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やがて降る雨、それは復讐という名の雨  作者: 黒陽 光
冬の日、束の間の休息
62/279

Execute.62:溢れる想いをぎゅっと手のひらの中に詰め込んで③

「よーしっ、出来たぁっ!」

 それから間もなく、キッチンの方からエマのやり遂げた達成感に溢れた独り言が聞こえてきた。どうやら例の手作りチョコレート、バッチリ完成したらしい。

「おっ、出来たか」

 戒斗は栞を挟んだ本をパタンと閉じ、テーブルの上に放るとソファから立ち上がる。カウンター式のキッチンに肘から身体を乗り出して奥を覗き込んでやると、確かにそれっぽい物がトレイの上に幾つも並んでいた。わざわざ用意した型にでも流し込んだのか、赤黒い甘そうなチョコレートの塊がハートの形をしているのが、何だか嬉しいような小っ恥ずかしいような、そんな複雑でふわふわとした気持ちを戒斗の胸中に抱かせる。

「……むー」

 そうして戒斗がカウンター越しに覗き込んでいれば、彼の視線に被さるようにずいっとエマが割り込んできた。腰に手を当て、少しばかり不満げな顔を隠そうともしないで。

「まだ完成じゃないのに、覗いたら駄目なんだよ?」

 どうやら、まだアレでも完成形じゃないらしい。戒斗の眼から見れば十分すぎるぐらいに完成品なのだが、やはりそこはこだわりがあるのだろうか。戒斗もある一方面に限ってはまるで彼女のことを言えないほどの凝り性なので、ここでどうこう言う資格はなかった。

「分かったよ、悪かったって」

 そんな怒りっぽい顔のエマに押される形で、戒斗は肩を竦めるとそのまま引き下がっていく。

「まあでも、すぐに出来るから。そこでちょっと待っててよ、カイトっ」

 エマの言った通り、その後五分ばかしで彼女はキッチンから出てきた。後ろで組んだ両手の中に何かを隠しているのは明らかで、きっとそれは間違いなくさっきのチョコレートだろう。何かの包装で包んだのかもしれない。くいっと軽く腰を折る彼女の仕草は何処か可愛らしく、しかし頬にポッと僅かな朱色が差している辺り、ほんの少しだけ照れくさそうでもあった。

「――――はい、カイトっ♪」

 と、ほんの少しの間を開けて、照れくさそうな笑顔でエマが隠していた両手を差し出してくる。ずいっと戒斗の方に伸びてきた小さな手のひらがぎゅっと握っていたのは、やはりというべきか小っちゃな袋に包まれたハート型のチョコレートたちだった。

 きゅっと口が細いワイヤー入りの紐で結ばれている、そんな透明な小袋いっぱいにチョコレートが詰め込まれている辺り、やっぱり一度戒斗を追い出したのはこの袋に詰めたかったかららしい。エマの性格上、形から入るというか、やっぱり雰囲気を求めたいのかもしれない。確かにこうしてちゃんとした形で貰えば、何となく雰囲気も出るというものだ。

 思い出してみれば、美代学園に潜入していた頃もこんな感じで見ず知らずの同学年の女子にやたらと渡された覚えがある。尤もクオリティは段違いで、記憶にある奴らは素人感丸出しの歪な具合だったが、しかし今目の前にあるエマお手製の奴は、それこそこのままちょっとした軽食にお出し出来るんじゃないかってぐらいの完成度だ。流石は料理上手のエマ、この程度はお手の物というワケだ。

「ありがとう、謹んで受け取らせて貰うよ」

 そんな風に内心でかなり感心しつつ、戒斗はチョコの小袋を受け取ると、反対側の手でエマの片手を取ってやる。そのまま手の甲に軽く口付けなんかしてやると、エマは嬉しそうな照れくさそうな、複雑な顔で「えへへ……」と笑った。

「さてと、じゃあ早速……」

 ということで、戒斗は手近にあったダイニングテーブルの椅子に座ると、早速その袋を開けていく。

 小袋を開け、まずは一つを指先でつまみ出す。ハートの形に形成された赤黒い塊は一口でいけそうなぐらいに小さなものだったが、しかしそこに彼女の気持ちが凄い密度で収められていることは想像に難くない。

「…………ど、どうかな?」

 そんな小さな、しかしぎゅっと気持ちが詰め込まれた一つをひょいと口に放り込めば、喰い気味に顔を近寄らせてきたエマが、何だかドキドキとしつつ緊張した面持ちで戒斗に訊いてくる。それに戒斗は咀嚼したチョコを呑み込むと、

「……ああ、美味いよ」

 と、小さく表情を綻ばせながら答えた。

「やったぁっ♪」

 そうすれば、エマはぴょんっと小さく飛び跳ねそうな勢いで喜び始める。そんなエマの至極嬉しそうな反応を「おいおい……」と横目に眺めつつ、戒斗は次々とエマお手製のチョコレートを口へ放り込んでいく。実際、お世辞抜きで美味かった。

 しかも凄いことに、こういうシチュエーションならば失敗作がキッチンの隅に置かれているのがお約束だが、エマの場合は失敗作らしきものがキッチンの何処にも見当たらなかった。流石は料理上手だ。日本料理系は多少は戒斗が仕込んだといえ、ここまで来ると最早天賦の才と言わざるを得ないだろう。

「えへへ、余っちゃったし僕も食べよっかな」

「余ったのか?」

「うん。初めてだったから分量あんまり分かんなくて、ちょっと作り過ぎちゃったんだ」

「……食い過ぎて鼻血、出すなよ?」

「カイトもヒトのこと言えないよー?」

 とまあ、二人テーブルを挟み向かい合いながら、こんな他愛もない会話を笑顔の内に交わしつつ、二人それぞれ同じチョコレートをひょいひょいと摘まんでいく。穏やかな冬の日差しを窓の外に眺めながら、確かに此処には緩やかで、そして甘ったるいほどに穏やかな時間が流れていた。幸せの一言では言い表せないような、そんなひとときが。

 ――――その後、香華から例の一件に関して戒斗に連絡を寄越してきたのは、バレンタイン・デイが終わってから一週間も経たぬ内のことであった。





(『冬の日、束の間の休息』完)

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