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Execute.84:Strange Kind of Woman./ミステリアス・ヴァイオレット①

「とある協力者から、情報を貰ってきて欲しい」

 社長からそんなお使いめいたことを命じられたのは、とある月曜日の朝も早々とした時のことだった。

 戒斗は日々谷の本社ビルへ出社して早々にそんなことを命じられたものだから、社用車のアウディ・S4を一階車庫から引っ張り出し、指定された場所へと向かう。言われた場所は社からは少し遠い場所にあるちょっとした喫茶店で、そこの駐車場で待っているとのことだった。

「情報、ねえ」

 恐らくは、浅倉一派に関する調査情報だろうと戒斗はタカを括っていた。ハリーも約束通りに依頼からキッチリ一週間後に調査結果を纏めて日々谷に送ってくれたが、社長は何やらそれ以外にも八方手を尽くして捜索しているらしい。チラリと聞いた話だが、今回の協力者とやらは安藤葉月の知り合いらしかった。

 となると、途端にキナ臭くなってくる。別に葉月を信用していないとかそういうワケじゃないが、あの女が引っ張ってくる人材というのはどうにも癖のある奴が多すぎる印象だ。かくいう戒斗本人だって、素性こそ隠しているもののかなり癖のある一人だろうと自負している。あの葉月の知り合いだというのなら、自分クラスにアレな人間だと思っていた方が良いだろう。

 そんなこんなを考えている内に、戒斗は指定された喫茶店へと到着していた。広い駐車場に黒のアウディ・S4を突っ込ませる。

「おっ」

 すると、駐車場に停まっていた白い一台に眼を奪われた。トヨタ・2000GT。1960年代を代表すると言っても過言でない、ヤマハ発動機製作の世にも珍しい超稀少なスーパーカーだ。

 世界規模での生産台数が僅か三三七台という究極の稀少車が、何でまたこんな辺鄙な所に停まっているのか。戒斗は不思議に思いつつも、しかし純粋に眼福だと思いながらアウディを駐車スペースに停める。博物館以外で実働する2000GTを拝める機会なんて、早々巡り逢えるものじゃない。

「ん?」

 そうして戒斗がアウディを停めた直後、コンコンと運転席側の窓が軽く叩かれた。誰かと思い戒斗はそちらに横目の視線を流すと――――アウディのすぐ右側に立っていた彼女の幼げな顔を一目見るなり、絶句した。

「クララ……!?」

 ――――クララ・ムラサメ。

 クールな視線をアウディの窓越しに向けてくるのは、行方知れずになったはずな伝説の殺し屋だった。





「連絡役が来るとは聞いていたけれど、まさかカイト……君だとはね」

 喫茶店の隅にある喫煙ボックス席。そこのソファに腰掛け、小柄な体格ながらそこそこ長い脚をテーブルの下で組む彼女――クララ・ムラサメは対面に座る戒斗の顔をまじまじと眺めながら、マールボロ・ライトの煙草を吹かしつつ愉快そうに軽く口角を釣り上げた。

「俺も聞いてないぜ、協力者とやらがクララ、君だとは」

 そんなクララの対面で、珈琲をちびちびと飲む戒斗は大袈裟に肩を竦めてそう言い返す。するとクララは幼げながらクールで妖艶な顔立ちの中で「ふふっ……」と微かに笑い、

「それにしても、本当に君が日々谷に入ってたんだねえ」

 と、日々谷の制服姿の戒斗をおかしそうな視線で遠目に眺める。頭の後ろで小さくポニーテールに結ったすみれ色の髪の尾を小さく揺らす彼女の、そんな髪と同じような色をした切れ長の瞳。何処か窺い知れぬような深淵を垣間見せる彼女の瞳に眺められては、戒斗も溜息をつくことしか出来ない。

「というか、俺が日々谷に入ったことを、何故君が知っている?」

「簡単さ」と、クララはゴシック・ロリータめいた、短いスカートで黒を基調とした服の裾をひらりと靡かせながら頷く。

「安藤葉月から、大体の事情は聞いているからね。僕と君の関係は、彼女も知ってたよ」

「……なるほど」

 葉月経由で聞いたということなら、戒斗も納得が出来た。現状、日々谷にまつわる人間で戒斗が戒斗であることを知る人間は彼女以外に存在しない。

「それと、ミリィから聞いたけれど。リー・シャオロンは君が始末してくれたそうだね」

「ああ」頷く戒斗。「君も追っていたのか?」

「結果としてはそうなるね。僕が北米で取り逃がして、香港に逃げられてしまったのだけれど」

「なら、何だかんだで結果オーライだ」

「違いない」

 互いに不敵な笑みを交わし合いながら、戒斗は珈琲を啜り。そしてクララは目の前の灰皿にマールボロ・ライトの灰をトントン、と軽く落とす。

「それにしても、2000GTとは酔狂なチョイスだ」

 チラリと窓の外に見える駐車場――そこに停まる白い2000GTを眺めながら戒斗が言えば、クララは「我ながら、そう思うよ」と小さく肩を竦めながら言葉を返した。あの車、どうやらクララの私物らしい。

「人生というものは長いようで、存外短いものだからね。好きなものを好きに手に入れるのが一番さ。幸いにして、僕の手元には大金が浴びるように転がってる」

「長いようで短い、か……」

 煙草を吹かしながらのクララが言ったその言葉は、戒斗とてここ数年になって確かな実感として感じていることでもあった。

 ……飛行機事故に見せかけた浅倉の犯行で家族を亡くし、リサに引き取られ。彼女に鍛えられながら米海軍の特殊部隊・NAVY-SEALsに研修で入隊し、過酷な実戦を経験し。そしてC.T.I.Uでエージェント・A-9202として戦い続けた日々があり、優衣の護衛が切っ掛けになった美代学園でのことがあり。戦友のウェズや師のリサ、掛け替えのない友だった優衣や彩佳を亡くし、愛していたはずの遥ですらも失って……。その果てにエマと出逢い、今日までのことがあった。

 そんなことを思い返してみれば、確かに長かったが、しかし一瞬の出来事のようにも思えてしまう。二律背反ではないが、振り返ってみれば本当に一瞬だった。光陰矢の如しという言葉があるが、本当にその通りだ。

「そういえば、エマちゃんは元気にしているのかい?」

 と、戒斗の思考を半ばで遮るようにクララが訊いてくる。ハッと我に返った戒斗は、今までの思考を頭の外に弾き出しながら「あ、ああ」と一瞬言葉に躓きつつも頷く。

「元気なら何よりだ。機会があれば、またあの()にも逢いたいよ」

「よっぽどお気に入りなんだな、クララはエマのことが」

「まあね」短くなった煙草を口から離し、灰皿に押し付けながらでクララが頷く。

「……何というか、彼女の儚さというのかな? 幸薄そうな雰囲気が、僕にとってはどうにもたまらないんだ」

「おいおいクララ、幸薄いだなんて冗談でも言ってくれるな。洒落になってないぜ」

「っと、これは悪いことをしたね。君の前でそのテの喩えは禁句だったか」

 ふふっ、とクールに笑いながらクララは言うと、懐から取り出した新しいマールボロ・ライトの煙草を加えた。カチンとジッポーが鳴れば、少しだけリップの効いた瑞々しい、しかし何処か幼っぽい形の唇で咥える煙草がチリチリと焦げ始める。

「ああそうだ、カイトに一言言っておきたかったんだ」

 その後でふぅ、と小さく紫煙混じりの白く濁った吐息を吐き出せば、クララは何かを思い出したように言い出した。

「ハリーと逢ったって聞いたけれど、彼には僕の存在、伏せておいてくれないかな?」

「構わないが……やっぱり、"スタビリティ"での一件からか?」

「そんなところだね」

 小さく微笑むと、クララは微かに頷いて戒斗の言葉を肯定する。やはり彼女は彼女なりに、弟子のハリーに対して思うところがあるのだろうか……。

「それに、今はちょっと面倒な拾いものを抱えてるからね。葉月からの仕事を請けたのも、その関係があってのことなんだ」

「拾いもの?」意外そうな顔で訊き返す。「捨て犬でも拾ったか?」

「まあ、似たようなものさ」

 ニヤニヤとした戒斗の皮肉っぽい言葉に、クララは大袈裟っぽく肩を竦めて頷き返すと。するとその後で煙草の灰を灰皿に落とし、マールボロ・ライトを咥え直してからで傍らに抱えていた茶封筒を彼の方へと差し出してきた。

「……世間話はここまでだ。じゃあカイト、お互いに本題に入るとしよう」

「日々谷での俺は黒沢鉄男だ、それを忘れてくれるなよ?」

「分かってるよ、皆まで言わなくても」

 最後にフッと不敵な笑みを交わし合い、その後で急に顔色をシリアスな色へと塗り替えれば。戒斗とクララの二人は、会合を設けた本題へと突入していく。

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