Execute.67:High Pressure./安藤葉月④
――――浅倉悟志と、戦部暁斗に関する有力な情報。
それを耳にした途端、戒斗の顔には明らかな動揺が走った。突き付けていたグロック26の銃口が、微かに揺れ動くほどに。
「有力な情報ですが、今わたくしの手元にございます」
戒斗のあからさますぎる動揺を見て脈アリだと悟ったのか、葉月は傍らの執事に指示を下し、控えていた彼が持っていた封筒を自らに手渡させる。葉月は膝の上に置いたその封筒を指先でトントン、と叩きながら、にこやかな顔で戒斗を見つめていた。
「貴方様が一言うんと頷いてくだされば、すぐにでもこの封筒はお渡し致しますわ♪」
「……勘違いしてないか、お嬢さん。今すぐにアンタと横の執事さんにホロー・ポイントの六文銭渡して、三途の川を渡って貰ってから受け取ることだって出来るんだぜ」
戒斗は顔色を元のクールなポーカー・フェイスに戻し、しかしそれでも表情の端に小さな動揺の色を遺しつつ葉月に向かってタフな言葉を言い返す。すると葉月は「ええ、その通りかもしれませんわ」と何故か同意を示し、
「ですが、貴方様にとってもわたくしに協力して頂くメリットは、二人を追う上でもかなりのもののはずですわ」
と、やはりにこやかな顔を崩さないままで言うと、そのまま言葉を続けて行く。
「まずは、件の警備会社に入って頂ければ、黒沢鉄男としての完璧な戸籍と経歴をご用意致しますわ。勿論、貴方様のご要望に合わせて、多少の改変も可能ですことよ」
「ッ……」
――――黒沢鉄男。
今となっては、あまりに懐かしい名だ。黒沢鉄鋼への潜入時、自分の目の前で死んでいったあの男のことが戒斗の脳内でフラッシュバックする。あの日以降、あの男の意志に従い何度も黒沢鉄男の名は状況に応じて使わせて貰っていたが、しかし黒沢鉄男の戸籍面に関しては、冴子でもどうすることも出来ないまま、未だ宙ぶらりんのままだった。
「何故その名前を知っているか、そんなお顔ですことね?」
すると葉月は戒斗の内心を見透かしたようにそう言うと、続けてその理由を話し始める。
「鉄男さんとは、昔からの古い付き合いでしてね。あの方が出奔なされた時は、随分と不審に思ったものです」
「……それで調べた結果、ビンゴだったのが俺ってことか?」
「はい♪」葉月があっさりと頷いてみせる。
「調べさせて出てきたのが、あの伝説のA-9200でしたから、わたくしもびっくりしましたわ。これでもわたくし、C.T.I.Uにもかなりの協力をしていたのですよ?」
「何?」これには戒斗も、困惑の色を隠せない。「どういうことだ?」
「協力度合いで言えば、そちらの香華さんの西園寺財閥には遠く及びませんが。それでも、あなた方のお使いになっていた武器弾薬の調達代行と、その輸入。作戦用車両の調達や海外行動の為の偽造パスポートなどの用意……。今思い出しただけでも、これぐらいは協力させて頂いていたのですよ?」
葉月の言葉を聞いて、戒斗は目眩がしそうになった。そして同時に納得もいった。確かにC.T.I.Uの協力者であったのならば、A-9200の名を聞いたことがあるのにも頷ける。今は崩壊したC.T.I.Uの関係筋から多少の資料も融通出来るだろうから、A-9200が戦部戒斗であるということを探り当てあられたのにも納得がいくというものだ。
「わたくしとわたくしのお友達に協力して頂ければ、その黒沢鉄男の仮面を完璧にして差し上げる、ということです」
加えて、そちらの可愛らしい方に関しても、万が一に際して協力できることは多いかと――――。
葉月が続けて言った言葉に、戒斗は正直言って折れる寸前だった。自分のことはさておくとしても、エマのその後までもサポートしてくれると申し出ているのだ。もし仮に自分に万が一のことがあった時のことを考えると、これ以上にありがたく、それでいて心揺らぐ提案はない。正直言って、例の警備会社とやらに協力することも吝かじゃないとすら思い始めている。エマの後の面倒を見てくれるというのは、それ程までに魅力的な条件だった。
だが、まだ最大の懸念材料があった。それは――――戒斗自身が、この安藤葉月という女を信用し切れていないことだ。
「……香華」
故に、戒斗は視線を香華の方へと向ける。すると香華は戒斗の方に視線を流しながら「……どうしたのよ、戒斗」と神妙な顔で訊き返してくるものだから、戒斗はそんな彼女の瞳を真っ直ぐに見据えつつ、そして香華に向かってこう問うた。
「本当に、このミズ・安藤は信用できるんだな?」
「……ええ、私が保証する。多分、日本国内で他に信用できる人間は殆ど居ないぐらいに」
「俺は、香華を信じて先のことを決断する。……香華、俺は君を信じて良いんだな?」
「構わないわ」と、真っ直ぐな瞳で見返しながら香華が力強く頷いてくれた。「葉月さんを信じる私を、戒斗が信じてくれても」
「…………分かったよ」
そうして、戒斗は漸く構えていたグロック26の銃口を下ろした。戒斗の右腕が下りていくのを見ると、葉月は「ふふっ♪」とご機嫌そうに微笑む。
「俺は、アンタを信用したワケじゃない。あくまで香華を信じたってだけだ」
グロックを右腰のインサイド・ホルスターに仕舞いながら戒斗が言うと、すると葉月は「それでも構いませんわ」と温和な笑みで頷く。
「では、交渉成立ということで宜しいのですね?」
「とりあえずはな」と、戒斗。「詳しい話を聞かせて貰おう、話はそれからだ」
「構いませんわ、まずは第一関門突破ですもの♪」
そう言うと、葉月は軽く腰を浮かせ。そうして先程とは逆の右手を、戒斗の方に向かってスッと差し出してきた。ほっそりとした華奢で長い、そして白い艶やかな肌の手が戒斗の目の前へと差し出される。
「……フッ」
意趣返しのつもりか。
全く末恐ろしい女だと戒斗は思いつつ、自分もまた礼に応じて腰を浮かし。そして先程まで銃把を握っていた右手を差し出すと、葉月の右手と硬い握手を交わした。
「それで、ミズ・安藤」
「はい?」
「肝心の警備会社だが、名前はなんて言うんだ?」
握手を交わしたままで戒斗がふと思い立ったことを訊くと、葉月は「うふふ……」と笑った後でこう告げた。件の警備会社の名を。そして、戒斗とエマ、二人の運命をも変えていく運命の分岐点となるその名を。にこやかな顔のままで、戒斗とエマの二人に向かってこう告げた。
「――――日々谷警備保障、ですわ♪」




