Execute.87:KEEP THE FAITH./我が信奉するは己のみ
作戦説明を終え、ひとしきりの装備を本社の武器庫から調達した戒斗はそれを担ぎ社を出ると、自分の車に乗って一度セーフ・ハウスの方に戻ることにした。どうせコトが始まるのは明け方近くだから、昼過ぎの今からではかなり時間がある。
「おかえり、カイト」
家に入ればエマがにこやかに出迎えてくれたが、しかし行きがけには持っていなかった大量の荷物を見て大体のことを察したのか、小さく息を呑み。そしてほんの少しだけ不安そうな顔にさせてしまう。
「ああ、今日なんだが――――」
そんなエマに、戒斗はコトのあらましを掻い摘まみながら簡潔に説明してやった。そして、明日の明け方頃に此処を発ち、奴の――荒木伯の救出に向かうことを。
「……そっか」
大体を話し終えれば、エマは小さく眼を伏せて。大筋のことを納得したように、しかし何処かまだ案じるような表情で頷く。戒斗はそんな彼女の肩に触れながら「安心してくれ」と言うと、
「俺のポジションは後方だ、万が一にもどうにかなる可能性は低い。……それに、君が寝て起きる頃には全て終わってる」
「……本当に?」
「ホントにホントだ。帰りは早いと思うぜ? 朝帰りだ」
「その言い方だと、何だか変な意味に取れちゃうよ?」
冗談っぽく戒斗が言うと、エマもわざとらしく膨れっ面になり。すぐに表情が崩れれば、二人は見合ったままで微笑みを交わし合う。
「……分かったよ」
その後で、エマはまた小さく頷いた。覚悟を決めたのではない。ただ、彼を信じようと。その思いと共に、彼女は向かい立つ彼に頷いた。
「僕は、此処で待ってるから。……君が帰ってくるのを、カイトが帰ってくるのを、待ってるから」
用意してきた装備類――SEALs時代から使い慣れたナイツ・アーマメント製SR-25自動狙撃ライフルなどの点検調整を出来る範囲でひとしきり家で済ませば、その日の戒斗は穏やかに一日を過ごした。この後に熾烈な戦場が待ち受けているとは思えないほどに、緩やかで穏やかな一日を。
いつも通りに夕飯を摂り、いつも通りに風呂に浸かり、いつも通りに横になり。――――そして、いつもより早くベッドから起き上がる。
「…………」
まだ外は夜闇に包まれて真っ暗な、深夜三時過ぎ。眼を覚ました戒斗は隣で寝息を立てるエマを起こさないようにベッドから滑り降りると、手早く着替えて大量の装備品を肩に担いで玄関に向かう。そろりそろりと、極力足音を立てないように。出来る限り、エマを起こさないように気を遣いながら。
「……カイト」
しかし、そんな戒斗が玄関でフォーマルシューズを履いた時。後ろから微かな気配と共に聞こえてきた声は、透き通りながらも少しだけ眠気を帯びたその声は、紛れもなくエマの声だった。
「起こしちまったか」と、靴を履いた戒斗は振り返り詫びる。するとエマは「ううん」と首を横に振り、
「最初から、このつもりだったから」
と、まだ眠そうな顔で微笑みを向けてくれる。
「……行くんだね」
「ああ」
「帰るのは、朝だよね」
「……ああ、無理矢理にでも。ついでに何日かの休暇もふんだくってくるさ」
「じゃあ、ご飯でも作って待ってようかな。……遅れたら、嫌だよ?」
「分かってる。……っと、そうだ」
冗談っぽく言うエマに小さく肩を竦めた後で、戒斗はハッと大事なことを思い出すと。すると首元を漁り、シャツの下に吊していた物を引っ張り出して彼女の方に見せつけた。
「返そう返そうと思って、渡しそびれてた」
それは、前にエマが首に掛けてくれたロザリオだった。金色に光る、小さなロザリオ。彼女の母親が遺してくれた唯一の遺品であるそのロザリオは、今は戒斗の首から吊り下がっていた。
しかしエマは、それを見ても「気にしないで」と首を横に振る。
「返すのは、帰って来てからで良いよ。どのみち、最初からカイトのお守り代わりで預けてたんだし」
「……そうか」
戒斗が頷くのを見て、エマは冷えた床の上に足を踏み出し。そうすると、玄関に立つ戒斗のすぐ傍まで歩み寄ってくる。戒斗が自然と回した腕は、飛び込むように抱き締めてきた彼女の身体を受け止めていた。
「……気を付けてね、カイト」
言いながら、ほっそりとした指が戒斗の左頬を撫でる。そのまますうっと指は肌の上を滑り、やがて戒斗の目元に触れていた。左眼の目尻辺りへ縦に走る、うっすらとした刀傷のような一文字の傷をエマの指先がなぞる。愛おしそうに、しかし何処か切なそうに。
そして、どちらからともなく小さくキスを交わした。唇と唇が触れるのは一瞬、感じた温もりもすぐに離れて行ってしまう。
それでも構わなかった。二人とも、今はそれだけで十分だった。この続きは、帰ってからで構わない。必ず帰ってくるのならば、ほんの僅かだけで構わない……。
「じゃあエマ、俺は行くよ」
扉に手を掛け、振り返った戒斗の言葉に「うんっ」とエマは頷く。
「行ってらっしゃい、カイト」
最後に彼女の微笑みを眼に焼き付ければ、もう戒斗は振り返らなかった。振り返る必要は、何処にもなかった。
(……この程度の野暮仕事、すぐに終わらせてやるさ)
向かう先は、あまりにも簡単な鉄火場。しかし戒斗の胸に油断はない。そして誰一人として信じてなどいない。あるものはただ、己への絶対的な自信と、そして生きて帰ったその先のことだけだった。




