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Execute.88:STAND ALONE COMPLEX./スカウトの流儀

 ――――東の空が朝焼けを前にして段々とまどろみを見せ始めようとしていた、午前四時半も少し手前。とある山の麓で、静寂に包まれた時刻には相応しくないほどの重低音を響かせる真っ青なスポーツ・セダンがその足を路肩に止める。その蒼い車、三菱ランサー・エボリューションⅩのバタンと音を立てる後部ドアから降り立ったのは、あまりにも物々しい格好の、あまりに異様な風貌の人間二人だった。

 一七〇センチ半ばぐらいの背丈の男と、それより小さな少年っぽい風貌のもう一人。いずれもが身に纏っているのは、ギリー・スーツと呼ばれる偽装網だった。AOR2デジタル・パターンの森林迷彩が施された野戦服の上から羽織るそれは、一見すると草の塊のようで。身体の背中側をもこもことした緑色の葉のようなモノですっぽりと覆い隠すソイツは、同じく葉を模ったモノが縫い込まれたフードさえ目深に被ってしまえば、完全に人間の輪郭を消し去るほどだった。

 そんなギリー・スーツに身を包み、顔にもドーランで緑を基調とした森林偽装用のフェイス・ペイントを施した二人は、前者が戒斗、そして後者の少年みたいな方が大勢待吹雪だった。戒斗はAOR2迷彩のブーニーハットを目深に被り、対する吹雪の方はバンダナを頭に巻いていて、彼の方は何処か不機嫌そうだ。

 二人が路上に降り立つと、トランクのロックが内側から開かれる。戒斗はそこに収められていたガンケースからSR-25自動狙撃ライフルを、吹雪の方はH&K社製のコンパクトなG36C自動ライフルをそれぞれの獲物として引っ張り出す。G36Cの方にはEOTechのXPS3-2ホロサイト照準器が載せられていて、二人の獲物に共通するのは銃口にサイレンサーが括り付けられていることと、スプレー缶で緑を基調とした欺瞞色に塗装されていることだ。

「じゃあお二人さん、後のことは任せるぜよ」

 ランエボⅩの開いた運転席の窓から顔を出すみどりがニヤニヤとしながら言うと、戒斗はSR-25を担いだ格好で「了解だ」と頷く。

「ブッキーも、お仕事なんだから文句言っちゃだめよ」

「分かってますって。……仕事だから、コイツと組むのも我慢しますよ」

 続けて吹雪の方にみどりが言えば、吹雪は一応頷きつつも、しかしドーランで森林迷彩に染められた顔は露骨に嫌そうな顔だった。そんな吹雪を見て「はいはい」と呆れっぽく肩を竦めた戒斗を見ると、みどりは「ウェヒヒ」と不気味に笑い、

「後は二人きり、ごゆっくり……ヒョッヒョッヒョッヒョ」

 最後に物凄く不穏なことを言い残すと、そのままランエボⅩを走らせてその場から消え去ってしまった。

「さて、と……」

 ランエボⅩが遠ざかっていくのを見送ると、戒斗はSR-25を携えて目の前の山に迷うことなく入って行く。すると吹雪は一瞬出遅れながらも「お、おい待てよ!?」と呼び掛け、慌ててそんな戒斗の後を追ってきた。

「こんな暗い中、ホントに大丈夫なのかよ」

「大丈夫だ」前だけを見据えたまま、草木を掻き分けつつ戒斗が頷く。

「ある程度は見えるし、GPSも地図もコンパスもある。オメーは万が一に備えてだな、安全装置をいつでも弾けるようにしとけば良いんだよ」

「俺は小間使いじゃねえんだぞ、畜生……」

「護衛役だよ、護衛役。しっかり俺を守ってくれよな、ブッキー?」

 そうやって戒斗が皮肉っぽく、"黒沢鉄男として"茶化すように吹雪に言えば、すると吹雪は「誰がブッキーだ!」と途端に顔を真っ赤にする。

「騒ぐなよ、馬鹿」

 すると戒斗はそんな吹雪の額を軽く指で弾く。デコピンだ。吹雪は「痛てっ」と言って一瞬仰け反る。

「……今は作戦中だ、俺たちが真っ先にバレたら洒落にならん」

「分かったよ、畜生……。あー、アンタの護衛役とか、途端にやる気なくなってきた」

「拗ねるなよ、これもお仕事だ」

 ブツブツと文句を垂れる吹雪に、黒沢鉄男を演じる戒斗はニヤニヤとしながら言って。そうしながらギリー・スーツの草まみれなフードを被ると、山の奥へ奥へと踏み込んでいく。左手首に巻いたG-SHOCKブランドの腕時計、MT-Gの針が示す時間は、午前四時半を数分過ぎた所だった。





 そうして、十五分ほど山の中を進んでいたときだった。

「……待て」

 戒斗は急に立ち止まるとしゃがみ込み、左手を掲げて後に続く吹雪を制止する。それに吹雪が「なんだよ」と小声で不機嫌っぽく訊くと、

「草木を掻き分ける音と、小枝を踏み折る音が聞こえた」

 いつになく――少なくとも吹雪にとっては――シリアスな顔で戒斗はボソリ、と言う。

「お、俺たちの立てた音だろ」

 その言葉をイマイチ信じ切れない吹雪が反論するが、しかし戒斗は「明らかに違う」と即座に否定する。

「いつでも撃てるように気ぃ張っとけ、ブッキー」

「だから、ブッキーじゃねえってのに……」

 後ろでブツブツと言いながらの吹雪がG36Cを構える気配を感じつつ、戒斗はSR-25を背中に背負うと、空いた右手を右の太腿へと走らせた。

 右太腿に巻き付けたコンドル社製の便利なナイロン製サイホルスター、トルネード・ホルスターから戒斗は愛用のシグ・ザウエルP226-E2自動拳銃を抜いた。銃口部分にはサイレンサーが、そしてフレーム下部のレールにはシュアファイア社製のX300フラッシュライトが取り付けられている。

 薄闇に包まれた中、戒斗はゆっくりと親指でP226の撃鉄を起こした。左手を這わせ、親指をフラッシュライトのスウィッチへと添わせる。

「……音がした方を、コイツで照らす。敵が見えたら構わずブチ殺せ」

「あーはいはい、分かったよ。アンタに従うさ……」

 小声で短い言葉を交わし合った後で、背後の吹雪がG36Cを構えたのを背中越しの気配で感じると。戒斗は意を決し、親指でX300フラッシュライトのスウィッチを捻った。

 戦闘用の、強烈な白色の光が音のした方を照らす。戒斗も吹雪も同時に人差し指を引鉄に添え、見えたモノをいつでも撃てるように神経を集中させた。

 ――――が。

「はぁ……!?」

 吹雪が呆気に取られるのも、無理なかった。何せそこに、ライトの照らす中に居たのは……。

「……ウサギ、だな」

 単なる、白いもこもことした毛皮のウサギだった。

「ンだよ、まどろっこしい……」

 戒斗がフラッシュライトを消す横で、吹雪が思い切り脱力し文句を垂れる。こればかりはどんな文句を垂れられても仕方がなかった。かくいう戒斗も、P226をサイホルスターに戻す傍らで肩を落としている。

「大体よぉ、たかがヤクザ程度がンな山の中まで警戒すると思ってんのか、アンタ?」

「……悪かったよ、俺の考えすぎだった」

 確かに、今回は吹雪の言う通りだった。相手はただのヤクザであって、今まで戒斗が相手にしてきたようなテログループだとか、どこぞの軍隊なんかとはワケが違うのだ。戒斗はそれを完全に失念していて、いつもの調子でやってしまった。

(……やっぱり、連中のことが尾を引いてるのか)

 そして思い返すのは、十数時間前にクララから聞いたことだ。どうにも浅倉と暁斗のことが引っ掛かっているからなのかもしれない、あの二人のことが頭に張り付いたままだからかもしれないと戒斗は思う。こんな、必要以上に警戒してしまうのは。

「まあ、でも」

 戒斗がそんなことを考えている横で、吹雪はボソリと口を開く。

「アンタの耳の良さは、確かに認めてやらなくもないけどさ……」

 何故か顔を逸らしながらでボソボソと吹雪は言ったが、考え事をしていた戒斗はまるでそれを聞いておらず。後になってから振り返り「何か言ったか?」と小声で訊き返すが、

「ンでもねーよ、バカヤロー」

 そんな具合に、何故か吹雪から刺々しい言葉を投げつけられるのみで。戒斗は「ん……?」と困惑気味に首を傾げながらも、背中のSR-25を再び構え直しながら立ち上がる。

「……時間もそんなに余裕があるワケじゃない。急ぐぜブッキー」

「だからブッキーはやめろって言ってんだろ、馬鹿」

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