶち込んで、しばらく焼くだけだ。
時間は1分といらない。
見る見るうちに、茶色いブロックが赤みを帯びる。
よきところでカンナが石の棒を突っ込み、ブロックを掻き出した。
「いい感じじゃないっすか?」
赤茶色に染まったブロックはあっという間に常温になる。
おれはそれを手に受け取り、表面を矯めつ眇めつ観察した。
焼きすぎたり生焼けだったりすると、表面に亀裂が走ってしまうんだが……。
「よし……。完璧だ。よくやった」
「うぇへへ~」
カンナを大型犬みたいにわしゃわしゃ撫でると、おれは赤茶色のそれをロベリアに見せる。
「これが《煉瓦》だ」
輝くルビー色の瞳は、できたばかりの《煉瓦》の色によく似ていた。
ロベリアは見張った目で、右から左から興味深そうに《煉瓦》を見回す。
「こんな風にできていたのですね……」
もちろん、ゲームだからかなり簡略化されてるんだが……感動に水を差すこともあるまい。
「これで《高炉》ができる……が」
「《鉄鉱石》がないんで今は無用の長物っすねー」
「鉱脈がリザードマンに押さえられてなけりゃあな……」
「せっかく作りましたのに……」
ロベリアが残念そうに肩を落とす。
そのとき、カンナが何かを催促するようにちらっとアイコンタクトを送ってきた。
おれはうなずくと、ロベリアの小さな肩をぽんと叩く。
「心配しなくても、《煉瓦》の用途は《高炉》だけじゃない」
さあ、今日最後の仕事だ。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「これ……って……」
できあがった《それ》を見て、ロベリアが目を見張った。
おれは軽く口元を緩ませつつカンナに確認する。
「持てそうか?」
「キャパシティギリギリっすねー」
カンナが《それ》をアイテムストレージに入れと、3人で《作業室》を出た。
向かうのはリビングの壁際。
屋根に空いた四角い穴の、真下に当たる場所だ。
「ここっす?」
「あと10センチ左」
細かく位置を調整したのち、カンナがどんと《それ》を床に置く。
何十もの煉瓦で組まれた《それ》は、どこか《石窯》にも似ていた。
だが、《それ》が暖めるのは木炭でも煉瓦でもない。
この部屋。
この空間そのものだ。
すなわち――《暖炉》である。
暖かみのある赤い姿が壁際に佇むだけで、なんとなく家っぽく感じるものだ。
だが、部屋を暖めてこその《暖炉》だろう。
おれたちは最後の仕上げに取りかかる。
「どっちが上行く?」
「お、お譲りするっす……」
「すっかり高所恐怖症だな」
おれはロフトに上がると、天窓から屋根の上によじ登った。
転げ落ちないよう注意しながら木造の屋根を移動し、切り抜かれたような四角い穴から下を覗き込む。
カンナが手を振って合図を送っていた。
珍しく仕事が早い。もう《作業室》からアレを持ってきたようだ。
担当は、おれが上半分。カンナが下半分。
まずはカンナが下半分を――煉瓦で組んだ角柱状の筒を《暖炉》の上部に取り付ける。
おれがその上に、四角い穴に差し込むような形で、上半分を接続する。
煙突の完成である。
実にゲーム的な単純ぶりだが、これが正攻法なのだ。
おれは天窓から屋内に戻ると、完成した《暖炉》の前に移動する。
すでにカンナが《薪》と《木炭》を炉の中に入れていた。
火付けはおれに任せるらしい。
「火、つけるぞ」
言いながら《ファラ》を使った。
ぽっと飛んだ小さな火球が《薪》に当たり、見る見る大きな炎に変わる。
じんわりとした暖かみが徐々に広がって、肌を優しく撫でた。
「……暖炉……」
ロベリアは、揺れる炎をぼんやりと瞳に映し、どこか夢見るような声で呟く。
おれもまた、炎の揺らめきをぼうっと眺めた。
「炉は炉でも、金属を溶かすばかりが能じゃねえってことだ……」
ゆらゆらと揺れる火を見ていると、妙に心が落ち着く自分がいる。
胸の奥で凝り固まった何かを、その熱に溶かされているかのような……。
「はっふぁ~。あったかいっす~。ほら、ロベリアちゃんも来るっす!」
ロベリアはカンナにぐいっと引っ張られて、《暖炉》の傍にしゃがみ込んだ。
呆然としたような目で、炎を見つめながら。
彼女は、ボロボロのワンピースの裾を、きゅっとその手に握り締める……。
「……あたたかい……」
……彼女にとって、それはどれだけぶりの暖かみだったのか。
彼女にとって、暖炉の火に当たるのは、いつぶりのことだったのか……。
「……あたたかい、です……」
静かにしゃくり上げ始めたロベリアの肩を、カンナが支えるようにそっと抱いた。