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Execute.65:High Pressure./安藤葉月②

「まずは、敢えて光栄ですと申し上げておきますわ」

 ガラス張りのテーブルを挟んだ対面側に戒斗とエマが並んで腰掛ければ、着物姿の妙な女――安藤葉月はニコニコと笑みを絶やさないままでそう言う。

「戦部戒斗だ、知ってるとは思うが。……そしてこっちが連れのエマ・アジャーニ。悪かったな、無理を言って同席させちまって」

 戒斗もまた礼を返し、「構いませんわ♪」とエマの方に視線を注ぐ葉月の方へ向け、スッと腰を浮かしながら左手を差し出した。

「……?」

 それが握手の合図だと葉月は少しの間気が付かなかったが、その後で「まあ」と気が付くと、やっとこさ自分も立ち上がり戒斗に握手を返してくれる。

「これはとんだ失礼を」

「良いさ、気にするな」と戒斗。「生憎と海外が長すぎたもんでな。こっちで握手の習慣が薄いことぐらい、心得てるつもりだ」

 そうして二人とも固い握手を交わし、再びソファに深く座り直すと。すると葉月はエマの方をきらきらとした眼で見つめながら「それにしても、可愛らしいお連れ様ですことね」なんてお世辞っぽいことを言ってくる。

「お褒めに預かり光栄だ、何せ自慢のなんとやらだからな」

 スーツズボンに包まれた長い脚を不作法に組みながら言う戒斗は、隣のエマが葉月に褒められてから向こう、何だか頬にポッと朱色を差していることを見逃さなかった。口には出さないものの、少しだけ照れているらしい。葉月に向かい小声で「あ、ありがとうございます……」と礼を言う横顔は、珍しく小動物のような可愛らしさがあった。

「……生憎だが、無駄話に構っている暇は無い。本題に入ろうか、ミズ・安藤」

 そんな彼女の横顔をチラリと一瞬見た後で、戒斗はすぐに顔色をシリアスに塗り替えれば葉月に向かい、普段より数トーン低いドスの利いた声で告げる。明らかに交渉モードに入った戒斗の様子を見た香華が「私、席を外すわ」と言うが、

「構いませんことよ、香華さん? 寧ろ、貴女に居て頂いた方が、どうやら話もスムーズに進みそうですし」

 という葉月の提案で、仕方なしといった具合に彼女もまたソファに腰掛けた。戒斗から見て右側、葉月から見て左側のソファへと香華が腰掛ける。

「それで、貴方をお呼び立てした理由(わけ)ですけども」

 そして三人分の茶が注がれた湯呑みと、そして香華の分も追加で高野の手でテーブルにスッと置かれれば、それから葉月は漸く話の口火を切った。

「端的に申し上げますわ、エージェント。貴方には、わたくしの知り合いが立ち上げた会社に入って頂きたいのです」

「……は?」

 葉月の言うことがあまりに突拍子なさ過ぎて、唖然とした戒斗は思わず口をぽかんと間抜けに開けたまま硬直してしまう。

「ふふっ、困惑されるのも無理のないことです」

 すると、そんな戒斗の困った顔は予想の範疇だと言わんばかりに葉月は小さく微笑み、そして話の詳細を戒斗に告げていく。

「…………会社といっても、ただの会社ではありません。表向きは警備会社、してその実態は超法規的な私設武装集団と言うのが正しいでしょうか」

「つまり、私の持ってる兵隊みたいなものかしら」

 話の間に首を突っ込むようにして香華が訊くと、葉月は「はい♪」とそれを肯定した。香華の横顔を見る限り、彼女も話の詳細は聞かされていなかったらしいことが窺える。

「厳密に言うと、少し違いますけれどね。西園寺財閥の兵隊さんたちと比べると、どちらかといえば日本政府寄りの形になります。例えるならば……そうですね。貴方の古巣、C.T.I.Uの統合作戦本部直轄部隊、スペシャル・タスク・フォースを外注化したみたいな形でしょうか」

「分かりやすいような、分かりにくいような。合っているようで合ってない、微妙すぎる例えだ」

 戒斗の言う通りだった。葉月の例えは的を射ているようで、その実は割と外れている。

 ――――スペシャル・タスク・フォース、通称STF。戒斗もまた所属していた、嘗てのC.T.I.U内部に存在していた特殊作戦班だ。通常実働任務を担当する作戦局とは別枠に位置し、統合作戦本部の直轄で動く特殊部隊。例えるならばアメリカ特殊作戦軍に指揮されるデルタ・フォースのような存在、それが戒斗の所属していSTFという部隊だ。

 特に、戒斗が先代にして二代目A-9200だったリサ・レインフィールドと共に所属していたSTFヴァイパー・チームはSTFに於いても少々特殊で、旧S.I.A時代の精鋭エージェント・コードA-9の体制をそのまま引き継ぐ奇妙なチームだった。その任務は通常のSTFに課せられる任務の他、重要度の高い諜報任務や要人の護衛ミッションなど多岐に渡っていた。今は壊滅したクリムゾン・クロウの相手を担っていたのも、このヴァイパー・チームだったのだ。

 少々余談は過ぎたが、前述の通りSTFは少数精鋭の特殊部隊に近い趣の部隊だった。それを幾ら武装集団といえ、たかが警備会社と一緒にされては困るというものだ。規模も練度も、その何もかもが異次元にして、そして謎のヴェールで包まれていた闇の特殊部隊。それが嘗てのC.T.I.U内に存在していた精鋭部隊、スペシャル・タスク・フォースだったのだ……。

「確かに、今のわたくしの説明ですと、そう思われてしまっても仕方のないことですわ」

「まあ何にせよ、そんな連中と俺を組ませて、俺に何をさせたい?」

「簡単な話ですわ」と葉月は言う。「わたくしの知り合い、その警備会社の社長を護って頂きたいのです」

「護る、だと?」

 怪訝な声で戒斗が訊くと、葉月は「はい♪」とまた頬の傍で手を合わせてにこやかに頷く。

「その(かた)は、自らの復讐の為に物騒な警備会社を起こしました。スポンサーはわたくしです。

 …………理性的な(かた)ですが、しかし危うい面も多い(かた)です。そこでA-9200、貴方には彼女の復讐の手伝いと、そして万が一の為の切り札として――――」

 葉月が、にこやかな顔でそこまでを紡ぎ出した時だった。

「――――お断りだ」

 あまりに唐突に、戒斗が右腰から引き抜いたグロック26の銃口を葉月へと向けたのは。

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