Execute.56:Very Mary X'mas./凍えそうな白、舞い散るは白雪③
それから夜が更けていけば、二人では広すぎるこのセーフ・ハウスに次々と来客が訪れてきた。
「やあ、邪魔するよ」
香華の到着から暫くした後、最初にやって来た次の来客はミリィ・レイスだった。デニールの濃い黒のタイツとホットパンツ、そして上はパーカーといった格好で現れた彼女は、短い茜色の髪の下に見せるターコイズ・ブルーの瞳をクールな色に染めてラフな挨拶をする。一四〇センチ台の小柄な体格のせいで何となく子供っぽい風貌だが、しかし湛える表情は相変わらず氷のようにクールだ。
「直接こうして顔を合わせるのは久し振りだな、ミリィ。歓迎するよ」
「君も元気そうで何よりだ。……歓迎どうも、お邪魔する」
そんなこんなで合流したミリィも、元々仲の良いエマは別として、香華とも比較的早く打ち解けたようだった。香華曰くミリィは「あの娘に雰囲気似てて、接しやすい」だそうで。それが昔馴染みの――今は行方を眩ました葵瑠梨のことを言っているのだということは、戒斗にもすぐに理解出来た。そういえば瑠梨もミリィ・レイスと似たような、情報処理とコンピュータ関係のプロフェッショナルだった。
「おーう、邪魔するぜい」
としていれば、間もなく次の来客だ。
「レヴィか、悪いな呼びつけて」
「良いってコトよ。それに親父に送って貰ったしな」
「相変わらずの心配性だ」
現れたのは、ミリィ・レイスとはある意味で対照的とも取れるナイス・バディの若い女だった。長身で容姿端麗、純粋なプラチナ・ブロンドの髪は右前を掻き上げ、そして後ろは長く派手なポニー・テールに結った格好の女だ。西洋寄りの顔立ちに違わぬアメリカ人とのハーフで、見た目通りに快活な性格の彼女は、名を高垣・レヴェッカ・ライバックという。仲間内での愛称はレヴィで、嘗て戒斗が美代学園に学生として潜入していた頃のクラスメイトだった。
そんな彼女は、戒斗がC.T.I.Uのエージェントであったことを知っている。というより、とある事件に際して知るしかなかったのだ。
(ダヴィド・ギュルヴィッチ元大統領のクーデター未遂事件……)
今となっては、懐かしい響きだ。東欧の小国・メルニスタン共和国の元大統領が再びその座を狙って起こしたクーデター未遂。その事件に戒斗とレヴィ、そして彼女の父であるスティーヴン・ライバックが巻き込まれたことがある。結論としては公海上の島一つを爆撃で吹き飛ばした末にダヴィド元大統領の殺害という結果で終息した事件だったが、その際に人質としてレヴィが捕らえられていた。救出の際、彼女は戒斗がエージェントであることを知ったというワケだ。また、クリムゾン・クロウの美代学園襲撃に際し生き残った数少ない一人でもある。
そんな事情があるレヴィだったが、しかし今でもこうして戒斗の友で居てくれる。久方振りに彼女の顔を拝んだが、未だに彼女が自分を友と認識してくれているありがたさで、戒斗は何だか胸が苦しくなるほどだった。
「おっ、この可愛い娘ちゃんが噂のエマちゃんってことか!?」
と、レヴィはずかずかとリビングの方へ上がるなり、エマの姿を見つけると興味津々といった風に歩み寄る。
「あ、はいっ。僕はエマ・アジャーニです。……レヴェッカさん、ですよね?」
「おうよ!」エマの言葉に、レヴィは文字通り胸を張って力強く頷く。
「アタシは高垣・レヴェッカ・ライバック、面倒だからレヴィで良いよ。カイトの奴とはちょっとした昔馴染みでね、だからまあこうしてお呼ばれされたってワケさ」
「うん、僕も色々聞いてるよ。確か、美代学園に居た頃のクラスメイトさん……だっけ?」
「そうそう! まーったくカイトぉ、アタシのこと思い出しちゃってたのかぁん!?」
「お前の踏んだドジを聞かせてやってたんだ、笑い話としてな」
「おいぃ!? 酷くない? 幾ら何でも酷くない? お前アタシに対する扱い昔っっから変わってねえよなホントに!」
とまあ、レヴィはこんな感じに速攻で場の空気に打ち解けていった。戒斗と香華以外はほぼ初対面みたいな感じの面子なのだが、しかしそこは流石レヴィ。戒斗の友人という共通点一本だけで一瞬にしてミリィなんかとも馬鹿笑いしながら楽しげに話し始めた。
「こんばんわーっ!」
こんな具合に話していれば、今度は意外にも美弥がやって来た。「店の方は良いのか?」と玄関先で彼女を迎える戒斗が驚いた顔で訊くと、
「はいっ! 白井さんたちが「今日は早めに上がって良い」って仰ってたんで、お言葉に甘えちゃいました!」
そういうことらしい。曰く、二人も後から合流してくるそうだ。あの二人も来てくれるのは戒斗とエマにとってかなり嬉しい誤算だったが、しかし料理の数が足りるか心配にもなってきた。まあ最悪は宅配ピザでも頼めば良いだろう。
「おーう戦部、邪魔するよん」
「悪いわね、何だかんだで押し掛けちゃって」
そして美弥の到着から暫くして、白井とステラの二人もやって来た。
「悪いも何も、二人なら歓迎だ。店の方は大丈夫なのか?」
「問題ナッシング」と、人懐っこい笑みで白井。「企画自体は昼間で終わっちまったし、今日は早めの店じまい。戦部の方にもやっぱ顔出したかったしさ」
「そういうことよ。折角のイヴですもの。どうせなら、皆の方が楽しいわ」
なんやかんやでこの二人も結局は合流し、二人では広すぎたようなリビングも段々と手狭になっていく。そうしていると、夜も更けてきた頃にやっと最後の来客が訪れたのだった。
「ふふふ、呼ばれて飛び出て何とやら……」
と、インターフォンに呼ばれて戒斗が玄関の戸を開けると、その前に立っていたのは奇妙なほどの間の抜けた口調で、しかしその表情は薄すぎる無表情を貫き通している、そんな一風変わった少女だった。
「霧香か、遅かったな」
少女の名は、東谷霧香という名だった。短い黒髪にほっそりとした碧眼で、表情はやはり薄い無表情で、どうにも何を考えているのか読み取れない節がある。彼女はいつだってこんな風だ。奇妙で珍妙で、そして感性の何もかもが常人とはあまりにもかけ離れた変人。それが彼女、霧香だった。
とはいえ、彼女は遥――長月遥と同じ、宗賀衆という忍者一門の出だ。こんなナリだが彼女も歴としたニンジャであり、戒斗とは遥に連れられて宗賀衆の里を訪れた時に知り合っている。現在では公安などの政府機関を相手にフリーランスでときたま諜報関係の仕事をしているらしい。
ちなみに、彼女もまた白井たちの喫茶「楽園」の常連客でもある。こればかりは完全な偶然で、偶然エマと立ち寄った時に店内で霧香と出くわした時は心底驚いた思い出があった。どうやら白井やステラとは「楽園」をオープンした時からの昔馴染みらしい。
「冴子から頼まれてた軽い仕事があったからね……それをこなしてたら、遅くなっちゃったよ……」
ふふふ、と引き笑いみたいな妙な笑みをほんの微かに浮かべながら霧香は言うと、その後で「……そうだ」と何かを思い出したような顔になり、
「君の追ってる例の二人、目撃情報が更新されたよ……?」
と、薄い無表情の上に少しだけシリアスな色を織り交ぜて、奥のリビングに居る連中に聞こえない程度の小声でそう、霧香は戒斗に囁きかけた。
「何処だ?」喰い気味に戒斗が訊く。すると霧香はそんな戒斗の顔の前へ制するように掌を突き出し「焦らない、焦らない……」と糸目で諭す。
「一ヶ月前に、南アフリカで確認されただけだよ……。ほんの一瞬、その後の足取りも、目的も不明だけれどね……」
「そうか……」
結局は、手掛かり無しということだ。戒斗はそんな霧香の報告を聞くと、落胆のあまり小さく肩を落としてしまう。
「まあいいさ、今日はそういうのは抜きなんだ。入ってくれよ、霧香」
しかし戒斗はすぐにその落胆を振り切ると、自分も上がりながら霧香を手招きする。それに霧香は「ふっ、お邪魔するよ……」と相変わらずの変な無表情のまま家の敷居を跨ぎ、そして靴を脱ぎ家の中に上がった。




