Execute.66:High Pressure./安藤葉月③
「……あら?」
唐突に突き付けられた、グロック26の銃口。しかしそれを前にしても葉月は態度を崩さず、ただ不思議そうに戒斗の方に首を傾げるだけだった。
「ちょっ、戒斗……!?」
香華が慌てて彼を咎めようとするが、しかし戒斗は無言のままにギロリと彼女を睨み付け、それ以上の動きを制する。
「おやめなさい」
そして葉月の傍に控えていた初老の執事もまた動こうとしたが、これは葉月がスッと片手を挙げることで同様に制した。
「カイト……」
傍らのエマが戒斗と彼のグロック、そして葉月の方とに視線を行ったり来たりさせながら、困惑したような顔で小さく名を口にした。状況に呑まれ、どうすべきか判断しかねているのかもしれない。
「ふざけるなよ、お嬢さん」
そんなエマの方をチラリと横目で一瞥してから、戒斗は目の前のテーブルにドスンとフォーマルシューズに包まれた脚を不作法に置き。そうしながら、威圧するみたいに低い声音で葉月に向かって言う。勿論、グロックの銃口は外さないままでだ。
「そんなふざけたことを言う為に、俺を呼びつけたとでも言うのか?」
「ええ♪」笑顔を崩さないまま、葉月は頷く。「その為に、貴方を此処までお呼び立てしたのです」
「冗談にだって限度がある。第一、俺は誰にも手を貸す気はない」
「……なるほど、状況は何となく分かってきたよ」
とすると、隣からエマの納得した声が飛んできて。そうすればエマは膝の上に置いていた自分の小さなハンドバッグの中から預けておいたグロック42を引っ張り出し、左手で銃把を握るソイツを葉月の方へと向けた。
「なんだかよく分からないけれど、交渉は決裂っぽいからね。カイトがそうするなら、僕も自分の身は自分で守るよ」
右手でカシャンとスライドを前後させ、9mmショート弾の初弾を装填しながらエマが続けてそう言う。この状況下で軽く戒斗の方にウィンクなんか投げてくる辺り、どうやらエマの胆力は想像以上にタフらしい。戒斗は嬉しいような複雑な表情を浮かべながら大きく肩を竦めると、しかしグロックごと彼女の手を左手で包み込み、そっと下に下げてやった。
「カイト……?」
構えていた銃を下ろされ、困ったような視線をエマが向けてくる。戒斗は彼女に向かい首を小さく横に振って、
「君が出る幕じゃない」
そう言うと、滑らかな手つきでエマの手からグロック42を取り上げた。弾倉をソファの上に落とし、器用に片手でスライドを引いて薬室内の弾を掌の中へ収める。一度グロックを置いて弾倉に弾を込め直すと、その弾倉を再度突っ込んだグロックをエマに突き返す。勿論、銃把の方を彼女に向けてだ。
「お優しい方ですのね」
すると、そんな一連のやり取りを見ていた葉月がそれににこやかな顔で反応する。
「そうか?」
「ええ、わたくしが想像していたよりも、ずっとお優しく見えますわ」
「生憎だが、アンタみたいな奴に優しくは出来ないぜ」
そう言いながら、戒斗は懐から取り出したマッチ棒を左手で寂しい口に咥えさせた。煙草代わりみたいにコロコロと口の端で転がしつつ、しかし右手のグロックは葉月を捉えたまま放さない。
「ゲット・アウト・マイ・フェイス(失せろ)。これ以上、アンタと話すことはない。その綺麗なおデコで煙草咥える羽目になりたくなけりゃあ、とっとと俺の前から消え失せろ」
明らかな拒絶の言葉を口にした戒斗だったが、しかし対する葉月の反応は「うふふふ……」と何故か楽しそうに笑うのみ。そんな葉月の様子を怪訝に思い「何がおかしい」と戒斗が言うと、
「いえ、おかしいわけではありませんわ。ただ、大事なことをお伝えし忘れておりまして」
「大事なこと?」
「ええ♪」頷く葉月。「これをお伝えしてからでも、わたくしが貴方様の前から消えるのには、遅くはありませんわ」
……奇妙な口振りだった。何か隠し種を、いや切り札を隠し持っているのか。ただ少なくとも分かることは、葉月はまだ幾つも手札を隠し持っている。あの顔は間違いなく策士の顔だ。表面上こそニコニコとした笑顔だが、その裏で数々の策謀を巡らせている。正直言って、戒斗はあまり得意じゃないタイプだ。
(苦手なんだけどな、こういうタイプの相手すんのは)
だが、相手せざるを得ない。それに葉月の口振りにも気になる点が幾つもある。確かに彼女の言葉を聞いてからでも、ひと暴れするには遅くないだろう。
「……分かったよ、言ってくれ」
折れた戒斗が肩を竦め、しかし銃口を外さないままで言うと、葉月は「ええ、申し上げます♪」とご機嫌そうに頷く。頷いてから、それから瑞々しい唇を動かした。
「貴方様の追われている、あの二人。浅倉悟志と戦部暁斗についてですが。
――――見返りという言い方は失礼ですが、わたくし共は二人の追跡に協力する用意があります。それに、現時点に於ける有力な情報も」
「ッ……!?」
やはりこの女、外面はにこやかな顔をしていても末恐ろしい。




