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Execute.82:Telescope Lovers./注ぐ雨、穏やかな雨音は安息の色にも似て

 幸いにして、ミリィ・レイスからの返答はすぐに来た。彼女曰く『隠れ家的なカフェでね、かといって個人宅そのままって感じじゃなく一人前のカフェなんだ。特にキッシュが美味しい店だよ。確か彼女はフランスの出身だったろう、行ってみると良い』とのことだ。最後に『幸運を祈る』なんて奇妙な締め言葉まで添えている辺り、ミリィらしいというか何というか。

 彼女が一緒に送ってくれた位置座標によれば、どうやらこの映画館から(くだん)のカフェはそう遠くないようだ。徒歩で五分から一〇分程度だろうか。外は軽い小雨程度が降り注いでいるが、まあたまにはこんな中を歩いて行くのもいいだろう。

 そう思い、やっとこさ落ち着いたエマを伴い戒斗は雨の街の中を歩いて行くことにした。映画館の扉を潜り、曇り空からしとしとと雨の降り注ぐ街の中へと繰り出していく。

 この間の坂木みどりとのニアミス以来、用心に用心を重ね会社の通勤用以外でWRX-S4を使うことはしていないから、今日も乗って来たのは蒼のマスタング・シェルビーGT350だ。とはいえ映画館の駐車場に停めておいたソイツのトランクには非常用のビニール傘が一本しか無く、どうやっても二人で一本を使うことになってしまう。要は相合い傘の格好なのだが、幸いにして積んでおいたビニール傘はそこそこ大きめの物だ。二人では居る分にも苦労はしないだろう……多分。

「えへへ……」

 そんなこんなで、雨の降りしきる街の中を相合い傘の格好で、一つの傘の中に収まりながら戒斗はエマと並んで歩いていた。傘を持つ戒斗の左腕に華奢な腕を回したりなんかして、エマはさっきまでの湿っぽい顔が何処吹く風な感じに微笑んでいる。そんな彼女の身体に雨が被らないように、戒斗は少しだけ外側に酔っていた。右肩が多少濡れてしまうが、まあ気にするほどではない。

「やっぱり、エマは雨が好きか」

「うんっ」

 ぽつぽつと降り続く、戒斗の差す雨が透明なビニールの傘と、そして路面を絶え間なく打ち続ける。そんな雨の街を二人で歩いていると、やはり思い出すのはあの時のこと――――パリの街角で、彼女と初めて出逢ったあの日のことだ。確かあの日も、こんな風に雨が降り注ぐ日だった。

「……でも、実を言うとね? 昔は僕、雨が嫌いだったんだ」

「そうなのか?」

 意外そうな顔で戒斗が訊き返せば、エマは「うん」と小さく頷いてくれる。

「何ていうか、どうにも気分が沈んじゃう気がしちゃって。それに外にも出れないし、子供の頃はなんというか、雨はあんまり好きじゃなかったな」

「あー……」

 言われてみれば、確かに戒斗自身もそうだった記憶が微かにある。父や母が生きていた頃、ごく普通の――少なくとも表面的には――家庭で過ごしていた頃の記憶はほんの微かにしか残っていないが、しかし自分自身も雨に対して良い思いを抱いていなかったような気がする。

「でもね、最近は雨が好きなんだ」

「俺もだよ」と、戒斗。「雨音を聴いてると、訳も分からず落ち着いてくる」

「あはは、分かるよカイトの気持ち。……でもね、僕は少し違うかな」

「違う?」

「うん」エマは頷き、そして戒斗の左腕をぎゅっと抱き寄せながら、俯き気味に呟いた。

「君と――――カイトと出逢えた日も、こんな雨だったから」

 彼女もまた、同じ気持ちだったらしい。

「……そうか」

 それに気が付けば、戒斗はフッと微かな笑みを雨の中に浮かべて。ただそれだけを呟いて頷けば、それ以上の言葉を紡ぎ出すことはしなかった。これ以上のことは、無粋でしかない。

 雨の降り注ぐ中を、二人で一つの大きな傘に収まりながら歩いて行く。穏やかな雨がしとしとと降り注ぐ街の中を、安息の心音にも似た清らかな雨音を聴きながら、ただ二人は歩いていた。

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