Execute.93:STAND ALONE COMPLEX./プライマー・コンタクト
「……始まった」
サナトリウムの正門をハイラックスで派手に突き破った後、横滑りしながら庭園に飛び込むなり、荷台で凶暴な笑みを湛える千鶴の手でブローニング・M2HB重機関銃が火を吹き始める。
そのド派手な銃声は戒斗と吹雪が隠れる山の中にまで届いていて、スポッティング・スコープ越しに千鶴たちの打ち上げた一等豪華な花火を見た吹雪は、ボソリと報告めいたことを口にする。するとその隣に伏せる戒斗も「へいへい」と頷けば、何の予告も無しにSR-25狙撃ライフルの引鉄を引き絞った。
「って、おい!?」
すぐ傍で響く、くぐもったサイレンサー越しの銃声に慌てて吹雪は振り向くが、しかしとうの戒斗はニヤニヤとしたまま。答えようとしない彼に小さく舌打ちをした吹雪はスポッティング・スコープを覗き直し、何処を狙撃したのかを探るべくサナトリウムの窓へと視線を這わせた。
「っ……!?」
すると、一つの窓に小さな弾痕が穿たれているのが見えた。それに伴う飛び散った血潮と、そして肉や頭蓋骨の欠片、微かに見える床に横たわった何者かの死骸ですらも。
――――幹部級だ。
倒れた死体の周囲で慌てふためく他の奴らの姿を見て、吹雪は誰が仕留められたのかを何となしに察していた。
「まずは、一人」
狙撃を成功させた余韻に浸るでもなく、喜ぶでもなく。いつの間にか素に近い冷え切った氷のような表情になっていた戒斗はただ一言だけを低く呟くと、更に次なる標的へと銃口を向け直す。
「次だ……!」
戒斗は次なる標的へと狙いを定め、また引鉄を絞った。くぐもった銃声を響かせるSR-25から、次なる7.62mm口径の高精度弾頭が飛び出していく。
しかし、撃ち放たれた超音速の鉛の矢が標的を仕留めることはなかった。直前に他の幹部にタックルされるみたいな格好で強引に床に倒されたせいで、弾頭は直前で髪の毛を掠める程度に終わってしまったのだ。
「チッ」
標的の幸運に戒斗は小さく舌を打ちつつ、しかしこれ以上の幹部級の射殺は不可能と冷静に判断した。あの中に従軍経験者か、或いは狙撃経験者がいるのか、混乱しているにも関わらず一向に顔を出そうとしない。
と、その時だった。サナトリウムの後方で、派手な爆発が二箇所で巻き起こる。シェパードの二チームが突入を開始したようだ。戒斗はニッと小さく口角を釣り上げると、意識を割り切って突入チームと陽動班の支援に徹する方針に頭を切り替えた。
「ブッキー、風向と風速は」
「は?」
「いいから言え、さっきの数値から変化は?」
「……特にない」
やはり不機嫌そうな吹雪の報告に「了解だ」と短く頷くと、戒斗は下方に撃ち下ろす格好で発砲を開始した。
タン、タンタンとリズムよく撃ち放っていく。泡を食ったようにサナトリウムからわらわらと出てくる大量の構成員たちを撃ち貫いていくだけの、そんな簡単な仕事だ。さっきの兎塚との軽口じゃないが、戒斗は本当に射的でもやっている気分だった。
「言ったろ? オメーは計器読んでるだけで良いってよ」
空になった弾倉を外し、並べておいた新しい二十連発の弾倉を差し込みながらで、戒斗が隣に伏せる吹雪に向けて言う。
「ま、まあ、それは分かるんだけどよぉ……?」
すると、吹雪は何とも言えない顔で口を尖らせる。流石にこれだけの連続狙撃を見てしまえば、幾ら反目する吹雪といえども戒斗の実力を認めざるを得なかった。
「なんか意外だな、アンタが狙撃なんか出来るって」
「……昔取った、杵柄って奴だ」
吹雪の何気の無い言葉に、戒斗は少しだけ口淀みながら言い返しつつ。チャージング・ハンドルを引いてボルトキャリアを再前進させると、SR-25の薬室に再びM852マッチ・グレード弾薬を放り込む。
「やれることが多い、それに越したことはねぇさ……。オメーも精々、勉強しとけ」
「勉強、勉強ねえ……」
「ヘッ、どうせ暫くは鉄火場にゃ出させて貰えねえんだ。給料泥棒なりにやれることはあんだろうがよ」
再び狙撃支援を再開しながら戒斗が言うと、隣で吹雪は「えっ?」と眼を丸くする。そんな吹雪に戒斗は「馬鹿だな」と嘲るような口調で言うと、
「お前なあ、分かってなかったのか? 内心じゃあ混ざりたかっただとか、なんで俺のサポートに回らにゃならねえんだとか、ンなこと考えてたんだろうがよ」
「う……」
「ヘッ、三回もポカやらかしたテメーへのペナルティって奴だよ、コイツは。
……分かったか? 分かったなら此処で大人しく、俺様のボブ・リー・スワガーも真っ青な大活躍を観戦してるか、それが嫌ならガキらしくラジコンでも弄って遊んでな」
皮肉っぽく、そしてニヤニヤとする戒斗の嫌らしい言葉に吹雪は何かを言い返そうとしたが、しかし完全に事実であるだけにぐうの音も出ず。ただ「畜生……」とだけ毒づくと、射的めいた狙撃に興ずる戒斗の横で寒さに身を震わせる。
「にしても寒ぃな、クソッタレめ……」
とすれば、戒斗の方もまた同じように寒さに身を震わせ、射撃を継続しながらもそんな独り言を呟いていた。
「俺はなあ、寒いの大嫌いなんだよ畜生め……。俺みてーな美少女はな、あったかーいお部屋でお紅茶でも飲んでな? 優雅にアップルパイでも頬張ってるのがお似合いなんだよ。分かるか? 分かるだろ、分かるって言えよ」
半分は本音で、もう半分は敢えて吹雪を刺激するような言い方だった。隣の彼の緊張を解してやろうと、苛立ちを解してやろうと。戒斗なりの気の使い方だった。
……尤も、美少女というのには語弊があり。出来ることならさっさと帰って、暖かいお部屋で美少女"と"紅茶にアップルパイと洒落込みたいというのが百パーセントの本音だ。勿論、美少女というのはエマを喩えたことなのだが、それを隣の吹雪が知るよしもない。
「オイ、オイコラ鉄男の馬鹿。誰が美少女なんだっておいテメーコラ」
「俺よ、俺俺。この黒沢鉄男大先生」
「何寝ぼけたこと言ってんだ、頭カチ割ってその貧相な脳味噌掻き出して、代わりにスカスカのカステラでも詰め直してやろうか?」
「きゃー、ブッキーこわーい」
物凄くわざとらしい戒斗の言葉に、吹雪はいい加減返す言葉も見つからず「……はぁ」と溜息をつき、そしてこう言った。
「ったく、貴士の苦労も分かるってモンだぜ……」
「あれあれー? ブッキーさあ、貴士のこと呼び捨てに戻しちゃったのね?」
吹雪は最初こそ貴士を呼び捨てにしていたが、最近は貴士"さん"とアイツだけさん付けにしていたはずだ。
勿論それを聞き逃す戒斗ではなく、敢えて冗談っぽく指摘してやる。すると吹雪は「……そうだよ」と何処かバツの悪そうに認め、
「悪ィか、畜生め」
「べっつにぃー?」
正直、戒斗にとってはかなりどうでも良い話題であったので、それ以上を掘り返すことはしなかった。それよりも今は、狙撃支援に集中した方が良さそうだ。サナトリウムでのお祭りが冗談じゃない規模になってきた。サナトリウムは今やバレンシアの火祭りかってぐらいの盛り上がり具合だ。特に、正面の庭園で好き放題に暴れまくる千鶴・大滝の二人の周りがヤバい。連中、RPG-29のロケット・ランチャーまで持ち出して来やがった。
「世話焼かせるな……全く」
今まさに千鶴が暴れる重機関銃付きのハイラックスへRPG-29をブッ放そうとしていた構成員の側頭部を吹き飛ばしながら、戒斗が口の中でほんの僅かに毒づいた。
「ブッキー、それよりラジコンだ。わんわんチームの動き、見逃すんじゃあないぜ?」
「分かってら、クソッ!」
吹雪が傍らに置いてあったタフブックを手繰り寄せ、上空を旋回する無人偵察機・RQ-11"レイヴン"のカメラ越しに天高くよりサナトリウムを睥睨し始める。
「……貴士たちが中に入った、もう片方も続く」
「オーライ、後は連中のアドリブに任せるだな」
中に入られてしまえば、窓際に来てくれない限りはこちらから手は出せない。後のことは全て、突入部隊"シェパード"のアドリブに懸かっていた。




