Execute.64:High Pressure./安藤葉月①
リムジンが到着した先は、ほんのささやかな山……というより小高い丘の森の中にある、ちょっとした邸宅のような場所だった。ここが件の、香華の別荘の一つらしい。
車から降りた戒斗とエマは香華と、そして執事の高野に連れられ。そうして邸宅の中へと誘われる。香華の言う通り、"警備"の人間と思しき連中と何度もすれ違った。
「…………」
黒いスーツを着た奴の脇が膨らんでいることを、勿論戒斗は見逃さない。それどころか、幾らかだが完全武装の奴らまで見かけるほどだった。PACAソフトアーマーを胴体に羽織り、首からスリングで提げて堂々と持ち歩くのはMP5サブ・マシーンガン。明らかに外国人の彼らは、何処からどう見ても非合法な一団だった。
彼らは全て、西園寺財閥が飼っている警備部門の連中だ。警備とは名ばかりで、その実態は私設軍隊に等しい。国内外から優秀なオペレーターたり得る資質を持ち合わせた元軍人や自衛官、警察官などを集め編成された部隊だ。正確にはシカゴに本拠を置く別会社のPMSCs(民間軍事企業)なのだが、しかし実態としては西園寺財閥直属の兵員ということになる。完全に非合法でダーティな一団だが、しかし様々な都合で政府筋には黙認されている節があった。
久方振りに彼らの姿を拝んだが、相変わらず頼もしい奴らばかりだ。前に比べて白人や黒人の姿が多く見受けられるのは偶然なのだろうか。いや、もしかすれば米海兵隊辺りから引き抜いた人材かもしれない。何にせよ、頼れる連中だ。戒斗とてエージェント時代にC.T.I.Uの外注という形で何度も共闘する機会があったからこそ、彼らの実力を信頼できているのだ。
「す、凄いね……」
そんな連中と何度もすれ違っていれば、廊下を歩くエマはおっかなびっくりといった様子できょろきょろとしつつ、戒斗の羽織るロングコートの裾を指先で摘まみ、小声で囁きかけてくる。
「こんなモンだよ、香華の回りってのは」
偶然すれ違った、見知った顔のオペレーターと手振りで挨拶しつつ戒斗が囁き返してやるが、エマは「そ、そうなの……?」とやはり困惑したままだった。
「色々とあるのさ、面倒なコトってのが」
そうして香華と執事の高野に導かれ、通された先は広い応接間のような場所だった。豪華とはいかないまでもシックで落ち着いた具合の、しかし格調高いような内装と調度品で埋め尽くされた応接間。赤っぽい絨毯が引かれた部屋の真ん中ぐらいには、明らかに応接用と思しき革張りの横に広いソファが四脚、中央のガラス張りで背の低いテーブルを囲むようにして据えられていた。
そんなソファの一角に、一人の女が待っていた。今時珍しく着物なんか着こなしている女だ。黒い髪は簪か何かで小さく纏めていて、着物の首元の隙間からチラリと見えるうなじは白く艶やか。それでいて背筋の伸びている後ろ姿は慎ましく、まるで時代劇かそれに類する御伽話からそのまま飛び出してきたようだった。現実味がまるで感じられないほどに現実離れした光景だが、しかし戒斗の眼にもエマの蒼い瞳にも、それは現実として映っていた。
「あら、お待ちしておりましたのよ」
とすれば、その女は扉が開いた音に気付いたのか、スッとソファから立ち上がると戒斗たちの方へと振り返った。傍らに初老の――香華に付き添う高野よりは若い――初老の執事を侍らせた着物の女はぺこり、と、やはり礼儀も姿勢もあまりに正しすぎるお辞儀で以て戒斗たちに礼を尽くす。それに戒斗もエマも思わず気圧され、二人とも揃って軽く会釈をしてしまったほどだった。
「……アンタが、俺を呼んだ?」
戒斗が訊くと、女は「ええ♪」と頬の傍で手を合わせる仕草なんかしつつ、嬉しそうに微笑んだ。
「お待ちしておりました、エージェント・A-9200」
「その名は捨てた」と、戒斗。「今の俺はA-9200じゃない、ただのしがないフリーランスだ」
「それでも、貴方様が伝説のエージェントでいらしたことには変わりありませんことよ?」
「そういうアンタは、何者だ?」
右腰のスーツズボンの裏側、インサイド・ホルスターに隠したグロック26自動拳銃の感触をさりげなく確かめつつ、戒斗が問う。すると女は「あら、わたくしとしたことが。申し遅れてしまいましたわ」と口元を手で押さえながらハッとし、
「わたくし、安藤葉月と申しますわ。以後、お見知り置き頂けると嬉しいです♪」
その女――――安藤葉月は着物の袂をサッと振りつつ、自身をそう名乗ってみせた。




