Execute.85:Strange Kind of Woman./ミステリアス・ヴァイオレット②
「色々と僕の方でも手を尽くして調べてみたんだけれど、ちょっとした新情報が得られたんだ。……といっても、君にとっては既知のことだけれど」
そう言うクララから受け取った茶封筒の中身を、戒斗は指先で引っ張り出す。中身は幾らかの書類だったが、その一番手前にクリップと共に括り付けられていた写真を見て、戒斗は息を呑んだ。
「その男、本名までは分からない。ただ一つ言えることは"クリムゾン・クロウ"の生き残りで、組織に居た頃には"ジョン・ドゥ"のコードネームで通っていたらしいね」
息を呑む戒斗が視線を落とすその写真に写されていた、元クリムゾン・クロウの"ジョン・ドゥ"。しかしその姿は、紛れもなく戒斗の実弟たる宿敵・戦部暁斗のそれと相違なかった。
「……彼が君の弟、アキトであることは伏せてあるよ。心配する必要はない。というより、ジョン・ドゥの記述自体が僕のでっち上げだから」
そんな戒斗の様子を見かねてか、煙草を吹かすクララは注釈するみたいに小声でそう付け加える。戒斗がそれに「気を遣わせたな」と返すと、クララは「構わないさ、葉月から聞いていることだ」と肩を竦めてから、書類を捲る戒斗に合わせて話を続けていく。
「彼は今でも浅倉と行動を共にしているようだ。一緒に元"クリムゾン・クロウ"の妙な奴も確認してるよ。彼は確か――」
「麻生だ」添付された二枚目の写真を見ながら、戒斗が先んじて答えを口にする。「麻生隆二。間違いなく奴だ」
「やっぱり、彼も君の知り合いだったんだね」
それを聞くと、クララはフッと僅かに微笑む。吐息に混じるマールボロ・ライトの香りが漂ってくると、戒斗もそれに笑い返した。
「浅倉、麻生、そしてアキトの三人は世界のあちこちで目撃情報が上がってる。シリア、レバノン、ウクライナ、ブラジル……。一番直近のものだと、ドイツのミュンヘン市街で二週間前に目撃されているね。その写真も、その時に防犯カメラへ偶然写り込んだものらしいよ」
「浅倉は、世界中を回って一体何を……?」
「恐らくは、市場開拓だろうね」
短くなった煙草の火種を灰皿で揉み消しながら、クララが戒斗の疑問に答えを出した。
「奴の組織した新しい組織は、旧クリムゾン・クロウに比べて武器商人としての側面が強い。傭兵の斡旋もやっているけれど、昔の旧組織に比べてたらそんな大した規模じゃない」
「死の商人の真似事なんかして、奴は何がしたいんだ」
「此処からは、あくまで僕の推測だけれど――――」
勿体ぶるように言葉を途中で切ったクララは、何本目かというマールボロ・ライトの新しい一本を咥えると、その先端にジッポーで火を灯した。燻らせる白く濁った副流煙が喫茶店の中に漂い、彼女が息を吸い込めば、フィルター越しの紫煙が小振りな肺に叩き込まれる。
「――――浅倉の最終目的は、恐らく戦争のコントロールだ」
そして、クララは紫煙混じりの吐息とともにそう、自身の推測を口にした。
「戦争の、コントロール……?」
「ここ数十年、冷戦の終結以降の世界は大国同士でなく、第三世界やテロリスト相手の非対称戦争に移行しつつある。或いは内紛という例も多いけれど、君はそれを嫌というほどに知っているはずだ」
「ああ」と、戒斗は頷く。「嫌になるぐらいに関わってきたさ、直接的にも間接的にも」
「じゃあ、争いに必要な物は何かな?」
「……武器だな」
「そういうことだよ、カイト」
結論に至った戒斗に小さく微笑みかければ、クララは煙草を咥えた口角をフッと軽く釣り上げる。
「戦うには、武器が必要だ。そしてお互いがお互いよりも強く効率的な武器を求めるというのが、人間の性だ。例えば拳銃よりもライフル、ライフルよりも無反動砲、無反動砲よりも戦車。そして戦車よりも戦闘機、戦闘機よりも爆撃機。爆撃機よりも生化学兵器……とね」
「…………」
「ならば、それを両陣営に売りつける人間が居れば?」
「武器商人というものは、太古の昔からそういう薄汚い連中だ」
「その通りだね、君の言葉に間違いはない」クララは微笑みと共に頷き肯定する。
「故に、彼らは死の商人と呼ばれ忌み嫌われてきた。どちらにも属さず、どちらをも煽り強力な兵器を提供し。そうして血が流れれば、自らのみが安全圏より莫大な益を手に入れる。確かに君の言う通り、薄汚い連中だよ。
――――でもね、カイト? これって裏を返せば、互いの陣営を上手くコントロール出来る立ち位置でもあるんだ」
「……戦争の、調律」
「その通りだ」
クララは戒斗の呟きに頷くと、ニッと不敵に笑い。そうして煙草の先に募ってきた灰を、トントンと灰皿で叩いて落とす。
「恐らくだけれど、彼らの目的は戦争の完璧な調律、コントロールされた経済戦争の確立だ。誰もがやろうとしてきたことで、もしかすれば既に実現しているかもしれないことを、あの男はやろうとしていると……。少なくとも、僕はそう考えた」
「浅倉は、そんな男じゃない」
しかし、戒斗は首を横に振ってクララの推測を否定する。
「奴は純粋に、闘争だけを求める奴だった」
「……確かに、昔はそうだったのかもね。でもあの男も歳だ。老化然り、別の原因然り。ヒトっていうものは存外簡単に変わってしまうものだよ、カイト」
小さく溜息をつくように紡がれたクララの言葉には、何故だか妙な説得力があった。その裏には少しばかり入り組んだ事情が秘められていたのだが、しかしそのことを戒斗が知るよしもなかった。
「どちらにせよ、今の浅倉はそういう男になってしまっていると僕は思うよ。
……それに、あの男が元々凶悪なテロリストなら。それならば、テロリストなりの火種の起こし方がある」
――――先進国へのテロ攻撃、そしてそれに伴う報復の連鎖。
クララが言葉の裏に隠した意味を読み取れば、戒斗は急に今までの会話が現実味を帯びてきたような気がしていた。
「きっと、次に奴が立ちたいのは指揮台なんだ。戦場という盛大なオーケストラの指揮棒でも振りたくなったのかもね、あの男は」
フッと皮肉っぽい笑みを浮かべながら、クララが言う。そんな彼女の対面で戒斗は今まで眺めていた書類を茶封筒の中へ戻すと、その俯き気味の双眸をクララの方へと向けた。
「――――だとしても、俺のすべきことは変わらない」
「あの二人への、復讐かい?」
「そうだ」即座に頷く戒斗。「俺だけじゃない。エマの復讐も、一緒に連れて行く」
「その為なら、何を犠牲にしても構わないと言うんだね? ……日々谷警備保障すらをも、犠牲にしても」
「当然だ」
茶封筒を傍らに置き、戒斗が肯定した。
「元々、それまでの契約だった。……もし仮に、アイツらが俺の邪魔をするのならば。俺たちの障害となるのならば」
「殺すのかい?」
「…………ああ」
頷く彼の、その言葉の裏に。戒斗の相変わらずなポーカー・フェイスの裏にほんの一瞬だけの逡巡があったことをクララは察していたが、しかし敢えてそのことを指摘はしなかった。彼が見せた一瞬の逡巡が、彼にとっても無意識のことであることすら、クララは見透かしていたから……。
「……っと。悪いクララ、電話だ」
そんなタイミングだった。戒斗の懐で、携帯がプルプルと着信で震え始めたのは。
「構わないさ、出たまえよ」
煙草を吹かしながらそう言うクララの前で、戒斗が震える携帯を懐から引っ張り出すと。すると着信で震えるソイツは私物のスマートフォンでなく、日々谷警備保障から支給された「仕事用の」型落ちスマートフォンだった。
「……社長?」
しかも、電話を寄越してきた相手は社長の日々谷小百合だ。あの女が直接連絡を寄越してくるだなんて、滅多にあることじゃない。
戒斗はこの電話の裏にただならぬ非常事態が発生したことを悟ると、グッと覚悟を決めた後で画面を指先でタップし、電話に応答する。そして左耳にスピーカーを当てれば、開口一番に聞こえてきたのは――――。
『黒沢くん、緊急事態発生よ。
――――兎塚くんたちの潜入先が、何者かの襲撃を受けたわ』
人生、何が起きるか分からない。別の所で動いていた事態は、知らぬ間に急転直下の分水嶺を迎えていた。




