Execute.57:Very Mary X'mas./凍えそうな白、舞い散るは白雪④
最後に霧香がやって来て以降は、それはそれはどんちゃん騒ぎという言葉が相応しいほどだった。
まずは定番のクリスマス・ケーキから始まり、ドデカいホールケーキに立てたロウソクの火を吹き消す役はエマだ。蛍光灯を消して暗くなったリビングの中、ロウソクの火だけがぽわぁっと幻想的に浮かび上がる。それをエマが「ふぅっ」と可愛らしく息を吹きかけて消せば、全員で一斉にパァンっとクラッカーでも鳴らしてみたりもした。
その後は、戒斗がエマと二人がかりでバッチリと用意しておいた料理類でご馳走と洒落込む。ド定番の七面鳥……は面倒なので代用品の骨付きチキンから始まり、手軽なものから手の込んだ逸品まで。幾ら料理の腕前がピカイチ(に、ならざるを得なかった)でも戒斗だけではとても用意しきれなかった量だが、しかしそこはエマがバッチリと手伝ってくれたお陰で何とでもなった。
「カイト、オーブン出来てる?」
「バッチリだ、出すぞっ」
こうしてエマとキッチンに並び立ちながら忙しなく動いていると、そういえば今まで周りの女は全員まるで料理が出来なかった奴ばかりだったな、と戒斗は何故かそんなことを思い出してしまっていた。リサも優衣も下手をすればキッチンを吹き飛ばすレベルで料理の腕が壊滅的だった。遥は割とそつなくこなしていたが、それでも料理が出来る方ではなかった。
「ふんふふーん……♪」
そんな過去のことを思えば、戒斗は今の状況を素直に有り難いと思う。何てたって隣に立つエマは、料理が半分趣味みたいなものだ。ご機嫌そうに鼻歌なんかハミングさせながら、しかしその手際は早く無駄がない。これだけの大人数を相手に平気で捌けているのは、ひとえに彼女の助力があってのことだった。
そんな具合に二人で一通り料理を出し終えれば、後は完全に酒盛りだ。幸いにして未成年はエマと美弥だけ(といっても、エマはなりふりに構わず呑んでしまうのだが)なので、気兼ねなく酒を振る舞える。買い込んでおいたシャンパンを何本も開け、その後で他の面々が缶ビールをかっくらっているのを横目に、戒斗は独りジャック・ダニエルの水割りと洒落込む。戒斗はどうにもビールだけは駄目だった。
酒が入ってしまえば、普段まともな連中までポンコツに成り果ててしまう。白井とステラは普段の三割増しぐらいの夫婦漫才めいたひどいやり取りを延々と交わしているし、レヴィはガハハガハハとそれを眺めながら馬鹿笑い。ミリィも横目に眺めつつ時折フッとクールに笑い、そして一人オレンジジュースを傾ける美弥は酒の入った香華に「あはー、ホントにみゃーちゃんかーわいぃー!!」と抱きつかれる始末。延々と彼女の膝の上に乗せられた美弥は「はわわわ……」と顔を赤くして慌てるのみだ。ちなみに霧香はといえば、部屋の隅で「夜叉の構え……」とか意味の分からないポーズを決めつつ謎のキメ顔をしている。
とまあこんな具合のひどい様相でクリスマス・パーティの夜は更けて行き、後半はビールと宅配ピザでだらだらと過ごす。
そんな中、テレビで流す映画は定番の「ホーム・アローン」……ではなく、戒斗の独断と偏見で「ジングル・オール・ザ・ウェイ」だ。アーノルド・シュワルツェネッガー主演のクリスマス的なコメディ映画を延々と垂れ流しながら、ぐだぐたと過ごす。ちなみに観終わってもまだパーティは続いたので、途中でB級ホラーコメディ映画の「サタンクロース」に入れ替えた。……誤字ではなく、本当にこの邦題なのだ。
「カイト、どうしたの?」
こんな具合に夜が更けていく中、戒斗が独りしれっとベランダに出て夜空を見上げながら水割りのグラスを傾けていると、するとエマが隣に寄り添いながらそう声を掛けてきた。
「ん?」グラスをちびりと傾けて、戒斗が彼女に横目を流す。「ちょっと、外の空気吸いたくてな」
「そっか」
ベランダの手すりに肘を乗せ、二人寄り添いながら冬の夜空を見上げる。所々に雲が覆う夜空の向こうには綺麗な三日月と、そしてオリオン座が微かに垣間見える。ちらちらと微かな白い雪の舞い落ちる空は、ムードのせいか何処か幻想的でもあった。
「綺麗だね……」
戒斗の左腕に頬を寄せながら夜空を仰ぐエマがボソリと言う。戒斗は「ホワイト・クリスマスか」と同じく夜空を見上げながらボソリと言葉を返した。
「そういえば、あの時のクリスマスも雪が降ってたな」
「あの時?」
きょとんと見上げて訊き返すエマに「ああ」と戒斗は横目を流しながら頷いて、
「昔な、エージェントだった頃にテロリストにビルが占拠されたんだ。俺はそこにたまたま居合わせて、単独で奪還する羽目になった。しかもクリスマスにな」
戒斗が言うのは、新名古屋スクウェア占拠事件とは別の一件だ。彼は不幸なことに何度もそんな事件に巡り逢ってしまっている。その時はC.T.I.Uの支援も上手く作用せず、地上四〇階近い高層ビルをたった一人で真面目に取り戻す羽目になってしまったのだ。そういえば、あの時もこんな風に雪の降るホワイト・クリスマスだった。
「クリスマスに高層ビル、まるでダイ・ハードだ」エマがおかしそうに笑いながら言う。「君はジョン・マクレーンなの?」
「髪はアイツよりあるが、不運度合いで言っちまえば似たようなモンだ」
戒斗ははぁ、と大きな溜息をついて肩を竦める。吐き出された溜息が白くなって、そして雪の降る夜空の中に霧散していった。
「ジョン・マクレーンといえば、エマにあのこと話したことあったっけか」
「あのこと?」
「あのことだ」きょとんとする傍らのエマに、ニヤニヤとしながら戒斗が頷く。
「俺が前にアメリカ海軍の特殊部隊、NAVY-SEALsに研修って形で何年か所属してたのは、前に話したよな?」
「うん」頷くエマ。
「勿論、俺はC.T.I.Uのエージェント候補のだったから、本名は名乗れない。当然偽名を名乗らなきゃならないんだが、問題はその時に名乗った偽名だ」
「あ、もしかして……」
そこまで言うと、エマは何となく察しが付いたのか、ニコニコと笑顔で戒斗の左腕を指で突っついてくる。それに戒斗は「そういうこと」とやはりニヤニヤとした顔で頷いて、そして答えを告げてやった。
「その時の偽名が、ジョン・マクレーンってワケよ」
我ながら、馬鹿な偽名だとは今にして思う。さて偽名を決めようって時にパッと思い付いた奴をそのまま使ったのだが、仲間内じゃあかなりイジられたのを覚えている。本当に馬鹿で単純なネーミングだが、しかし今にして思えば良い思い出だ。
「…………」
そのことをウェズにも――エージェント時代の戦友、黒人のウェズリー・クロウフォードにも話したことがある。現役当時に顔を合わせる機会はなかったが、彼もまた戒斗とほぼ同じ時期にSEALのチーム7隊員だったらしい。ダヴィド・ギュルヴィッチ元大統領に囚われた優衣とレヴィを救出しに孤島へ空挺降下を行う直前、準備を進めながら戒斗がこのことを話せば、ウェズが馬鹿みたいに大笑いしていたことを思い出した。
(ウェズ、見てるか)
ふとした折に彼のことを思い出してしまえば、戒斗は見上げる夜空に向かい胸の内で彼に語り掛けてしまう。今は亡き彼へと、この夜空浮かぶ冬空の彼方に居るのかもしれない、忘れられない義兄弟へと。
(俺はまだ、生きてる。生きている限りは忘れないよ、お前のことは)
「……カイト」
そんな、郷愁にも近い思いに戒斗が耽っていると。すると隣のエマが小さく囁きかけてきた。
「来年も、こんなクリスマスが迎えられると良いね」
「……だな」
フッと微かな笑みを浮かべながら頷いてやると、するとエマは「あっ、そうだ」と何かを思い出したような仕草をし。一旦戒斗の腕から離れるとガサゴソとポケットを弄り、そして「はいっ」と笑顔で戒斗に何かを差し出してきた。
「エマ、これは」
受け取ったそれは、包装紙に包まれた小振りな箱だった。エマは「えへへ……」と小さく笑うと「クリスマスプレゼント、カイトへの」と照れくさそうに言う。
「開けてみてもいいか?」
「うん、勿論っ」
包装紙を破き中を開けると、それはちょっとした化粧箱のようなもので。更にそれをパカッと開けると、中身は腕時計だった。
「カイト、前に頑丈な時計なくしちゃったって言ってたから。それを思い出したんだ」
開けた化粧箱に収められていた腕時計は、CASIOが世界最強と謳うタフな腕時計、G-SHOCKブランドのモデルMT-Gだった。光を反射しにくい黒染めのそれは、嘗て己が愛用していて。そしてなくしてしまった物と寸分違わなかった。嘗て師たるリサ・レインフィールドが「気まぐれに」買い与えてくれたものと、何一つ変わらないものだった。
「エマ……」
これは、どんな偶然だろうか。彼女はきっと戒斗のことを思って選んでくれたのだろう。過酷な戦いに身を置くことも多い彼を支えてくれるぐらいにタフなものをと、彼女は必死に頭を使って選んでくれたのだ。
だからこそ、この偶然は余計に戒斗の胸を打った。運命というものは、何と数奇なものだろうと。
「……ありがとう、素直に嬉しい」
故に、戒斗はエマに貰ったMT-Gをその場で左手首に巻き付けた。黒染めのボディにポトリと落ちる一粒の雪は、そんな彼の前へ「えへへ」と照れくさそうに笑う彼女の笑顔、その微かな儚さとよく似ているような気がした。
「そうだ、俺も君にプレゼントがあったんだ」
「僕に?」
戸惑うエマを前に、戒斗はそっと彼女へ近寄り「手、出してくれ」と言ってエマの右手を取る。
「これを」
そして戒斗はそんな彼女の手首に、懐から取り出した、ほっそりとした金色のブレスレットを着けてやった。
「ちょっとしたお守りだ」
実を言えば、これには緊急用の超小型ビーコンが仕込まれている。嘗て優衣へ渡し、そしてダヴィド・ギュルヴィッチ元大統領のクーデター軍に彼女がレヴィと共に攫われた際、救出する為の手掛かりとなった物の改良型だ。昔の物のようにビーコンを手動起動する必要はなく、こちらからGPSで位置を追跡できる。半分戒斗お手製の、手の込んだお守りなのだ。
「ソイツさえ持っていれば、君に何があろうと俺は駆けつける。エマが世界の何処へ攫われようと、必ず俺が助け出す」
それは、戒斗の決意の表れでもあった。今度こそ、優衣や遥のように彼女を失いたくない、失わないという決意の……。
「……うん、分かった」
エマはそんな戒斗の思いの詰まったブレスレットが回る右手首を胸元に寄せると、それを大事そうに左の掌で抱え瞼を閉じる。祈るように、彼の想いを噛み締めるように。
「ありがとう、カイト。大事にするよ、絶対に……」
呟きながら、エマはそっと戒斗の胸へと飛び込んでいく。自分の胸元に右手首のブレスレットを抱いたまま、彼の両腕に抱かれて。
「……来年も、きっと楽しいクリスマスが過ごせるさ」
彼女の華奢な身体を抱き寄せながら、戒斗はひとりごちるように呟いた。家の中の喧噪も遠く、そして雪の降り注ぐ寒い夜空の下。二人は暫くの間、そうして静かな聖夜の余韻に浸っていた。




