Execute.58:.357マグナム/それは愛と哀しみの色
楽しいクリスマスは過ぎ去り、次は年の終わりを控えた十二月二八日。この日は戒斗もエマも家に籠もりきりで延々とセーフ・ハウスの大掃除に取り組んでいた。
この家は、元々は戒斗の師匠であるリサ・レインフィールドのものだ。今は亡き彼女が日本で長らくの間を過ごした隠れ家だったが、しかし彼女の死去とC.T.I.Uの壊滅以降はめっきり人の立ち入らない空き家となっていたのだ。戒斗が訪れたのもC.T.I.U壊滅後、日本を離れる直前に余りの武器や弾薬、そして自分が乗り回していた相棒たる数台のスポーツカーをこの家のガレージへ隠しておく為にチラリと訪れただけで、それから数年前にエマを連れて戻ってくるまでは本当にただの空き家だった。
しかも、エマと共にこの家を再び使わせて貰うことになって以降も、何だかんだと忙しく大掃除らしいことをしている暇はなかった。そんな事情があって、珍しく年末年始が暇になった今年は「掃除をしよう」と、戒斗もエマもどちらから言い出すでもなく大掃除をすることに決めたのだ。
そうすれば、出るわ出るわの埃やよく分からない代物。地下にある武器庫やちょっとした射撃場は知っていたが、しかしそこに貯蔵されている武器弾薬の量はあまりにも桁違いだった。
他にも、リサの趣味だった古いマーティン製のアコースティック・ギターや大量のワインとウィスキー。更には古今東西のゲーム機やそれに対応する大量のゲームソフトなどもあった。古いところで言えば1970年代のオデッセイから始まり、ATARI2600やセガ・マークⅢなんかの基本ラインは当然確保。中にはNECのPC-FXなんて微妙なハードまで揃っていたものだから、これを掘り出した際は戒斗もエマも揃って苦笑いを浮かべざるを得なかった。
「ん?」
そうしている中、戒斗はとある戸棚の引き出しから妙な木箱を見つけた。二人が寝室にしている二階のベッドルームの隅にある、今まで開ける機会の滅多になかった戸棚からだ。
「どうしたの、カイト?」
戒斗が怪訝な声を出せば、窓を拭いていたエマが気になった様子でとことこと歩み寄ってくる。戒斗は「ああ」と頷けば、引き出しから取り出したその木箱を彼女に見せてやる。
「これは……?」
「分からん、多分リサが置きっ放しにしてた奴だ」
戸棚の上に幾つも立てられていた写真たち――幼少期の戒斗や、エージェントになった後の若かりし戒斗がリサと共に写っているやつばかりだ――を軽く退かし、その上に例の木箱を置く。何処か小振りなブリーフケースのような趣のそれをパカッと開くと、すると二人の前に現れたのは一挺のリヴォルヴァー拳銃だった。
「カイト、これって……」
「ああ」布の敷かれた木箱の中に横たわる拳銃を指先で撫でながら、戒斗がエマと同じく神妙そうな顔で頷く。
「S&W・モデル19コンバット・マグナム。――――親父が使ってた拳銃だ」
それは、嘗て戒斗の父――――戦部崇矢がC.T.I.Uの前身となる諜報組織・S.I.A最強のエージェント、コードネーム・A-9200として暗躍していた頃に使っていた拳銃だった。
Kフレーム規格に四インチ銃身、マボガニー材の渋いグリップ・パネル。見た目こそ明らかに使い込まれているが、しかし錆一つ無く状態は悪くない。共に木箱に収められていた六発の.357マグナム弾は流石に消費期限切れといったところだろうが、しかし銃そのものは軽い分解整備をしてやればまだまだ使えそうな感じだった。
「前に、リサから親父の銃だって見せて貰ったことがある。何処に行ったのかと思ってたが、まさかこんな所に仕舞い込んでたなんてな。ったく、アイツめ……」
そのコンバット・マグナムを手に取って状態を検分しながら、戒斗はリサのことを思い浮かべつつ、ほんの少しだけ表情を綻ばせた。
戒斗は、崇矢が生きていた頃はまさか父親が諜報組織のエージェントだとは知らなかった。知ったのは後になってから、それこそリサが死ぬほんの少し前といった頃だった。その時にリサはこのコンバット・マグナムを父の遺品だと言っていたが、それ以降は今まで行方知れずだった。
だからだろう、自然と表情が綻んできてしまうのは。今まで捜しても見つからなかった物が、やっとこうして目の前に現れたのだ。まるで刻を見計らったかのように、導かれるように目の前に現れたのだ。こんな巡り逢わせを体験してしまえば、戒斗も掃除疲れに染まりかけていた表情が緩くなってしまう。
「カイトのお父さんの、か……」
「でも、まだ使わないさ」と、コンバット・マグナムを木箱に戻しながら戒斗が言う。「刻が来ない限り、コイツはここに仕舞っておくよ」
「そっか」
木箱を閉じる戒斗の肩に寄り添いながらエマは頷くと、するとすぐに「あ、そうだ!」と何かを思い出す。
「カイト、ちょっと待ってて」
そうすると、途端に何処かへと駆け出していってしまい。それを戒斗が不思議そうな表情で見送れば、数分後に彼女は戻ってきた。今戒斗の目の前にある物と同じような木箱を、その華奢な手の中に抱えて。
「これも」
すると駆け寄ってきた彼女は、その木箱を戒斗に向かって差し出す。
「これも、カイトのお父さんの拳銃と一緒に仕舞ってあげて欲しい」
「…………」
真っ直ぐに戒斗の顔を見据えるアイオライトの双眸は、冗談を言っているようには見えなかった。
「分かった」
戒斗は頷きながらそれを受け取ると、一旦戸棚の上に置いてとりあえず中身の状態を検分しておくことにする。パカッと木箱を開けば、中から出てきたのはやはり一挺のリヴォルヴァー拳銃だった。
――――マニューリン・MR73。
フランス製の、やはり.357マグナム弾を使用する六連発のリヴォルヴァーだ。六インチの長い銃身からシリンダー、そして特徴的な格好をした銃把までが描くラインが美しい。キラッと煌めく黒い焼き入れの色は、まさにフランス製に相応しいほどに芸術的だった。
フランス国家憲兵隊の対テロ特殊部隊・GIGNにも採用されているこのMR73は、嘗てフランスを発つ際、エマに「どうしても」とせがまれて日本まで持ち込んだ一挺だった。
「……僕のパパが持ってた拳銃。家に残ってたんだ」
昔、何処か寂しそうな顔でエマがそう言ってたのを覚えている。そんな彼女の湿っぽい顔に負けて、ちょっと無理をして戒斗はこれを日本にまで持ち込んだのだった。
「コンバット・マグナムとMR73、どっちも.357マグナム……」
数奇なものだ、と戒斗は木箱を閉じながら思う。戒斗の父とエマの父、共に飛行機事故に装った撃墜で浅倉に殺された二人がそれぞれの子に遺した拳銃は、どちらも.357マグナムを用いる六連発のリヴォルヴァー拳銃なのだ。宿命というものがもし本当に存在するのだとすれば、それは余りに奇妙で。そして、あまりに残酷すぎるものだと戒斗は思った。
「エマ」
そんな二つの木箱を引き出しに収めながら、戒斗は傍らにエマを抱き寄せた。
「ん?」
「いつか、必ずこの二挺を使う日が来る」
「うん」
「俺は、必ずその刻を手繰り寄せる」
「……うん」
「だから、待っててくれ。すぐに終わらせる、何もかもを」
「分かった。……終わらせよう、僕たち二人で」
「ああ」抱き寄せる腕の力を強めながら、戒斗は神妙に頷いた。「終わらせるんだ、俺たち二人で」
そして、スッと引き出しが閉じられる。コンバット・マグナムとMR73、二人の父が遺した.357マグナム・リヴォルヴァーに今暫しの封印を与えるべく、コトリと小さな音を立てて。しかしその数奇な宿命を、愛と哀しみの色を背負った.357マグナムの気配を、確かに二人の胸に刻みつけながら…………。




