Execute.86:BRIEFING/撃鉄を起こせ
社長から連絡を受けるなり、連絡先の交換後すぐにクララと別れた戒斗は、社用車である黒いアウディ・S4を法定速度ぶっちぎりの速度で走らせていた。
すぐさま例の潜入先の高校――――私立仙石寺大学・付属高等部へと社員のピックアップに向かったが、しかしその必要はなく、みどりが例の私物のランエボⅩで脱出したと連絡を社長から受ける。とりあえずは胸を撫で下ろし本社へと戻る戒斗だったが、しかし問題はこれからだった…………。
――――荒城伯が拉致された。
その事実が生還した坂木みどり、そして失意の兎塚二郎の二人から告げられるなり、戒斗を初めとした社員一同は戦慄した。とはいえ幸いなことに荒城の制服には発信器が二箇所ほど埋め込まれているらしく、それを使えばすぐに位置情報をトレースすることが出来た。無論、彼が囚われた先も簡単に判明する。
荒城が囚われた先は、威瀬会系ヤクザ・十鬼懸組が本拠を置く山奥の巨大施設のようだった。周囲に人家はなく、病院として建造が開始された後に、富裕層向けのサナトリウムに計画が変更された大きな施設。バブル期に建てられたその施設はバブル経済の崩壊後、すぐさま経営破綻。その敷地の広さと周囲の人気の無さに眼を付けた十鬼懸組の手で買収され、要塞めいた施設に造り替えられたというのが実情らしい。
囚われた先が判明すれば、混乱する兎塚を初めとする社員を纏め上げた後、社長は荒木伯奪還作戦の立案を支持する。その立案担当を担うことになったのは、元米軍特殊部隊と目される兎塚二郎と、事務員・坂木みどり。そして何故か、黒沢鉄男こと戒斗までもが指名されたのだった。
三人プラス社長で頭を捻らせた後に、何とか数時間で奪還作戦は完成。そして昼も過ぎる頃になれば、作戦に参加する社員全員へ向けた作戦説明が開始される運びになっていた――――。
「――――作戦を説明する」
日々谷警備保障・本社ビル。その二階事務所より上層にあるちょっとした会議室のような小ぢんまりとした部屋の中、今は電灯が消されカーテンが閉められた薄暗い部屋の中で、スクリーンに映るスライドの前に立つ兎塚がそう口火を切った。
憔悴した顔の兎塚の前には、ザッと並べられたパイプ椅子に座る、貴士以下の社員全員の姿があった。ビシッと姿勢良く座る禅や、対照的にだらーっとした風な千鶴と態度は人それぞれだが、しかし視線は前方に立つ兎塚と、そして唯一の光源たるスライドショーの方に集まっていた。今やこの一室は、作戦前のブリーフィング・ルームへと変わり果てている。
「概ねの状況は、既に皆も理解していると思う。ここから先は、それを踏まえた上で説明させてくれ」
スライドの映し出されたスクリーンの前に立つ兎塚の様子を、戒斗はその脇でみどりや社長と共に立ったまま腕組みをして眺めていた。
「……伯が拉致された。だが、囚われた場所は判明している」
そして、兎塚が手に持つレーザーポインターを兼ねたリモコンの操作に従い、スライドの表示が変わった。例のサナトリウムの大まかな場所を示した大地図と、そして周辺地形を現す簡略的な地図の二枚が映し出される。
「状況としては簡単だわ」
すると、兎塚の前に踏み出た社長が、よく通る声で社員たちに向けて口を開いた。
「目的はウチの社員、荒木伯の救出。作戦状況はHRT、及びS&Dよ」
HRTはホステージ・レスキュー・ミッション(人質救出作戦)、そしてS&Dはサーチ・アンド・デストロイ(探索及び撃滅)の意だ。
「交戦規定は簡単。伯くんを必ず確保することと、作戦エリア全域の完全制圧よ。伯くん以外の生死は問わないわ、好きに暴れて構わない」
「へヘッ、なら話は早え……」
すると、後ろの方でだらけていた千鶴がニヤニヤと嬉しげに嗤いながら不穏なことを呟いた。その後でこうも続ける。「全員殺しても、構わねェんだろ?」
「伯くんと社員以外なら、ね」
「久々に楽しそうだ……」
とまあ、こんな(ある意味で)いつも通りな千鶴の相手もそこそこに。社長は「こほん」と咳払いをするとまたスクリーンの前から身を引き、再び兎塚にブリーフィングの主導権を譲る。
「作戦に際し、俺たちで四つのチームを作る。それぞれの役割は後で説明するから、今は聞いてくれ。
――――まずは正面の陽動チーム、これは千鶴と菊之丞が行ってくれ」
当然の判断だった。一番厄介で扱いづらい、それこそ諸刃の剣みたいなパワータイプの二人は正面で適当に暴れて陽動に回って貰った方が良いというのは、作戦立案に当たった全員の一致した意見だった。
「続けて、本命の施設後方からの突入チームだ。これはそれぞれ二チームに分ける。俺と貴士、寒田の三人と、そして英治と保の二人組だ。コールサインはそれぞれ"シェパード01"、及び02とする」
「ちょっと待ってくれよォ」
とすれば、何か意見を言いたげに声を上げたのは、また千鶴だった。
「俺たちにも、ンな具合の小洒落たコールサインってのは、くれねェのかァ?」
千鶴がそう言うと、兎塚は「……はぁ」と大きく溜息をつき、
「……お前たち二人、そもそも無線でどうこうする必要もないだろうに」
呆れたような顔で兎塚が言うと、千鶴は何故か笑い「違いねェ」と納得すれば、それ以降の言葉を発することはなかった。
「……話を戻そう。それで後方からの作戦エリアの監視、そして狙撃支援に当たるチームだが……これは黒沢と、そして吹雪で組んで貰うことになった」
「ハァ!? ちょっと待てよ!?」
億劫そうに言った兎塚の言葉に、案の定というべきか食らい付いてきたのは吹雪こと大勢待吹雪だ。何というか、何故か戒斗はコイツに目の敵にされている節がある。
「なんで俺が! ンな野郎と組まなきゃならないのさ!?」
「……社長命令だ、悪いが従ってくれ吹雪」
「っ……!」
社長命令と言われれば、流石の狂犬めいた吹雪でもこれ以上の反論が赦されなかった。
「ぐへへ、残念でした」
そんな悔しげな吹雪に、戒斗――いや、"黒沢鉄男"がニヤニヤと言い返してやると、すると吹雪は「チッ」と露骨に嫌そうに舌を打つ。
「……で、このエリア監視と狙撃支援のチームだが、コールサインは"オーヴァーウォッチ"だ。覚えておけよ、吹雪」
「りょーかーい……」
「後は細かい説明を、黒沢。お前に任せる」
投げ渡されたリモコンをキャッチし、戒斗は兎塚と入れ替わるようにしてスクリーンの前に立った。そしてすぐさまリモコンを操作し、スライドを入れ替える。今度はなんとか入手したサナトリウムの構造図面と、それを元に簡略化した内部地図だ。周辺地域の地形図はそのまま表示してある。
「まずは明朝○四三○時、俺たち"オーヴァーウォッチ"が潜入を開始する。その後○五○○時までにサナトリウムの正面から側面を見渡せる山の中腹の監視、及び狙撃ポイントに配置完了だ。予備の狙撃ポイントは二箇所、此処と……あと、此処だ」
自分ら二人が陣取る場所を逐一レーザーポインターで示しつつ、戒斗は話を更に続けていく。
「その後、俺たち以外の突入部隊は○五三○時までに此処、ウェイポイント・アルファに到着だ。この時刻を以て俺たちオーヴァーウォッチは偵察行動を開始。同時にウェイポイント・アルファの方では小型のUAVを発進させる」
「UAV?」そこまで言ったところで、禅が鋭い目付きで質問を投げ掛けてきた。「無人偵察機、ですか」
戒斗はそれに「ああ」と頷いた後で、スライドの中に更なる一枚の画像を表示させてやる。映し出されたのは、少し大きな飛行機のラジコン程度な大きさをした機材だった。
「RQ-11"レイヴン"。米軍でも使ってるラジコンサイズの無人偵察機だ。日々谷でワンセットだけ持ってるっていうんで、使わせて貰う」
「それは構わないですが、操作はどうされるので?」
「基本は半自律行動だ。後の細かい動作は俺たち偵察チームか、或いはみどりさんの方で対応して貰う。飛行可能時間は大体八〇分だが、これだけあれば十分だろ?」
RQ-11は、戒斗にとっても慣れ親しんだ小型の無人偵察機だった。SEALsに居た頃も、C.T.I.Uのエージェントとして野暮仕事に付き合う羽目になった時も。RQ-11無人偵察機には随分と助けられてきた思い出がある。社長がこれを持っていると言った時は驚いたが、しかし戒斗にしてみればこれを使わない理由は無かった。偵察機の存在は、それだけでかなりの優位を得られる。
「……で、五分後にシェパードの二チームは移動開始だ。千鶴たち陽動班は突入用のピックアップで待機しててくれ」
正面から派手に突入して盛大に暴れて貰う千鶴・大滝の陽動チームには、特別に武装を施した軽防弾仕様のピックアップ・トラックを用意した。トヨタのハイラックスで、荷台には盾付きのブローニング・M2HB重機関銃まで据えてある。まるで中東かアフリカの民兵だが、しかし.50口径の存在は二人にとってもデカいだろう。ちなみに余談だが、それ以外のシェパード二班の移動車両は例の黒いシボレー・エクスプレスだ。
「この時点で、俺たちには発砲許可が与えられる。シェパード01、及び02は施設裏側への接近に邪魔な奴が居れば、逐一報告してくれ。俺が片づける。
……また、シェパード二班の突入準備完了は○五四五時までだ。持ち込んだブリーチング用の爆薬を外壁に設置し、待機してくれ」
伯が囚われているサナトリウムの周辺には、背の高い壁がそびえ立っている。ご丁寧に有刺鉄線付きで、だ。
だからこそ、シェパードの二チームには外壁爆破用の指向性プラスチック爆薬を持ち込んで貰う。外壁の構造と厚みの関係上、歩兵クラスで持ち込める爆薬でも十分に突破可能と戒斗が判断した。
「そして、お待ちかねだぜ陽動チーム。○五五○時を迎え次第、千鶴たち二人は例のピックアップで正門から突っ込む。後は庭の中で好き放題に暴れてくれ」
そう言えば、千鶴はおろか大滝までもがニヤリと楽しそうに頬を緩ませていた。何だかんだというが、やはりこの二人は似たもの同士らしい。
「また同時刻、陽動チームの派手な花火を合図に、シェパード01と02は壁を爆破し突入を開始。作戦限界時間の○六五○時までにアイツを救出し、それ以外は全部殺して撤収だ」
此処から先は、シェパードの二チームにはある程度のアドリブを強いることになってしまう。人質である荒城が何処に囚われているかも分からず、敵の総数も不明。施設構造図も本当に正しいのか定かで無く、その上かなりの数的不利だ。HRT突入作戦としてはお粗末にも程がある内容だったが、しかしこれは日々谷警備保障の社員の個々人の圧倒的な実力を考慮した上でのことだった。何せ、最終的に号令を下したのは社長だ。
本来なら、こういった施設内の突入戦ならば数ヶ所と、そしてヘリボーンで屋上からの同時突入がセオリーだ。だから戒斗は半分冗談交じりといえ、陸自からヘリが借りられないかとつい先刻、社長に問うてみた。AH-1S"コブラ"対戦車ヘリを申し出たのは完全なジョークだったが、しかしUH-1多目的ヘリは割と真面目に借りたかった。飛ばすこと自体は戒斗が出来る。
だが、勿論それは社長に却下されてしまった。故に仕方なく、こんな微妙な突入作戦になってしまったというワケだ。
(後は、俺の方で出来る限りフォローに回るしかないか)
最終的に、戒斗の頭はそういう結論に至っていた。彼とて元はNAVY-SEALs、そのスナイパー教育課程もクリアした狙撃手だ。今は亡き師にして狙撃の天才、リサ・レインフィールドや、それに兎塚ほどではないが、それでも戒斗は人並み以上には狙撃もこなせる自信があった。
まして、狙撃ポイントからサナトリウムまでの距離は大体五〇〇から七〇〇メートル弱だ。何もキロメートル級の狙撃をしろと言われているのではない。これぐらいのレンジならば、戒斗とて正確に当てられる自信があったのだ。
「とにかく、最重要目的は伯くんの救出よ。最悪の最悪、十鬼懸組の撃滅は後回しにしても構わない」
戒斗がある程度まで話し終えた所で、また社長がスクリーンの前に躍り出てくる。
「これは我々の戦争よ。下手に私たちに手を出したこと、奴らに思い知らせなくてはならないわ。
…………状況開始は明朝、それまでゆっくり休んで頂戴」
では、これでブリーフィングは解散とするわ。
続ける社長のその言葉で、明朝に控えた荒木伯救出作戦の作戦概要説明は幕を閉じた。




