Execute.70:Fallen/サーペント・テイル
「――――面白いことになってきましたよ」
事務所で禅が唐突にそんなことを口走ったのは、数日後の朝も早々とした頃のことだった。
「何がだよ」と、普段通り黒沢鉄男を演じる戒斗が禅の肩に肘を掛けながら問う。すると禅は眼鏡をクイッとさせる仕草なんかしながらフッとキメ顔でキザに笑い、
「先日の仕事、覚えてますよね」
「……朝っぱらのチンピラ相手のドンパチと、夜のレオニード・コロリョフの件か?」
どうやら真面目な話題だと気付いた戒斗がシリアスな顔色になりながら訊くと、禅は「はい」と頷きそれを肯定した。
「どうやらあのレオニード・コロリョフ、元は"スタビリティ"傘下の武器商人だったようでして」
「"スタビリティ"……」
裏の世界では知らぬ者が居ないというほどの、国際的な巨大犯罪シンジケートの名だ。戒斗とて聞き覚えはある。何せ浅倉と暁斗が関わっていた組織の一つなのだから……。
「その"スタビリティ"と例の一件、何がどう関係があると?」
確か、"スタビリティ"は数ヶ月前に壊滅状態に陥ったはずだ。最高幹部であるユーリ・ヴァレンタインの謎の失踪――噂では死亡したとも言われている――と共に統率力を失ったあの組織は、世界各国で警察機関の摘発を受け瓦解。完全に組織として消え失せるのも時間の問題のはずなのだ。
――――だとするのならば、レオニード・コロリョフは警察機関の待ち伏せに怯えていた?
「恐らく、鉄男さんが考えていらっしゃることとは少し違いますね」
そこまで考えたところで、禅は戒斗の思考を読んだようにやんわりと否定を口にする。
「コロリョフは"スタビリティ"傘下といえども、あくまで取引があった程度の関係です。そこまで深い関係ではない」
「だったら、余計に例の一件との関係性が分からんぜ」
「だからこそ、面白いことになってきたと言ったんです。――――これを」
と、禅は自分ごと椅子を引いて退けば、寸前まで眺めていたパソコンのディスプレイを戒斗に見せてくる。そこに映し出された数枚の写真を見て――――戒斗は、絶句した。
「っ……!?」
「浅倉悟志。そしてもう一人は不明ですが、しかし浅倉と同じく"クリムゾン・クロウ"の残党だと思われます」
そこに映し出されていたのは、浅倉と暁斗が同時に映し出された一枚の画像ファイルだった。
戒斗は動揺を隠すのに精一杯で、禅の言葉に対し反応を示すことが出来なかった。ポーカー・フェイスをギリギリのラインで維持することに精一杯で、震える唇から言葉を紡ぎ出すことすら出来なかった。
――――探し求めていた二人の手掛かりが、今まさに此処にある。
この数年、安藤葉月から協力の見返りとして得た情報を最後に足跡すら見えなかった二人の男が、再びその姿を現した。ミリィ・レイスと霧香の情報収集、葉月の力や西園寺財閥の手回し、更に非公式ながら冴子に協力して貰い公安の捜査網までを駆使しても尚、見つけられなかったあの二人。まるで霧の中に消えたみたいに数年もの間姿を消していた因縁の二人。それが今、こんなにあっさりと再び目の前に現れたのだ。戒斗を襲った凄まじい動揺は、とても想像できるものではない。
「……? どうされました、鉄男さん?」
そんな戒斗の様子を不審に思った禅に呼びかけられ、そこで漸く戒斗はハッとし我に返った。
「い、いや……なんでもない。少し立ちくらみがしただけだ」
「体調管理はしっかりしてください、我々は身体が資本なのですから」
「……分かってるよ、悪いね禅ちゃん」
「誰が禅ちゃんですかっ!!」
とまあ軽いお小言の後、「こほん」と咳払いをした禅によって、この件の説明が始まる。
「貴方が貴士さんと共に実行した、レオニード・コロリョフの暗殺。……その前後に、同じエリアの防犯カメラで偶然撮影されたものです」
なるほど、それならこの荒い画質も納得だ。無理矢理引き延ばして画像解析をして、それでやっと顔を判明させたような、そんな荒い画像だった。
「鉄男さんは、"クリムゾン・クロウ"についてご存じですか?」
「あ、ああ」とりあえず戒斗は、知らぬ存ぜぬでこれを通すことにした。「詳しくは知らない」
「嘗ては世界規模の犯罪組織でした。傭兵の斡旋、世界各国への武器密輸、その他諸々……。彼らの手によってこの国の秘密諜報組織・C.T.I.Uも壊滅へと追い込まれましたが、しかし同組織の伝説的なエージェント、コードネーム・A-9200の手によって数年前に壊滅させられています」
こうも御伽話みたいに自分のことを話されると、戒斗は何だか背中がむず痒くなりそうだった。とはいえそれを顔に出すワケにもいかないので、薄いポーカー・フェイスの裏側に隠しながら「そうなのか」と禅に適当な相槌を打つ。
「その"クリムゾン・クロウ"の生き残りとされているのが、この浅倉悟志です。もう一人に関しては身元は不明ですが、先程も申し上げた通り、同じく元クリムゾン・クロウの一人かと」
「で、浅倉と例のレオニード・コロリョフ、何の関係があって?」
戒斗は訊き返すが、しかし禅は「不明です」と首を横に振るのみだった。
「……ですが、浅倉はクリムゾン・クロウの生き残りや複数の人員を纏め上げ、小規模ながら新たな犯罪組織を構築しているという情報もあります。加えてレオニード・コロリョフの死体が発見されていない以上、浅倉一派の手で隠匿された可能性は高い」
「待て、コロリョフの死体が見つかってないだと?」
初耳だった。奴をこの手で狙撃してからそこそこの間は開いているが、そんな話は一言も聞かされていなかった。
「おや、お伝えしていませんでしたか。……伝達ミスですね、注意を徹底させましょう」
「御託はいいから、早く教えてくれ」
「? 今日の鉄男さんはヤケに熱心だ、風邪でも引きましたか?
……まあ、良いでしょう。レオニード・コロリョフの死骸に関しては当初、奴の部下が運び出したものと思われていました。しかし数日後、コロリョフの乗っていた車と一致するナンバープレートの放置車両が発見されたと、六平刑事から社長の方へと報告が」
六平――――六平信。この日々谷警備保障に協力する不良刑事だ。主に警察筋から得た情報の提供と、捜査資料の違法提供。それに厄介な事案の揉み消しなんかも担当している。
その六平から連絡があったということは、信用に値する情報だろう。戒斗は内心でそう納得しながら、続く禅の話に耳を傾ける。
「そして、レオニード・コロリョフの側近と思われる死体が数名分、現場から少し離れた場所で発見されています。……一応確認しますが、鉄男さんはコロリョフ以外の標的は?」
「殺ってるワケねーだろ」戒斗は大袈裟な手振りで否定する。「弾だって無料じゃないんだ」
「まあ、そうでしょうね。だとすれば、やはり側近どもを始末したのは」
「浅倉悟志、か」
その可能性は高いです、と禅は言って、椅子の背もたれに深くもたれ掛かりながら大きく息をついた。眼鏡を外し眉間を指で押さえている辺り、疲れ目だろうか。
「その件なら、私も気にはなっていたわ」
とすれば、横から首を突っ込んでくる凛とした女の声が一つ。禅と揃って振り向けば、やはり近づいてきていたのはこの日々谷警備保障の社長、日々谷小百合だ。
「かといって、私たちの情報網じゃ限界がある。多分六平くんも同様だわ」
「同感です」と、眼鏡を掛け直しながら禅。「恐らく、これ以上の調査は無駄になるかと」
「ということで、私から黒沢くんにお使いがあるの」
社長は薄い笑顔でそう言いながら懐より何かを取り出すと、それをスッと戒斗の方へと差し出してきた。何処かの住所と連絡先がボールペンで走り書きされた、薄い一枚のメモ用紙だった。
「此処に、裏に顔が利く"自称"探偵さんが居るわ。その彼に調査を依頼して来て貰えるかしら」
「……? 別に、構わないが」
社長の手から受け取りながら戒斗は言って、手元にやって来たメモ用紙に視線を落とす。そこには恐らくは事務所があると思しき住所と、そして探偵事務所の名が記されていた。「五条探偵事務所」と……。
「調査の詳しい内容やら、報酬関係は全部この封筒の中に纏めて入れてあるわ。貴方は最後の詰め、直接の交渉役って感じね」
そう言いながら、社長は続けて分厚いA4サイズの茶封筒を戒斗に手渡してきた。戒斗はそれを「分かったよ」と同じく手元に受け取る。
「兎塚くんたち三人は例の高校に潜入中だし、特にこれといった仕事もない。とりあえずは探偵との交渉次第って感じだけれど、多分直帰しても大丈夫な筈だわ。何なら、制服脱いでから行っても良いわよ?」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
そういうワケで、戒斗は後に二、三言交わした後に事務所を離れ、更衣室で日々谷の制服からいつものスーツに、ファーが縫い込まれたグレーのフード付きジャケットを羽織るような格好に着替えれば、本社ビル一階部分の駐車場へと向かった。




