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Execute.81:Telescope Lovers./感傷と二重幻視のスクリーン

「映画を観に行こう」

 そんな話になったのは、一体全体何が切っ掛けだったのか。詳しいことは覚えていない。ただの気まぐれか、或いは衛星放送か何かで宣伝を見たのか。何はともあれ、また別の休日になると戒斗はエマに連れられるがまま、とある映画館を訪れていた。

 映画館といっても、近頃流行りの凄まじく大きなシネマ・コンプレックスではない。小ぢんまりとした昔ながらな感じの、今となってはめっきり少なくなってしまったタイプの映画館だ。構えからして既に何処か小洒落ていて、そこいらのシネコンみたいにガヤガヤしておらず、至極落ち着いた雰囲気が漂っている。

 とまあそんな具合の洒落た映画館で観ることにしたのは、新作でなく旧作の映画だった。タイトルは「暗黒街のヒーロー -A Tear shines in the Darkness city.-」。既にソフト化された上で三枚三千円とかのお徳用DVDコーナーに並んでいるぐらいには劇場公開から時間が経っている奴だったが、まだ観ていないエマたっての希望ということでこれにした。ちなみに戒斗は既に衛星放送か何かで前編だけ観てしまっている。後編の方はまだだ。

 先に述べた通りにこの映画は前後編の構成となっていて、しかも今日はそれを一挙に流してくれるらしい。総勢三時間オーヴァーのぶっ通し視聴は流石に骨が折れるというか、段々と疲弊して行くにつれてなんだか「バルジ大作戦」とか「アラビアのロレンス」を観ている気分になる。そういえばあの映画もトイレ休憩があったはずだ。

 そんな長時間にも及ぶ上映に付き合っていれば、当然体力も消耗する。そして後編の後半部分ともなれば気力体力ともにズタボロもいいところで、そうすれば当然のように涙腺の類は締まりが悪くなってくるというものだ。

『だけど普通の女の子の君がなぜ、この地獄を歩いてきたかを思い出せ! 汝は汝の使命を知っている!』

 大スクリーンの中、絶望に沈みかけ壊れ始めた少女に、主人公らしき男が叫んでいた。彼自身が嘗て絶望のドン底に呑み込まれたが故に、その彼女を拾い上げることを選んだその男が喉を枯らして叫ぶんでいる。

『そしてよく聴け! ここにいるクソッタレは、君の友達の命を奪うだけでなく、友達に君を売らせようと、その魂さえ汚そうとした!

 ――――だがお前の友達は最後まで君を売らなかった! 君の友達は誰よりも立派だった! その人が信じ、守り抜いた君の力を……信じろ! 立て!』

 そして、男が伸ばしたその手を、弱々しく少女は握り返した。引っ張り上げられながら、弱々しい足取りでなんとか立ち上がる。地獄の底に垂れ下がってきた一本の蜘蛛の糸を掴むが如く、それに引っ張り上げられるが如く。自らの二本の脚で、しっかりと大地を踏みしめて。

 そんな少女の腰に男は手を回し、弱々しくふらふらとする彼女の身体を支えていた。二人の視線と、そしてその先に在る二人にとっての敵たる獣めいた男の、快楽に歪みきった眼差しとが交錯する。

『美しい……美しいよ……こんな光景を見たのは始めてだ。あまりに美しすぎて、君達を殺せと合図する事ができなかったよ。発狂しかけた少女を深淵より救う死神の姿……神々しく、まるで……壁画に描かれた奇跡のワンシーンを目の当たりにしているようだった……』

 快楽に歪みきった顔の獣のような男に向け、少女を支えながら主人公の彼は虚無に彩られた視線を向けた。低く、死神の唸り声にも似た声音と共に。

『素人、戦場に奇跡は起きない。あるのは――――積み重ねが生む必然だけだ』





 それから更に数十分後に、巡礼めいた恐ろしい長さの上映が終了。スクリーンの灯が消え、暗闇に閉ざされていた劇場内に再び淡い暖色の照明が灯る。漂うのは苦行めいた長大な上映時間を終えた倦怠感と、そして何とも言えぬ余韻。感極まりすすり泣く声もあちこちから聞こえてくる。

「っ……」

 それは、左隣に座るエマも例外ではなかった。蒼い瞳の端からぽろぽろと小さな涙粒を滴らせつつ、しかしその泣き顔を見られまいと腰を丸めてすすり泣いている。

 ――――いつしか、エマはスクリーンの中の彼らと、自分と戒斗のことを重ねて観てしまっていた。

 戒斗は知らぬことだったが、エマが流す涙の理由(わけ)はそんなことのせいだった。降りしきる雨の中、絶望の淵から手を差し伸べてくれた彼。そして同じように絶望の遙か底に突き落とされた彼と共に在ろうと思った自分のことが、妙に重なってしまっていたのだ。

「おいおい……」

 そんな彼女の内心を知ってか知らずか、見かねた戒斗がそっと懐のハンカチをエマの方にさりげなく差し出す。それをエマは「ありがと……」と受け取れば、滴りっぱなしだった目元の雫を小さく拭う。

「そんなにキツかったか?」

 戒斗は目元を拭うエマの肩に手をやりスッと自分の方に抱き寄せながら、彼女が手に持つハンカチを反対側の手でそっと取り返す。俯くエマの髪をそっと撫でてやりつつ、取り返したハンカチで目元の涙を軽く拭う。そのままの流れで軽く指先で頬を撫でてやれば、小さく振り向いたエマは泣き腫らした顔の下で微かな笑顔を向けてくれた。

「そろそろ昼時だし、何か食べに行くか?」

「うん……」と、エマは微かに頷き。「でも、もう少し落ち着いてからで良いかな……?」

「少しだけ、な」

「えへへ……」

 確か、この辺りに良い店があるとミリィ・レイスから前に聞いた覚えがある。丁度良いから、そこに寄ってみよう。

 抱き寄せたエマが落ち着くまでの暫しの間、戒斗はテキストチャットでミリィ・レイスに連絡を取ってみることにした。上手い具合に手空きで応対してくれれば良いのだが。

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