Execute.89:STAND ALONE COMPLEX./監視(オーヴァーウォッチ)
そして明け方の午前五時を迎えようとする頃、戒斗と吹雪の狙撃チーム、コールサイン・"オーヴァーウォッチ"の二人は無事に予定した狙撃ポイント付近へと到着していた。
山の頂上より少し下方にある、尾根付近の森の中だ。戒斗も吹雪も地面にうつ伏せになって寝転がり、戒斗の方は丁度良い倒木があったので、バックパックで高さを調節しつつそこにSR-25のハンドガードを預けている。吹雪の方もG36Cとバックパックを地面に下ろしているから、二人ともギリー・スーツのお陰で輪郭は森の中へ完全に溶け込んでいた。
「…………」
段々とまどろんできた薄暗い中、戒斗は周囲の地形を眺めながら、手元にある狙撃用のレンジカードへと逐一周辺の地形を簡単にスケッチしていた。後はレーザー測距計を使い距離測定も加え入れておく。
(零点補正距離は概ね五〇〇メートルに合わせてある。微修正は必要だろうが……問題ない。カートリッジは7.62mm×51NATOのM852、マッチグレード弾薬。ライフリングのツイスト率は……)
頭の中で様々な情報を精査しつつ、戒斗は吹雪の荷物から借り受けたスポッティング・スコープを覗く。
「…………」
そんな戒斗の様子を、吹雪は不機嫌そうな顔で無言のままにチラリと横目に見ていた。
(なんで、コイツなんかと)
吹雪の頭の中にあるのは、そんな不満と、そして隣に伏せる戒斗――彼にとっての認識は黒沢鉄男だが、とにかく彼に対しての不信感ばかりだった。
本音を言えば、貴士や兎塚たちと一緒に突入チームに加わりたかった。何なら、かなり怖いが千鶴と大滝の陽動班でも良い。とにかく暴れまくりたいのが吹雪の率直な気持ちで、こんな蚊帳の外めいたところで、しかもこんな奴と一緒に伏せているだけのポジションは完全に不本意だったのだ。
まして、戒斗はこの狙撃ポイントに辿り着くなり「ブッキーは計器だけ読んでりゃいい」と、取り方次第では拒絶とも取れることを吹雪に対して口にしていたのだ。現に戒斗はこうして吹雪のスポッティング・スコープを一時的に借り受けていて、その上で自分用の風向計や気圧計、湿度計などの各種計測機器も持ち込んでは目の前にズラッと並べている。
(こんなんなら、俺此処に居る意味ねえじゃん)
何よりも、そのことが吹雪にとって一番の不満だった。ただでさえ不本意な後方なのに、戒斗は自分にとっての少ない仕事ですらこうして奪ってしまう。それがどうしても、吹雪には不満だった。
――――しかし、当の戒斗本人にそんな意図はまるで無かった。
勿論、吹雪のスポッターとしての技能をまるで信じていないという所は大きい。が、それは仕方のないことだ。彼は戒斗や兎塚のように豊富な狙撃経験があるわけでもなく、ましてスナイパー訓練を受けているわけでもない。当然、戒斗の師であるリサみたいに狙撃の天才というワケでもなく、吹雪はどちらかといえば前線型だ。どちらかといえば、ショットガン持たせてポイントマンにしておくのが相応しいような人間。それが大勢待吹雪という奴だった。
彼を戒斗のスポッターに配した意図は、吹雪へのペナルティという側面が大きいのだ。何せ彼は三回も無断で色々とやらかしている上、会社にも結構な損害を与えている。幾ら古巣を自分で片付けたかったといえ、流石にペナルティを科さずにはいれなかったというワケだ。最初に吹雪を戒斗のスポッターに付けると言い出したのは、社長とみどりの二人だった。
とはいえ、実は戒斗としては本来、単独でこの任務をやるつもりだった。何せ彼は研修といえ仮にも元米海軍特殊部隊・NAVY-SEALsのチーム7で幾多の修羅場を潜り抜けてきた身だ。SEALのスナイパーというものは、往々にして単独での狙撃技能を求められる。たかが五〇〇から七〇〇メートル程度の狙撃、リサみたいな天才でない自分でも単独で余裕にこなせる自信があった。
だから、戒斗としても今回の配置に不満がないワケでもない。ないわけでもないが、しかしこうなってしまった以上はそれなりに何とかするしかないということもまた、戒斗は理解していた。
それにしても、吹雪が相棒役なのは不幸中の幸いだった。強いといえ結局は半分素人に近い――少なくとも、戒斗の眼から見れば――ような吹雪ならば、戒斗があまりにも偽の経歴と乖離した腕前だとは気付くまい。気付いたとしても、暴走の末に流れ弾とか適当な言い訳をでっち上げて口封じが出来る……。
そこまで読んで、戒斗は敢えてこうして吹雪に任せずにいた。彼はあくまで、横に居るだけで良い。後は精々、もうすぐ飛ばし始める予定のUAVさえちょくちょく操作して貰えれば良いのだ。
『――――HQよりオーヴァーウォッチ、他の部隊は全部ウェイポイント・アルファに到着したぜよ』
互いの思惑が交錯する中、戒斗がひとしきり射界内の情報整理を終えると。すると吹雪の着けた大きなヘッドホンのようなヘッドセットと、そして戒斗が左耳に着けたインカムへ同時にみどりの声が響く。
左手首に巻いた腕時計を見ると、時刻は午前五時半。予定時刻ピッタリに他の連中も到着したということらしい。戒斗はそう思うと、小さくほくそ笑んだ。
『禅ちゃんが今からRQ-11を飛ばすって。大まかな操作はこっちでやるから、後の細かい観測とかはブッキーに半分任せるよ』
「りょーかーい……」
いかにもやる気のないといった風な声で応じながら、吹雪は自分のバックパックからゴツいタブレットのようなモノを取り出した。パナソニック製のノートパソコン、タフブックだ。世界中で軍用PCとして用いられている頑丈なパソコンで、今はキーボード部分を取り外してディスプレイのみで扱っているから、一見するとタブレットのような外見になっている。コイツでRQ-11"レイヴン"小型無人偵察機のカメラを覗き見て、そして多少の操作をするというワケだ。
『五分後にシェパード01、02が移動開始するぜぃ。お二人さんは偵察開始しちゃって』
「オーヴァーウォッチ、了解」
戒斗はインカムから聞こえるみどりの言葉に応じると、使っていたスポッティング・スコープを吹雪に突き返し。そしてSR-25の銃把を握り直すと、ナイトフォース社製の高精度スナイパー・スコープ越しに右眼で眼下の戦場を睥睨し始めた。




