Execute.63:Abnormalize/運命の分岐点
「悪かったわね、急に呼び出したりして」
対面の座席に座る香華に「良いさ」と肩を竦めて告げ、肘を突いた戒斗は窓の外を流れる昼前の柔らかな陽光降り注ぐ街並みをチラリと横目に眺めた。まだまだ寒い冬風の吹き付ける街の中は、しかし日差しだけは何処かぽかぽかと暖かそうでもあった。
「…………」
――――例の「A-9200に逢いたい」とかいう人物に香華を通じて戒斗が呼び出されたのは、ほんの昨日のことであった。
そして昨日の今日で会合のアポを取り、こうして香華も同伴で西園寺財閥のリムジンに乗せられている。運転担当は高野という名の老執事だ。戒斗もよく見知った顔で、随分と懐かしかった。
互いに安心して会合に臨む為といって、先方の方からの提案で会合場所も中立の立場である香華が用意した場所になるそうだ。見ず知らずのこちらに気を遣ってくれているのか、或いはその逆で、随分と慎重な人物なのか。だがどちらにしても、戒斗にとっては有り難い提案だった。素性も知らぬ人間の本拠地へ乗り込むのは、正直言って気が進まない。
「こんなの、初めて乗ったよ……」
……そして意外だったのが、エマまで共に連れて来ても構わないと向こうが了承したことだ。
正直、相手が分からないだけに戒斗にとっての不安要素も多い。自分が出掛けている間に向こうの息の掛かった奴がセーフ・ハウスを襲い、エマを人質に取られる可能性だってありうる。現状、昔のように腕の立ち、それでいて信頼の置ける人間というのは戒斗の回りから殆ど居なくなってしまった。
(……昔みたいなことは、繰り返したくない)
そして何よりも、戒斗自身のトラウマもあった。こうして置いていって、その末に殺されたのが……優衣なのだから。
故に、戒斗は多少のリスクを冒してでも彼女を会合に同伴させることに決めた。小振りなサブ・コンパクトのグロック42自動拳銃も護身用に持たせてある。彼女の腕と胆力があれば、とりあえずの修羅場は何とか潜り抜けられると踏んでのことだ。
本当なら、その上でこのリムジンの中で待っていて貰う予定だった。しかしエマはそれを戒斗が話しても「僕も着いて行く」と聞かず、結局は会合の席まで連れて行くことになってしまっている……。
現状考えられるとすれば、それが唯一の懸念材料だ。仮に破談になり、その末に戒斗の命までをも狙ってくるとなると、そうするとエマまで顔が割れてしまっていることになる。出来ることなら、それは避けたかったのが戒斗の本音だった。
(いざとなれば、俺が殲滅するしかない)
だが、敢えてそこはエマの意図を汲み、そして戒斗自身もそんな覚悟を決めた上で、今日の会合に臨むこととなったのだ。何よりも、あの眼には。硬い決意の籠もった彼女のアイオライトの瞳には、何故だか戒斗は逆らいたくなかった。
「まあ、普通はこんな大仰なものに乗る機会って無いでしょうからね」
「すっごいや、さっきから驚きっ放しだ……。カイトは何度も乗ったこと、あるんだっけ?」
にこやかに香華と談笑していた隣のエマにそう、唐突に話を振られた戒斗は「ん?」と一瞬だけ間の抜けた反応を返し、その後で「まあな」と彼女の問いに頷いてやる。
「それで香華、会合の場所って何処なんだ?」
「私の持ってる別荘の一つ。とりあえず現状すぐに使えるとなったら、そこしかなかったの」
頷く香華の言葉に「そうか……」と戒斗が表情に影を差しつつ低く頷くと、すると香華は「心配することないわよ」とにこやかな笑みで言う。
「少なくとも、私からは信頼の置ける相手よ。それに万が一となったら配置してある警備で何とかする。状況は私たちの方が有利よ。だから戒斗、そんなに心配することないって」
「信じてみても、良いんじゃないかな?」
すると、エマが続けて戒斗の顔を見上げながら言った。いつの間にかシートに突いていた戒斗の右手の上に自分の左の掌を重ねながら、蒼い瞳がじっと戒斗を覗き込んでくる。
「向こうはさておき、香華は戒斗にとっても、それに僕にとっても信頼できる相手だ。そんな香華が言うんだから、少しぐらいは信じてみようよ」
「だが……」
「……ね?」
やっぱり、自分はどうにもこんな彼女の眼に弱すぎるらしい。
「……分かったよ」
こんな視線をエマの蒼い双眸から注がれてしまえば、戒斗は大きく肩を竦めながらも折れてしまうことしか出来なかった。全く、どうしてこう弱いのか。
だが、確かにエマの言う通りでもあった。他はさておき、香華はエージェント時代からの古い付き合い。そして戒斗にとっても信頼できる数少ない一人だ。そんな彼女が大丈夫だと言うのだから、信じてみても良い気がする。
「っと。二人とも、もうすぐ着くわよ」
そうしていれば、香華が知らせてきた。例の先方との会合の場所が近いことを。そして、戒斗とエマの二人にとって、運命の分岐点となり得る人物との出逢いが近づいていることを…………。




