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やがて降る雨、それは復讐という名の雨  作者: 黒陽 光
冬の日、束の間の休息
60/279

Execute.60:溢れる想いをぎゅっと手のひらの中に詰め込んで①

 そんなこんなで、時間はあっという間に過ぎ去って。気が付けば二月を跨ぎ、エマにとっては待ち望んでいた十四日が訪れていた。

「ふんふんふーん……なんてね」

 外はひんやりと冷たい冬風が吹き付け、しかし日差しは柔らかなその日の昼下がり。鼻歌なんかを楽しげにハミングさせるエマは独りキッチンに立ち、何かの作業に忙しなく取り組んでいた。彼女にしては珍しく、ちょっとしたエプロンなんか華奢な身体の前に垂らしている。

「ふふっ……♪」

 手にはアルミのボウル、そしてその中には湯煎で溶かした赤黒いチョコレートの海。完成した時のことを考えているのか、はたまたその完成品を渡した時の彼の反応を楽しみにしているのか。ボウルを抱えてぐるぐるとチョコレートの海を波立たせるエマの表情は、何だか歯が浮くぐらいに幸せそうな色でいっぱいだった。

 そんなキッチンの傍らに置いてあるCDプレイヤーから流れるのはフランス語の楽曲。「L'amour Est Bleu」という、1967年にヴィッキー・レアンドロスが発表し、今なお世界的に親しまれている楽曲だ。タイトルを日本語に訳せば「恋はみずいろ」といったところだろうか。エマにとってもお気に入りの一曲で、フランスに居た頃から好きでよく聴いていた一曲だった。

 綺麗な清流のせせらぎみたいなメロディと、恋する乙女を歌い上げたような淡い歌詞。昔はそんなに意識したことはなかったが、今聴くと何だか自分と重ねて見てしまう。彼が傍に居るだけで世界は甘くて蒼く、そして彼が離れて行ってしまえば、心は涙を流し。すすり泣く風と共に、灰色の空に雨が降る。しかし彼がまた戻ってくると、世界は再び甘く蒼くなる。狂おしいほどの恋とともに、世界はまた蒼に染まる……。

 本当に、まるで今の自分をそのまま鏡映しにしたような曲だ。エマはそう思うと、楽しげな横顔の中に何処か照れくさいような朱色をポッと頬へ滲ませた。

 でも、この歌と自分とは少し違う。エマの深すぎる愛の色は蒼というより、寧ろ茜色だ。燃えるような色の赤に近い茜色。出逢った(とき)は雨なのに、しかし今は太陽の色にも似た茜色だと、溶けたチョコレートの海をかき混ぜながらエマは何の気無しに思っていた。

「おっ、やってるなエマ」

 そうしていると、地下にあるちょっとしたトレーニング・スペースからリビングに戻ってきた戒斗が、興味津々といった顔でキッチンの方を覗き込んでくる。彼の格好は下はジーンズに上は半裸、湯気が出そうなほどに汗が滴る首にタオルをぶら下げているといった感じだ。

「もうっ、駄目だよカイトっ」

 しかし、そんな戒斗に対してエマの反応は何処か怒りっぽい。傍らに溶けたチョコレート入りのボウルを抱えながら、片手を腰に当てて腰を折ると、ぷいっと戒斗に不満そうな顔を向ける。とはいえ、片方の瞼を閉じてなんかいる膨れっ面は、どちらかといえば可愛らしい印象の方が強い。

「バレンタインのキッチンはね、女の子の聖域なのっ。だから此処は男子禁制、覗いたりしたら駄目なんだからね?」

 ぷんぷんと、まるで頭の傍から何か出ていそうな怒った反応を、しかし何処か可愛らしい仕草でエマは戒斗に向けてくる。どうやら覗くなと言いたいらしい。まあ言い分は尤もだ。

「まるで鶴の恩返しだ……」

「カイト、何か言った?」

「いいや、何でもない」

 肩を竦めた戒斗の反応に「んー……?」と疑問符を浮かべたエマは、しかしそれ以上の追求をせずに戒斗へ向かって次の言葉を紡ぎ出す。

「それより、汗びっしょりじゃないか。シャワーでも浴びてきたらどうかな?」

「そうさせて貰おう」と、戒斗。「もう暫くは掛かりそうだし、ゆっくり待たせて貰うよ」

「うんっ! 楽しみにしててね、頑張って作るから!」

 浴室の方に歩いて行く半裸の背中を見送りながら、エマが嬉しげな顔で言う。すると一旦立ち止まった戒斗はクッと背中を反らせながら首だけで振り返り、

「ああ、何よりも楽しみだ」

 後ろ手に振りながらそう告げると、戒斗は今度こそ浴室の方に歩いて行った。

 少しして、遠くからシャーッと水音が聞こえ始める。それを合図にエマは「よしっ!」と気合いを入れると、更にチョコレート作りを進めていく。

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