Execute.74:Telescope Lovers./茜色、暮れゆくある日のこと①
「あ、お帰りカイトっ」
その後、ハリーの事務所を出た戒斗は社長のお言葉に甘えて早めの直帰と洒落込み。夕暮れも近いといった午後三時過ぎ頃の街を抜けてセーフ・ハウスに帰宅。そうして戒斗が玄関を潜るなり、リビングに居たエマがとたとたと駆け足で近寄りながら、至極嬉しそうな声で出迎えてくれた。
「ほいほい、ただいまっと」
勢い余って飛び込んで来るエマを軽々と受け止め、「えへへ……」と胸の中に蹲りながら微笑む彼女に柔な笑顔を向け返した後で、戒斗は靴を脱ぐと家の中に上がる。上着にしていたグレーのジャケットを脱ぐ頃になれば、自然と黒沢鉄男の形をした歪な仮面はポロリと取れていて。肩の力が露骨なまでに抜けていくのを自覚すると、戒斗は自嘲めいた笑みとともに小さく息をついてしまう。
「今日も早かったんだねっ」
「良い具合に直帰の言い訳が出来たからな」と、スーツジャケットを脱ぎながら戒斗が言う。「それに、今日は懐かしい顔にも逢えた」
「懐かしい?」
「ハリーだよ、ハリー・ムラサメ。覚えてるか? L.Aに居た頃にクララと一緒に居たアイツだよ」
そこまで言うと、エマもハリーのことを思い出し「あっ、ハリーさんか」と納得のいった顔をする。
「懐かしいね、日本に居るの?」
「みたいだ。俺も仕事で偶然行っただけなんだが、今は表向き探偵なんてやってるらしいぜ」
「へー、なんかイメージと合うね」
「全くだ。探偵業なんて、ホントにアイツらしいよ」
「クララさんとは? 逢えなかったの?」
「なんでも、また行方不明らしい」
ワイシャツの襟元を緩め、首の拘束具めいたネクタイを外しながら戒斗が言うと、傍らのエマは「そっか……」とほんのちょっぴりだけ残念そうな顔を浮かべる。
「これはこれで、クララらしいかもな」
そんなエマの肩を撫でつつ、戒斗は諭すように言ってやった。「いつか、また逢えるさ」と……。
「そうだと良いね、本当に。クララさんのことは、僕も好きだから」
「とんでもない女だけどな、あんな可愛い外面しといてさ」
「あはは、それは言えてる」
冗談っぽくクララのことを笑顔で話す二人だったが、しかしクララ・ムラサメが冗談抜きで恐ろしい女なのは事実だ。何せ西海岸で伝説となった殺し屋。その名を聞けば裏稼業の人間は震え上がるとすらされている女だ。見た目こそクールながら可愛らしいが、しかし中身はジョン・メイトリックスやジョン・ランボーと変わらない。正直戒斗としても、出来ることなら敵に回したくない相手なのだ。
とはいえ、短期間ながらL.Aに居た頃は、クララは何故かエマに随分と良くしてくれていた。そういう意味もあって、出来ることならエマと二人でもう一度逢いたいと戒斗は割と素直な気持ちで思っていた。勿論、敵対関係でない状態に限るが。
「カイト、この後ってやることないよね?」
そんな風にクララのことを思い返していれば、エマが唐突にそんなことを訊いてくる。それを戒斗が「そうだな」と縦に頷いて肯定してやると、エマは「じゃあさ」と言葉を続けていく。
「夕ご飯の買い出しがあるんだ。出来たらカイトと一緒に行きたいかもっ♪」




