Execute.76:Telescope Lovers./君と僕、凍えそうな夜には暖かな夕餉を
とまあそんなこんなでセーフ・ハウスに戻れば、後は鍋の仕込みだ。
出汁用の昆布を土鍋に放り込んで水に浸し、三時間から四時間ほど漬け込んでじっくりと出汁を出させる。場合によっては一枚ぐらいでも事足りるのだが、今日の場合は土鍋のサイズと、そして二人分であることを考慮しドデカい奴を二枚ほど贅沢に放り込んでやった。
そうしてじっくり焦らずに漬け込みに漬け込んだ後で、やっとこさ本番に取り掛かる。入れる具材は鶏もも肉を初めとして、白菜やら長ネギやら焼き豆腐やら、エトセトラエトセトラ。二人ともキノコ類はあまり好きでないから椎茸の類こそ入れないものの、鍋から溢れんばかりに放り込まれた具材の数々は中々にオーソドックスでシンプルな構成だ。シンプル・イズ・ベストな戒斗の信条をそのまま具現化したような具材配置、といえば分かりやすいか。
こんな具合の土鍋を、後は煮込みに煮込むだけ。下準備さえ済ませてしまえば、やることは簡単だ。本当なら戒斗一人でも楽々出来ることだが、今日は敢えてエマと一緒になってやってみた。本人たっての希望ということもあり、キッチンに並び立って土鍋を仕上げる。
「よし、これで完成だ……。エマ、鍋敷きは?」
土鍋の蓋を閉じた戒斗が満足げに頷いた後で振り返ると、ダイニングテーブルに鍋敷きを敷きながらのエマが「敷いたよっ」という報告と共に、柔な笑顔をキッチンカウンター越しに投げてきてくれる。
「よし、ポン酢の準備は後で良いだろ。……鍋、運ぶぞ」
熱々の鍋を掴み、戒斗はダイニングテーブルの方へ。エマがテーブルのド真ん中に敷いてくれた鍋敷きの上へドンッとドデカい鍋を置けば、これだけで何だか風情が出るというものだ。
後は取り皿代わりの器にポン酢を浸し、切ったばかりのシャキシャキなネギを大盤振る舞いで適当に置いておく。後は生姜やら一味唐辛子やらの薬味類をセットし、勿論取り網も忘れない。
とまあこんなところで準備が終われば、エマは席に着き。戒斗は「よし、開けるぞ」と言って土鍋の蓋を分厚いタオル越しに掴めば、パカッとそれを一気に開いてやった。
「うわぁ……っ」
眼をきらきらさせるエマの視線の先、沸き立つ白い湯気が徐々に張れていけば、ぐつぐつと煮えたぎった鍋の中から溢れんばかりの具材が姿を現した。
「美味しそうだね……!」
「だろ? ほら、遠慮しないでさ」
一度キッチンに戻って無用の長物となった土鍋の蓋を始末してから、戒斗もテーブルと土鍋を挟んだエマの対面の席に腰掛ける。
「じゃあ、早速……」
まずはエマが先に取り網を手に取り、適当な具材を幾らか掴んでポン酢の中に放り込む。それを箸で取って口に運べば、途端にぱぁっと表情が明るくなるのが戒斗にまで伝わってきた。
「うん、美味しいよっ!」
「なら何より。うし、じゃあ俺も早速……」
後は鍋を囲み、二人で次々と具材を口に運んでいく。やっぱり冬は鍋が一番だ。一口を口に運ぶ度にニコニコと満開の笑顔になるエマの顔を僅かな湯気越しに見ていると、つくづく戒斗はそう思う。
こんな風に鍋を誰かと囲んでいると、思い出すのはやはり昔のことだ。リサや優衣、それに遥も一緒になって、こうして鍋を囲んだことがあった。
「カイト、何ニヤニヤしてるの?」
気が付かない内に思い出し笑いを浮かべてしまっていたら、エマが笑顔のままで軽く首を傾げてきた。それに戒斗は「昔のこと、思い出し笑いさ」というと、折角なのでそのことを話してやった。
「前にもな、こうやって鍋をしたことがあるんだ。リサと優衣に、それに俺と遥でさ」
「ふんふん、それで?」
「基本的に俺と遥で仕込みやら色々やって、後の二人はちょっとした手伝い程度に収めてたんだ。でも俺たちがちょっと眼を離してる隙に、リサと優衣がやりやがって」
「あー……」
前に他の酷い話を聞かせているからか、何となくオチに予想が付いたエマは引き攣ったような苦い笑みを浮かべる。戒斗はそんなエマの様子に小さく頬を綻ばせてから、もったいぶらずに話のオチを口にしてやった。
「最終的に、キッチンが爆発した」
「……やっぱり」
やはりエマ、オチの予想は付いていたようだ。何せ彼女には、戒斗が美代学園に潜入した当初に優衣がキッチンを爆破させた事件を笑い話として話してあるのだ。……"爆発"という言い方は少し誇張と語弊が過ぎるような気もするが、とにかくそんなことがあった。
まして、リサの方も狙撃センスとは対照的に、料理の腕は壊滅的だ。戒斗が自炊を覚えざるを得なかったのも、彼女に引き取られたからということが大きい。自分が覚えなければ、真面目に生命の危機だったというぐらいにリサ・レインフィールドも料理下手な女だったのだ。アイツもマトモに作れるのはカップラーメン程度で、「ゆで卵だ」とか言って電子レンジを爆死させた回数は計り知れない。当然、優衣も似たようなものだ。
そんな二人が料理なんかに手を出せばどうなるか、当時の戒斗と遥は容易に予測していた。だからこその監視付きだったのだが……結果として、こういうオチになってしまったのだ。
「それから、どうなったの?」
「後始末で死ぬかと思った。幸いにして鍋と出汁は生きてたから、何とかリカバリーは出来たが……」
「カイトの周りって、そんなヒトばっかりだったんだね」
あはは、と楽しそうに笑いながらエマは言うが、当事者たる戒斗にしてみれば笑い事ではなかった。今でこそこうして話のネタに出来るが、当時は本当にクソほどどうでもいいことで生命の危機が多すぎた。
「全くだ……。どうしてこう、俺の周りの女は壊滅的な奴しか居なかったんだ」
言って、戒斗はわざとらしく頭を抱える。
「優衣だけで卵爆弾の電子レンジ爆死が五回、リサに至っては十五回近く爆死させてるんだぜ? 俺が住んでたマンションのキッチンだって、何度燃やされたか覚え切れんぐらいだ。遥も遥でそんなに上手くはなかったし、俺が教えるまでもなくホイホイこなしてくれるのは、君が初めてだよ」
「え、そうなの?」
意外そうに訊き返すエマに「そうだ」と戒斗は参ったような顔で言い返してやる。このことは話したような気もするが、自分の気のせいか、或いはエマが忘れているだけなのか。
「……楽しいね、こういうのも」
とまあ、そんな他愛のない昔話を話のタネにしつつ二人で鍋を突き合っていれば、終わりがけになってエマがふと、小さく眼を伏せながらそんなことを口走った。
「楽しいか?」
「うん、楽しい。カイトとこうしていられるの、本当に楽しいよ」
「そうか」
それなら――――本当に、幸いだ。
「ねえ、カイト?」
「ん?」ころっと話を変えるように話しかけられて、戒斗は軽く反応を返す。
「今度さ、近いうちにまた何処かに遊びに行こうよ」
「遊びに、か……」
「うん」頷くエマ。「近場でも良いんだ。たまには君と、何処かに出歩きたい。……駄目かな?」
そんな眼の色で訊かれて、戒斗はとてもじゃないが此処で首を横に振れるような男ではなかった。本当に我ながらどうかと思うが、エマのあんな眼の色にはあまりにも弱すぎる。
「……分かったよ、暇見て付き合う」
速攻で折れた戒斗が肩を竦めながら言えば、エマは「やった♪」と軽く飛び跳ねそうな勢いで可愛らしく喜んだ。
「それで、何処が良い?」
「うーん、そこまでは考えてなかったから……また今度、考えとくよっ」
「そうしてくれ」
そんなこんなで鍋の具材を平らげれば、後はお待ちかねの真打ち登場だ。「ほらよっ」と空っぽになった鍋のだし汁の中に白玉うどんを放り込んでやれば、即席のうどんの出来上がり。味のほどは出来映えによって中々に左右されるが、今日の具合を見ている限りではまあ、悪い味にはならないだろう。
後は二人揃って笑顔のままに鍋に浸したうどんを啜りつつ、今宵の夕餉は暖かな内に終わっていく。これはあくまで、二人にとってのありふれた日常の一ページ、それを垣間見ただけに過ぎない。
(……こんな日が、ずっと)
(ずっとずっと、続けばいいな……)
でも、戒斗とエマは示し合わせるでもなく、互いに何の気なしにそう感じていた。こんな幸せな日々が、いつまでも続けば良いのにと。




